ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き
二〇〇八年の春、ルーカス・ミュラーはアンガーフェルトにある祖父母の家を訪れた。
ベルリン郊外からの移動には慣れていたが、村へ入るたびに、時間の流れ方が変わったように感じられた。幹線道路を離れると交通量が減り、畑の間を通る道は、家々の屋根が見えるあたりで緩く曲がっていた。道路標識も建物も以前と大きくは変わっていない。それでも、祖父アドルフが亡くなってから見る村は、どこか輪郭を失っていた。
祖母のエリーザベトは玄関を開けると、ルーカスの荷物より先に顔を見た。
「少し痩せたんじゃない?」
「取材が続いただけだよ」
「食事を抜いた人は、みんなそう言うの」
彼女はそう答え、手を貸せとも言わずに家の中へ戻った。ルーカスは旅行鞄を持って後に続いた。
廊下には、古い家に特有の冷えた空気が残っていた。壁際の台には郵便物が分類され、町役場からの封筒と、電気料金の通知と、自動車部品店の広告が別々に置かれていた。祖父がいなくなっても、家の中には整理の規則が残っていた。ただし、それを保っていたのは祖父ではない。昔からエリーザベトだった。
昼食の席で、ルーカスはベルリンで受けた仕事について話した。新型車の試乗、技術者への取材、編集部が求める文字数、掲載写真の選定。エリーザベトは車名よりも、移動にかかった時間と、宿泊費が編集部持ちだったかどうかを尋ねた。
「新しい車は、そんなに良くなったの?」
彼女が聞いた。
「速くなったし、安全にもなった。燃料も昔ほど使わない」
「それなら、故障しなくなった?」
「そう単純でもないよ」
「だったら、まだ完成していないのね」
エリーザベトはスープを口へ運んだ。ルーカスは反論しなかった。自動車雑誌の記事なら、性能表や試験結果を並べて説明できた。しかし祖母が見ているものは、数値の優劣ではなかった。朝に始動するか。買い物を載せられるか。修理代を払えるか。家へ帰ってこられるか。彼女にとって、自動車の評価はいつも生活の側から始まっていた。
食後、ルーカスは母屋の中を歩いた。
一階の角部屋にある書斎は閉められていた。扉に鍵はかかっていなかったが、彼は取っ手に手を掛けなかった。そこには祖父の日記、図面、公的書類、技術メモ、古いフィルムやカタログが残されている。整理を始めれば、数日では終わらないことだけは分かっていた。
アドルフは自分の仕事について、孫へ体系立てて説明したことがなかった。
ルーカスが機械工学を学んでいた頃でも、それは変わらなかった。質問をすれば答えたが、答えはいつも目の前の部品や現象に限られていた。過給圧を上げれば何が起こるかと聞けば、祖父は最初に熱の話をした。出力を尋ねれば、潤滑と冷却の余裕について答えた。成功した実験を聞いても、壊れた軸受や亀裂の入った配管の話になった。
ルーカスは若い頃、それを年寄りの慎重さだと思っていた。
今では、少し違う見方をしていた。自動車ジャーナリストとして試験車を借り、技術資料を読み、開発者へ話を聞くようになると、最大値だけでは車を理解できないことが分かった。ひとつの数値を成立させるためには、表へ出ない多数の条件が必要だった。祖父は、その条件を話していたのかもしれなかった。
午後、エリーザベトは家の裏にある物置から園芸道具を出していた。ルーカスが手伝おうとすると、彼女は個人工場の方を顎で示した。
「先に、あちらを見てきたら?」
「工場を?」
「来てから何度も窓を見ているでしょう」
見られていたらしい。
母屋から少し離れた場所に、二階建ての個人工場があった。外壁には年月相応の汚れがあったが、窓ガラスは曇ったまま放置されてはいなかった。扉の蝶番にも赤錆は見えない。祖父が亡くなった後も、最低限の手入れは続けられていた。
「鍵は?」
「いつもの場所よ」
エリーザベトはそれだけ言った。
ルーカスは鍵を受け取り、工場へ向かった。金属製の扉は重かったが、引っかかることなく開いた。
