TS転生天与呪縛病弱摩虎羅系天才美少女禪院澪ちゃん(18歳) 作:むーちゃん
他者との縛りは安易に結んではならない。
呪術界に身を置く者なら、当たり前のように知っていることだ。
自らのみで結ぶ縛りは、例え破ったとしてもその縛りによって得たもののみを失う。
しかし他者と結んだ縛りは別だ。
その縛りは強制力を持つ。破れば【罰】を受ける。
そんな当たり前のことを、澪は知らない。
□□□□
「やっ」
その女が澪を訪ねて来たのは、直也との逢瀬が始まってから二ヶ月程が経ってからのことだった。
「……どなたですか」
「私かい? 通りすがりの主婦だよ」
「…………」
買い物袋からはみ出るネギを指さして女はそう騙る。
「はあ」
そんなはずはない。
ここは禪院本家。力を持たない一般人が出入りできるような場所では無い。
世間に疎い澪でもそれくらいは分かった。
つまり、この女は禪院家の客人か、あるいは──術師が数え切れないほどいるこの家で、誰にも気付かれずにここまで入り込んできた侵入者か。
「面白い噂を聞いてね。天与呪縛と十種の抱き合わせ、史上初の変わり種が産まれたって。だから様子を見に来たんだ」
「そうですか」
どちらだとしても、澪にはあまり関係ないことだ。澪には何の力もありはしないのだから。
「わざわざ足を運んでいただいたのに、期待外れだったでしょう」
術式の起動すらままならない。一人で床から起き上がることすら困難な有様。
とてもではないが、生まれ持った資質からは想像できない貧弱さだ。
だからどうか何も言わずに去ってほしい。
澪はもう、これ以上誰からも失望されたくなかった。
「ここにはなにも面白いものはありませんよ。どうぞお帰りくだ──」
「いや? 十分面白いよ、君は」
軽い調子で。
その女はそう言った。
「十種は置いておいて、その体質だ。慢性的な反転術式の生成なんて、やろうと思って出来ることじゃない」
「体が弱いのはあれかな、過剰免疫のようなものだろう。健康だったはずの体に反転術式を打ち込み続けてるんだ。そりゃガタも来る」
「その上に十種影法術だ。反転したらどうなるんだろうね? 影を媒体にしてるから反転は光になったりするのかな。光の摩虎羅、見てみたいなあ。ピカピカしてそう。いやあ人類の夢は広がるね」
ペラペラペラペラと、よく喋る人だ。
しかし、澪は悪い気分ではなかった。
生まれて初めて、己を肯定された気がした。
「もっと見せてほしいんだ、私に、君の可能性を」
「……はあ」
「色々教えてあげよう。そうすれば、君はもっと強くなれるはずだ」
怪しい。あまりにも不審。
これだけ大きな声で話せば誰か来そうなものなのに、人の気配は毛ほども感じられない。
何かの罠だろうか。それとも澪を辱めるための嘘?
この差し出された手をとった瞬間に直哉が出てきて、澪のことを全否定しに来るのだろうか。
「……そうすれば」
「うん?」
しかし、強くなれるという言葉は、何故こんなにも澪の心を揺さぶるのだろうか。
「わたしは、自由になれますか」
澪は、何を求めているのだろうか?
「勿論。強さは正義だよ、澪。過去最も素晴らしかった術師は、誰よりも強く、そして誰よりも自由だった」
澪は──
「──これは【縛り】だ、禪院澪」
──女の手を取った。
「私は君に【知識を与えよう】。その代わり、私が君に【お願い】をした時、君には【それを叶えて欲しい】んだ」
額に縫い目のような傷がある女の手は、女中のような荒れた手をしていた。
「……貴女の、名前は?」
「ああー、私の名前ね」
そう問うと、女は何故か困ったような顔をして、少し考え込んでから答えた。
「香織だよ、澪。気軽にかおちゃんとでも呼ぶといい」
□□□□
それからというもの、香織は定期的に澪の下を訪れた(どうやって禪院家へ入り込んでいるのかは謎のままである)。
その度に香織は澪に、呪術師としての知識を詰め込んだ。
「まずは結界術から教えようか。たとえ呪力が反転していたとしても、結界術であれば変なことにはならないはずだよ。これで呪力操作について学ぶといい」
香織は手練れの呪術師のようで、澪が禪院家で出会った誰よりも流麗な呪力操作だった。
それこそ、澪にとって圧倒的な強者である直哉よりも、ずっと。
「香織さんは、何級の術師なんでしょうか」
「ん〜、まあ一級くらいさ。そこそこ強いよ、私は」
「……はあ、そこそこ」
直哉が特別一級術師に最近昇格したことを澪は思い出した。
直哉と香織が、同じ等級?
あれと、これが?
