第十三の主従   作:知人

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第六話 空に触れる

 

空は、近づくほど静かだった。

参号機は雲を突き抜ける。

眼下には第三新東京市。

上空には、第10使徒サハクィエル。

巨大な輪が幾重にも重なり、中心のコアだけが鼓動している。

その奥。

黒い影――欠片。

俺を待っていた。

コアへの道

ミサト:「鈴原君、高度八千!」

マヤ:「目標まで残り三百!」

青葉:「初号機と弐号機がATフィールドで落下速度を抑えています!」

シンジとアスカが時間を稼いでいる。

俺は拳を握った。

トウジ:(バル。)

バルディエル:『いる。』

トウジ:(届く。)

『届く。』

左腕が熱を帯びる。

契約を使えば届きやすくなる。

でも。

まだ使わない。

トウジ:(最後まで、人間の手で触る。)

バルディエルは何も言わなかった。

ただ。

肯定するように鼓動が返ってきた。

ドクン。

初号機

地上。

初号機は両腕を空へ向けていた。

ATフィールドが軋む。

シンジ:「くっ……!」

都市全体を押し潰そうとする力。

一人では支えきれない。

その隣。

弐号機。

アスカ:「まだよ!」

二つのATフィールドが重なる。

アスカ:「アンタ、絶対帰ってきなさいよ!」

通信は届かない。

でも。

トウジは空の上で小さく笑っていた。

接触

あと五十メートル。

サハクィエルの輪が回転を止める。

初めてだった。

落下する使徒が、自分から動きを変えた。

マヤ:「回転停止!」

リツコ:「……。」

ミサト:「何が起きたの?」

トウジ:「聞いてくれた。」

サハクィエル:『近い。』

声。

今度ははっきり聞こえた。

トウジ:「もう少しや。」

『怖い。』

トウジ:「俺もや。」

『空しか知らない。』

トウジ:「地上を見たことあるか?」

沈黙。

『ない。』

トウジ:「桜って知っとるか。」

『知らない。』

トウジ:「夏祭りは?」

『知らない。』

トウジ:「友達は?」

長い沈黙。

『いない。』

胸が痛んだ。

まただ。

また孤独だ。

バルディエル:『同じ。』

トウジ:(ああ。)

精神世界

世界が赤へ反転する。

赤い海。

その上に巨大な空。

サハクィエルは空そのものだった。

輪の中心。

欠片が座っている。

足をぶらぶら揺らして。

欠片:「遅かった。」

トウジ:「待ってへんやろ。」

欠片:「待ってた。」

バルディエルが前へ出る。

『帰れ。』

欠片は首を振る。

「足りない。」

トウジ:「何が。」

欠片:「帰るには。」

一拍。

「二つ。」

トウジ:「契約か。」

欠片は答えない。

ただ。

サハクィエルのコアへ手を置く。

すると。

空全体が震えた。

サハクィエル:『落ちる。』

トウジ:「止まれる。」

『止まれない。』

トウジ:「止まれる。」

俺は近づく。

トウジ:「一緒に止まろう。」

サハクィエル:『……。』

「一緒。」

その言葉で。

世界が止まった。

現実

参号機の右手が。

サハクィエルのコアへ触れた。

ドクン。

都市全体が震える。

マヤ:「接触!」

青葉:「ATフィールド変化!」

リツコ:「攻撃じゃない。」

誰も動かない。

ゲンドウだけが見つめている。

契約の条件

赤い海。

サハクィエルが近づく。

その姿は輪だけではなかった。

中心から無数の光が降る。

星みたいだった。

サハクィエル:『条件。』

トウジ:「聞く。」

『空を渡せ。』

トウジ:「空?」

『記憶。』

俺は理解した。

バルディエルの契約。

身体。

サハクィエルの契約。

記憶。

トウジ:「代償か。」

『見る。』

『全部。』

俺の記憶を。

こいつは見る。

そして。

俺も。

サハクィエルの記憶を見る。

トウジ:「……。」

一瞬だけ迷った。

前世。

家族。

妹。

学校。

全部。

見られる。

バルディエル:『拒める。』

トウジ:(拒んだら。)