中には油、古い革、金属粉、冷えたコンクリートの匂いが残っていた。窓から差し込む光の中で、細かな埃がゆっくり動いていた。左側には工作台と整備器具が並び、壁には工具の輪郭が残されていた。何本かは所定の位置に収まり、別の何本かは空欄になっていた。作業が中断されたというより、必要なものを片づけた後で静かに閉じられた場所だった。
二階へ続く階段の手前には、部品名を書いた箱が積まれていた。交換された配管、冷却器、計器、治具。祖父が保存したのは完成品だけではない。使えなかったものや、役目を終えたものにも、捨てなかった理由があるようだった。
工場の中央と右側には、車が一台ずつ置かれていた。
どちらにも厚いカバーが掛けられていたが、形はまるで違っていた。中央の車は背が高く、四人乗りの乗用車に近い輪郭を持っていた。右の車は低く、後部が重く見えた。布越しにも、それが日常のための車ではないことが伝わった。
ルーカスは中央の車へ近づいた。
タイヤの下には荷重を分散するための板が置かれ、床には液体の染みがなかった。排気管の開口部は塞がれ、周囲には湿気を避けるための処置が施されていた。長期保存は、単に車へ布を掛けることではない。祖父は再び動かす可能性を捨てずに、この車を残していた。
カバーの前端に、小さな紙札が結ばれていた。
そこにはタイプライターで、短く記されていた。
Effizienzversuch Nr.9 02-3
効率実験、第九号。
その呼び名に、ルーカスは覚えがなかった。
祖父が所有していた古いBMWについては、幼い頃から何度か聞いていた。しかし「02-3」という番号も、「第九号」という位置づけも知らなかった。何より、保存された乗用車を効率実験と呼ぶ理由が分からなかった。
彼はカバーの上から車体の輪郭を目で追った。前部から屋根、後部へ続く線は、市販車の形を保っている。競技車のような外観上の誇張はなかった。
右側の低い車にも、同じ形式の紙札があった。
Donnervogel 700
雷鳥。
こちらの名は聞いたことがあった。だが、祖父が詳しく話したことはなかった。家族の昔話に時折現れ、誰かが話題を変えると、そのまま消えてしまう名前だった。
ルーカスは二台の間に立った。
一方には番号があり、もう一方には名があった。一方は市販車の形を残し、もう一方は走る目的だけを突き詰めたように低かった。共通しているのは、どちらも祖父が処分せず、この工場に残したということだった。
「それを先に見ると思っていたわ」
入口からエリーザベトの声がした。
彼女は作業着ではなく、庭仕事の手袋をしたまま立っていた。
「どっちを?」
「雷鳥の方。若い男は、たいてい速そうな方を見るから」
「僕はもう若い男という年でもないよ」
「祖母から見れば同じよ」
ルーカスは中央の車の紙札を指した。
「これは何の実験だったの?」
「お祖父さんの最後の答え」
「何に対する?」
「それを説明すると、長くなるわね」
エリーザベトは工場へ入り、二台を見渡した。
「それに、私が先に答えたら、あなたは確かめないでしょう」
彼女は昔から、質問を拒む人ではなかった。ただし、簡単な答えで話を終わらせる人でもなかった。
ルーカスは再び、中央の車へ向き直った。
カバーには薄く埃が積もっていた。端をつまめば、すぐに持ち上げられる。だが彼は、その場では手を止めた。この車を理解するには、覆いを取って眺めるだけでは足りない気がした。
実車があり、部品があり、角部屋にある書斎には記録がある。祖母は何かを知っているが、すべてを語るつもりはない。祖父自身はもう質問に答えられない。
ならば、残されたものを照合するしかなかった。
ルーカスはカバーの端から手を離した。
「明日、書斎を見てもいい?」
「ええ。でも、その前に」
エリーザベトは中央の車を示した。
「その車が何だったのか、自分の目で見ておきなさい」
彼女は工場を出ていった。
夕方の光が窓の位置まで下がり、二台の輪郭を長く床へ伸ばしていた。ルーカスはしばらくその場に残った。そして翌朝、最初に中央の車のカバーを外すことを決めた。
祖父の研究を調べるつもりは、そのときまでなかった。
ただ、一台の古い車に付けられた番号の意味を知りたかった。
それが六十年以上にわたる記録の入口になるとは、まだ知らなかった。