校門
朝。
桜が風に流れる。
第三新東京市第一中学校。
校門の前。
俺は足を止めた。
昨日と同じ場所。
白い制服。
銀色の髪。
赤い瞳。
今日は消えなかった。
少年は穏やかに笑っている。
少年:「おはよう。」
トウジ:「……誰や。」
少年:「それを今言うと、少し早い。」
トウジ:「はぐらかすな。」
少年は怒らない。
困ったようにも見えない。
ただ、本当に「早い」と思っているようだった。
少年:「君は鈴原トウジ。」
トウジ:「知っとるんか。」
「知っている。」
「どこで。」
「見ていた。」
その言葉に、背筋が冷える。
見ていた。
昨日の病院も。
一昨日の屋上も。
全部。
トウジ:「どこから。」
少年は空を見上げた。
「遠くから。」
曖昧だった。
でも。
嘘をついているようには見えない。
その時。
登校してきた生徒が二人の間を通り過ぎる。
ケンスケ:「おーい、鈴原!」
俺が振り向く。
一秒。
もう一度見る。
少年はいなかった。
トウジ:「……。」
ケンスケ:「誰かいた?」
トウジ:「いや。」
言えなかった。
三人の反応
教室。
授業中。
黒板を見ているはずなのに。
頭の奥がざわつく。
サハクィエル:『あの人。』
トウジ:(何や。)
『静か。』
バルディエル:『怖くない。』
トウジ:(使徒ちゃうんか。)
長い沈黙。
二人とも答えられなかった。
――まだ、契約していない使徒の声まで聞こえる。
その事実の方が。
俺には怖かった。
トウジ:(……何で、お前の声が聞こえるんや。)
サハクィエル:『分かりません。』
バルディエル:『私にも分からない。』
トウジ:(……)
使徒と話せる。
それ自体は、もう分かっていた。
でも。
契約していない使徒の声まで届く理由は。
まだ、誰にも分からなかった。
NERV・解析室
リツコは昨日の記録を見返していた。
雷。
旧封印区画。
黒いコア。
そして。
参号機の脳波。
マヤ:「赤木博士。」
リツコ:「何。」
「また三時十七分です。」
画面。
過去三日分。
同じ時刻。
同じ揺らぎ。
リツコは指で波形を重ねる。
ほぼ一致。
リツコ:「時計じゃない。」
マヤ:「え?」
「何かが、この時間に呼吸している。」
その表現は珍しかった。
リツコ自身が。
機械を生き物のように表現した。
シンジ
昼休み。
屋上。
シンジがフェンスにもたれていた。
トウジ:「またここか。」
シンジ:「落ち着くから。」
トウジ:「分かる。」
少し沈黙。
シンジ:「昨日。」
「うん。」
「初号機に乗った夢を見た。」
「どんな。」
シンジは言葉を探す。
「僕じゃなかった。」
トウジ:「?」
「誰かが。」
「僕の代わりに景色を見てた。」
俺は息を止めた。
記憶。
共有。
俺だけじゃない。
でも。
決めつけるには早い。
トウジ:「綾波に話したか。」
「まだ。」
「葛城さんには。」
「言うか迷ってる。」
トウジ:「言っとけ。」
「怖いことは一人で抱えたらあかん。」
シンジは苦笑した。
「それ、この前も言ってた。」
「何回でも言う。」
アスカの訓練
シミュレーター室。
アスカが模擬戦を終える。
汗を拭う。
アスカ:「鈴原。」
トウジ:「お疲れ。」
「ちょっと付き合いなさい。」
「何を。」
「模擬戦。」
俺は首を振る。
「今日は検査明けや。」
「だからよ。」
アスカは腕を組む。
「無理してるか見てあげる。」
相変わらず言い方は偉そうだ。
でも。
心配している。
それくらいは分かるようになった。
模擬戦
参号機シミュレーター。
開始。
アスカは速い。
蹴り。
回り込み。
連続攻撃。
俺は受け流す。
バルディエル:『左。』
トウジ:(分かっとる。)
左腕は使わない。
契約を使えば勝てるかもしれない。
でも。
訓練で使う力じゃない。
