新エリー都 スロノス区
衛非地区 適当観
「んっ……!」
窓から差し込む木漏れ日が、僕の眠りを妨げる。
ふかふかであったかいベッドは、まだ寝ていようと僕を誘惑してくる。
ベッドの上で寝返りを打ち、もう一度眠りにつこうとすると――
『ふにっ』と手が柔らかいものに当たる。
それになんだか、自分の体温とは違う温かさを感じる。
おそるおそる布団をめくると、顔を真っ赤にした女の子がプルプルと震えていた。
「お、おは――」
「――きゃあぁっ!!」
声を掛けるより先に、女の子の悲鳴と、バシッ!と頬を叩く大きな音が響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝の食事処
「……うぅ……ごめんね、○○……!」
栗色の髪と大きな耳を申し訳なさそうに揺らしながら、女の子が謝ってくる。
「だ、大丈夫だよ……! もとはといえば僕が――」
頬にできた鮮やかな紅葉型の跡をさすりながら、僕は女の子を慰める。
僕の目の前で、申し訳なさそうにしょんぼりしている女の子は、
ここ、雲嶽山の弟子の一人で、馬のシリオン。
現代の虚狩りで、あの青冥剣の使い手でもある。
青冥剣は代々雲嶽山の門派に受け継がれ、剣に選ばれた者が使用しているらしい。
今は瞬光が使い手に選ばれ、その力を振るっている。
虚狩りや青冥剣の使い手なんて、いろんな肩書きがついているけど、僕にとって瞬光は年の近い女の子で、頼りになる姉弟子だ。
ちなみに、瞬光は呼び捨てなのかというと、僕が目を覚まして初めて会ったときに「瞬光さん」と言ったら号泣しちゃって、それ以来、呼び捨てで呼んでいる。
「そういえば、虚狩りの任務に行ってるって聞いてたんだけど」
「任務ならもう終わったわ。○○が来てるって言うから、急いで帰ってきちゃった!」
そう言って、にこやかに微笑んでくれる。
まずい!
僕、この子のこと好きになる!!
そんなことを考えていると、瞬光が声を掛けてくる。
「○○! ……き、今日は空いてる?」
「今日は特に師匠にも呼ばれてないし、暇だよ」
僕がそう言うと、瞬光の顔がぱぁっと明るくなる。
「そうしたら、一緒に遊びに行きましょ!」
「うん! 大丈夫だよ! でも、どこに行くかって決めてるの?」
そう聞くと、瞬光は胸を張って答える。
「○○、アナタは記憶がなくなっちゃってから衛非地区を回れていないでしょ? ワタシが案内してあげる!」
「確かに、まだこの町のこと、よくわかってないかも。お願いしてもいいかな?」
「任せて! 私はあなたの先輩で姉弟子なんだから!!」
「じゃあ、朝ごはんが終わったら門の前で集合でいいかな?」
「そうしましょ!」
そう言って、瞬光は嬉しそうに鼻歌を歌いながら部屋に戻っていった。
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僕はいつもの服に着替えて、門の方へ歩いていく。
すると、瞬光がすでに私服に着替え、手鏡で前髪をいじりながら待っていた。
「瞬光、ごめん! 遅くなっちゃったかな?」
「ううん? ワタシが張り切りすぎただけだから!」
「その服、ほんとに似合ってるね!」
「そ、そう? ありがとう!!」
瞬光の服装は、白と赤を基調としたオフショルダーの服にロングスカート。
お出かけするときにはおなじみの服装だ。
「それじゃ、行きましょ!」
そう言うと、瞬光は僕の手を握って歩き出す。
僕は瞬光に案内してもらい、衛非地区を堪能した。
「○○、ここのお店で少し休憩しましょ!」
そう言って、僕と瞬光は飲茶仙に入っていく。
「ここのケーキがすっごく甘くておいしいの!」
「○○も食べてみて!」
瞬光がケーキのメニューを渡してくれる。
僕は瞬光とは違う種類のケーキを注文する。
「それにしても、懐かしいわね!」
「懐かしい?」
僕がそう返すと、瞬光が笑顔で話してくれる。
「前にも、今日みたいに二人で衛非地区を回ったの。でも、あの時は今と逆で、○○が私を引っ張って案内してくれたのよ!」
「そうなんだ……ごめん……。全然覚えてなくて」
そう言うと、瞬光は少し悲しい顔をしながら――
「大丈夫よ! 青冥剣のことだってなんとかなったんだから! きっと○○の記憶だって、どうにかなるわ!」
そう言って、瞬光は僕を励ましてくれる。
「ケーキが来たわ! 食べましょ!」
僕たちは届いたケーキを食べ始める。
「うーん! やっぱりここのケーキはおいしいわね!」
「確かに! 甘くておいしいね!」
お互いにケーキを食べていると、瞬光がちらちらとこちらを見てくる。
「ね、ねぇ○○。もしよかったら、そっちのケーキ一口もらっていいかしら?」
瞬光が不安そうに聞いてくる。
「いいよ。はい、あーん」
そう言って、僕はスプーンにケーキを乗せて、瞬光の口元に持っていく。
「えっ!?!?」
瞬光の顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「○○! あーんって、そ、それ、こ、恋人同士がやるやつじゃない!?」
