「昔の僕に何があったのか」
「ちゃんと知りたい」
僕はそう言って、ホロウに入る準備を始める。
隣ではリンとアキラも立ち上がっていた。
「○○だけだと心配だから、私たちも行く」
「ああ、その方が安全だ」
「でも、ホロウの中は危険が――」
そう言いかけると、リンがグイッと顔を近づけてくる。
「一緒に行かないと、○○絶対無理するでしょ!!」
「……はい」
そうして僕とリン、そしてイアスに入ったアキラは、記録に残っていた場所へ向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここなの?」
僕たちは記録に残っていた場所へやって来た。
昔の僕の、最後の記録が残っていた場所だ。
「記録が正しければ、昔の君はここに来ているはずだ。何か思い出すかい?」
アキラがデータを確認しながら聞いてくる。
「うーん……? 全然覚えてないな……」
辺りを見回してみても、僕の記憶に引っかかるものは何もなかった。
横を見ると、リンが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「○○、大丈夫? 無理に思い出そうとしなくてもいいからね?」
「ありがとう、リン。大丈夫だよ」
「私はその『大丈夫』が一番信用できないの!!」
リンがプンスコと頬を膨らませる。
「だから本当に無茶だけはしないで……!」
「……ありがとう」
僕はリンの頭を軽く撫でる。
「…………」
するとアキラがゴホンッと咳払いをした。
「とりあえず、進んでみようか」
「そ、そうだね!」
僕たちはホロウの奥へと進んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ホロウを進んでいくと、目の前に分かれ道が現れた。
「え~、分かれ道~?」
リンが左右を見ながら呟く。
「○○、お兄ちゃん。どっちか分かる?」
「記録が少し古くて、この先までは分からないな」
「そっか。○○は?」
「僕?」
僕も左右の道を見る。
「…………」
左。
右。
なぜか右の道を見た瞬間、妙な感覚がした。
「……右、かも?」
「何か思い出したの?」
リンが聞いてくる。
「いや、何にも……」
もう一度右の道を見る。
「でも、なんとなくこっちな気がするんだ」
僕の言葉を聞いて、アキラが少し考える。
「……なんとなく、か」
「そうしたら右へ行ってみよう。他に手掛かりもないからね」
「うん!」
僕たちは右の道へ進んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらく道を進むと、激しい戦闘の跡が残っていた。
それも一か所だけじゃない。
壁。
床。
さらにその先にも。
いたるところに戦闘痕が残されている。
「……これは」
「ここでかなり激しい戦闘があったみたいだ……」
「これを僕が……?」
僕は壁に残された傷に触れながら呟く。
「まだ確証はないけど、時期はかなり近い」
アキラの言葉を聞いて、もう一度周囲を見渡す。
「……でも、僕がやったにしては範囲が広すぎない?」
「確かに……○○一人が戦ってたにしても、こんなに移動する必要あるのかな……?」
「一度ではなく、何度も戦っていたのかもしれないね」
「一人で……何度も……」
僕がそう呟くと、リンが僕の袖をギュッと握りしめた。
「…………」
そんなリンに、僕は笑いかけることしかできなかった。
少し先へ進むと――。
「あっ!」
リンが何かを見つけた。
「何かあるよ!」
壁際には、ボロボロになった端末が落ちていた。
リンがそれを拾い上げる。
「これ、まだ動くかな?」
「どうだろ?」
リンが端末を操作すると――。
ピッ。
液晶に小さく光が灯った。
「ついた!」
それをアキラが受け取り、何やら操作を始める。
しばらくすると――。
「少しなら復元できそうだ」
「ほんとに!?」
僕とリンも液晶を覗き込む。
画面には大量の数字や文字が映し出されていた。
「なにこれ……?」
「暗号……?」
「いや、これは……」
アキラの声が少し険しくなる。
「戦闘時間」
「負傷回数」
「回復までの時間」
「身体反応……」
「…………」
「これは、普通の戦闘記録じゃない」
「どういうこと?」
「記録されているのは戦闘内容じゃない」
アキラが画面を見ながら続ける。
「○○。君の身体の状態が記録されている」
「僕の……?」
「戦っている時間や負傷の程度。それから、回復するまでにどれくらいかかったか」
「そんなものまで?」
リンも画面を覗き込む。
「なんで○○のこと、こんなに細かく……」
「…………」
僕は画面に表示されている文字を見る。
「これ……僕の記録なの?」
「おそらく」
「…………」
背中がぞわっとする。
僕は仕事を受けてここに来たはずだ。
なのに――。
「なんで僕……観察されてるの……?」
誰も答えなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕たちはさらに端末を調べる。
「○○」
「どうしたの?」
「通信記録が残ってる」
「通信……?」
「データの状態はボロボロだけど、何とか一部は復旧できた」
「聞いてみよう!」
アキラが再生ボタンを押す。
ザザッ……。
激しいノイズが流れる。
その中から、機械的な声が聞こえてきた。
『――対象の計測を継続』
「…………」
『対象の回復を確認。負荷はさらに増大』
僕たちは言葉を失う。
すると機械音声に混じって、別の声が聞こえてきた。
『想像以上だよ!!』
その声を聞いた瞬間――。
ズキッ――!