アスカ:「遅い!」
トウジ:「まだまだ!」
数分後。
終了。
結果。
引き分け。
アスカは画面を見る。
「……。」
トウジ:「何や。」
「左。」
「?」
「最後まで使わなかった。」
「使わん。」
「何で。」
「代償がある。」
アスカは少し黙った。
そして。
「それでいい。」
その一言だけだった。
旧封印区画
地下。
黒いコア。
ドクン。
昨日より。
白い筋がまた一本増えていた。
マヤ:「増殖?」
リツコ:「違う。」
「え?」
「伸びている。」
中央シャフトの壁。
黒い線が。
ほんの数センチだけ先へ進んでいる。
速くはない。
でも。
止まってもいない。
リツコ:「急がない。」
マヤ:「何がです?」
リツコ:「これ。」
「まるで。」
少し考える。
「時間を待っている。」
トウジの違和感
帰宅途中。
また。
あの感覚。
誰かに見られている。
振り返る。
誰もいない。
歩き出す。
また視線。
トウジ:(バル。)
『いる。』
(見えるか。)
『見えない。』
サハクィエル:『空にもいない。』
じゃあ。
誰だ。
その時。
電柱の影。
白い靴だけが見えた。
俺は駆け寄る。
誰もいない。
代わりに。
地面へ落ちていたもの。
白い羽。
トウジ:「羽?」
拾う。
普通の鳥の羽。
でも。
触れた瞬間。
頭へ声。
「急がなくていい。」
俺は息を呑む。
さっきの少年の声だった。
羽は。
すぐ風で飛んでいった。
ターミナルドグマ
レイは一人で歩いていた。
誰にも言われていない。
足が向いてしまう。
最深部。
リリス。
静か。
目は閉じたまま。
その時。
旧封印区画の方向から。
小さな鼓動。
ドクン。
レイ:「……。」
頬へ手を当てる。
涙ではない。
でも。
温かかった。
リリスは動かない。
ただ。
影だけが少し揺れた。
発令所・夜
ゲンドウ。
冬月。
二人だけ。
冬月:「例の少年。」
ゲンドウ:「……。」
冬月:「報告が上がっている。」
「学校。」
「病院。」
「市街地。」
ゲンドウは画面を閉じる。
「監視は続けろ。」
「排除は。」
「不要。」
冬月は少しだけ眉を動かした。
「理由は。」
ゲンドウ:「見ているだけだ。」
短い答え。
それ以上は語らない。
観測者
夜。
俺はまたベランダへ出た。
風。
星。
サハクィエル:『静か。』
バルディエル:『安心。』
俺は空を見上げる。
「おるんやろ。」
返事はない。
「出てこい。」
少しして。
屋根の上。
白い少年が座っていた。
足をぶらぶらさせながら。
星を見ている。
トウジ:「……。」
少年:「こんばんは。」
「また消えるんか。」
「今日は消えない。」
「何者や。」
少年は少し考えた。
そして。
穏やかに答えた。
「僕は。」
「見届ける役目なんだ。」
トウジ:「何を。」
少年は俺を見る。
「君が。」
一拍。
「最後まで、人間でいられるか。」
胸が止まりそうになった。
バルディエルも。
サハクィエルも。
黙った。
少年は立ち上がる。
「今日はこれだけ。」
「待て!」
風が吹く。
桜の花びら。
目を閉じる。
開く。
もう。
誰もいなかった。
残ったのは。
屋根の上に一枚だけ残った。
白い羽だった。
俺はその羽を見上げたまま。
動けなかった。
「最後まで、人間でいられるか。」
その言葉だけが。
夜空へ残っていた。
第九話 終
次回予告
ミサト:「次回!」
ミサト:「ついに謎の白い少年がトウジ君へ接触!」
ミサト:「『見届ける役目』って、一体どういう意味なの?」
ミサト:「一方NERVでは、旧封印区画の黒い筋が少しずつ伸び始める!」
ミサト:「そして三時十七分の鼓動に、新しい規則性が見つかる!」
ミサト:「次回、『第十話 境界線』!」
ミサト:「サービス、サービスぅ!」