ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き/飛行機も好き
ルーカスは、角部屋にある書斎で02-3の走行記録を開いた。
2004年に保存された時点で、積算走行距離は240,850kmに達していた。
最高速度ではない。
最大出力でもない。
二十四万kmを超える距離だった。
約140馬力という数字は、一行で書ける。
機械式燃料噴射の完成形という説明も、短い文章で済む。
しかし、240,850kmという数字には、一行では表せない時間が含まれていた。
始動する。
走る。
停止する。
点検する。
必要な整備を行う。
そして、再び走る。
その繰り返しだった。
02-1は短期間で退役した。
プロペラシャフトが破断し、車体トンネル部とフロアを損傷したため、長期運用試験へ進めなかった。
02-2も長くは使えなかった。
信号待ちで停止中、左折に失敗した車から正面衝突を受け、機関と車体前部を失った。キャビンは変形したものの生存空間は残り、アドルフは頸椎捻挫を負いながらも歩くことができた。
事故後、次の車両はすぐに手配された。
そうして作られた三台目が、02-3だった。
前の二台には、長期運用試験を続ける時間がなかった。
02-3はその続きを引き受けた。
ルーカスは走行記録を年代順に並べた。
同じ書式が最後まで続いているわけではない。
初期にはフランツによる測定と解析が多い。
アドルフは過給、冷却、効率、耐久性を記録している。
オットーの記録には、保守と交換に関する記述が目立つ。
エリーザベトは費用や燃料、日常で使った際の不便を残していた。
同じ車を見ていても、記録する内容は違った。
それらが重なることで、一台の長期運用記録になっていた。
ルーカスは走行距離だけを抜き出すことをやめた。
二十四万kmという合計値だけでは、途中で何が起きたのか分からない。
重要なのは、距離と距離の間に挟まれた記録だった。
点検。
調整。
交換。
再測定。
不具合が見つかった時には、原因を調べる。
部品を交換した時には、交換前の状態を記録する。
仕様を変更した時には、その前後を比較する。
走行距離は、それらの変化を並べるための軸だった。
昼食の席で、ルーカスはエリーザベトへ尋ねた。
「二十四万kmも走ったという感覚はあった?」
「少しずつ増えたのだから、特別な感じはなかったわね」
「途中で、もう十分だと思わなかった?」
「何について十分なの?」
「試験として」
エリーザベトは少し考えた。
「お祖父さんにとっては、使い続けることも試験だったのでしょうね」
「終わりは決めていなかった?」
「そこまでは覚えていないわ。ただ、二十四万kmを目標にしていたわけではないでしょう」
「どうして分かるの?」
「そんな切りの悪い数字を目標にすると思う?」
ルーカスは笑った。
「思わない」
「使い続けた結果として、そこまで走ったのよ」
240,850kmは、記録達成のために設定された数字ではなかった。
日常使用と試験を積み重ねた結果として残った距離だった。
「買い物にも使った?」
「もちろん」
「旅行にも?」
「使ったわ」
「試験車であることを意識していた?」
「いつもではないわね」
エリーザベトは水を飲んでから続けた。
「荷物を積んで出かける時に、過給圧や燃料制御のことばかり考える人はいないでしょう」
「お祖父さんなら考えたかもしれない」
「運転中は計器を見ていたでしょうね。でも私は、目的地へ無事に着けるかを見ていたわ」
技術者と利用者の視点の違いだった。
アドルフは機関や計器を見る。
エリーザベトは目的地へ着けるかを見る。
しかし、長期運用の中では、その二つを分けることはできない。
効率が悪ければ燃料代が増える。
始動性が悪ければ出発できない。
冷却に余裕がなければ、暑い日や混雑した道路で使いにくい。
整備の頻度が高過ぎれば、日常の車として扱うことが難しくなる。
技術上の課題は、そのまま生活上の不便になる。
反対に、生活の中で現れた不便は、新しい技術課題になった。
ルーカスは書斎へ戻り、燃料関係の記録を探した。
02-3には、100km/h巡航で区間実測約20km/Lという記録があった。
約140馬力の機械式燃料噴射車でありながら、効率も評価対象に含まれていた。
ただし、この数値をあらゆる走行条件へ当てはめることはできない。
100km/h巡航という条件がある。
区間実測である。
市街地。
短距離。
寒冷時。
積載時。
そうした条件でも同じ燃費だったとは言えない。
ルーカスは手帳へ、数値だけではなく条件も書いた。
100km/h巡航。
区間実測。
約20km/L。
数字だけを切り離さない。
