午前三時十七分
眠れなかった。
病室の時計は、三時十七分を指している。
不思議なことに。
この時間になると、胸の鼓動が少しだけ速くなる。
ドクン。
俺。
ドクン。
バルディエル。
ドクン。
サハクィエル。
三つ。
もう聞き間違えない。
トウジ:「……寝ぇへんのか。」
バルディエル:『眠らない。』
サハクィエル:『星を見ている。』
トウジ:「窓閉まっとるで。」
サハクィエル:『見える。』
空しか知らなかった使徒は。
地上から見る星を「近い」と表現した。
その感覚が。
少しだけ俺にも流れ込んでくる。
(……ほんまに近い。)
窓の向こう。
夜空が手の届きそうな距離に見えた。
その瞬間。
頭がズキリと痛む。
トウジ:「っ……。」
サハクィエル:『ごめん。』
トウジ:「謝るな。」
バルディエル:『混ざる。』
トウジ:「記憶か。」
『うん。』
昨日まで。
頭痛だと思っていた。
違う。
これは。
他人の記憶を、自分の脳が整理しようとしている痛みだった。
医務室
朝。
リツコが端末を見ていた。
リツコ:「昨夜の脳波。」
マヤ:「三時十七分です。」
リツコ:「また。」
マヤ:「毎日同じ時間に同期率が上がっています。」
画面。
三本の波形。
完全には重ならない。
だが。
三時十七分だけ。
ほぼ同じリズムになる。
リツコ:「理由は。」
マヤ:「分かりません。」
リツコは端末を閉じた。
「まだ。」
それ以上は言わない。
仮説を口にするには。
証拠が足りない。
検査
トウジはベッドへ座る。
リツコ:「体調は。」
トウジ:「頭痛。」
「左腕。」
「今は平気です。」
リツコ:「使って。」
トウジ:「少しだけ。」
深呼吸。
バルディエル。
『いる。』
左腕に黒い線が浮かぶ。
白い組織が皮膚の下で脈打つ。
昨日と同じ。
それ以上は変わらない。
リツコ:「止めて。」
すぐ戻す。
トウジ:「……っ。」
胸が苦しくなる。
マヤ:「心拍上昇。」
リツコ:「回復。」
数秒。
元へ戻る。
リツコは短く頷いた。
「変化なし。」
トウジ:「良かった。」
リツコ:「いいえ。」
トウジ:「?」
「悪化していないだけ。」
その言葉は。
妙に現実的だった。
シンジ
廊下。
シンジが待っていた。
シンジ:「終わった?」
トウジ:「おう。」
シンジ:「大丈夫?」
トウジ:「頭痛だけ。」
シンジは少し黙る。
シンジ:「昨日さ。」
トウジ:「うん。」
シンジ:「サハクィエル、本当に止まりたかったの?」
トウジ:「ああ。」
シンジ:「……。」
トウジ:「信じられへんか?」
シンジは首を振った。
「違う。」
「信じたい。」
その言葉に。
俺は少し安心した。
シンジ:「でも。」
「もし、次の使徒が話を聞いてくれなかったら?」
俺は答えられなかった。
バルディエルも。
サハクィエルも。
孤独だった。
だから話せた。
全部がそうとは限らない。
トウジ:「その時は。」
少し考える。
「その時考える。」
シンジは苦笑した。
「トウジらしい。」
アスカ
格納庫。
弐号機の整備を眺めている。
アスカ:「鈴原。」
トウジ:「何や。」
アスカ:「昨日。」
「ありがと。」
トウジ:「え?」
アスカ:「街。」
「潰れなかった。」
トウジ:「俺一人ちゃう。」
アスカ:「知ってる。」
腕を組む。
「でも。」
「アンタが飛び込まなかったら終わってた。」
トウジ:「……。」
アスカはすぐ目を逸らす。
「だから勘違いしないで。」
「まだ信用してない。」
トウジ:「分かっとる。」
アスカ:「……。」
少し間。
アスカ:「でも。」
「背中くらいなら預けてもいい。」
その言葉は。
アスカなりの最大限だった。
レイ
格納庫の出口。
綾波レイが立っていた。
レイ:「鈴原君。」
トウジ:「何や。」
レイ:「昨日。」
「空が静かだった。」
トウジ:「うん。」
レイ:「あなたが触れた後。」
トウジは息を止める。
レイ:「あの時。」
「泣き声が消えた。」
トウジ:「聞こえたんか。」