「そうですか」
とてもそうは思えなかったが、澪は何も言わなかった。
澪のコミュニケーション能力は壊滅的なのである。
「結界術は便利だよ。あらゆる技術の基礎になるし、上に行けば行くほど、この練度が重要になってくる。領域展開とかね」
「ふぅん」
「結界の外殻をいじることで領域の設定がうんぬんかんぬん────」
香織は澪ではあまり理解出来ない話を垂れ流す。
呪術戦の極地である領域展開など、今の激弱ドブカス澪が出来るはずないだろうに。
「分かったかい、澪。結界術を極めれば、同レベルの術師の一歩先に進めるんだ」
「……はい」
分かっていないが澪は頷いた。
禪院の女は肯定のみしていればいい。
そう教わって、そう生きてきた。例え相手が同じ女だとしても、相手が己より強者なのであれば、それは変わらない。
「じゃあまずは『帳』でも練習してみようか。大丈夫、既に私が帳を下ろしているから、澪が呪力を使ったことは誰にもバレないさ」
「……分かりました」
確かに目を凝らせば、澪の部屋の壁に沿うように何か膜のようなものがこびり付いていた。
これが『帳』で、これのせいで香織がいる間は女中も誰も寄ってこないのだろうか。
「気づいたかい、澪。君は目がいいね」
そう褒めてきた香織を横目で見たが、にこにことした笑顔が貼り付いているだけで、澪には感情が読めなかった。
「祝詞はさっき教えた通りだ。さあ、唱えてごらん」
この女は何故こんなことをしているのだろうか。
澪なんかに関わって何が楽しいのだろうか。
澪は分からなかった。
あるいは分かろうともしていないのかもしれない。
「闇より出でて、闇より黒く──」
ただ、これまでの人生の中で一番、呪術が面白いのは確かだった。
□□□□
「……づっ……っは」
「ふぅー……なんや、もうへばったんか」
最初で最悪の体験から三ヶ月。この作業にも澪はこ慣れてきた。
気遣いの欠片もない直哉の暴力をただ耐えればいいのだ。何も感じる必要はない。いつもの事だ。何も変わらない。
ただ今は、この醜悪な害虫の気分を害さぬように、静かに時が過ぎるのを待つ。
「はぁー、何で君孕まんの。いい加減産んでもらわんと、俺が不能って噂ついたらどうすんねんカス」
「……もうしわけ、ございません」
本当に不能にしてやろうか、と思ったことは手にも口にも顔にも出さない。
今日の彼は少し機嫌が悪いようだ。そういう日の行為はいつもに増して暴力的なものになる。
おだてて機嫌を取った方がいいだろうか。口下手な澪の適当な賛辞でも、直哉は本気にしないながらも少しだけ機嫌が良くなる。
「直哉、様」
「あぁ?」
「今日は、呪霊の討伐任務だったのでしょう? どのような呪霊だったのですか?」
男というのは武勇伝を語りたがるものらしい。女中の一人がそう言っているのを、澪は聞き耳を立てていた。
「はっ、なんや、澪ちゃんもそういうのが気になるお年頃かいな。やめとき、こーんなカスみたいな呪力しかない澪ちゃんじゃ、真っ先に呪霊に食われて終いや」
「いえ……ただ、直哉様はいつも誰よりも速くて、戦功もあげてらっしゃると、女中達が噂しておりましたので……」
「ハッ、雑魚に褒められてもなんも嬉しくないねん」
嘘だな、と澪は思った。口角が少し上がっている。単純な奴だ。
「まあええわ、今日の獲物は準一級の呪霊や。分家の役立たず共が泣きついて来たから、わざわざ俺が──」
そこからは聞く価値もない自慢話だった。
誰が使えなかっただの、呪霊の使う術式はカスだっただの、ノロマすぎて牛かと思っただのと。
澪はとんでもなく棒読みの相槌を打ちながら、チラリと部屋の隅へと視線を向けた。
「……なんや澪ちゃん、どこ見とるん?」
「……、虫がいたかと思ったのですが……なんでもありません、見間違いだったようです」
「ふぅん、いい度胸やな。俺の話聞かずに余所見なんて」
(やば)
ニタニタと笑うドブカスに澪は己の失敗を悟ったが、同時に一つ確かめることが出来た。
部屋の隅──極小の帳で隠されている、香織が置いていった式神に、直也は気付いていない。
つまり、術師の格として、香織が上で、直哉が下だ。
それなのにまるで己が王であるかのように振る舞う直哉が酷く滑稽で、澪は笑いそうになった。
みんながみんな、誰かが上にいるというのに、その事実から目を逸らして現実逃避している。
なんて愚かで、愛しいことだろう。
〇澪ちゃんTips
・心にもないことを言う時は饒舌になるぞ!