条件を失えば、測定記録は宣伝文句へ変わってしまう。
二十四万kmも同じだった。
その距離だけを見れば、故障なく走り続けた車のように思える。
しかし、無整備で二十四万kmを走ったわけではない。
点検を受けている。
部品も交換されている。
調整も行われている。
長く使うとは、何もせず最初の状態を保つことではなかった。
摩耗や不具合を観察し、必要な時に手を入れ、再び使える状態へ戻すことだった。
ルーカスは交換記録を追った。
すべての部品が製作時から保存時まで使われ続けたわけではない。
だが、交換を失敗と考える必要もなかった。
摩耗する部品は交換する。
寿命を迎えた部品は取り外す。
交換後の状態を確認する。
次の点検時期を考える。
それもまた、運用の一部だった。
私設工場二階の部品庫には、交換部品や損傷部品、試作品、タービン部品、冷却器、計器、配管、治具が保管されていた。700-Dを解体精密検査した際の保存部品も残されている。
その中に、02-3から取り外された部品が含まれている可能性はあった。
ただし、可能性だけで02-3の部品と決めることはできない。
午後、ルーカスは部品庫へ上がった。
棚の整理札を読み、形状を確認し、角部屋にある書斎の交換記録と照らし合わせた。
対応する可能性のある部品はいくつか見つかった。
しかし、02-3から取り外されたものだと確定できる部品ばかりではなかった。
整理札の文字が薄いものもある。
取り外した時期や理由が分からないものもあった。
ルーカスは推測で分類せず、記録と対応を確認できるものだけを手帳へ記した。
書斎へ戻ると、エリーザベトが窓際に立っていた。
「何を探していたの?」
「交換された部品」
「見つかった?」
「記録と対応するものはいくつか。でも、02-3の部品か分からないものも多い」
「全部残しているわけではないでしょうね」
「うん。でも、交換した事実は記録に残っている」
「二十四万kmも走れば、何も替えずに済むわけがないでしょう」
「そこが大事なんだと思う」
「何が?」
「長く使えたという話をすると、まったく壊れなかった車みたいに聞こえる。でも実際には、直しながら使えた車だったんだ」
エリーザベトは少し考えた。
「壊れないことと、直せることは違うわね」
「どちらが大切?」
「両方でしょう」
「どちらか一つなら?」
「そんな選び方をする必要があるの?」
ルーカスは答えられなかった。
「壊れにくくして、それでも不具合が出た時には直せるようにする。それでいいでしょう」
アドルフの日記より簡潔だった。
しかし、02-3の長期運用を説明する言葉としては適切だった。
二十四万kmは、不壊の証明ではない。
保守し、交換し、調整しながら使い続けられた結果だった。
夕方、ルーカスは私設工場へ入った。
中央には、2004年に240,850kmで保存された02-3が置かれている。
保存後は継続車検を取得していない。
2005年の車検書類も存在しなかった。
再び公道へ戻すには、車体と機関の状態を確認し、新しい車検を取得する必要がある。
今はまだ、走らせる段階ではない。
過去に二十四万kmを超えて走った実績は、四年間保存された車が現在も安全に走れることを保証しない。
過去の耐久性と、現在の状態は別の問題だった。
ルーカスは運転席側の窓から車内を見た。
幼い頃、この車が試験車だとは知らなかった。
祖父母の車だった。
乗せてもらい、目的地へ着き、また家へ戻る。
その記憶があるだけだった。
だが、それこそが02-3の成果だったのかもしれない。
実験車であることを利用者へ意識させず、生活の中で役割を果たす。
最高速度を出す必要はない。
毎回、最大出力を使う必要もない。
必要な時に始動し、人と荷物を運び、目的地へ着き、整備を受けながら使われ続ける。
Type1から始まった研究は、そこまで来ていた。
ルーカスは手帳を開いた。
二十四万kmは、壊れなかった距離ではない。
直しながら、使い続けられた距離である。
その下へ、もう一行を書いた。
機械式燃料噴射の試験車が、家族の車として生きた距離。
窓から差し込む夕方の光が、銀色の車体へ落ちていた。
02-3は記録挑戦車ではない。
博物館の展示物として作られた車でもない。
使われるために作られ、使われ続けた。
二十四万kmという数字は、その結果だった。
ルーカスは工場を出る前に、もう一度車体を振り返った。
次に調べるべきことは、走行距離そのものではない。
この車が使われた長い時間の中で、外の世界がどのように変わったのか。
アドルフたちが私設工場で続けてきた実験へ、自動車産業がいつ近づいたのか。
その答えは、1973年の記録から始まっていた。