わたしは、魚を飼っている。
……飼っている、というのも少し語弊があるのかも知れない。
わたしがしていることなんて精々が環境を整え、日に2回餌をやり、たまに眺める程度。
ほぼ放置をしている現状では、飼っているなどと胸を張るなんて烏滸がましい。
世に言う愛犬家、愛猫家、愛鳥家のお歴々に比べればなんと浅薄なことか。
熱心な観賞魚の飼育者から見ても眉をひそめるか苦笑いをされる類の存在であろう。
そう、放置をしている。
詩的な表現をするならば『同居している』と言い換えても良いかも知れない。
……いや、やはり格好つけ過ぎたかも知れない。
格好つけついでに聞かれてもないことをべらべら喋ってみるとしよう。
興味がなければ聞き流して欲しい。
一応の飼育形態はビオトープ。
ビオトープというのは、自然本来の『味』を活かした飼育形態と云うべきか。
要は『なるたけ自然環境に近い条件で植物やらの環境ごと生体を管理する』モノか。
お屋敷などで鯉を飼っている状況を想像して欲しい。
石組みの池に鯉を放ち手を叩くと寄ってくる。
アレも立派な、むしろ立派過ぎるビオトープの一種と言えるだろう。
そんな『ビオトープ』をトロ舟なる大き目のプラスチックケースで作り出したわけだ。
本来トロ舟は工事現場でセメントやらモルタルやらをこねたりするための道具らしいが。
とはいえ、食器乾燥機がプラモデラーの必携品になる御時世だ。
多少想定にない活用法を見出されても御愛嬌というものであろう。
そこに今となっては少々お高い田砂を敷き詰め、流木や石を配置して水草を植えれば完成。
とはいえ、よほど強い魚ではないと水道水に直接ボチャンでは死んでしまう。
だから数日掛けてカルキを抜いて、多少バクテリアなりを繁殖させて漸く完成だろうか?
バクテリアがなければ生体らは自分の排泄物によって悪化する水質の中で弱っていく。
だから劣悪な環境でも生きられバクテリアを生み出せる生体を投入する必要がある。
そうしてタニシを入れた。
タニシというのは田んぼとかにいる巻き貝の類である。
名前くらいは聞いたことがあると嬉しい。結構好きな子だから。
マルタニシというやや大振りで近年珍しくなった種の子を導入した。
近年はジャンボタニシという種が席巻してるため厳に区別して欲しい。アレは農家の敵だ。
そんなこんなで他に水合わせなど工程はあるものの描写は端折り生体の紹介に入ろう。
いる魚は主にメダカ。
桜餅メダカというオレンジ色の頭頂部を持ち、身体に白や黒などの色彩を持つメダカだ。
興味を持ったきっかけはそのユニークな名前だが、今では個人的にも好きな子なのだ。
……奇形も組み込んでいないから頑丈だし。
あとはアカヒレと、シマドジョウと、オトシン。
それから掃除人としてシュリンプ… エビの類も入れている。
掃除人という意味ではシマドジョウもオトシンも一緒だが、掃除人は多くても構わない。
あまり動かないから眺める分には『映える』し観察側としてはありがたい存在なのだ。
エビは、青系のチェリーシュリンプを買ったのだけれど黒いゴマ粒にしか見えない。
失敗したかも知れないが、水に馴染んで増えていってくれてるので今は愛着も湧いている。
そうして環境が整ったら… さて、いよいよやることがなくなってしまう。
餌を日に2回から3回ほど与える。
繁茂しすぎた水草を間引く。
たまに汲み置きしていた水を補充してやる。
何処からともなく現れ大増殖の兆しを見せるアオコ(所謂、
そうすれば『日々のお世話』などほとんど片付いてしまう。
仮に数日放っておいてもさほど致命的な変化はしない。
小鉢などと違ってビオトープの水量は劇的に生体の環境を悪化させない。
田砂という懐の広い低床もそれを支えてくれる。植物もあれば尚更だ。
ならば、あとはただ惰性で時間の流れに身を任せ、日々をやり過ごしていく形となる。
ビオトープを立ち上げた当初の熱も落ち着いて、程好い距離感を保てるようになる。
多くのアクアリストにとって『飽き』が来るのはこの安定期ではないだろうか?
まして、わたしは屋外にトロ舟ビオトープを置くタイプなのだから言わずもがなだろう。
普段目に付く場所、例えばリビングや玄関に置くタイプよりもどうしても距離は遠くなる。
……だからわたしは、魚を、ビオトープを選んだのだ。
犬や猫ほどに『生活の一部』になるわけでもない、しかし、確かに存在する同居人。
程々に孤独を癒やし、程々に愛着が湧くパートナー。それが彼らなのだ。
それでも彼らは日々を生きている。
メダカも、タニシも、エビなども増えやすい種は勝手気ままに数を増やしている。
幸福かどうかは分からない。
けれど、彼らは彼らなりの生を目一杯に生きているのだ。
ふと、そんな彼らとの関係性を横目に、わたしは自身の生い立ちを振り返ってみることにした。
わたしは、兄二人と10以上の歳が離れている。
わたしが生まれた頃、兄たちは小学校高学年で受験を控えていた。
わたしが物心付く頃、兄たちは中学受験を迎えた。
わたしが幼稚園に入る頃に高校受験を受け、わたしが小学校に入る頃に大学受験を受けた。
母によると、わたしは『手がかからない子』だったらしい。
中学受験も幾つか落ちたものの私立の学校には入れた。
その学校は大学までのエスカレーター式だったので高校・大学と受験戦争と無縁だった。
だからだろうか。
構われることは記憶している限りでは少なかったように思える。
無論、愛を感じなかったわけではない。
兄二人に言わせればわたしはそれは大層可愛がられて育ったらしいから。
特に父からの溺愛ぶりはひどかったのだとか。
兄二人との比較を目にしたわけではないのでなんともピンと来ない話であるが。
では、母からあまり構われなかったことが寂しかったかと言われればどうだろうか。
わたし本人としてはあまり不足は感じなかった、という結論に落ち着くのだ。
だからだろうか。
こういう『放置型』のビオトープを自分で作り上げると、最近とみに思うことがある。
わたしにとって、放置とは、放任とは、きっと『愛』なのだ。
急な出張や年末年始の実家帰りなど、他の生き物を飼っていては中々出来ない。
きっと犬や猫、鳥などだったら気が気ではないことだろう。
命の優劣云々という小難しい話にするつもりはないが、やはり、安心感が違うのだ。
特に歳を重ねる毎に、葬儀などのイベントごとは『当事者』により近くなっていくもの。
いざという時にフリーハンドで動けるというメリットは精神衛生上多大な貢献をする。
惰性の日々に大きな心境の変化があったわけではない。
しかし、わたしは夏のある日にネットショッピングで縁台というものを買った。
木製のベンチのようなものだ。
当然、完品が送られてくるはずもないのでDIYよろしく自ら組み上げた。
中々に悪くない。
縁台に腰掛けながらぼんやりビオトープを覗き込むとわたしの頭が影を作る。
餌だと思ったのか、魚たちが寄ってくる。
うん、悪くない。
ふと思い立ち、割り箸と綿糸で作った粗末な釣り竿を作ってみる。
わたしはそれをビオトープに垂らすと、自らの『影法師』と向き合う。
釣れても良い。釣れなくても良い。
ただ、水面を掻き回すだけだって構わない。
夏の終わり。
残り香のような熱い風に包まれながら、わたしは、ただ『昔』と『今』に浸っていたかった。
きっと、この自己満足すらも、わたしにとっては『愛』なのだろうから。