新エリー都 ヤヌス区
六分街
僕は今、ある場所に向かっている。
駅の方へ歩いていき、その手前にある階段を下りていく。
ここは『ライブハウス404』。
僕は、このライブハウスで活動しているアイドルグループのファンなのである。
フロアのドアを開け、ライブ会場へ入る。
そして、そのアイドルグループの名前は――
「「「私たち、妄想エンジェルでーす!!!」」」
ワァァァァァ!!!!
僕も周りのファンと一緒になって、ペンライトを振りながら応援する。
ステージでパフォーマンスをしていたアイドルの一人がこちらを見る。
目が合った――ような気がした次の瞬間、その子が両手でハートを作ってファンサをしてくれた。
周りから、
「今の、私にやってくれたよね!?」
「いや、俺だろ!」
なんて声が聞こえてくる。
そんな人たちを尻目に、僕はそのままライブを楽しんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後までライブを楽しみ、そろそろ帰ろうとした時だった。
カウンターの奥から、ちょいちょいと手招きされる。
不思議に思いながらそちらへ向かうと、そこにいたのは妄想エンジェルのマネージャー――セシリアさんだった。
「セシリアさん! お久しぶりです!」
「○○君、久しぶりね。この前のライブ以来かしら?」
「多分、それくらいですかね? 今日はどうしたんですか?」
「あの子たちがね? 久しぶりにあなたに会いたいみたいなの。あなた、ライブ中に目が合ったでしょ?」
僕はライブ中、こちらに向かってファンサをしてくれた場面を思い出す。
……あれ、僕にだったんだ。
君さえよければ、少し寄っていってくれないかしら? 本当はアイドルが一人のファンを特別扱いするのは、マネージャーとしてNGなんだけど……」
セシリアさんは少し困ったように笑う。
「○○君は以前、あの子たちの臨時マネージャーもやってくれていたでしょう? 普通のファンとは少し違うし、あの子たちもあなたのことを信頼しているから」
「なるほど……」
記憶がない僕にはいまいち実感がないけど、昔の僕は三人とかなり親しかったらしい。
「それに、あの子たちがあんなに会いたがっているのに、追い返すのも可哀想だもの」
セシリアさんが笑いながらそう言ってくれる。
僕は少しだけ悩んだ後、
「せっかくなので、少し寄らせてもらいます!」
そう答え、セシリアさんと一緒に奥へ入っていった。
扉の前まで来ると、中からざわざわと話し声が聞こえてくる。
セシリアさんが先に中へ入り、何か話した後、
「入ってきて」
と声を掛けてくれた。
僕はガチャッとドアを開け、中へ入る。
「みんな、お疲れさま!」
声を掛けると、中にいた三人がそれぞれ違った反応を見せる。
「あっ、○○君だ! ボクに会いに来てくれたの~?」
そう声を掛けてくれたのは、妄想エンジェルのリーダー。
天才肌でなんでもそつなくこなすけど、それを鼻にかけない努力家の女の子だ。
でも料理は苦手らしく、なんでもカップ麺を作ろうとして爆発させたことがあるらしい。
……どうやったらカップ麺が爆発するんだろう。
「○○さん! わざわざ来てくれてありがとう!」
ピンク色の髪をしたこの子は、ボーカル兼ビジュアル担当のアリア。
プロにも匹敵するレベルの歌声を持つ、元気いっぱいの女の子だ。
それにかなりのアイドル博士で、時々ものすごい熱量でアイドルについて説明してくれる。
「○○君!? ちょ、待って……! ウチ、前髪崩れてへん!?」
慌てて鏡を見ながら髪を整えているのが、妄想エンジェルの作曲家。
頑張り屋さんだけど、ちょっと人見知りでビビりな子だ。
でも作曲家としての腕はピカイチで、あのアストラさんにも認められるほどの実力らしい。
そんな三人で構成された『妄想エンジェル』は、今をときめくアイドルグループだ。
そして、僕と彼女たちの関係は普通のアイドルとファン……というわけではない。
ちょっと前に色々あって、僕は彼女たちの臨時マネージャーをやっていたらしい。
今はもうセシリアさんがいるから、僕の出番はないだろうけど……。
「そういえば、今日はなんで僕が呼ばれたのかな?」
僕がそう尋ねると、ちなっちゃんは両手の人差し指を身体の前で合わせながら、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「あんな、○○君。今、次のライブに向けて新曲を作っとるんよ……」
「うん」
「でも、あんまり上手く進まへんくて……。もちろん羽やアリアちゃん、セシリア先生にもアドバイスしてもらったんやけど……」
