ある自動車技師の記録、或いはダウンサイジングターボの夢 作:自動車好き
Nr.2 Type1の図面は、Nr.1 Type1のものより枚数が多かった。
角部屋にある書斎の机で二台分を並べると、その理由はすぐに分かった。Nr.1 Type1の図面では、排気タービンと機関を結ぶ経路が中心だった。Nr.2 Type1では、その周囲に冷却、潤滑、遮熱、車体構造を示す線が加わっていた。
破損した機関を、より強い部品へ置き換えただけではない。
過給によって生じる熱をどう処理するか。潤滑油の状態をどう保つか。高温部から周囲の部品をどう守るか。問題は機関内部から、車両全体へ広げられていた。
ルーカスは二つの図面を重ねた。
新たに追加された装置の一つはインタークーラーだった。圧縮によって温度の上がった吸気を冷却するためのものだが、取り付ければ済むわけではない。空気を通す位置が必要になり、吸気配管は長くなる。接続部が増えれば、漏れや緩みを点検する箇所も増える。
追加オイルクーラーにも同じ問題があった。
潤滑油の温度を下げる代わりに、配管、継手、支持金具が必要になる。油路を延ばせば、流れや圧力への影響も確かめなければならない。
解決策は、新しい確認事項を連れてきていた。
アドルフの日記には、Nr.1 Type1の構成をそのまま再現しないという方針が記されていた。しかし、具体的な搭載方法は一度で決まっていない。
ヨーゼフの計算用紙では、追加装置の重量と支持位置が検討されていた。冷却器を置く場所が変われば、車体へ加わる荷重も変わる。支持部を強くしても、その周囲へ負担を集中させれば、別の箇所が変形する可能性があった。
ルートヴィヒの加工図には、さらに実際的な修正が残っていた。
工具が入らない。
配管と遮熱板が接触する。
溶接後の変形を見込む必要がある。
彼は図面を現物へ移すたび、寸法と作業順序を直していた。機能する配置であるだけでなく、組み立てられ、点検できる配置でなければならなかった。
ルーカスは修正された遮熱板の図面を、私設工場二階の管理票と照合した。
部品庫には、試作された遮熱板や配管、冷却器が残されていた。一枚の遮熱板には、使われなくなった穴が塞がれ、別の位置へ新しい穴が開けられている。端部にも切り直した跡があった。
最終図だけを見れば、完成した形が最初から選ばれたように見える。
現物には、そこへ至るまでの変更が残っていた。
ルーカスは採用された部品と退けられた部品を区別し、番号だけを手帳へ記録した。部品庫にあるという理由だけで、すべてが実車へ使われたとは判断できなかった。
Nr.2 Type1で加えられたものは、冷却装置だけではなかった。
車内図面には、乗員の周囲を囲む骨格が描かれている。
初代Vogelkäfig。
設計を担当したヨーゼフは、部材の太さだけでなく、荷重をどこへ伝えるかを検討していた。車体が変形したとき、乗員の周囲に残すべき空間も図面へ示されている。
過給による出力向上と、乗員を守る構造。
二つは別の研究に見える。しかし、強く加速できる車には、それに応じた車体と安全性が必要だった。機関だけを成立させても、車として完成したことにはならない。
夕食の席で、ルーカスはエリーザベトに尋ねた。
「Vogelkäfigという名前は、誰が付けたの?」
「ヨーゼフだったと思うけれど、記録で確かめた方がいいわね」
「鳥籠という呼び方にしては、ずいぶん頑丈そうだ」
「鳥を閉じ込めるためではなく、中の人を残すためでしょう」
「祖父は安全性を気にしていた?」
「気にしていなければ、ヨーゼフに頼まなかったでしょう。でも、お祖父さんは機関を先に見たがる人だったわ」
「ヨーゼフは車体を見る」
「ルートヴィヒは、実際に作れるかを見る。六人が同じものを見ていたわけではないのよ」
同じ車を囲んでいても、見ている問題は違った。
アドルフは過給と冷却を見ていた。
ヨーゼフは荷重と変形を考えた。
ルートヴィヒは材料と加工方法を確かめた。
フランツは何を測り、どの誤差まで許容するかを決めた。
オットーは交換部品と保守を管理した。
エリーザベトは費用と、計画を継続できるかを見ていた。
その違いが、一台の車へまとめられていた。
ルーカスはNr.2 Type1の試験記録を追った。
インタークーラー、追加オイルクーラー、遮熱、初代Vogelkäfigが備えられたことは、図面、部品管理票、写真から確認できた。
だが、冷却と潤滑を改めただけでは、Nr.1 Type1の根本的な問題をすべて解決したことにはならない。
過給そのものを管理する必要があった。
Nr.1 Type1では、排気タービンが生む過給を必要な範囲へ抑える仕組みがなかった。冷却能力を増やしても、発生する熱と負荷が際限なく増えるなら、安全な状態を維持できない。
アドルフの日記では、関心を示す語が変化していた。
それまでは「過給を得る」と書かれていた。
次の記録では「過給を制御する」となっている。
強く働かせるだけではなく、超えてはならない状態へ達する前に抑える。その判断には、運転者が機関の状態を把握するための測定も必要だった。
ここから、フランツの記録量が増えていた。
運転中の計器は、その瞬間の値を示す。だが運転者は常に文字盤だけを見ていることはできない。短時間だけ生じた最大値を見落とせば、試験後の点検で原因を追えなくなる可能性があった。
フランツは、通常の指針に加えて、最大到達位置を残す針を持つ計器を製作した。
フランツ=スミス計器。
付加された針は、スパイ針と呼ばれていた。
ルーカスは校正記録と写真を照合した。フランツは針が残ることだけを確認したのではない。既知の条件を与え、示された値のずれを記録し、使用前後にも計器を検査していた。
値を残せても、値が正しいとは限らない。
測定は、計器を取り付けた時点で終わる仕事ではなかった。
改良された冷却系。
過給制御。
フランツ=スミス計器。
スパイ針。
これらを備えた仕様に、Type1-Bという名称が与えられていた。
初期仕様をType1-Aと呼んだ記録は存在しない。Nr.1 Type1とNr.2 Type1を経て、Type1-Bへ進んでいた。
Type1-Bの資料では、試験の目的も変わっている。
一度の作動確認ではなく、点検と整備を挟んだ耐久試験だった。配管、冷却器、潤滑油、計器、固定部品が繰り返し確認されている。
最大値を得るだけでは足りない。
同じ働きを繰り返せるか。
異常を測定できるか。
必要な部品を交換し、再び試験へ戻れるか。
研究は、出力から持続性へ一歩進んでいた。
資料束の末尾には、次の車体を検討した紙が挟まれていた。
より小さく、より軽い車体へ、Type1系で得た技術を移す。
その輪郭はビートルとは異なり、極端に短かった。
図面の隅には、次の名称が記されている。
ISO-I-1
過給を制御し、負荷を測定する技術は、今度は最小の車体によって試されようとしていた。の車体によって試されようとしていた。