星を渡って、ただいまを   作:ka_na

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師匠が連れてきた子

ミナトは家屋へ向かう途中、一度も飛雷神を使わなかった。

 

使えば数秒で着く。

 

けれど、歩いた。

 

火影塔から門へ。

 

門から森へ。

 

その間に、ヒルゼンから渡された報告書を頭の中でもう一度並べる。

 

――三歳頃の幼児を自来也が国外で保護。

 

――時空間現象により出現した可能性。

 

――自称、うずまきナルト。

 

――十月十日生まれ。

 

――四代目火影を故人として認識。

 

――三代目を現役火影として認識。

 

――一年間の連続観測記録あり。

 

文字だけなら、いくらでも疑える。

 

誰かが作った記憶。

 

誰かが作った身体。

 

誰かが、自分たち夫婦を狙って用意した罠。

 

そんな仮説は火影として当然に立てるべきだった。

 

だからこそ。

 

ミナトは自分の手が震えていることが、腹立たしかった。

 

「落ち着け」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

森の先に古い家が見えた。

 

戸の前にはヒルゼンがいる。

 

「遅かったな」

 

「歩いてきました」

 

「珍しいの」

 

「考えたかったので」

 

「考え終わったか」

 

「いいえ」

 

正直に答える。

 

ヒルゼンはそれ以上何も言わず、戸を開けた。

 

 

最初に見えたのは、自来也だった。

 

低い卓へ肘をつき、地図を見ている。

 

その隣。

 

小さな金色の頭がある。

 

ミナトの足が止まった。

 

報告書に書いてあった。

 

写真も見た。

 

ヒルゼンが似ていると言った。

 

それでも足りなかった。

 

実際に動くその子供を見た瞬間、四年前に自分の中へ押し込めたものが、一度に音を立てた。

 

髪。

 

頬。

 

横顔。

 

そして、こちらへ向いた青い目。

 

あの夜、見ることのできなかった色。

 

ナルトが立ち上がった。

 

逃げはしない。

 

ただ、自来也の袖を掴む。

 

それを見て、ミナトの胸に別の痛みが生まれた。

 

この子は。

 

一年間、自来也を頼って生きてきたのだ。

 

自分ではない。

 

当然なのに、痛かった。

 

「……よんだいめ」

 

子供が言った。

 

ミナトは息を吸う。

 

「うん」

 

「ほんもの?」

 

「たぶん」

 

言ってから、自分でもおかしな答えだと思った。

 

ナルトが眉を寄せる。

 

「たぶん?」

 

「自分で自分を本物だって証明するのは難しいから」

 

自来也が片手で顔を覆った。

 

「お前、そういう所ほんと変わらんな」

 

「先生は黙っててください」

 

ミナトはナルトへ視線を戻す。

 

「波風ミナト。今の木ノ葉の四代目火影だよ」

 

ナルトが首を振った。

 

「しんだ」

 

「君の知っている四代目は?」

 

「うん」

 

「どうして死んだか知ってる?」

 

「でっかいきつね。きのは、まもった」

 

「誰に聞いた?」

 

「じっちゃん」

 

一つ一つ。

 

短い。

 

大人が作った説明のようには聞こえない。

 

むしろ、知っている断片だけが子供の言葉で落ちてくる。

 

「俺が生きてて、怖い?」

 

聞いた直後、ヒルゼンが僅かに眉を動かした。

 

早すぎた質問だ。

 

それでもナルトは考えた。

 

「へん」

 

「変?」

 

「しゃしん、動かない」

 

「うん」

 

「ミナト、動く」

 

呼び捨てだった。

 

自来也が一瞬だけ笑う。

 

「誰がそう呼べって言った」

 

「ワシは言っとらん」

 

ナルトは二人を見比べる。

 

「ミナト、だろ?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあミナト」

 

「……うん」

 

胸の奥へ落ちた名前の響きが、重かった。

 

父と呼ばれたわけでもない。

 

それなのに。

 

 

ナルトが自来也と外へ薪を取りに出た後、ミナトは卓の向かいへ座った。

 

「先生」

 

「おう」

 

「一年」

 

「……ああ」

 

「どうして言わなかったんです」

 

声は静かだった。

 

自来也は冗談で逃げなかった。

 

「最初は危険だった」

 

「旅帳で読みました」

 

「強い時空間術に反応した。口寄せですら空間が裂けた。木ノ葉の大結界へ直接入れる判断はできなかった」

 

「そこは理解できます」

 

「なら」

 

「名前を伏せる理由にはならない」

 

自来也が黙る。

 

「三か月後には、外部からの時空間刺激への反応は半分以下になってる。半年後には通常の瞬身や結界術には無反応。少なくとも、その段階で身元情報は送れたはずです」

 

「その通りだ」

 

「なぜ」

 

「怖かった」

 

ミナトが目を上げる。

 

「何が」

 

「お前らに見せるのが」

 

「俺たちが傷つくから?」

 

「それもある」

 

「他は」

 

「ワシが、この子を手放す話になるのが」

 

空気が止まった。

 

自来也は続ける。

 

「最初の一月は、明日死なせないことだけ考えとった。三月目には、飯の好き嫌いを覚えた。半年経った頃には、ワシが何も言わず外へ出ると怒るようになった」

 

