ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き/飛行機も好き
二度目のBMW博物館を訪れた翌朝、ルーカスは新しい記録表を持って私設工場へ入った。
中央には02-3があり、その右にはDonnervogel 700が置かれている。
二台とも銀色だった。
同じ私設研究から生まれ、排気タービンを備えている。それでも、並べて見ると、目指したものの違いがはっきりしていた。
Donnervogel 700は、車体の各部が競技のためにまとめられている。
約800kg。
約120馬力。
後部機関、後輪駆動。
二人乗りの競技専用車。
ニュルブルクリンク北コースで行われたシェイクダウンでは、最大性能の八割程度に抑えて走行した。終了後、後輪タイヤの接地面と側壁に著しい損傷が見つかり、全開走行と正式計時は中止された。
公式なラップタイムはない。
どこまで速く走れたかも、残された記録からは確定できない。
02-3は、それとは異なる目的で作られていた。
約140馬力。
機械式燃料噴射。
三元触媒。
O2センサー。
電気機械式アクチュエーターによる燃料制御カムの補正。
運転席は固定式フルバケットで、車両右側の助手席には可倒式セミバケットが取り付けられている。
そして、2004年に保存されるまで、240,850kmを走っていた。
ルーカスは記録表の上部へ二台の名を書いた。
左にDonnervogel 700。
右に02-3。
その下へ最初の比較項目を書き込む。
目的。
Donnervogel 700の欄には、競技専用車。
02-3の欄には、しばらく考えてから、公道での長期使用と書いた。
次の項目として、ルーカスは最大出力と書きかけた。
しかし、その文字を消した。
二台の意味を考えるために、出力を最初に比べる必要はなかった。
Donnervogel 700は最大性能を追求した車である。02-3は、それより大きな出力値を持っていても、同じ目的で作られた車ではない。
機関配置も、車体構成も、使用条件も異なる。
数字だけを並べれば、後から作られた02-3の方が優れた車に見える。しかし、出力値の大小だけで研究の成果を判断することはできなかった。
ルーカスは項目を書き直した。
維持すべき性能。
Donnervogel 700について、すぐに答えを書くことはできなかった。
競技専用車に必要なのは、一度だけ速く走る能力ではない。機関、駆動系、車体、タイヤ、制動、乗員保護を含め、求められる性能を安全に発揮できなければならない。
Donnervogel 700は、その確認の途中で止まった。
機関が壊れたわけではない。
事故を起こしたわけでもない。
それでも、タイヤの損傷が発見された時点で、全開走行を続ける条件は失われていた。
ルーカスは欄へ書いた。
タイヤ損傷を確認し、全開走行と正式計時を中止。最大性能を反復できる条件には到達せず。
02-3の欄には、
公道で必要な性能を、整備しながら長期間維持。
と書いた。
背後で扉の開く音がした。
エリーザベトが工場へ入ってきた。
「朝から二台を採点しているの?」
「採点じゃないよ」
「表にしているでしょう」
「比べてる。でも、どちらが上かを決めるためじゃない」
エリーザベトは記録表を覗いた。
「出力の欄を消したのね」
「目的が違うから。数字は比較できても、その数字が何のために必要だったかは別だ」
エリーザベトはDonnervogel 700を見た。
「これは速く走るための車だったわ」
「02-3も遅くはない」
「でも、買い物にも使えた」
「そこが違う」
Donnervogel 700の試験では、速さを証明する機会より、損傷を見つけて停止する判断が優先された。
その中止を、単純な失敗と呼ぶことはできない。
最大性能を求める研究では、機関出力だけを増やしても車両全体が成立するとは限らない。機関と車体がまだ動けても、タイヤが要求に耐えられないなら走行は続けられない。
異常を発見した時、記録より停止を優先する。
Donnervogel 700が示したのは、速さだけではなかった。
一方は、最大性能を求める研究が、何を限界として受け入れるべきかを示した。
もう一方は、過給機関を生活の中で使うために何が必要かを示した。
答えの形が違うのである。
「Donnervogelは失敗だったと思う?」
ルーカスが尋ねると、エリーザベトは首を横に振った。
「失敗した部分はあったでしょうね」
「車全体としては?」
「お祖父さんは捨てなかったわ」
「残したから成功?」
「残したことと、成功したことは同じではないでしょう」
