――午前四時。
第三新東京市。
街灯が、一つずつ消えていく。
暗闇の中。
鈴原トウジは立っていた。
目の前には。
あの「欠片」。
人間の子供ほどの大きさ。
輪郭だけがある。
顔はない。
なのに。
こちらを見ていることだけは分かる。
トウジ:「……お前」
返事はない。
トウジ:「昨日、俺のことを『おとうさん』って呼んだよな。」
沈黙。
トウジ:「どういう意味や。」
欠片:「……」
トウジ:「バルディエル。」
バルディエル:『……分からない。』
トウジ:「お前も分からんのか。」
バルディエル:『……知らない。』
欠片が一歩近づく。
トウジは反射的に下がった。
トウジ:「近づくな。」
欠片は止まる。
(……従った?)
その時。
遠くからエンジン音。
ヘッドライトが闇を切り裂く。
ミサト:「鈴原君!」
車から飛び降りたミサトが拳銃を構える。
ミサト:「離れて!」
トウジ:「待ってください!」
ミサト:「下がりなさい!」
欠片はミサトを見る。
いや。
その向こう――NERV本部の方角を見ていた。
欠片:「……おかあさん。」
ミサト:「……は?」
トウジ:(母親?)
バルディエル:『違う。』
トウジ:(またか。)
バルディエル:『母ではない。』
トウジ:(じゃあ。)
バルディエル:『母の気配だ。』
トウジは息を呑む。
(リリス……。)
欠片は何かを誤認している。
トウジ:「葛城さん。こいつ、誰かを母親と間違えてます。」
ミサト:「……赤木博士に繋ぐ。」
その瞬間。
欠片が地面へ手をついた。
ミサト:「伏せて!」
黒い線が道路を走る。
一本。
二本。
三本。
まるで地下へ潜るように、NERVの方角へ伸びていった。
トウジ:「何や、これ。」
バルディエル:『呼んでいる。』
トウジ:(誰を。)
バルディエル:『仲間。』
NERV本部・発令所
警報。
マヤ:「地下構造物に異常反応!」
ミサト:「場所!」
マヤ:「ターミナルドグマ手前、旧封印区画です!」
リツコの指が止まる。
「旧封印区画。」
端末を開く。
地下深く。
中央シャフト。
ターミナルドグマへ至る途中。
普段は表示されない赤い区画が浮かび上がる。
リツコ:「……封鎖記録しか残ってない。」
ミサト:「誰が?」
リツコ:「消されてる。」
沈黙。
ゲンドウ:「開けろ。」
リツコ:「危険よ。」
ゲンドウ:「構わん。」
重い隔壁が動く。
長年開かなかった扉が。
軋みながら開いた。
旧封印区画
誰も使っていない。
そんな空気だった。
中央に円形の台座。
その上に。
黒いコア。
小さく脈打っている。
ドクン。
マヤ:「生体反応上昇!」
リツコ:「……。」
冬月:「何だ。」
リツコ:「エヴァのコアに似ている。」
ゲンドウ:「似ている、か。」
その瞬間。
コアが一度だけ鼓動した。
ドクン。
照明が落ちる。
マヤ:「停電!」
青葉:「電源異常なし!」
モニター。
一斉に同じ表示。
UNKNOWN BIOPATTERN
その下。
二本の波形。
リツコ:「……二つ。」
マヤ:「数が増えました。」
リツコ:「違う。」
マヤ:「え?」
リツコ:「最初から二つあった。」
誰も喋らなくなった。
旧封印区画・内部
ゲンドウと冬月だけが中へ入る。
黒いコア。
ゲンドウは見つめる。
冬月:「知っていたのか。」
ゲンドウ:「……昔、一度だけ見た。」
冬月:「南極か。」
ゲンドウは答えない。
冬月:「これは何だ。」
ゲンドウ:「欠片。」
それだけだった。
ゲンドウが近づく。
その時。
コアから声。
???:「……おとうさん。」
ゲンドウの足が止まる。
冬月:「聞こえたな。」
ゲンドウ:「ああ。」
沈黙。
ゲンドウ:「誰だ。」
返事はない。
ただ。
黒いコアだけが静かに脈打っていた。
ドクン。
その鼓動だけが。
部屋に残った。
葛城邸
朝。
眠れなかった。
左腕を見る。
黒い線は消えている。
トウジ:(欠片。)
バルディエル:『眠れ。』
トウジ:(お前は寝るんか。)
バルディエル:『寝ない。』
トウジ:(何や、それ。)
バルディエル:『夢を見る。』
トウジ:(夢?)
