ようこそ幽鬼のいる教室へ   作:何故そこで愛!?

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すごい評価がスケーリングしてる…
どこまでやれるかはしらんけど、やれるとこまでいきます


一学期 3/9

 

意識を失った須藤を、幽鬼はひとまず物陰へと寄せた。

人目につかない位置を確保してから、その呼吸と顔色を確かめる。

 

しばらくして、須藤の瞼がゆっくりと開いた。

 

「……あ?」

 

うめき声とともに、視線がふらふらと宙をさまよう。

その様子に、幽鬼はほっと胸を撫で下ろした。

 

死んでいない。

むしろ回復も早い。

やはり須藤という人間の頑丈さは、伊達ではないらしい。

 

近くの自販機で買っておいたスポーツドリンクを、幽鬼はその手元に差し出す。

 

「気分はどう?痛いとか、苦しいとか」

 

淡々とした問いかけ。

心配、というより点検に近い響きだったかもしれない。

 

須藤はしばらくボトルを見つめたあと、無言でそれを受け取った。

痛む体を庇いながら、ゆっくりと上体を起こした。

 

「……反町お前、なんでそんな喧嘩慣れしてんだよ」

「あ、呼び方、反町じゃなくて友樹でいいよ」

 

質問には答えず、幽鬼はそう返した。

 

「は? 急に何だよ」

「その方が呼ばれ慣れてる、なんというか、発音として?仲良くなったとか、そういう話じゃなくて」

 

素っ気ない補足。

本当に、それだけの理由でしかない。

ゲーム内とエージェントをはじめとした運営との交流の中で、幽鬼は基本、反町では無く幽鬼と呼ばれる。

須藤は少し呆気に取られたようだったが、それ以上は追及せず、あらためて問いを重ねる。

 

「んで、ゆ、友樹...?さっきの質問に答えろよ」

「よくこういうことしてたから。負けたこと、今のところないし」

 

どことなくぼかした言い方だった。

だがそれは、嘘というわけでもない。

 

ゲームの会場で頻繁に発生するフリーファイト。

小中学校の頃から、喧嘩っ早い性分で、年上だろうとすぐに荒事に向かった過去。

幸いなことにフィジカルとセンス、その両方に恵まれていたおかげで、師匠に取り押さえられたことを除き、その手の揉め事で負けたことは一度もない。

 

「……その見た目でスケバンかよ、お前」

 

須藤はそう呟くと、何かが吹っ切れたように、少し笑った。

見当違いの解釈ではあったが、幽鬼はあえて訂正しない。

面倒だから、というよりは――そこまで的外れでもないか、という程度の納得の方が近い。

ゲームの世界に足を踏み入れる前から、大人しく従順に生きていた時期など、思い返してもほとんどなかった。

 

「つーか俺、約束受けるなんて一言も言ってねぇけどな」

「上等って言ったよね」

「あれは...なんつーか、喧嘩を買ったってだけだろ」

 

須藤があきれたように口にする。

だがその口調に本気で約束を反故にする気配はない。

大きくため息をつくと、彼は仕方なさそうに首の後ろを掻いた。

 

「……わーったよ。勉強会出て赤点回避すりゃいいんだろ。で、勉強会ってどっちのだ?」

「どっちって、何?」

 

幽鬼は素直に問い返した。

 

聞けば、平田が呼びかけたものとは別に、堀北が主導する小規模な勉強会が計画されているらしい。

須藤や山内、池といった、赤点候補として名前が挙がった面々を綾小路が招集し、堀北が教える形だという。

須藤は一度、それを断っているようだった。

 

幽鬼は少し意外だな、と驚いた。

あの堀北が、既にクラス立て直しのために独自に動き出していたとは思っていなかった。

 

生真面目で、隙のなさそうな性格。

だがその一方で、他人とは常に一定の距離を引き、内心でどこか見下しているような気配を、隠そうともしない――それが、幽鬼の抱いていた印象だ。

この一枚岩とはいかない結束を欠いたクラスのため、統制する側に回ろうとするタイプには見えなかった。

もしかすると、何か他者の物以上の明確な動機があるのかもしれない。

 

しばし考えを巡らせる。

もしこの状態で須藤を平田たちの勉強会に参加させても、彼を嫌うほかのクラスメイトとまたトラブルが発生するかもしれない。幽鬼は先ほどのクラスの雰囲気を思い返してそう考える。

