第十三の主従   作:知人

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第十四話 選択の手前

 

「鈴原君!」

リツコの声が検査室に響いた。

検査装置が自動停止し、頭部のセンサーが警告音を鳴らし続ける。

ピッ、ピッ、ピッ——。

「何が見えた!」

俺は左腕を押さえたまま息を整える。

黒い線が皮膚の下で脈打っている。

一本。

二本。

三本。

さっきまでより少しだけ濃い。

「……分からん。」

「嘘をついてる?」

「違う。」

本当に説明できない。

誰かが呼んだ。

それだけは確かだ。

でも、その名前が思い出せない。

リツコがマヤへ向く。

「波形!」

「記録してます!」

モニターには俺の脳波。

心拍。

神経反応。

そして、その上に重なる異常な波形。

「また混ざった……」

マヤの声が震えた。

「本人の反応じゃありません。」

「バルディエル?」

俺が呟く。

リツコは首を振った。

「違う。」

その一言で空気が冷えた。

「三つ目よ。」

契約者

検査は中止になった。

俺は別室へ移され、左腕の再検査だけが続けられている。

包帯を巻き直しながら、マヤが小さく呟いた。

「怖くないんですか?」

俺は少し笑う。

「怖いで。」

「え?」

「ずっと怖い。」

マヤは黙った。

「でも。」

俺は左腕を見る。

「怖いから逃げても、こいつは消えへん。」

胸の奥で鼓動が鳴る。

ドクン。

『……友。』

「おるんやろ。」

『……いる。』

少しだけ安心した。

少なくとも、この声は知っている。

知らない声じゃない。

発令所

「侵食率。」

「100.1%のまま固定です。」

マヤが報告する。

リツコは頷く。

「変化なし。」

だが、その表情は険しい。

「問題はそこじゃない。」

画面には三本の波形。

一つ目。

トウジ。

二つ目。

UNKNOWN BIOPATTERN。

三つ目。

「……これ。」

マヤが指を止めた。

「また。」

波形の末尾に、一瞬だけ現れる小さな揺らぎ。

それは決まって——

3:17。

「時刻依存。」

リツコが呟く。

「しかも今回は九時四十一分にも出た。」

「二回目です。」

「ええ。」

そして画面の隅。

小さな文字。

Observer:Present

リツコは画面を閉じた。

「誰が入力したの。」

誰も答えられない。

病室

午後。

退院許可が出た。

包帯を巻いた左腕。

制服。

いつもの姿。

鏡を見る。

「普通や。」

『……普通。』

「せや。」

俺は笑う。

「普通でおりたい。」

返事は少し遅れた。

『……努力。』

「学んだな。」

『……お前から。』

思わず吹き出した。

「ほんま変な使徒や。」

『……友。』

「それしか言えんのか。」

『……友。』

「ええわ。」

少しだけ。

肩の力が抜けた。

学校帰り

退院した帰り道。

夕方。

空が赤い。

第三新東京市は静かだった。

コンビニ。

電車。

学生。

普通の日常。

「……帰ってきた。」

そう思った瞬間。

左腕が疼く。

「っ。」

『……止まれ。』

バルディエル。

「どうした。」

『……見る。』

誰が。

聞く前に。

信号の向こう。

白い影が立っていた。

白髪。

赤い瞳。

観測者。

今度ははっきり見えた。

俺は走った。

「待て!」

信号を渡る。

車が止まる。

人が振り向く。

だが。

角を曲がった瞬間——

誰もいない。

「……またか。」

地面を見る。

足跡はない。

代わりに。

電柱に指で書いたような文字。

「まだ選ぶな。」

「何や、それ。」

『……危ない。』

バルディエルの声が低かった。

初めて聞く緊張だった。

ターミナルドグマ

同時刻。

誰もいない地下最深部。

リリス。

白い仮面。

巨大な十字架。

静寂。

その頬を。

赤い雫が一滴だけ流れた。

ポタリ。

床へ落ちる。

その瞬間。

仮面の下。

見えてはいけない場所で。

何かが。

ほんの少しだけ動いた。

三人

夜。

それぞれ別の場所。

シンジ。

窓の外を見る。

胸が少し痛む。

ドクン。

綾波。

静かに目を閉じる。

誰かが呼ぶ。

ドクン。

そして俺。

布団に入った瞬間。

また聞こえた。

ドクン。

三つの鼓動。

重なる。

俺。

シンジ。

レイ。

その奥。

四つ目。

もっと深い場所。

「またや。」

『……近い。』

「何が。」

返事はない。

代わりに。

夢が始まった。

赤い海

俺は立っていた。

赤い海。

風はない。

波もない。

前とは違う。

今回は、一人じゃない。

バルディエルが隣に立っていた。

巨大な影。

「お前。」

『……見る。』

「何を。」

影は前を指す。

遠く。

黒い扉。

六つの黒い輪。

五つだけが微かに光る。

六つ目は暗い。

その前に。

観測者が立っていた。

白髪。

赤い瞳。

今度は俺を見る。

『君は間に合った。』

「何に。」

『侵食ではなく、契約になった。』

「知っとる。」

『だから次は。』

少年は少しだけ目を伏せる。

『選択になる。』

その言葉と同時に。

六つ目の輪が——

一瞬だけ脈打った。

光ったわけじゃない。

ただ。

内側から鼓動が響いた。

ドクン。

俺が一歩踏み出そうとした瞬間。

バルディエルが俺の前へ出る。

『……行くな。』

「何でや。」

『……まだ。』

観測者も頷いた。

『境界は、まだ開いてはいけない。』

その瞬間。

世界がひび割れる。

赤い海。

黒い扉。

観測者。

全部が砕ける。

最後に残ったのは。

たった一言だった。

「第十三は、選ばれる。」

俺は飛び起きた。

時計を見る。

午前三時十七分。

胸の鼓動が止まらない。

左腕を見る。

包帯の下。

黒い線は増えていない。

だが。

手のひらの中央にだけ。

今までなかった小さな黒い印が浮かんでいた。

それは輪ではない。

傷でもない。

まるで——

まだ開いていない六枚目へ続く、鍵穴のような印だった。

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