「っ!?」
頭の奥に激しい痛みが走った。
「○○!?」
リンの声が遠くなる。
視界が歪む。
そして――。
――――――――――――――――――――――――――――――
『ハァ……ハァ……!』
荒い呼吸が耳の奥で響いている。
誰かが走っていた。
いや、違う。
これは――俺だ。
俺が、必死に走っている。
服はところどころ破れ、身体中に鋭い痛みが走っていた。
足を動かすたびに傷が疼く。それでも、立ち止まることだけはできない。
後ろから、何かが追ってきている。
『クソッ……!』
前方に影が揺らめいた。
次の瞬間、進路を塞ぐようにエーテリアスが姿を現す。
『またかよ……!』
悪態をつきながら剣を構える。
考えている暇なんてない。
斬る。
倒す。
その向こうから、また現れる。
倒す。
さらに次が来る。
『いつまで湧いてくるんだよ……!』
息を吸っても、肺に空気が入ってこないような感覚がする。
身体が重い。
腕も、足も、もう止まってしまいそうだった。
それでも動く。
止まればどうなるのか、本能が理解しているかのように。
そのときだった。
どこからともなく、声が聞こえてくる。
『……まだ動けるんだね?』
『…………!』
背筋に冷たいものが走る。
俺は足を止め、声のした方向を睨みつけた。
姿は見えない。
けれど、その声には聞き覚えがあった。
『……妖怪』
『テメェ……!』
俺が吐き捨てると、どこからか楽しそうな笑い声が返ってくる。
まるで、俺が苦しんでいる姿そのものを楽しんでいるような声だった。
『まだまだ面白いものが見られそうだよ!』
――――――――――――――――――――――――――――――
「○○!!」
「っ!?」
呼び声と同時に、意識が一気に引き戻される。
目を開けると、すぐ目の前にリンの顔があった。
「リン……?」
「大丈夫!? 急にぼーっとして!」
リンは今にも泣きそうなほど心配そうな顔で、僕の顔を覗き込んでいる。
「だ、大丈夫……」
いつものようにそう答えかけて、途中で口を閉じた。
……まただ。
また僕は、何も考えずに「大丈夫」と言おうとした。
さっきリンに怒られたばかりなのに。
「……いや」
僕は額に手を当てる。
夢から覚めたはずなのに、頭の奥には鈍い痛みが残っていた。
「ちょっと頭痛い」
「もう!」
リンは怒ったような声を上げながらも、すぐに僕の肩へ手を回した。
「だから無理しないでって言ったでしょ!」
「ごめん……」
そのまま支えられていると、アキラも心配そうにこちらを見る。
「少し休もう。今の状態で無理に進む必要はないよ」
「……うん」
僕は二人に促され、近くの安全そうな場所に腰を下ろした。
少し呼吸を整えていると、リンがそっと隣にしゃがみ込む。
「……今の」
リンは僕の様子を窺いながら、慎重に言葉を選ぶ。
「何か見えたの?」
僕は少しだけ迷ったあと、頷いた。
「昔の僕が、ここにいた」
さっき見た光景を思い出す。
息を切らしながら走っていた俺。
傷だらけの身体。
何度倒しても現れるエーテリアス。
「ずっと走ってて……何かと戦ってた」
「ずっと……?」
リンの表情がわずかに曇る。
僕は続けようとして、一度口を閉じた。
あの声。
あの名前。
どうしてか、それを口にすることに少しだけ抵抗があった。
それでも、黙っているわけにはいかない。
「それで……」
僕はゆっくりと口を開く。
「『妖怪』って呼んでた」
その瞬間。
リンとアキラの表情が変わった。
二人ともすぐには言葉を返さず、短い沈黙が落ちる。
「じゃあ……」
リンが端末へ視線を向ける。
