試合が終わり戻ると、千冬と山田先生、一夏と一緒に箒が待っていた。
「随分長かった気がするぜ。勝負が長引いてたのか?」
別室で待機して様子を見ていなかった一夏が聞いてくる。
「ああ...少し手こずったな。予想以上に粘られちまったぜ...」
「て...ことは...勝ったんだな!」
「もちろんだ。」
ギリはニヤリ...と口角を上げる。
「すげえな!相手はIS乗りのエリートだろ!?」
「手こずったなどとよく言う...お前のISはほぼ無傷だろう。」
「えぇ!?」
「それと...お前は必然的にシード枠だ。この試合に勝ったアスピスと戦ってもらうぞ?」
「この決闘の発端をセシリアとお前だろ。いいのか?戦わなくて...」
ギリが一夏にそう聞く。
「俺がお前に勝てば実質あいつに勝ったも同然だろ?」
「まあ、俺はお前に勝たせてやるつもりはないがな!」
その様子を見ていた箒が口を開く。
「...あそこまで追い込む必要はなかったんじゃないか?アスピス。
力の差は明白だった...もっと早くトドメを刺せなかったのか?」
トドメを刺される直前、セシリアはどこか怯えているように箒には見えた。試合から感じ取れるものではない...箒を含めた観戦者の多くがそう捉えていたのだ。
「さっき言っただろう。やつは予想以上に粘った。直撃を狙った一撃も、武装を破壊するに留まってしまっていたからな...」
「そうか...」
遅れてセシリアが戻ってきた。
「オルコット。この試合ではアスピスが勝ったため、次の試合は織斑とアスピスとの戦闘になる...が、終わった後に貴様らがアリーナを借りて勝手に模擬戦をする分には構わん。」
「いえ...結構ですわ。わたくしはおふたりの試合を観戦させていただきます...」
そう言ってセシリアは早々にアリーナから立ち去った。
「試合は3日後だ。両者、しっかり準備しておくように!」
「待ってくれよ千冬姉!さすがにそれっぽっちの時間じゃ、せっかく後回しにしてもらったのに、慣れるなんて無理じゃないのか!?」
「こっちも常に時間が空いてる訳じゃない!そして言ったはずだ!私のことは織斑先生と呼べっ!」
そして一夏の頭に鉄拳が落ちた。
セシリアはトドメを刺される直前、確かに死の予感のようなものを感じ取っていた。今までやってきた模擬戦や試合では味わったこともないような異常な恐怖が、彼女の頭の中を埋めつくしていたのだ。
それまで胸にあった、男にこうもいいようにやられてしまう悔しさや、これほど強い男がいることへの驚きが一瞬で塗りつぶされてしまっていた。
彼が感じさせるその感情といい、圧倒的な実力といい...
「アスピスさん...あなたはいったい何者ですの...?」
そんなセシリアのつぶやきは、すぐに通りの風にかき消されてしまうのだった。
翌日、セシリアはギリに話しかけた。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
「セシリアか...なんだ?」
「いえ...単純な興味本位なのですが...あなた、IS学園に入学する以前は何をなさっていたんですの?随分と戦闘に慣れているように感じましたが...」
「何をやっていたか...?」
ギリは考える。はっきり言って以前の自分が何をしていたか、という設定は捏造していないのだ。
が、まあ素直に答えても問題はないだろう。
「コックだな。」
「は...?え?聞き間違いかしら...?今...」
「コックと言ったんだ!」
「え...」
「えええぇぇぇぇぇ!?」
「うるせっ!?」
「あなたが...!?コックですってぇぇぇぇ!?」
「だからそう言ったんだ!やめろ!揺らすな!」
セシリアは驚きのあまり叫びながらギリの両肩を激しく揺らす。
「はっ...!?申し訳ありません...わたくしとしたことがつい取り乱してしまいました...」
「ちっ...なんなんだ...そんなに俺がコックってのは意外なのか?」
バーンズに聞いた話だが、俺がコックしていると知った時、海賊はそれはもうとんでもなく驚いていたという。
「こちらはもっと過酷な幼少期からの軍の訓練だとか!そういう少し重い過酷を覚悟していたのですよ!?それなのになんです!?コックって!?」
「事実だ!仕方ないだろうがっ!」
そう、これは事実なのだ。
木星でプロフェッサー・カラスによる過酷な訓練を受けていたのも事実だが、地球に来てからずっとコックをしていたのも事実なのだ。
先程までは取り乱してしまっていたが、ギリはこれを好機と捉えた。元々コックをしていたと知れれば、自身の摩訶不思議な経歴を詮索されずに住むと思ったからだ。
