――午前六時。
NERV本部。
発令所に警報が鳴り響いていた。
マヤ:「未確認反応、再び出現!」
ミサト:「場所は?」
マヤ:「第三新東京市上空。昨日と同じです」
リツコ:「大きさは?」
マヤ:「観測できません」
ミサト:「また?」
マヤ:「はい」
青葉:「ATフィールド、確認できません」
日向:「光学観測にも何も映ってないぞ」
ミサト:「なのに生体反応だけはある?」
マヤ:「……はい」
発令所に沈黙が落ちる。
リツコはモニターを見つめていた。
昨日から。
何度も同じ反応が出ている。
空間の歪み。
微弱な生体反応。
しかし。
姿はない。
リツコ:「これは使徒じゃないわ」
ミサト:「じゃあ何?」
リツコ:「分からない」
短い答えだった。
それ以上。
リツコは説明しなかった。
そのとき。
ゲンドウ:「鈴原を呼べ」
ミサトが振り返る。
ミサト:「鈴原君を?」
ゲンドウ:「そうだ」
ミサト:「この反応と、あの子に何か関係があると?」
ゲンドウ:「……」
ゲンドウは答えない。
ただ。
モニターに映る波形を見る。
一瞬。
波形が乱れた。
ゲンドウ:「関係がある」
それだけだった。
学校
朝。
教室。
俺は席に座っていた。
いつも通り。
……とは言えない。
クラスメイトの視線が痛い。
ケンスケ:「鈴原」
トウジ:「なんや」
ケンスケ:「昨日の検査って何だったんだ?」
トウジ:「普通の検査や」
ケンスケ:「本当に?」
トウジ:「本当や」
ケンスケ:「左腕、見せてくれよ」
トウジ:「嫌や」
ケンスケ:「なんで?」
トウジ:「見せもんちゃうからな」
ケンスケ:「ちぇっ」
隣で。
シンジが苦笑する。
シンジ:「ケンスケ、やめた方がいいよ」
ケンスケ:「だって気になるじゃん」
シンジ:「……まあ」
シンジも。
気になっている。
昨日。
俺の中にいる使徒を見たわけじゃない。
でも。
知ってしまった。
俺の中には。
人間ではない存在がいる。
それを。
シンジはまだ完全には受け入れられていない。
それでいい。
無理に受け入れる必要はない。
俺だって。
まだ怖い。
そのとき。
教室の扉が開いた。
アスカ:「ちょっと、転校生!」
トウジ:「なんや」
アスカ:「先生が呼んでるわよ」
トウジ:「俺を?」
アスカ:「そう」
トウジ:「分かった」
立ち上がる。
アスカが小声で続ける。
アスカ:「……昨日のこと」
トウジ:「ん?」
アスカ:「誰にも言わないでおく」
トウジ:「何を?」
アスカ:「アンタが使徒と話せること」
トウジ:「……ありがとうな」
アスカ:「勘違いしないで」
トウジ:「?」
アスカ:「信用したわけじゃないから」
トウジ:「分かっとる」
アスカ:「……ならいい」
俺は教室を出た。
背後で。
シンジがアスカを見る。
シンジ:「アスカ」
アスカ:「何よ」
シンジ:「少し優しくなったね」
アスカ:「なってない!」
NERV
俺が発令所へ入ると。
ミサトが待っていた。
ミサト:「来たわね」
トウジ:「何かあったんですか?」
ミサト:「昨日から、空に妙な反応が出てる」
トウジ:「使徒ですか?」
リツコ:「違う」
トウジ:「……」
リツコ:「ATフィールドがない」
トウジ:「でも、生体反応はある」
リツコ:「そう」
俺はモニターを見る。
何もない空。
ただ。
データだけが表示されている。
UNKNOWN BIOPATTERN
俺は眉をひそめた。
トウジ:「バルディエル」
バルディエル:『……違う』
トウジ:(使徒ちゃうんか?)
バルディエル:『……分からない』
トウジ:(珍しいな)
バルディエル:『……でも』
トウジ:(でも?)
バルディエル:『……知っている』
トウジ:(何を?)
バルディエル:『……匂い』
トウジ:(匂い?)