レイ:「聞こえた。」
少し沈黙。
レイ:「ありがとう。」
それだけ言って。
レイは去っていった。
葛城家
夜。
久しぶりに。
ミサトの家へ呼ばれた。
ペンペンが迎える。
ミサト:「今日は退院祝い!」
机の上には。
カレー。
サラダ。
缶ビール。
シンジ:「いただきます。」
トウジ:「いただきます。」
アスカ:「いただきます。」
珍しく。
静かな食卓だった。
ミサト:「そういえば。」
「参号機のこと。」
トウジ:「はい。」
「怖くない?」
箸が止まる。
トウジ:「怖いですよ。」
ミサト:「それでも乗る?」
トウジ:「乗ります。」
「何で?」
俺は少し考えた。
「俺が乗らんかったら。」
「誰かが死ぬかもしれへん。」
ミサトは何も言わなかった。
ただ。
缶ビールを開ける音だけが響いた。
夜更け
皆が寝静まった後。
俺だけ起きていた。
ベランダ。
風。
サハクィエル:『風。』
トウジ:「そうや。」
『初めて触った。』
バルディエル:『柔らかい。』
二人とも。
人間なら当たり前のことに驚いている。
少し笑った。
その時。
頭へ映像が流れた。
青空。
白い雲。
そして。
一羽の鳥。
サハクィエル:『あれは。』
トウジ:「カラス。」
『飛べる。』
トウジ:「せや。」
『羨ましい。』
トウジ:「お前も飛んどったやろ。」
『違う。』
一拍。
『落ちていた。』
その言葉が。
胸へ刺さる。
発令所
同じ頃。
MAGIが微かな異常を検知していた。
マヤ:「赤木博士。」
リツコ:「何。」
「参号機の記録です。」
画面。
戦闘ログ。
サハクィエル接触時。
一瞬だけ現れた光。
リツコ:「止めて。」
映像を拡大する。
輪。
五つ。
半透明。
一秒にも満たない。
マヤ:「レンズフレアでしょうか。」
リツコ:「違う。」
「何です?」
リツコは少し考え。
首を振る。
「まだ分からない。」
記録だけ保存する。
名前は付けない。
今は。
早すぎる。
屋上の少年
翌日。
学校。
昼休み。
屋上。
風が強い。
シンジ:「今日は誰もいないね。」
トウジ:「静かやな。」
アスカ:「珍しい。」
その時。
屋上の反対側。
白い制服。
銀色の髪。
一瞬だけ。
少年が立っていた。
トウジは目を凝らす。
次の瞬間。
誰もいない。
トウジ:「……。」
シンジ:「どうしたの?」
「いや。」
言わなかった。
確信がない。
でも。
あの笑顔。
病院で見た。
同じだった。
(また会おう。)
その言葉だけが。
耳に残る。
ターミナルドグマ
地下最深部。
リリス。
静かだった。
目は閉じたまま。
動かない。
その足元。
旧封印区画の黒いコア。
ドクン。
一度だけ鳴る。
誰も聞かない。
誰も知らない。
その鼓動へ。
遠くから。
欠片の声だけが届いた。
「まだ。」
「足りない。」
リリスは何も答えない。
ただ。
頬を一筋だけ。
赤い雫が伝った。
ラスト
夜。
帰り道。
トウジ:「バル。」
『いる。』
「サハ。」
『いる。』
三人。
同じ空を見上げる。
トウジ:「なあ。」
「次に使徒が来たら。」
バルディエル:『戦う。』
サハクィエル:『話す。』
二人の答えは違った。
俺は苦笑する。
「そうやな。」
「それでええ。」
三人の鼓動は。
まだ完全には重ならない。
だからこそ。
俺たちは。
一緒に歩いていける。
そう思った。
その瞬間。
遠くの空で。
雷が鳴った。
青空なのに。
雷だけが響く。
サハクィエルが。
小さく呟く。
『あれは。』
『知らない空だ。』
俺はまだ知らない。
その雷が。
次の使徒ではなく。
もっと別の「異常」の始まりだったことを。
第七話 終
次回予告
ミサト:「次回!」
ミサト:「トウジ君の中で暮らす三人の鼓動!」
ミサト:「でも、平和は長く続かない!」
ミサト:「参号機の戦闘記録に残った謎の五つの光!」
ミサト:「そして、ターミナルドグマでは欠片がまた動き始める!」
ミサト:「次回、『第八話 静かな雷』!」
ミサト:「サービス、サービスぅ!」