なおこの時のセシリアはコックのインパクトの強さに、少し知能が低下してしまい、ギリの強さへの疑問も、自身があの瞬間に抱いていた死への恐怖もほぼ頭から抜けてしまっている。
「はーっ!じゃあやけに強いのはそのISの性能と天賦の才と言ったところかしら?わたくしは自分をエリートだと言っていましたが、上には上がいるようですわね...」
そのままセシリアはその場を立ち去っていった。
「なんだかどっと疲れたぜ...」
そう呟いて、ギリも授業に向けて教室に戻るのだった。
そしてあっという間に3日後、試合の時が来た。
一夏も今回はちゃんとISについて箒に教えてもらい、フィッティングも済ませてきたようだ。
「セシリアには結構な圧勝をしていたようだが、俺はそうは行かないぜ!俺も力を手に入れたんだ!もう千冬姉に守られてばかりじゃいられないからな!」
「そう思うなら見せてみろよ!その力とやらをな!」
そしてふたりはISに乗り込む。
「ギリ・ガデューカ・アスピス!クァバーゼ!出るっ!」
一足先にギリは出撃した。
「箒。」
「なっ...なんだ?」
「行ってくる。」
「あっああ.....勝ってこいっ!」
一夏の『白式』が発進準備を整えた。
「俺もギリみたいに言ってみようかな...?
織斑一夏!白式!行きます!」
両者が向き合う。
(こっちの武器は燃費が悪いからな...狙うなら短期決戦だっ!)
「いきなりだが...こっちから行くぜっ!ギリっ!」
一夏は『雪片弐型』を構え、猛スピードで突っ込んでくる。
だが、クァバーゼは近接主体のクロスボーンガンダムを倒すために作られた機体。なんの工夫もない突撃は通用しない。
「甘いっ!」
間合いを見切ってスネークハンドを猛スピードで振るう。
「おわっと!そう簡単には近づけさせてくれないよなぁ...!」
そう言いながら間髪入れずにまた向かってくる。
何度引き離されても向かっていく。
「頑張れーっ!織斑君っ!」
まだ一方的に攻撃を受けている一夏に応援が飛んでいる。
ギリは考えていた。
いくら一夏が初心者とはいえ、こう何度も同じことを繰り返すか?
疑問に思いながらも近づいてくる一夏を迎撃し続ける。
しばらく経つと、なんとスネークハンドの軌道を少しづつ見切り始めたのだ。
ギリもそれに気づく。
「こっ...こいつ?まさか攻撃パターンを覚え始めているのか?」
海賊並の成長速度かよ!と内心驚きながら迎撃を続ける。
いくら見切り始めたとはいえ、近づけなければ向こうのジリ貧なのだ。
が、スネークハンドの攻撃に慣れてきたところで、一夏が動きを変えた。
なんと、片方のスネークハンドが向かってくるのを瞬時加速で避けて、もう片方のスネークハンドに向かって、白式の単一仕様能力『零落白夜』を起動させた雪片弐型で切りかかる。
この3日間で一夏は確かに強くなっていた。
「ちっ!」
ギリは咄嗟に反応し、少し腕をずらすも攻撃にかすった。
が、ギリが驚いたのはその後だ。
「な...なんだと!?」
かすっただけなのにも関わらず、クァバーゼのシールドエネルギーの7割が削れていたのだ。
「くそっ!もうあれには当たれないな...!」
「やっぱりお前のその武器に攻撃してもシールドエネルギーが削れるみたいだな!」
その様子を見ていた山田先生は感心したように言う。
「凄いですね織斑君...ISを起動して間もない人の動きとは思えません...あ、それを言うとアスピス君もですね...」
「あの馬鹿者、浮かれているな...」
山田先生の言葉に、千冬は呆れたようにそう返す。
「どうしてわかるんですか?」
「さっきから左手は閉じたり開いたりしているだろう?あれが出る時は...大抵簡単なミスをする...」
「さあ、もう一回だ!」
またギリのスネークハンドに攻撃をしかけ、先程と同じ手順で瞬時加速で近づいた。
零落白夜を起動し斬りかかるが、自身が斬るはずだったものが一瞬で消えた。
それに反応するまもなく、ギリから射撃が飛んできた。
「はっ...!?うわぁっ!」
「そんなものに2度も引っかかるバカが、常識的に考えていると思うか?」
ギリはスネークハンドに攻撃が当たる直前に、展開していたスネークハンドを解除し、素早くビームライフルを呼び出して撃ったのだ。
そしてそこからは射撃の嵐だ。
ビームライフルと同時にもう片腕のスネークハンドからカーブするように斬撃が飛んでくる。
「くっ!でもまだだ!」
(シールドエネルギーの残量的に、仕掛けられるのはあと1回か...!)