バルディエル:『……同じ』
俺は黙った。
リツコ:「何か聞こえた?」
トウジ:「……ああ」
ミサト:「何て?」
トウジ:「こいつは、昨日の使徒とは違う」
リツコ:「それだけ?」
トウジ:「でも」
俺は画面を見る。
トウジ:「バルディエルは、知ってるみたいです」
リツコ:「……」
リツコが画面を拡大する。
そこに。
古い記録が表示された。
トウジ:「これは?」
リツコ:「過去のエヴァ関連記録」
ミサト:「四号機の資料ね」
俺の背筋が冷たくなった。
トウジ:(四号機……)
知っている。
原作。
アメリカ。
エヴァンゲリオン四号機。
S²機関。
実験中に消滅。
そして。
その後。
弐号機と量産機へ繋がる計画。
だが。
ここは俺が知っている原作とは違う。
参号機がまだ壊れていない。
俺が生きている。
なら。
四号機も。
同じ運命とは限らない。
リツコ:「四号機の実験データは、ほとんど残っていない」
ミサト:「事故で消えたからね」
トウジ:「……事故?」
リツコ:「そう」
トウジ:「本当に?」
リツコが俺を見る。
リツコ:「何か知っているの?」
トウジ:「いや」
嘘だった。
俺は。
知っている。
でも。
この世界の四号機がどうなったのかは。
知らない。
第四格納庫
俺は格納庫へ案内された。
巨大な扉。
開く。
中には。
何もない。
ただ。
一つの台座。
そして。
そこに残された記録装置。
ミサト:「ここが?」
リツコ:「四号機関連の隔離区画」
トウジ:「エヴァは?」
リツコ:「ない」
トウジ:「……」
リツコ:「正確には」
リツコがモニターを見る。
リツコ:「存在しない」
トウジ:「どういう意味です?」
リツコ:「四号機は、記録上」
一拍。
リツコ:「消えた」
トウジ:「事故で?」
リツコ:「そう」
俺は台座を見る。
何もない。
それなのに。
胸が。
ドクン。
バルディエル:『……近い』
トウジ:(どこに?)
バルディエル:『……ここ』
トウジ:(四号機が?)
バルディエル:『……違う』
トウジ:(じゃあ?)
バルディエル:『……残ったもの』
俺は台座へ近づく。
その瞬間。
左腕が痛んだ。
トウジ:「……っ!」
ミサト:「鈴原君?」
トウジ:「大丈夫です」
リツコ:「左腕?」
トウジ:「ちょっと痛んだだけです」
バルディエル:『……触るな』
トウジ:(何や?)
バルディエル:『……痛い』
トウジ:(お前が?)
バルディエル:『……記憶』
トウジ:(記憶?)
その瞬間。
視界が暗転した。
精神世界
赤い海。
俺は立っている。
だが。
今までとは違った。
目の前に。
巨大な白い腕が落ちている。
焼けている。
崩れている。
そして。
その奥に。
巨大な影。
バルディエルだった。
トウジ:「……これ」
バルディエル:『……残骸』
トウジ:「何の?」
バルディエル:『……仲間』
トウジ:「仲間?」
バルディエル:『……近い』
赤い海に。
映像が浮かぶ。
巨大なエヴァ。
白い装甲。
四号機。
実験施設。
警報。
人間たちが逃げている。
そして。
突然。
空間が歪む。
四号機の周囲に。
黒い影が広がる。
トウジ:「……原作と違う」
バルディエル:『……?』
トウジ:「いや」
映像の中。
四号機が消える。
爆発ではない。
溶けたわけでもない。
ただ。
空間そのものに。
飲み込まれる。
トウジ:「……何やこれ」
バルディエル:『……扉』
トウジ:「扉?」
バルディエル:『……向こう側』
トウジ:「どこへ繋がっとる?」
バルディエル:『……知らない』
俺は映像を見る。
最後。
四号機のコアだけが。
空間の裂け目に残される。
そのコアへ。
何かが触れる。
小さな影。
人間の子供くらい。
だが。
顔はない。
俺は息を呑む。
トウジ:「……誰や」
影は。
俺を見る。
???:『……』
声はない。
トウジ:「お前」
???:『……』
バルディエルが前へ出る。
バルディエル:『……帰れ』
影は動かない。
トウジ:「知り合いなんか?」
バルディエル:『……違う』
トウジ:「じゃあ何や」
バルディエル:『……欠片』
その言葉と同時に。
影が消えた。
現実
トウジ:「……!」
目を開ける。
格納庫。
ミサトが肩を掴んでいる。
ミサト:「鈴原君!」
トウジ:「……大丈夫です」
ミサト:「急に倒れたのよ!」
リツコ:「精神接続ね」
トウジ:「……はい」
リツコ:「何を見たの?」
俺は迷った。
全部話すべきか。
それとも。
黙るべきか。
トウジ:「四号機」
リツコ:「……」
トウジ:「あれは事故やない」
リツコ:「どういう意味?」
トウジ:「消えたんです」
ミサト:「消えた?」
トウジ:「空間に」
リツコの表情が変わる。
トウジ:「それから」
俺は左腕を見る。
トウジ:「何かが残った」
リツコ:「何か?」
トウジ:「バルディエルは、それを『欠片』って」
リツコ:「……」
リツコはしばらく考え。
リツコ:「その名前を記録する」
マヤ:「はい」
端末。
新しい項目が追加される。
UNKNOWN BIOPATTERN
分類。
――FRAGMENT。
夕方
NERV本部。
俺は帰ろうとしていた。
ミサト:「鈴原君」
トウジ:「はい?」
ミサト:「今日は一人で帰らないで」
トウジ:「なんでです?」
ミサト:「念のため」
トウジ:「使徒が来るんですか?」
ミサト:「分からない」
トウジ:「……」
ミサト:「でも」
ミサトは少しだけ笑う。
ミサト:「嫌な予感はするの」
トウジ:「葛城さん」
ミサト:「何?」
トウジ:「俺、戦えます」
ミサト:「知ってる」
トウジ:「バルディエルも」
ミサト:「でも」
ミサトは真剣な顔になる。
ミサト:「戦えることと、戦っていいことは別よ」
トウジ:「……」
ミサト:「忘れないで」
トウジ:「はい」
夜道
俺は一人だった。
結局。
途中まで送ってもらったあと。
自宅まで歩く。
静かな街。
トウジ:(……欠片)
頭の中に。
あの影が残っている。
顔のない子供。
四号機のコア。
空間の裂け目。
そして。
バルディエルの反応。
トウジ:(何やねん)
ドクン。
トウジ:(バルディエル)
バルディエル:『……怖い』
トウジ:(またか)
バルディエル:『……あれは』
トウジ:(何や?)