エリーザベトは銀色の車体を見た。
「答えを出し切れなかったから、残したのかもしれないわね」
Donnervogel 700には公式ラップタイムがない。
完全な全開走行も行われていない。
当初の目的を達成したと断定することはできなかった。
しかし、試験によって得られたものはある。
最大性能を求める時には、機関だけでなく、車両全体が要求に耐えなければならない。
限界は、最高速度の数字として現れるとは限らない。
Donnervogel 700の場合、それは後輪タイヤの損傷として現れた。
ルーカスはその欄へ書いた。
到達しなかった最大性能。
少し考え、その横へもう一つ加えた。
捨てられなかった夢。
次に02-3を見た。
こちらには、Donnervogel 700のような競技記録がない。
最高速度を証明するための車でもなかった。
100km/h巡航時の区間実測では約20km/Lを記録している。しかし、その数値だけで02-3の価値が決まるわけではない。
約140馬力を得たこと。
機械式燃料噴射を維持したこと。
排出ガス対策を追加したこと。
整備と部品交換を続けたこと。
公的な手続きを経て道路を走ったこと。
アドルフとエリーザベトが日常に使ったこと。
それらが、二十四万kmを超える運用によって一つに結びついていた。
何か一つが優れていたから完成したのではない。
機関、燃料供給、冷却、潤滑、排気、駆動系、車体、制動、整備、公的承認が、一台の車として続いたのである。
ルーカスは02-3の欄へ書いた。
生活へ戻った完成した回答。
「こちらは答えを出したの?」
エリーザベトが尋ねた。
「出したと思う」
「何に対する答え?」
「小さな機関へ過給器を付けた車を、特別な試験だけで終わらせず、生活の中で使えるかという問い」
「答えは?」
「使える。ただし、出力だけを見てはいけない」
「ずいぶん条件が付くのね」
「条件が付くから答えになるんだよ」
過給器を取り付ければ終わるのではない。
増えた熱を処理し、潤滑を保ち、燃料供給と過給圧を制御する必要がある。駆動系、車体、タイヤ、制動も、得られた性能へ対応させなければならない。
道路を走るなら、排出ガス、整備性、車検も無視できない。
それらの条件を一台の車にまとめ、直しながら長く使った結果が02-3だった。
「では、Donnervogelは間違った答え?」
「違う」
ルーカスはすぐに答えた。
「問いが違うんだ」
「どんな問い?」
「最大性能をどこまで引き出せるか。その性能を、車体とタイヤが支えられるか」
「最後までは確かめられなかった」
「うん。でも、続けてはいけない条件は確認した」
二台は成功車と失敗車ではなかった。
Donnervogel 700は、最大性能を追う研究には、記録より停止を優先すべき限界があることを示した。
02-3は、最大性能だけを求める考えから離れ、過給機関を生活の中で使い続けるための条件を示した。
二台は互いを否定していない。
同じ研究の中で、それぞれ異なる問いへ答えていた。
ルーカスは記録表の下へ線を引いた。
その下に一文を書いた。
Donnervogel 700は、捨てられなかった夢。
続けて書いた。
02-3は、生活へ戻った完成した回答。
エリーザベトが二つの文章を読んだ。
「お祖父さんも、そう考えていたの?」
「同じ言葉を使った記録は見つけていない」
「では、あなたの結論ね」
「今までの資料を整理した結果だよ」
「誰の言葉か、分かるようにしておきなさい」
ルーカスは二つの文章の横へ、ルーカスによる整理と追記した。
アドルフの言葉として残してはならない。
記録された事実と、後から加えた解釈は区別する必要がある。
夕方、ルーカスは二台を振り返った。
Donnervogel 700は、再び北コースへ戻る準備をしているわけではない。
02-3も、過去の記録を更新するために再公道化されたわけではなかった。
一台には、到達しなかった最大性能への問いが残った。
もう一台には、長期使用によって得られた答えが残った。
角部屋にある書斎へ戻ると、ルーカスは記録表を机の中央へ置いた。
その横には、二度目のBMW博物館で書いた文章がある。
公式史にない記録を、欠落と同じ意味で扱ってはならない。
二台について整理したことで、私設研究の記録をどこへ置くべきかが見え始めていた。
BMWの公式開発史へ加えるのではない。
会社史と対立する秘密の歴史にするのでもない。
では、その外側に残された記録を、どのような言葉で位置づけるべきか。
ルーカスは新しい頁を開いた。
見出しを書く前に、二度目の博物館訪問の記録をもう一度読み返した。