第十三の主従   作:知人

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第十六話 旧封印区画

 

ドク。

 

地下の鼓動が返ってきた。

 

部屋の誰も動かなかった。

 

真っ黒になったモニター。

 

消えた赤い瞳。

 

残っているのは警報音だけだった。

 

「……今の。」

 

マヤの声が震える。

 

「ログ!」

 

「取得中です!」

 

キーボードを叩く音が部屋に響く。

 

リツコはモニターを睨んだまま短く命じた。

 

「映像を復元。」

 

「駄目です。」

 

「音声。」

 

「こちらも。」

 

数秒後。

 

マヤが振り向いた。

 

「記録がありません。」

 

「そんなはずない。」

 

「モニターは確かに表示しました。」

 

「なのに。」

 

画面を切り替える。

 

録画データ。

 

音声ログ。

 

全て。

 

空白だった。

 

俺は掌を握る。

 

鍵穴はまだ熱を持っている。

 

「葛城さん。」

 

「何?」

 

「今の、見ましたよな。」

 

ミサトは静かに頷いた。

 

「見た。」

 

「なら。」

 

「でも証拠が残ってない。」

 

嫌な沈黙だった。

 

まるで。

 

俺たちだけが見せられた出来事みたいだった。

 

その時だった。

 

ピッ。

 

司令部から優先通信。

 

「葛城一佐。」

 

ゲンドウの声。

 

「鈴原を連れて地下第七層へ向かえ。」

 

部屋の空気が止まる。

 

ミサトが眉を寄せた。

 

「理由は。」

 

「境界が動いた。」

 

短い返答だった。

 

通信が切れる。

 

境界。

 

またその言葉だ。

 

俺は左腕を押さえた。

 

『……行く。』

 

「分かっとる。」

 

バルディエルは迷わなかった。

 

---

 

地下第七層。

 

エレベーターが開く。

 

冷たい空気。

 

前に来た時と同じ赤い非常灯。

 

だが今日は違った。

 

壁に亀裂が走っている。

 

「これ。」

 

シンジが息を呑む。

 

「昨日はなかった。」

 

綾波が壁へ触れる。

 

「温かい。」

 

俺も手を近づけた。

 

確かに熱がある。

 

まるで。

 

壁の向こうで何かが呼吸している。

 

「近づきすぎないで。」

 

ミサトが制止する。

 

その時。

 

リツコが携帯端末を見る。

 

「反応。」

 

「欠片ですか。」

 

「ええ。」

 

画面には地下構造図。

 

旧封印区画。

 

停止していた反応。

 

昨日より。

 

さらに二メートル。

 

前進していた。

 

「止まってない。」

 

マヤが呟く。

 

「少しずつ進んでる。」

 

誰も笑わない。

 

俺だけが知っていた。

 

胸の奥の鼓動が。

 

近づいている。

 

---

 

旧封印区画。

 

隔壁の前へ到着する。

 

分厚い鋼鉄。

 

封印番号。

 

『SECTOR-7』

 

そして。

 

その中央。

 

昨日までなかったもの。

 

黒い手形。

 

「……。」

 

俺は息を止めた。

 

俺の左手。

 

掌の鍵穴。

 

形が似ている。

 

「触るな!」

 

ミサトが叫ぶ。

 

だが。

 

遅かった。

 

左腕が勝手に動く。

 

「っ!」

 

止まらない。

 

『……呼ぶ。』

 

バルディエル。

 

「やめろ!」

 

腕が隔壁へ近づく。

 

あと十センチ。

 

五センチ。

 

一センチ。

 

触れた。

 

カチ。

 

小さな音。

 

まるで鍵が噛み合う音だった。

 

次の瞬間。

 

ゴォォォ——

 

隔壁全体が震えた。

 

「離れろ!」

 

ミサトが俺を引く。

 

俺は後ろへ倒れる。

 

隔壁は開かなかった。

 

だが。

 

中央の黒い手形だけが光る。

 

五本の指。

 

一本ずつ。

 

淡く黒く発光する。

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

四本。

 

五本。

 

そこで止まる。

 

六本目はない。

 

その代わり。

 

掌の中央。

 

鍵穴だけが脈打った。

 

ドク。

 

ドク。

 

「リツコ!」

 

ミサトが叫ぶ。

 

「これは。」

 

リツコは画面を見たまま答える。

 

「認証。」

 

「何。」

 

「封印が。」

 

一拍置く。

 

「鈴原君を認識した。」

 

俺の背筋が凍った。

 

「何で。」

 

誰も答えられない。

 

---

 

その頃。

 

ターミナルドグマ。

 

リリス。

 

巨大な白い身体。

 

静寂。

 

ポタリ。

 

また一滴。

 

赤い雫が落ちる。

 

そして。

 

仮面の奥。

 

誰にも見えない場所で。

 

片方の瞼だけが。

 

ほんの僅か。

 

震えた。

 

---

 

旧封印区画。

 

「反応急上昇!」

 

マヤの声が通信から響く。

 

「ATフィールド形成!」

 

「使徒!」

 

「違います!」

 

「じゃあ何!」

 

リツコが叫ぶ。

 

「波形が一致しません!」

 

空気が重くなる。

 

俺の周囲だけ。

 

世界が遅くなる。

 

そして。

 

また見えた。

 

白い髪。

 

赤い瞳。

 

観測者。

 

隔壁の向こう側に立っている。

 

今度は逃げない。

 

じっと俺を見ている。

 

「お前。」

 

誰にも聞こえない。

 

俺だけが見えている。

 

観測者が口を開く。

 

『鍵は合った。』

 

「何の。」

 

『だが、まだ開かない。』

 

「何でや。」

 

少年は静かだった。

 

『君が選んでいないから。』

 

「何を。」

 

返事はない。

 

代わりに。

 

隔壁の向こう。

 

闇の中で。

 

何か巨大なものが。

 

ゆっくりと身じろぎした。

 

ゴン。

 

床が震える。

 

シンジも感じた。

 

綾波も。

 

三人同時に胸を押さえる。

 

ドク。

 

鼓動が重なる。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

そして。

 

四つ目。

 

今までで一番近い。

 

俺は確信した。

 

壁の向こうにいる。

 

欠片は。

 

もう境界のすぐ向こうまで来ている。

 

その瞬間。

 

隔壁へ赤い文字が浮かび上がった。

 

> **認証進行率 5/6**

 

誰も入力していない。

 

誰も触れていない。

 

だが。

 

その数字だけは。

 

確かに一つ進んでいた。

 

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