『落ちる。』

現実では。

街がある。

シンジがいる。

アスカがいる。

ミサトも。

トウジ:「受ける。」

サハクィエルが目を閉じた。

『ありがとう。』

記憶共有

世界が砕けた。

俺は落ちる。

いや。

飛んでいる。

雲の上。

何千年。

何万年。

ずっと空。

雨。

雷。

星。

月。

朝日。

夕焼け。

全部見た。

誰とも話せない。

触れられない。

ただ。

空。

孤独。

涙が出た。

トウジ:「……。」

サハクィエル:『ごめん。』

トウジ:「謝るな。」

今度は。

俺の記憶が流れる。

妹。

病院。

ヒカリ。

ケンスケ。

シンジ。

転校初日。

喧嘩。

笑った日。

サハクィエルが震えた。

『温かい。』

トウジ:「そうや。」

『羨ましい。』

トウジ:「なら。」

俺は手を伸ばす。

トウジ:「一緒に見よう。」

サハクィエルが。

初めて笑った。

笑ったような気がした。

契約成立

現実。

コアが光る。

都市を押し潰していた圧力が消える。

マヤ:「落下停止!」

青葉:「目標停止!」

日向:「高度固定!」

ミサト:「止まった……!」

その瞬間。

参号機の背後。

光が走る。

四つ。

五つ。

透き通る光輪。

一瞬だけ現れた。

リツコが息を呑む。

リツコ:「光……。」

マヤ:「記録!」

だが。

一秒。

二秒。

すぐ消える。

誰も正体を理解できない。

ゲンドウだけが目を細めた。

代償

トウジ:「あっ……!」

頭が割れる。

膝をつく。

左腕ではない。

今度は。

頭。

視界が二重になる。

青空。

病院。

星空。

全部重なる。

マヤ:「参号機異常!」

リツコ:「脳波!」

波形が乱れる。

トウジ:(誰の記憶や。)

サハクィエル:『私。』

(……。)

『ごめん。』

トウジ:(謝るな。)

頭痛は消えない。

でも。

耐えられる。

バルディエル:『三人。』

俺は息を呑んだ。

そうだ。

今。

俺の中には。

俺。

バルディエル。

サハクィエル。

三つの意識がある。

帰還

サハクィエルは崩れなかった。

爆発もしない。

巨大な輪がゆっくり縮む。

光へ変わる。

そして。

コアだけが残る。

そのコアは。

参号機の胸へ触れた。

吸収ではない。

侵食でもない。

溶けるように。

消えた。

マヤ:「生体反応消失!」

リツコ:「違う。」

マヤ:「え?」

リツコ:「移った。」

その言葉で。

発令所が静まり返る。

地上

参号機が着地する。

初号機。

弐号機。

二機が駆け寄る。

シンジ:「トウジ!」

通信。

開く。

トウジ:「……おう。」

シンジ:「大丈夫?」

トウジ:「頭痛い。」

シンジ:「怪我は?」

トウジ:「腕は無事や。」

アスカ:「アンタ!」

トウジ:「何や。」

アスカ:「空と喋って帰ってきた男なんて初めて見たわ。」

トウジ:「俺も初めてや。」

アスカは少しだけ笑う。

「……バカ。」

その一言が。

昨日より少し柔らかかった。

医務室

検査。

静かだった。

リツコ:「左腕。」

異常なし。

「脳波。」

三つの波形。

完全には重ならない。

リツコ:「記録。」

マヤ:「はい。」

画面。

UNKNOWN BIOPATTERN。

一つ。

もう一つ。

そして。

二つはトウジの心拍と同期していた。

リツコは画面を閉じる。

「……名前は付けない。」

まだ。

早い。

一人。

病室。

窓の外。

星空。

サハクィエル:『綺麗。』

トウジ:「地上から見る星や。」

『初めて。』

バルディエル:『違う。』

『近い。』

三人で。

同じ空を見る。

その時。

サハクィエルが小さく呟いた。

『……あれは誰?』

トウジ:「?」

窓の外。

屋上。

誰かが立っている。

白い服。

銀色の髪。

赤い瞳。

少年。

こちらを見ている。

一瞬。

目が合う。

少年は。

微笑んだ。

そして。

唇だけが動く。

「また会おう。」

次の瞬間。

姿は消えていた。

トウジは知らない。

だが。

読者だけは知っている。

あれは。

まだ早すぎる来訪者。

渚カヲルだった。

第六話 終

次回予告

ミサト:「次回!」

ミサト:「サハクィエルとの契約が成立!」

ミサト:「でも代償は、記憶を共有すること!」

ミサト:「トウジ君の中は、ついに三人暮らし!」

ミサト:「しかも最後に現れた白い少年は一体誰!?」

ミサト:「次回、『第七話 三人の鼓動』!」

ミサト:「サービス、サービスぅ!」

 

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