長い沈黙。
バルディエル:『昔。』
トウジ:(昔?)
バルディエル:『人間を見た。』
トウジは黙る。
バルディエル:『泣いていた。』
トウジ:(それで。)
バルディエル:『近づいた。』
トウジ:(そしたら。)
バルディエル:『殺された。』
胸が締め付けられた。
トウジ:「……そうか。」
バルディエル:『人間は怖い。』
トウジ:「せやな。」
少し笑う。
トウジ:「でも、俺は人間や。」
バルディエル:『……。』
トウジ:「たぶん。」
学校
シンジ:「トウジ。」
トウジ:「何や。」
シンジ:「昨日、NERVから呼ばれたって。」
トウジ:「ああ。」
シンジ:「また何かあった?」
トウジ:「欠片。」
シンジ:「……怖い。」
トウジ:「うん。」
シンジ:「ごめん。」
トウジ:「謝らんでええ。」
トウジ:「怖いままでええ。」
シンジは小さく頷いた。
少し離れた席。
アスカが二人を見ていた。
(……本当に使徒なの。)
屋上
昼休み。
アスカ:「鈴原。」
トウジ:「なんや。」
アスカ:「欠片。」
トウジ:「何か。」
アスカ:「見せて。」
トウジ:「嫌や。」
アスカ:「は?」
トウジ:「危ない。」
アスカ:「アンタが言う?」
トウジ:「俺も怖い。」
沈黙。
アスカ:「……変わったわね。」
トウジ:「何が。」
アスカ:「前はもっと単純だった。」
トウジ:「失礼や。」
アスカ:「でも。」
空を見る。
アスカ:「今のアンタ。」
一拍。
「自分を怖がってる。」
トウジは答えなかった。
医務室
検査。
リツコ:「同期率。」
マヤ:「74%。」
リツコ:「高い。」
マヤ:「ただ。」
画面。
第三の波形。
0.7%。
トウジ:「ほとんどない。」
リツコ:「昨日は0.2%。」
トウジ:「……。」
増えている。
その時。
バルディエル:『来る。』
トウジ:(何が。)
バルディエル:『外。』
警報。
マヤ:「上空反応!」
リツコ:「映像。」
発令所
空。
雲。
その中央。
巨大な影。
輪が幾重にも重なる。
マヤ:「ATフィールド確認!」
ミサト:「番号!」
数秒。
MAGIが判定を出す。
第10使徒。
サハクィエル。
ミサト:「第10使徒、サハクィエル。」
リツコ:「予定より早い。」
迎撃準備が始まる。
トウジは画面を見る。
胸の奥。
バルディエル:『知っている。』
トウジ:(サハクィエルを?)
バルディエル:『違う。』
一拍。
『あの中に。』
トウジ:「……!」
サハクィエル。
巨大なコア。
その奥。
ほんの一瞬。
黒い影。
欠片。
そして。
声。
『……おとうさん。』
トウジは息を呑んだ。
トウジ:「あいつ。」
ミサト:「何。」
トウジ:「サハクィエルの中に。」
静寂。
トウジ:「欠片がいます。」
バルディエルは震えていた。
『来る。』
トウジ:(契約か。)
『二つ目。』
俺は拳を握る。
(殺さない。)
(まず、話す。)
その決意を嘲笑うように。
サハクィエルは。
ゆっくりと。
第三新東京市へ向かって落下を始めた。
第四話 終
次回予告
ミサト:「次回!」
ミサト:「空から落ちてくる第10使徒サハクィエル!」
ミサト:「でも鈴原君は『あいつの中に欠片がいる』って言うの!」
ミサト:「戦う? それとも話す?」
ミサト:「二つ目の契約、その代償は左腕だけじゃ済まないかもしれない!」
ミサト:「次回、『第五話 落下する天使』!」
ミサト:「サービス、サービスぅ!」