ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き/飛行機も好き
角部屋にある書斎の机で、ルーカス・ミュラーは一九六二年の走行記録を開いた。
用紙には英語が使われ、速度はマイル毎時で記されていた。欄外にはドイツへ戻った後に加えられたらしい換算値がある。
95.1mph
約153km/h
米国側の公式区間平均は、最初の数値だった。約一五三キロ毎時という表記は、それをドイツで理解しやすい単位へ換算したものにすぎない。
ルーカスは手帳にも、マイル毎時を先に書いた。
ボンネビルで計測された結果を記すなら、現地の単位と換算値の順序を入れ替えるべきではなかった。
数字の大きさだけを見れば、現代の乗用車には珍しくない速度だった。しかし、一九六二年に銀色の極小車が塩の上で記録した値である。その背景には、Type1系から続く過給、冷却、潤滑、車体、安全、計測の試行錯誤があった。
だからといって、数字へ特別な意味を加えてはならない。
公式な区間平均は95.1mphだった。
それ以上でも、それ以下でもない。
ルーカスは別の紙を手に取った。
そこには、約二四〇キロ毎時に相当する大きな表示値が記録されていた。
もしこれをISO-I-2の最高速度として扱えば、95.1mphとの間には大きな差が生じる。公式区間を通過した平均と、別の時点で記録された瞬間値なら、数字が違うこと自体はあり得る。
しかし、記録には後輪空転を示す注記があった。
車輪の回転から速度を読み取る計器は、タイヤが路面に対して空転すれば、車体の実際の移動速度より高い値を示す。車輪は速く回っていても、車体がその速度で進んだことにはならない。
約二四〇キロ毎時という値は、計器に現れた。
だが、車両の実速度としては無効だった。
ルーカスは二つの記録を上下に並べた。
上に、米国側の公式区間平均。
95.1mph(約153km/h)
下に、車内で得られた無効表示。
約240km/h相当。後輪空転。
二つの数字は競い合う結果ではなかった。一方は外部から測定された公式区間平均であり、もう一方は駆動輪の空転を含む計器表示だった。
測っているものが違う。
ルーカスはフランツの記録を開いた。
フランツ・ヴェーバーは、計器に値が残ったという理由だけで、その数字を採用していなかった。表示がどの現象を反映したのかを確かめ、公式計測との違いを記録している。
Type1-Bで使われたスパイ針も、最大到達位置を残すためのものだった。だが、最大値を残せることと、その値が車両の速度を正しく示すことは別である。
計器は嘘をついたのではない。
車輪の回転を示した。
それを車体の移動速度と同じものとして読めば、人間の解釈が誤る。
ルーカスは昼食の席へ、二つの数字を書いた手帳を持っていった。
「お祖母さんは、どちらを結果として記録した?」
エリーザベト・ミュラーは数字を見比べた。
「アメリカ側から受け取った方よ」
「95.1マイル毎時」
「ええ。ドイツへ戻ってから、分かりやすいように換算値も付けたわ」
「二四〇キロの方は?」
「フランツが有効な値ではないと言っていた」
「お祖父さんは残念がった?」
「大きな数字が使えないことを?」
「そう」
「残念だったでしょうね。でも、使えないものを使えることにはできないわ」
エリーザベトは手帳の二つの数字を指した。
「支出でも同じよ。帳面に大きな金額が書いてあっても、何の金額か分からなければ合計へ入れられないでしょう」
「速度と会計を同じにするの?」
「数字の扱いなら同じでしょう。項目を確かめずに足したら間違うわ」
ルーカスは、その説明がフランツの記録ともよく似ていると思った。
フランツは測定条件を確かめた。
エリーザベトは支出項目を分けた。
どちらも数字そのものより、その数字が何を表しているかを重視していた。
「では、ISO-I-2の最高速度は?」
「私は知らないわ」
「公式区間平均より速かった可能性はある」
「可能性ならあるのでしょう。でも、それを確かめた記録は?」
「見つかっていない」
「なら、分からないのね」
結論は簡単だった。
ISO-I-2の真の最高速度は不明である。
公式区間平均が95.1mphだからといって、それを最高速度と言い換えることはできない。一方、約二四〇キロ毎時の表示が残っていても、空転による無効値である以上、最高速度の証明には使えなかった。
分からない二つの値の中間を計算しても意味はない。
ルーカスは角部屋にある書斎へ戻った。
アドルフの日記には、速度より先に後輪の状態が記されていた。塩の上で駆動力を伝えることの難しさと、車輪の回転だけが増えた場面。それを調べた後に、フランツが計器表示を無効と判断した経過が続いている。
アドルフ・ミュラーは大きな表示値を消してはいなかった。
無効であることを記し、資料へ残していた。
誤った値なら捨てればよいとも考えられる。しかし、なぜ誤ったのかまで保存すれば、計器、タイヤ、路面、駆動力の関係を検証できる。
約二四〇キロ毎時という値は、速度記録としては使えない。
実験記録としては、意味を持っていた。
それは後輪が車体の移動とは一致しない速さで回転した証拠であり、機関の出力を路面へ伝えることが別の課題であると示していた。
機関が力を生み出す。
駆動系がそれを車輪へ伝える。
タイヤが路面へ伝える。
車体が前へ進む。
そのどこかが成立しなければ、回転数が増えても速度にはならない。
Nr.1 Type1では、出力に冷却と潤滑が追いつかなかった。
ISO-I-1では、機関だけでなく車体と乗員保護を考える必要が示された。
ISO-I-2では、動力を生み出すことと、それを有効な速度へ変えることが同じではないと分かった。
研究対象は機関から車両全体へ広がり続けていた。
ルーカスは米国側の記録をもう一度確認した。
95.1mph。
換算すれば約153km/h。
この値には測定された区間と記録上の根拠がある。だから公式値として扱える。
それでも、ボンネビルで何が起きたのかを数字だけで再現することはできなかった。
どのように走り始めたのか。
どの時点で後輪が空転したのか。
運転者は何を見たのか。
計測班はどのように結果を受け取ったのか。
日記と測定表には断片しか残っていない。
資料箱の底に、平たく大きな円柱状の金属缶があった。
表面には一九六二年とボンネビルを示す記載があり、内部にはNormal-8フィルムが収められていた。
映像が残っていても、真の最高速度を計算できるわけではない。撮影速度、距離、画角、編集の有無を確定できなければ、画面から数値を作ることはできなかった。
それでも映像なら、数字の外側にあったものを見ることができるかもしれない。
塩の上に置かれた銀色の車体。
周囲で働く人々。
発進前の準備。
そして、走り去るISO-I-2。
ルーカスはフィルム缶の整理番号を手帳へ写した。
再生機を用意し、映像を確認する必要がある。
ただし、そこから新しい速度を算出してはならない。映像は公式記録を置き換えるものではなく、記録された出来事の周囲を確かめるための資料だった。
机の上には、二つの数値が残っていた。
95.1mph、約153km/h。
約240km/h相当の無効表示。
その間に答えはなかった。
答えがないことを認めるのも、資料検証の一部だった。
翌日、ルーカスはフィルムを再生する準備を始めた。
彼には、その小さな映写画面とよく似た映像を、以前どこかで見た記憶があった。