一夏はまた接近を仕掛ける。
そして今度は眼前に迫るスネークハンドのビーム刃ごと零落白夜で斬り裂きにかかる。
が、猛スピードで迫るスネークハンドに意識を集中させすぎた。
「勝負を急いだな!一夏っ!」
突然スネークハンドが勢いを失ったと思ったら、今までのライフルより出力の高いビームが襲いかかる。
クァバーゼのメガ粒子砲だ。
それに直撃してしまう。
そしてその瞬間に試合の終了の合図がなった。
『試合終了。勝者。ギリ・ガデューカ・アスピス。』
その宣言に観客席にいた生徒たちからも困惑の声が上がる。
この結果に最も呆気にとられたのはギリだった。
明らかにまだ耐える余裕があったはずなのだ。何故これだけで勝負が決まった?
余程シールドエネルギーの容量が少ないのか?
あまりに締まらない結果にそう疑問を浮かべながらギリは戻っていく。
待っていた千冬達に開口一番聞いた。
「俺はなぜ勝ったんだ?...いや、俺が勝つのは当然としても、あの攻撃くらいは耐える余裕があったはずだ。」
「バリア無効化攻撃を使ったからだ。あいつも燃費の悪さは承知していたようだが、まだ甘かったな。」
バリア無効化攻撃...それは雪片の特殊能力で、文字通り相手のバリアを無効化し、直接本体にダメージを与えるものらしい。が、強力さに見合った欠陥があるようで、自身のシールドエネルギーさえも攻撃用に転換してしまうために、上手く扱えなければ自滅してしまうのだ。
「ただの欠陥機じゃねえかそれ?」
「その通りだ。」
「俺の愛機だぞ?欠陥機なんて言うなよな!」
いつの間にか戻ってきていた一夏がそう言った。
「言い方が悪かったな...ISはそもそも完成していないのだから、欠陥も何も無いか...」
「射撃武器が一切ないのはどうなんだ...?」
「まあ...あんな武器を搭載したら容量が足りなくなったんだろう...」
その後、一夏と箒、ギリはそのまま一緒に寮に戻っていく。
「...?...なんだよさっきからジロジロ見て...」
駄弁っていた一夏だが、視線を向けてくる箒に話しかける。
「その...なんだ...負けて悔しかったか?」
「そりゃ...まあな。」
「なっ...なら明日からはもっと練習しないとな?」
「い...一夏は、私に教えてもらいたいのだな?」
「そりゃまあな!他の女子より気が楽だし、束さんの妹だから詳しいだろうしな!」
「そうか...そうかそうか...なら仕方ないな!私が教えてやろう!明日からは放課後は空けておくように!」
「おう!」
ギリはその様子を後ろから黙って眺めていた。
こいつわかりやすすぎるんじゃないか?声も露骨に高くなるし...
これが地球のいわゆる...ツンデレってやつか...?
そんなことを考えながら、寮に帰っていった。
色々一区切りついたギリのその日の夕飯は、ネットで調べて作り方を覚えた和食になった。やはりギリも気に入っていたようだ。
セシリア・オルコットは考えていた。
ギリは単純に実力が高い。純粋に自分より強い男。しかし、ギリより弱いながらも最後まで食らいつき、結果的に見れば自分よりもギリを追い詰めていた一夏には、ギリが見せた強さと別のものを感じていた。
勝負は締まらない決着だったが...
男は皆、常に自分より強いものに媚びる軟弱な人間だと思っていた。自分の父親のように...
だが、一夏は自分より強い相手にも自分という女にも媚びず、果敢に立ち向かっていたのだ。
セシリアはそんな一夏の姿に心を惹かれていたのだった。