ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き
一九五五年のファイルには、日記より先に運送状が綴じられていた。
紙は薄く変色し、折り目の一部が破れかけている。発送元、重量、木箱の数、受取人。余白にはオットー・ヴァイスの筆跡らしい鉛筆書きがあり、到着時刻と外装の状態が記されていた。
ルーカスはアドルフの日記と照合した。
日付は一致していた。日記には荷物が届いた事実と、受領に立ち会った三名の名前がある。ただし、運送状にある木箱の扱い方や、一つだけ留め具を交換したことまでは書かれていない。
一方、オットーの受入記録には技術的な期待も失望もなかった。
輸送中の転倒なし。
外板の大きな損傷なし。
開梱前に数量を確認。
乾燥した場所へ移動。
その簡潔さから、むしろ仕事の境界が見えた。オットーが引き受けたのは、研究対象を無事に運び、必要なときに使える状態で管理することだった。性能を論じる前に、十基が十基のまま届かなければならない。
ルーカスは次の書類を開いた。
そこには、受領品の名称が記されていた。
BBC製試作排気タービン、十基。
十という数字は、日記、運送状、受入記録の三つに共通している。少なくとも数量については、一冊の日記だけに依存せず確認できた。
だが、なぜ十基だったのかは、どの書類にも説明されていなかった。
購入したものなのか。譲渡されたものなのか。どのような交渉を経てアンガーフェルトへ届いたのか。ファイルに残された範囲では決められない。
ルーカスは手帳に、分かることと分からないことを分けて書いた。
十基が届いた。
試作品である。
ただし、入手経路の全容は未確認。
彼は日記の続きを読んだ。
開梱は到着したその日には行われていない。アドルフは早く内部を確かめたがっていたらしいが、作業台の整理と部品番号の準備が先に行われている。翌日の記録には、エリーザベトが作成した一覧表への言及があった。
一覧表は同じファイルの後半に収められていた。
縦に十の欄があり、それぞれに一から十まで番号が付けられている。外観、回転部の状態、付属品、使用先、変更内容、返却部品を記入するための横欄が設けられていた。記入に使われた筆記具と筆跡は時期によって異なり、この表が長期間にわたって更新されたことが分かった。
「これを作ったのは、お祖母さん?」
ルーカスは夕食の席で一覧表を見せた。
エリーザベトは眼鏡を掛け、紙を手元へ引き寄せた。
「表を引いたのは私ね。項目はみんなで決めたはずよ」
「十基をどう使うか、最初から決まっていた?」
「全部は決まっていなかったわ」
「一号機を分解することは?」
「それは早く決まったと思う。中が分からないものを、いきなり車へ付けるわけにはいかないでしょう」
一号機の欄には、分解研究と記されていた。
後年の追記を見る限り、再組立てして車両へ搭載された形跡はない。部品ごとに寸法を測られ、材質や表面状態を観察するための見本になったらしい。
二号機は試験台用だった。
三号機の欄には、後から濃い文字でDonnervogel 700と書き加えられている。
残る七基には、改造研究、Type1系、ISO系、BMW 700系に関係する記載が重なっていた。一つの車に固定されたままではなく、取り外され、点検され、次の実験へ用いられたものもある。
「十台の車を造るための十基ではなかったんだ」
「ええ。壊さずに学べるとは限らないもの」
エリーザベトは一覧表を返した。
「分解すれば元へ戻せないこともある。試験台では動いても、車へ載せれば別の問題が出る。だから、数があるうちに役割を分けたのよ」
ルーカスは三号機の欄を指した。
「競技用へ使うものを、ずいぶん早く分けていた?」
「その文字がいつ書かれたか確認した?」
問われて、ルーカスは紙を見直した。
Donnervogel 700の文字は、表の作成時に使われたインクと違っていた。最初から競技車への搭載を予定した証拠にはならない。
「後からの追記か」
「資料は、書いてある場所だけでなく、書かれた順番も見ないとね」
翌朝、ルーカスは再び角部屋にある書斎へ入った。
一号機の分解記録は、アドルフの日記とは別の薄い帳面に残されていた。寸法を記した数字の横に、フランツ・ヴェーバーの名がある。一九五五年、三十歳。前年までの日記にはほとんど現れなかった人物だった。
フランツは、ただ数値を書き取ってはいなかった。
測定器、測定位置、繰り返した回数、読み取りに迷いがあった箇所を分けている。一部の数字には線が引かれ、欄外に再測定と記されていた。
都合の悪い値を消したのではない。採用しなかった値も残し、その理由を添えていた。