「あっ、ごめん。雅さんといつもやってるから――」
そんなことを言った瞬間、瞬光から表情が消えた。
「……雅さんとやってるの?」
「う、うん。パフェを一緒に食べる時があって、その時に……」
「……ふーん?」
じとーっと効果音が付きそうな目で、瞬光が僕を見てくる。
「――食べさせて!」
「えっ?」
「早くケーキ食べさせてって言ったの!」
「はい!! あ、あーん!」
僕は改めてスプーンを瞬光の前に持っていく。
瞬光はしばらく顔を赤くしながら何かを言った後、『雅さんに負けられない!』と言いながら、覚悟を決めた顔でスプーンの上のケーキを食べた。
「おいしい?」
「うぅ~、味わかんない……!」
「? もう一口食べる?」
そう聞くと、また顔を赤くしながら『大丈夫!!』と大きな声で断られてしまった。
「そしたら、瞬光のケーキも一口頂戴?」
「え? ええぇ~っ!」
「だ、だめならいいんだけど……」
すると、瞬光はまた一人で喋り始めてしまった。
「落ち着きなさい、葉 瞬光! あなたは○○の姉弟子なんだから、これは普通のことなの!」
「でもこれって絶対間接キスよね! でも雅さんはやってるって! もぉ~!!」
はぁはぁと肩で息をしながら、瞬光は改めて覚悟を決めて僕にスプーンを差し出す。
「……あ、あーん」
差し出されたスプーンはプルプルと震えていて、今にもケーキを零してしまいそうだ。
それを僕は、落ちないように素早く口に入れた。
「あむ! これもおいしいね!!」
そう言うと、瞬光はへなへなと机に突っ伏してしまった。
「大丈夫?」
そう聞くと、瞬光ががばっ!と立ち上がり、僕の胸ぐらをつかんで体を揺らす。
「なんであなたは平気なの!! そもそも――」
顔を真っ赤にした瞬光に、僕はしばらく揺らされ続けた。
店員に注意されるまで。
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僕たちは店を出て、帰り道を歩いている。
「もぉ~! ○○のせいで恥ずかしい思いしたじゃない!」
瞬光が少し怒りながら僕に言う。
「僕だけのせいじゃないよね!?」
そんなことを言い合いながら歩いている。
僕は思い出したように、瞬光に声を掛ける。
「そうだ、瞬光! これ!」
僕は懐から紙袋を取り出す。
「これは……?」
瞬光が不思議そうに見ている。
「開けてみて!」
「うん。――これ……!」
「さっき良い品屋に行ってた時に、ずっと見てたから」
紙袋の中から出てきたのは、尻尾ケア用のアロマオイルだった。
「確かにこのオイルずっとほしかったけど……! 高くてなかなか買えなかったの!」
「今日、色々案内してくれたお礼ってことで、受け取ってほしいな!」
そう言うと、瞬光はアロマオイルをぎゅっと抱きしめて、嬉しそうに顔を緩める。
「ありがとう、○○! ○○、お願いがあるの。アタシの尻尾のケア、手伝ってくれない?」
「僕はいいけど、シリオンの尻尾ってあんまり触らないほうがいいって聞いたけど」
「○○は特別よ。それとも、嫌?」
「そんな不安そうな顔されたら断れないよ。へたくそでも文句言わないでよ?」
「そう言って、前にやってもらった時も上手だったから大丈夫よ!」
僕たちは適当観に戻って、瞬光の尻尾のケアをした。
瞬光の尻尾はふわふわで、とっても良い匂いがした。
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僕たちは僕の部屋に移動して、雑談をしていた。
すると、瞬光が少し悲しい顔をしながら僕に聞いてきた。
「○○は、記憶がなくなって不安じゃないの?」
僕は少し考えて答える。
「――確かに、不安じゃないって言えば嘘になるよ。でも、リンやアキラ師匠、もちろん瞬光がいて助けてくれるから、大丈夫って思えるんだ」
「記憶が戻らなくても?」
「自分の過去は気にはなるけど、みんながいるから、このままでもいいって思ってる」
「――ダメよ」
急に、瞬光の雰囲気が変わった。
「この子はあなたに無理強いはしないだろうから、そのままでもいいって言うでしょうけど、アタシは許せないわ」
「瞬光……!」
振り向くと、全体的に白い姿になった瞬光がいた。
こっちの瞬光は、瞬光の中にある別人格。
本人が言うには、瞬光が隠している欲望の部分らしい。
「アタシ、あの時言ったわよね。忘れないでって。多少、意味が変わってしまったけれど」
「ごめん……!」
「別に謝ってほしいわけじゃないの」
そう言って、瞬光は僕に近づき、頬を撫でる。
「アタシは、あなたがあの時の記憶を忘れたままなんて我慢できない。アタシ、わがままなの知ってるでしょ?」
瞬光の顔が、鼻先まで近づく。
「だから早く思い出してね? アタシの『英雄』さん?」
そう言って、瞬光は僕の唇にキスをした。
「……は?」
「ごちそうさま。今日は満足したから、もう戻るわね。またね」
そう言って、瞬光は元の栗色の髪に戻っていった。
「あれ? ○○、ワタシ今、何してたの?」
「今、あっちの瞬光が出てきて……」
「……っ!? ○○、何かされなかった?」