バルディエル:『……使徒ではない』
トウジ:(じゃあ?)
バルディエル:『……使徒の一部』
俺は立ち止まった。
トウジ:(欠片……)
バルディエル:『……生まれる前』
トウジ:(生まれる前?)
バルディエル:『……形がない』
そのとき。
街灯が。
一つ。
消えた。
トウジ:「……」
二つ目。
消える。
三つ目。
消える。
俺の前だけ。
暗闇になる。
そして。
その暗闇の奥。
誰かが立っている。
小さい。
人間の子供くらい。
顔がない。
トウジ:「……お前」
影が。
一歩近づく。
トウジ:「四号機の……」
影は。
首を傾げる。
そして。
初めて。
声を出した。
???:「……おとうさん」
トウジ:「……は?」
影:「……おとうさん」
トウジ:「誰がや!」
影:「……」
影が。
俺の左腕を見る。
そして。
微笑んだ。
顔がないはずなのに。
俺には。
笑ったように見えた。
???:「……見つけた」
その瞬間。
左腕に。
黒い線が一本。
走った。
トウジ:「……っ!」
バルディエル:『……逃げろ』
トウジ:(なんで!?)
バルディエル:『……違う』
トウジ:(何が!?)
バルディエル:『……あれは』
長い沈黙。
そして。
初めて。
バルディエルが震えた。
バルディエル:『……俺より古い』
影が。
もう一歩。
近づく。
俺は。
動けなかった。
NERV発令所
同時刻。
警報。
マヤ:「未確認反応!」
ミサト:「場所!」
マヤ:「第三新東京市!」
ミサト:「また?」
マヤ:「……違います!」
ミサト:「何が違うの?」
マヤ:「反応が……二つあります!」
リツコ:「二つ?」
マヤ:「一つは鈴原君!」
ミサト:「もう一つは!?」
マヤ:「分かりません!」
画面。
UNKNOWN BIOPATTERN。
一つ。
そして。
その下。
UNKNOWN BIOPATTERN。
二つ目。
リツコ:「……」
ゲンドウ:「……」
冬月:「碇」
ゲンドウは。
モニターを見たまま。
一言だけ。
ゲンドウ:「始まったか」
夜道
影が。
俺の目の前に立つ。
トウジ:「……お前」
影:「……」
トウジ:「何者や」
影は。
答えない。
代わりに。
俺の胸へ。
手を伸ばす。
触れた瞬間。
――ドクン。
俺の鼓動。
――ドクン。
バルディエル。
そして。
――ドクン。
三つ目。
俺は目を見開いた。
トウジ:「……第三?」
影が。
初めて。
言葉を発した。
???:「……まだ」
トウジ:「何が?」
???:「……ひとつ」
トウジ:「……」
???:「……足りない」
その瞬間。
空が。
一瞬だけ。
赤く染まった。
そして。
影は消えた。
残ったのは。
俺と。
二つの鼓動。
そして。
遠くから響く。
NERVの警報だけだった。
第三話 終
次回予告
ミサト:「次回!」
ミサト:「四号機は事故で消えたんじゃなかった!」
ミサト:「空間の向こう側に残された、謎の『欠片』!」
ミサト:「しかも鈴原君を『おとうさん』と呼ぶなんて、一体どういうこと!?」
ミサト:「シンジ君は、ますますトウジ君のことが心配になる!」
ミサト:「アスカは……当然、全力で疑ってます!」
ミサト:「そしてNERVでは、参号機の中にあるバルディエルとは別の反応が確認される!」
ミサト:「まだ契約は一つ!」
ミサト:「光輪も、まだ四枚!」
ミサト:「でも、何かが始まろうとしている!」
ミサト:「次回!」
ミサト:「『第四話 欠片』」
ミサト:「使徒と人間の間に生まれたもの――それは敵? それとも……」
ミサト:「サービス、サービスぅ!」
――まだ。
誰も知らない。
「契約」が増えることの。
本当の意味を。