「……」

 

「一年経つ頃には、もうただの調査対象じゃなかった」

 

「だから隠した?」

 

「結果としてはそう見える」

 

「見えるじゃない。そうでしょう」

 

「……ああ」

 

ミナトの手が握られる。

 

怒っている。

 

当然だった。

 

けれどその怒りの中には、もう一つ別の感情が混じる。

 

嫉妬だ。

 

自来也が一年を持っている。

 

自分が知らないナルトの寝顔を知っている。

 

好きな食べ物を知っている。

 

泣いた時を知っている。

 

言葉が増えていくところを知っている。

 

その感情が醜いと分かっているからこそ、ミナトは一度目を閉じた。

 

「先生」

 

「なんだ」

 

「怒ってます」

 

「知っとる」

 

「でも、今ここであなたを責めることと、あの子の身元を判断することは分けます」

 

「……ああ」

 

「俺はあの子を、息子だとはまだ決めません」

 

自来也の目が細くなる。

 

「似ていても?」

 

「似ていることは観測です。同一人物だという結論じゃない」

 

「三代目みたいなこと言うな」

 

「教わったので」

 

ミナトは旅帳へ手を置く。

 

「一年の記録は証拠として価値があります。だからこそ、先生が父親代わりになったこととは分けて使う」

 

「父親代わり、か」

 

「違うんですか」

 

「ワシはそんな大層なもんじゃない」

 

「本人がどう思ってるかですね」

 

自来也は何も返さなかった。

 

その時、戸が開いた。

 

「じらや!」

 

ナルトが薪を二本だけ抱えて戻ってくる。

 

「重い!」

 

「二本で何を言っとる!」

 

「持てって言った!」

 

「一本でいいと言った!」

 

「二本のほうが早い!」

 

揉める二人を見ながら、ミナトは胸の奥で何かを認めた。

 

この一年を消してはいけない。

 

たとえ本当に自分の息子だとしても。

 

自来也との時間まで「本当の親が来たから終わり」にしてはいけない。

 

それだけは、身元調査より先に分かった。

 

 

夕方までに、ミナトはナルトへいくつか確認した。

 

痛いことはしない。

 

嫌なら止める。

 

分からなければ分からないと言っていい。

 

それを先に説明した。

 

「お腹、見てもいい?」

 

ナルトが自来也を見る。

 

「服をちょっと上げて、外からチャクラの流れを見るだけじゃ。中へは入らん」

 

「いたい?」

 

「痛くしない」

 

ミナトが答える。

 

ナルトは少し迷って頷いた。

 

「いい」

 

上着を上げる。

 

ミナトは触れず、掌を数センチ離してチャクラを薄く流した。

 

すぐ止めた。

 

「……」

 

「何があった?」

 

自来也が聞く。

 

「ある」

 

ミナトの声が低くなる。

 

「でも今日はここまで」

 

「みないの?」

 

ナルトが聞く。

 

「もっと見るなら、先に君へ何をするか説明してから」

 

「なんで?」

 

「君の身体だから」

 

ナルトは少し考えた。

 

「ミナトのじゃない?」

 

「俺のじゃない」

 

「じらやのでも?」

 

「もちろん違う」

 

「じゃあオレの」

 

「そう」

 

その答えに、ミナトは少し救われた。

 

 

帰る前。

 

ミナトは玄関で靴を履いた。

 

ナルトが地図帳を持ってくる。

 

「これ」

 

「地図?」

 

「じらやがくれた」

 

開く。

 

旅した町に丸がある。

 

宿に丸。

 

医者に丸。

 

川辺に丸。

 

そして最後の頁。

 

木ノ葉の外に、今いる家の丸。

 

「丸は何?」

 

「かえるとこ」

 

ミナトは答えられなかった。

 

ナルトが鉛筆を差し出す。

 

「ミナト、どこ?」

 

「俺?」

 

「いえ」

 

自来也もヒルゼンも黙っている。

 

ミナトは鉛筆を受け取った。

 

木ノ葉の大まかな位置の中へ、小さな丸を一つ書く。

 

「ここ」

 

「なにある?」

 

「俺と、妻が住んでる」

 

「つま?」

 

「奥さん」

 

「あかい?」

 

ミナトの指が止まる。

 

「どうして分かったの」

 

「じらや言った」

 

「先生」

 

「髪の色くらいええじゃろ!」

 

ナルトは地図を見る。

 

「ここも、かえる?」

 

聞かれた。

 

ミナトは考える。

 

「俺にとってはね」

 

「オレは?」

 

「君は、まだ決めなくていい」

 

ナルトが顔を上げる。

 

「行ってみたくなったら、来ていい」

 

「かえるじゃない?」

 

「今は、来るでいいよ」

 

ナルトは丸の横へ、小さく印をつけた。

 

何の印かは分からない。

 

ただ消さなかった。

 

ミナトはそれを見てから家を出た。

 

森を歩きながら、今度は飛雷神を使わなかった理由が分かった。

 

帰る場所というものは、速く着けばできるわけではない。

 

明日。

 

まずクシナへ話す。

 

一度で。

 

知っていることと、知らないことを分けて。

 

それが、次の仕事だった。

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