瞬光は本気で僕を心配してくれている。
僕は本当のことを言うことにした。
「実は変わってる間に……」
「――やっぱり何かされたのね?」
「キスされました……」
「……? キ……ス?」
ぶわっと瞬光の顔が赤くなる。
「○○、あの子にキスされたの!?!?」
「ごめん。不意にされて、避けられなくて……」
「うぅ~、初めては私がしようと思ってたのに」
瞬光がまた小声で何かを言っている。
そして、今日何度目かの覚悟を決めた顔をしている。
「○○! ちょっと目をつぶって!」
「??? なんで?」
「いいから! 姉弟子からの命令よ!」
この場面でパワハラをされるとは思っていなかったので、仕方なく目をつぶる。
「よしっ! ○○、ちゃんと目つぶってなさいよ!」
「わかって――」
わかってるよと言い切る前に、唇に再び柔らかい感触が伝わる。
驚いて目を開けると、瞬光の顔がそこにあった。
僕は驚いて後ずさる。
「なっ! なっ!! 何してんの、瞬光!!」
「だって、あの子だけなんてずるいじゃない!!」
「でも、いきなりなんて!!」
「なに、そんなに嫌だったの?」
「嫌じゃないけど……!」
「じゃあいいじゃない! ワタシ、もう部屋に戻るから!」
そう言って、瞬光は部屋に戻っていった。
僕は唇に残る余韻が、とても長く思えた。
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ワタシは部屋のドアを開けて入った瞬間、壁を背にしてしゃがみこんだ。
「はぁ~! 緊張した……!」
ワタシの顔は、絶対に火が出るくらい赤くなっていることだろう。
自分の唇を触り、キスをした瞬間を思い出す。
それだけで、胸のあたりがポカポカする。
我ながら、大胆なことをしたと思う。
「でも……これに関しては、師匠にも、リンにも、雅さんにも絶対負けたくない」
だって――
「あんなに傍にいて支えてもらって、好きにならない女の子なんていないから……」
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初めて会ったのは、ワタシが雲嶽山を抜け出して適当観に来た時だったかな?
その時は、初めてできた妹弟子と弟弟子にすっごい浮かれちゃって、何回も先輩とか姉弟子って呼んでもらったっけ。
宗主代理なんて言っているのを見られて、二人に笑われたりして。
それから、始まりの主に乗っ取られたお兄ちゃんを救うために青冥剣を使って、少しずつ記憶がなくなっていくワタシを、○○は不思議なまじないを掛けて励ましてくれた――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんで……なんで思い出せないの……。どれも忘れちゃいけない思い出なのに……」
「瞬光? なにしてんの?」
「○○!? これは違うの……!」
○○は何かに気づいたかのように、近づいてくる。
「やっぱり……! 青冥剣を使ったんだ。反動がないはずないだろ」
「でも私は……!」
「瞬光、手出してほしい」
ワタシは言われたとおりに腕を出す。
○○はワタシの手を握る。
その瞬間、身体の奥から何かが抜けていくような感覚がした。
「……え?」
霞がかかっていた頭が、ほんの少しだけ軽くなる。
忘れていたはずの光景が、ほんの一瞬だけ輪郭を取り戻した。
「なに……これ……?」
「おまじないみたいなもんだ。全部を元に戻せるわけじゃないけど、少しだけ楽になるはずだ」
「……記憶が戻ったわけじゃないの?」
「戻したんじゃない。たぶん、思い出しやすくなっただけだ」
○○は笑おうとしたけど、その顔はどこか苦しそうだった。
「だから無理はしないでくれ、瞬光。何かあったら、絶対教えてほしい」
「……うん」
その時のワタシには、それ以上のことを考える余裕なんてなかった。
青冥剣のせいでどうにもならないと思っていた苦しさが、ほんの少しだけ和らいだ。
それが嬉しくて、ワタシはただ笑っていた。
だから、去っていく時に苦しそうに胸を押さえている○○に気づけなかった……。
それから色々あって、始まりの主と戦って、ワタシごと始まりの主を消そうとした時も――
○○とリンは、傷だらけになりながらワタシのところまで来てくれた。
それが、とてもうれしかった……!
始まりの主を倒した後、○○に抱きしめられながら怒られて……。
ワタシは、その功績を認められて虚狩りになった。
叙勲式が終わって、みんながお祝いしてくれて、当然○○もいて。
全部が良い方向に行ったって思ってた。
だから、わからなかったの。
○○の記憶が、ほとんどなくなってたなんて……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
だからワタシは決めたんだ。
今度はワタシが○○の力になって、支えるって。
「○○、今度は絶対あなた一人に背負わせないから」
その目は、決意に満ちていた。
好きなキャラは文字数増えちゃいますね
はじめた時には復刻終わってたので早く復刻来てほしいですね
感想等お待ちしてます!