ルーカスは、六名の名前を書いた手帳を開いた。
アドルフは機関と試験の構想。
オットーは輸送、保守、部品管理。
フランツは測定、校正、誤差の記録。
ヨーゼフの名は、試験台の支持方法を検討した紙にあった。回転機械を固定する架台へどのような荷重が加わるかを考え、最初の案では不足すると指摘している。
ルートヴィヒは、修正された図面の横に加工上の注意を書き込んでいた。図面の寸法どおりでは工具が入らない。溶接すれば熱で変形する。先に一方を仕上げれば、後の組立てができない。
設計図に線を引く者と、それを金属へ変える者の間には、何度も往復が必要だった。
エリーザベトの記録は、費用一覧と連絡文書に多かった。購入品の額、輸送費、追加加工の支払い、予定を超えた項目。外国語の文書には、意味を確かめるための書き込みも残されている。
六人は同じ仕事をしていなかった。
だからこそ、十基は単なる部品の集合ではなく、共同研究の起点になった。
ルーカスは二号機の試験記録へ移った。
試験台上で排気に相当する流れを与え、回転の立ち上がりを観察した記録だった。初期のページには、測ろうとした項目だけが多く、結果の欄は空白になっている。必要な計器が不足し、温度の変化へ測定が追いつかなかったらしい。
アドルフの日記には、短く記されていた。
回った。しかし、分かったとは言えない。
ルーカスはその一文を手帳へ写した。
後のページでは計測箇所が増え、配管の取り回しが変更されている。接続部から漏れが生じ、締め直した記録もあった。潤滑の供給が安定せず、試験を中断した日もある。
排気タービンが回転したという事実だけなら、最初の日に得られていた。
しかし回転数を制御できるか。軸受へ油を確実に送れるか。高温部から周囲を守れるか。機関と接続したとき、燃料供給や冷却が追いつくか。それらは別々の問題だった。
祖父たちは、知らない装置を手に入れたことで答えを得たのではない。
それまで言葉と計算の中にあった疑問を、壊れる可能性のある現物へ移しただけだった。
午後、ルーカスは私設工場の二階へ上がった。
棚には番号札を付けられた部品が並んでいた。タービンのハウジング、配管、冷却器、計器、加工途中の治具。どれが一号機から外されたものか、外観だけで決めることはできない。
彼は一覧表を手に、番号札と照合した。
紙の上では一本の線で済む変更が、現物では溶接跡や削り直した面として残っている。使われなかった部品にも、採用されなかった理由があるはずだった。
棚の奥に、古い木箱があった。
側面に薄くBBCの文字が残り、その上から白い塗料で「1」と書かれている。中には、分解された回転部品と複数の小袋が収められていた。各袋にはフランツの記録番号らしい符号が付いている。
一号機だった。
車を走らせることなく、最初から内部を知るために分解された一基。それが残った九基の扱い方を決める基準になった。
木箱の隣には、試験台で用いられた接続部品が保管されていた。熱による変色と、何度も工具を掛けた痕跡がある。日記に書かれた漏れや締め直しは、抽象的な失敗ではなかった。
ルーカスは部品へ触れず、番号と保管位置を手帳へ記録した。
十基という数だけを見れば、多く感じられる。
だが、一基は分解され、一基は試験台へ置かれ、一基は後に競技専用車へ使われた。残るものも、次々に生まれる試験車の間を移り、改造と点検を受けた。
無限に試せる数ではない。
一つを壊せば、残りは九つになる。改造すれば、元の状態との比較は難しくなる。どこで使い、何を確かめるかを選ばなければならなかった。
ルーカスは階下へ戻り、02-3を見た。
ダッシュボードには、第九号と呼ばれた車の結論が銀色の筆で描かれている。
その番号は、九台目の完成車という単純な意味ではなかった。少なくとも、十基のタービン番号とも一致しない。試験車、仕様変更、分解研究。その数え方そのものが、途中で整理されていった可能性がある。
確かめるには、次の記録へ進む必要があった。
角部屋にある書斎へ戻ったルーカスは、一九五五年の資料を机へ並べた。
日記。
運送状。
受入記録。
十基の一覧表。
一号機の分解記録。
二号機の試験台記録。
それぞれ単独では不完全だったが、重ねると一つの判断が見えてきた。
最初の車両には、分解していないタービンが必要だった。
一覧表の五号機欄に、後から書き込まれた車名がある。
Versuchsträger Nr.1 Type1
ルーカスは、その名が現れる最初の日付を探した。
記録の余白には、アドルフの短い注意書きが残されていた。
試験台と道路は同じではない。
十基のうち一基が、いよいよ車へ搭載されようとしていた。