そこでちなっちゃんは僕を見上げる。
「やっぱり、第三者からのアドバイスって大事やと思うねん! せやから前みたいに、また手伝ってもらえんやろか!?」
「お願いや!」
ちなっちゃんが胸の前で手を合わせる。
それを見ていた羽とアリアも、その隣に並んだ。
「○○君、お願い! ○○君が手伝ってくれたら、この前の曲みたいにすっごくキラキラした曲になると思うんだ!」
「私からもお願い!」
「○○君、私からもお願いできないかしら?」
さらにセシリアさんにまでお願いされてしまった。
四人に見つめられる。
「……分かった。僕でよければ手伝うよ!」
こうして僕は、再び彼女たちの手伝いをすることになった。
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僕たちは今、ホロウの中を移動して三人の秘密基地へ向かっている。
「ホロウの中に秘密基地があるなんて、なんかすごいね!」
「せやろ! ○○君は前も褒めてくれたんや!」
むふー、とちなっちゃんが胸を張って誇らしげにする。
前――というのは、おそらく僕が記憶を失う前の話だと思う。
「でも大丈夫かな? 僕、記憶喪失だし……あんまり助けにならないかも……」
僕がそう言うと、ちなっちゃんはむっと頬を膨らませた。
「そんなことない!」
「え?」
「今の○○君には、今の○○君のええところがあるやんか!」
思わず目を瞬く。
すると羽がニヤニヤしながら、ちなっちゃんの肩に腕を回した。
「ちなっちゃん、かっこいい~! ○○君が記憶喪失になった時は、目を真っ赤にして泣いてたのにね~?」
「ちょっ!? 羽ぁ~!」
「あはは!」
「もう! 言わんでええやろ!」
二人がわちゃわちゃと、僕とアリアの周りをぐるぐる回り始める。
「わっ! 待って二人とも! うわ~、目が回る~……!」
「アリアまで回らなくてもいいんじゃ……」
そんな三人のやり取りを見て、僕が笑っていた――その時だった。
遠くから、何かの物音が聞こえる。
「――しっ! 静かに!」
空気が一瞬で変わった。
さっきまで騒いでいた三人も、すぐに真剣な表情になる。
「エーテリアス……」
僕たちの進行方向に、数体のエーテリアスがいた。
「どうしようか……一旦引き返――」
引き返そう。
そう言おうと思った時、羽が先に口を開いた。
「大丈夫だよん! ボクたち、こう見えても戦えるから!」
「○○さんはここで待ってて!」
「○○君、すぐ終わらせてくるから待っとってな!」
「えっ、ちょっ……!」
三人は僕を置いて、エーテリアスへ向かっていく。
僕より年下の、小さな女の子たちが戦っている。
なのに僕は後ろで守られているだけ。
その現実に、胸の奥がざらついた。
――情けないな、僕。
三人はまるでステージの上で踊っているかのように、次々とエーテリアスを倒していく。
強い。
これなら三人に任せても大丈夫だ。
そう思って、ほんの少し気を抜いてしまった。
だから――
すぐ横に現れたエーテリアスに、僕は気づかなかった。
「――○○君!!」
ちなっちゃんの叫び声。
その声で振り向いて、初めて気づいた。
すぐ横。
僕に向かって腕を振り上げているエーテリアス。
「――やばっ……!」
間に合わない――!
そう思った瞬間、
トンッ。
誰かに身体を押された。
僕は後ろへ倒れ込み、振り下ろされた腕をギリギリで躱す。
けれど――
「っ……!!」
代わりに、僕を突き飛ばしたちなっちゃんの脚をエーテリアスの攻撃が掠めた。
「「ちなっちゃん!」」
「千夏ちゃん!」
羽が素早くエーテリアスを倒し、アリアと一緒にちなっちゃんへ駆け寄る。
「ちなっちゃん、大丈夫!?」
羽が心配そうに声を掛ける。
「いたた……! 全然大丈夫や! こんなん、かすり傷――」
そう言いながら立ち上がろうとして、
「っ……!」
ちなっちゃんの顔が痛みに歪む。
そのまま、再びその場に座り込んでしまった。
「無理しちゃダメだよ! その傷だと、今度のライブは……」
「そ、そんな大事やないから! すぐに――」
もう一度立ち上がろうとする。
でも、やっぱり痛むのか脚に力が入らない。
そんな状態なのに、ちなっちゃんは僕の方を振り返った。
「せや! ○○君は大丈夫なん!?」
「え……?」
「ごめんな? もっと颯爽と助けられたらよかったんやけど……堪忍な……!」
そう言って、ちなっちゃんは僕に謝った。
――なんで。
僕のせいで怪我したのに。
僕を助けたせいで、ライブに出られなくなるかもしれないのに。
なんでちなっちゃんが謝るの……?