「この記録って、妖怪が残したものなのかな?」
「まだ断定はできない」
アキラはそう答えながら、端末を操作し始めた。
画面の上をいくつものデータが流れていく。
僕もその隣から画面を覗き込む。
戦闘時間。
負傷。
回復。
身体反応。
それだけじゃない。
脈拍やエーテル反応らしき数値まで、細かく記録されている。
まるで――。
昔の僕がここで戦っていた間、その一挙手一投足を誰かがずっと見ていたかのように。
「……これ」
嫌な予感を覚えながら、僕は画面を指差す。
「どれくらい続いてるの?」
アキラの指が止まった。
一瞬、答えるのを躊躇したようにも見えた。
「……かなり長い」
「どれくらい?」
僕がもう一度尋ねると、アキラは表示された記録を見つめる。
「少なくとも数時間」
「数時間……?」
隣でリンが息を呑んだ。
「そんなにずっと……?」
彼女の顔から、さっきまで残っていた血の気が引いていく。
僕も、何も言えなかった。
昔の僕はここで――。
何時間も戦って。
傷ついて。
それでも動き続けていた。
そして、その全部を。
誰かに見られていた。
何のために。
どうして。
僕は画面に並ぶ無機質な数字を見つめる。
「……なんで?」
気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
「なんで僕なんだよ……」
けれど、当然のように画面は何も答えてくれない。
なぜ僕をここへ呼んだのか。
なぜ身体を調べていたのか。
妖怪は、昔の僕について何を知っていたのか。
肝心なことは、何一つ残されていなかった。
「理由についての記録は残っていないみたいだ」
アキラが静かに告げる。
「そっか……」
結局、ここまで来て分かったことは一つだけ。
昔の僕は、この場所で誰かに観察されていた。
それだけだった。
「○○」
「ん?」
アキラが端末を見たまま僕を呼ぶ。
その声には、さっきまでとは少し違う硬さがあった。
「もう一つ、気になることがある」
嫌な予感がした。
「なに?」
「この記録が終わった時間なんだけど」
アキラが画面を切り替え、日付と時刻を表示する。
「君の行動記録が、ほとんど残らなくなる時期と一致している」
「…………え?」
僕は思わず画面へ顔を近づけた。
日記はここで終わった。
移動記録も、ここで途切れている。
そして、この観測記録も――。
ここで終わっていた。
そのあと。
僕は全部忘れた。
そう考えた途端、喉の奥がひどく乾く。
「……じゃあ」
声が少し震えた。
「僕が全部忘れたのって……」
一度言葉を切る。
考えたくない。
けれど、ここまで揃ってしまえば嫌でもその可能性が浮かんでくる。
「ここで何かあったから?」
「可能性はある」
アキラはすぐに肯定も否定もしなかった。
「でも、まだこれだけじゃ、何が原因だったのかまでは分からない」
「……うん」
そうだ。
まだ何も分かっていない。
この場所で何が起きたのか。
妖怪が何をしたのか。
昔の僕が、最後に何を見たのか。
それでも一つだけ。
昔の僕に何かが起きた場所は――。
ここなのかもしれない。
僕はもう一度、端末へ視線を戻した。
画面の一番下。
膨大な記録の最後に、短い文字だけが残されている。
『観測終了』
「…………」
その四文字が、妙に冷たく見えた。
戦いが終わった、ではない。
逃げ切った、でもない。
ただ――観測が終わった。
僕はその文字を見つめたまま、小さく呟く。
「……妖怪」
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