ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き/飛行機も好き
ISO-I-1の横転は、一つの日付だけでは確認できなかった。
角部屋にある書斎には、事故に関係する日記、検査記録、写真整理票が残されていた。しかし、作成日と出来事の日付を同じものとして扱うことはできない。統合年表が示す範囲も、一九五八年から一九五九年頃までだった。
ルーカスは特定の年へ絞らず、手帳にもそのまま記した。
一九五八年から一九五九年頃、ISO-I-1横転。
その下は空けておいた。
アドルフの日記に横転の記述はあったが、原因を一つに定める説明は見当たらなかった。ヨーゼフの記録は車体の変形に重点を置き、ルートヴィヒの記録は部材と接合部の状態を扱っている。それぞれが同じ事故を記録していても、見ているものは異なっていた。
ルーカスが確定できたのは、銀色のISO-I-1が試験中に横転したことだった。
なぜ横転したのかまでは、彼が確認した資料だけでは決められない。
不明な部分へ、もっともらしい理由を与えることは簡単だった。極端に小さな車体、変更された重量配分、過給された機関。どれも事故と関係があるように見える。しかし、それらは可能性であって、記録から確認された原因ではなかった。
ルーカスは原因の欄へ「未確定」と書いた。
次に調べたのは、事故後の検査結果だった。
記録には三つの装備が繰り返し現れている。
Vogelkäfig。
固定式座席。
五点式拘束具。
いずれも、ISO-I-1を製作する段階で組み込まれたものだった。横転後の検査では、それぞれが乗員を守るために機能したと評価されている。
ただし、三つを別々の成果と考えるべきではなかった。
Vogelkäfigが乗員の周囲に空間を残す。
固定式座席が、車体に対する乗員の位置を保つ。
五点式拘束具が、乗員を座席へ保持する。
一つだけが強くても、ほかが役割を果たさなければ保護は成立しない。車体、座席、拘束具は、同時に働く一つの系だった。
ルーカスは事故前の図面を開いた。
ヨーゼフはVogelkäfigを、単に車体の剛性を高める部材として描いてはいなかった。図面には、荷重を受ける位置と、乗員のために残す空間が示されている。
それが横転時にどのように働いたのかは、検査記録と照合しなければ分からない。
車体が変形したことは記録されていた。
それでも、乗員を囲む構造は役割を果たした。
固定式座席と五点式拘束具についても同様だった。外観上の損傷が少ないことではなく、事故時に定められた位置関係を保ったことが重要だった。
ルーカスは手帳へ書いた。
壊れなかったのではない。守るべき場所が残された。
それは、Nr.1 Type1の機関破損とは異なる結果だった。
Nr.1 Type1では、過給によって増えた熱と負荷を機関が支えられなかった。そこからインタークーラー、追加オイルクーラー、遮熱、過給制御、計測へ研究が進んだ。
ISO-I-1の横転では、機関の作動だけを評価しても車両全体を説明できないことが示された。
車体が路面から受ける力。
姿勢の変化。
座席の支持。
拘束具の固定。
乗員の生存空間。
機関が性能を生み出した先にあるものまで、研究対象に含めなければならなかった。
午後、ルーカスは私設工場の二階へ上がった。
ISO-I-1の札が付いた箱には、損傷部品と交換部品が分けて保管されていた。彼は管理票を持っていなかったため、その場で各部品の役割を断定しなかった。
変形した金具。
塗装の剥がれた部材。
取り外された座席の支持部品。
それらが事故による損傷品なのか、事故後の検討で交換された部品なのかは、番号を照合して初めて分かる。
ルーカスは箱の位置と番号だけを記録し、部品には触れなかった。
紙の記録は角部屋にある書斎にあり、物として残された試行錯誤は工場二階にある。片方だけを見て結論を出せば、資料の意味を取り違える。
階下へ戻ると、エリーザベトが工作台の引き出しを確認していた。
「横転の記録を読んだよ」
ルーカスが言うと、彼女は引き出しを閉めた。
「そう」
「事故の原因は、僕が見た資料からは分からなかった」
「なら、それ以上は書けないわね」
「お祖母さんは聞いていないの?」
「当時はいろいろな話を聞いたわ。でも、誰かが口にした考えと、検証された結果は同じではないでしょう」
「Vogelkäfigは役に立った」
「そのことは、ヨーゼフたちが調べていたわ」
「固定式座席と五点式拘束具も」
エリーザベトは頷いた。
「どれか一つだけで人を守ったことにしては駄目よ」
「記録もそう読める」
「なら、記録に従いなさい」
ルーカスは工場中央の02-3へ目を向けた。
祖父母の車には固定式の運転席があり、助手席は後席へ乗り込めるよう倒すことができた。幼い頃の彼も、その助手席を倒して後ろへ乗せてもらった。
安全装備を強くするだけなら、すべてを固定すればよい。
だが生活に使う車では、乗降や荷物の扱いも考えなければならない。
ISO-I-1は、まだ生活へ戻る車ではなかった。それでも横転から得られた安全思想は、後の車両へ引き継がれていくはずだった。
「事故のあと、研究をやめる話はなかった?」
「続け方を変える話はあったわ」
「何を変える?」
「壊れたものを見て、必要なところを変えるのよ。それ以上のことは記録を読みなさい」
エリーザベトはそう言って母屋へ戻った。
角部屋にある書斎で、ルーカスは事故後の資料を読み進めた。
横転を成功した安全試験として扱う記述はなかった。
事故は計画されたものではない。
Vogelkäfig、固定式座席、五点式拘束具の有効性が確認されたからといって、横転そのものが望ましい出来事に変わるわけではなかった。
一方で、事故車を単に処分し、記録を閉じたわけでもない。
どの装備が働いたかを確かめ、その結果を次へ残している。
成功か失敗かという一語より、何が機能し、何を改めるべきかが重視されていた。
ルーカスは手帳の空欄を埋めた。
横転原因は、確認した資料からは確定できない。
Vogelkäfig、固定式座席、五点式拘束具の有効性は確認された。
この二つを混ぜてはならなかった。
横転原因が不明でも、安全装備の働きは評価できる。安全装備が働いても、事故原因が解明されたことにはならない。
その区別が、事故記録のもっとも重要な部分だった。
資料箱の後半には、もう一台のISO系車両に関する書類が収められていた。
ISO-I-2
ルーカスは最初に外観写真を確認した。
ISO-I-1と大きく異なる姿には見えなかった。同じISO系統に属する小型車であり、どちらも銀色だった。写真だけを素早く見れば、同じ車の改修前後と考えてしまう可能性さえあった。
しかし、図面を開くと印象は変わった。
部品配置。
構造。
各部の役割。
検討されている荷重。
ISO-I-1の図面と重ねても、主要な線は一致しない。
ISO-I-2は、横転したISO-I-1を修理して作った次仕様ではなかった。
外観上の特異性に大きな差がなくても、その内部は異なる目的のために組み立てられた、完全に別の車だった。
ルーカスは、二台の図面を机の左右へ分けた。
左にISO-I-1。
右にISO-I-2。
同じように見える二台を混同すれば、一方の横転記録を、もう一方の走行記録へ結びつけてしまう。
ISO-I-2の目的は、これまでの試験車よりはるかに特殊だった。
目的地として記されていたのは、ドイツ国内の試験場所ではない。
アメリカ合衆国、ユタ州。
ボンネビル・ソルトフラッツ。
ルーカスは二台の図面の間に、新しい紙を置いた。
見出しには、こう書いた。
二つのイセッタ。