「……っ」
何もできなかった。
僕だけ守られて。
挙げ句の果てに、ちなっちゃんを怪我させた。
そんな自分が許せなくて、手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握る。
痛い。
そう思って手を開く。
爪が食い込んだはずの手のひらには――傷がなかった。
「……え?」
一瞬、頭の中に何かが走った。
知らない。
こんな力、僕は知らないはずだ。
なのに――
身体だけが、知っている。
そんな感覚がした。
僕はゆっくりとちなっちゃんへ近づいていく。
「あっ、○○君。今日は秘密基地はやめて、お開きになりそうやわ」
「ちなっちゃん」
「ん?」
「ちょっと……怪我したところ、触るね」
「え?」
僕はちなっちゃんの傷ついた脚にそっと手を当てる。
「えっ!? ○○君!? なにして――」
その瞬間だった。
ドクンッ――!
心臓が大きく脈打った。
身体の奥から何かが抜け落ち、そのままちなっちゃんの身体へ流れ込んでいくような、不思議な感覚。
「……え?」
ちなっちゃんも困惑したように自分の脚を見る。
羽とアリアも何も言わず、僕たちを見つめていた。
しばらくして、僕はゆっくりと手を離す。
胸がバクバクとうるさい。
少しだけ息苦しい。
それでも僕は、ちなっちゃんに尋ねた。
「……どうかな?」
「どうって……」
ちなっちゃんがおそるおそる怪我をした場所に触れる。
「……痛くない」
「え?」
「痛くない……全然痛くない!!」
ちなっちゃんは勢いよく立ち上がる。
「ちなっちゃん!?」
その場で脚を曲げたり伸ばしたり、軽く跳ねたりする。
さっきまで立つことすらできなかったのが嘘みたいだった。
「うっそ!? ちなっちゃん、無理してない!?」
「千夏ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「ほんまに痛くないんや! これならすぐにでも踊れそうや!」
ちなっちゃんは自分の脚を確認した後、ぱっと顔を上げる。
「○○君、おおきにな!」
「でも……どうやったん? 結構痛かったんやけど……」
「それは……」
僕は自分の手を見る。
さっき確かに感じた、あの不思議な感覚。
「僕にも、よく分からないんだ……」
「分からない?」
「ただ……急に、できるような気がしたっていうか……」
知らないはずなのに。
やり方なんて覚えていないはずなのに。
――身体だけが、覚えていた。
「できると思ったって……そんなことあるの!?」
羽が驚いたように声を上げる。
「まぁ……せやけど、○○君は昔から不思議なところあったしなぁ」
ちなっちゃんが困ったように笑う。
「○○君なら、こんなことができても……不思議やないんかもしれへんな」
「いやいや、十分不思議だよ!?」
アリアが思わずツッコミを入れる。
僕も一緒になって笑う。
だけど――
ドクン、ドクン。
胸の奥では、まだ心臓が妙に大きな音を立て続けていた。
その感覚だけが、なぜか少し気になった。
その後、僕は改めてちなっちゃんにお礼と謝罪をした。
ちなっちゃんは、
「おあいこさまや!」
と笑って許してくれた。
そして僕たちは予定通り秘密基地へ向かい、新曲作りを進めることになった。
……余談だけど。
そうして完成した新曲は、なぜか『誰かさん』を想った恋愛曲になってしまったらしい。
誰のことなんだろう?
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新エリー都 スロノス区
H.A.N.D本部 対ホロウ6課オフィス
「やはり、デザートはメロンに限る」
そう言いながら、雅は満足そうにメロンを口へ運んでいた。
その時、
コンコン。
唐突に、オフィスの扉がノックされる。
「入れ」
雅がそう返すと、扉が開き――
「雅さん、ちょっとお願いがあるんですけど」
僕は雅さんにお願いをする。
雅は僕の話を聞き、わずかに首を傾げる。
「……ふむ? 剣の修行?」
次回修行回!?
感想等お待ちしてます!