そりが合わない大勢の中で、針のむしろのような時間を過ごすくらいならば、気心の知れた少人数の方がまだ居心地もいいだろう。

 

「堀北さんの方に行きなよ」

「あー...堀北、正直気にくわないタイプなんだけどな...」

「じゃあクラスのほうにでも行く?正直空気としては最悪だと思うけど」

 

思わず顔をしかめる須藤、彼としてもやはり自分に対する敵意の真ん中で苦手な勉学に励むことは到底難しいだろう。

それに、と幽鬼は付け加える。

 

「私もあんまり勉強は得意じゃないし、自分の分で手一杯。でも、できることは協力するから」

 

少し投げやりに聞こえるかもしれないが、幽鬼なりの誠意のつもりだ。

その言葉を聞いた須藤は、一瞬だけ、ほんの少し嬉しそうな笑みを浮かべたように見えた。

幽鬼の主観に過ぎないかもしれないが、そう感じられた。

 

「は、テメーの心配しとけや。お前が来ても、役に立つ気しねぇしな」

 

軽口混じりにそう返すと、須藤は痛む体を引きずりながら寮の方角へと歩き去っていった。

幽鬼はひとまずの対応が完了したことを確認し、自分も時間を空けてから寮へ進んだ。

 

---

 

翌日の休み時間、綾小路は堀北のもとへ足を運び、昨日の勧誘結果を報告していた。

 

指示のあった須藤、山内、池。

声をかけた三人とも、結果は芳しくない。

というより、全滅と言っていい。

 

「――で、三人とも駄目だった、と」

「そういうことになる」

「あなた、本当に勧誘する気があったの?」

 

堀北の声には、隠すつもりのない呆れが滲んでいる。

 

「あったに決まってるだろ。ただ向こうにその気がなかっただけで」

「向こうにその気がなくても口説き落とすのが交渉というものよ。あなたの説得力の無さを、私は少し甘く見積もっていたみたい」

「無理難題を人任せにしといて、結果だけ責めるのはどうかと思うけどな」

「結果を出さない人間の言い訳は、大抵そういうことを言うものよ」

「手厳しすぎないか?」

 

いつも通りのやり取りだ。

互いに小さくため息をつき合ったところで、二人は次の一手について考え込む。

 

山内と池は、綾小路の見立てでは危機感が欠如しているだけだ、何かのきっかけがあればなんとかなるかもしれない。

しかし須藤は明確に拒否の意を示している、一筋縄ではいかないことは明白だった。

方針を練り直すべきか、それとも別の角度から攻めるべきか。

 

そんな話をしていた矢先、当の須藤が二人の前に姿を現した。

訝しげに見上げる堀北をよそに、口を開く。

 

「……あー、悪ぃ。昨日言ってた勉強会、あれ、まだ入れるか…?」

 

ぶっきらぼうな、ばつの悪そうな口調で須藤は視線を逸らしながらそう問いかけた。

 

堀北と綾小路は、揃って言葉を失う。

前日まで頑なに拒んでいた本人が、こうして自ら申し出てくるとは、誰も予想していなかった。

 

「……急にどういう風の吹き回し?あなたは拒否したと聞いていたけれど」

 

堀北はまだ困惑を隠せない様子だったが、それでも問いかける声には、いつも通りの棘がある。

 

「別に。……ちょっとは不味いかもしれねえって思っただけだ」

 

須藤はそれに少し苛立ったように頭をかきながら、それだけを答える。

理由と呼ぶには、あまりに輪郭のぼやけた言葉。

だが、そこから何かを深く聞き出せる空気でもない。

 

堀北はしばらく須藤の顔を観察していたが、やがて小さく頷いた。

 

「――分かった。あなたの気が変わらないうちに予定に入れておく。今日の放課後は空いているの?」

「おう、今日はバスケ部休みだ」

「そう、なら図書室で待ってるわ」

 

一番の懸念材料だと思われていた須藤が、あっさりと解決してしまった。

綾小路と堀北は顔を見合わせ、拍子抜けしたような表情を交わす。

 

残る二人――山内と池をどう口説き落とすかという課題は、依然として手つかずのままだったが、須藤が自主的に参加したとなれば、二人にも良い危機感が生まれる可能性はある。

事態は明確に好転していた。

 

須藤はそれだけを告げると、自分の席へと戻っていく。

その途中、堀北の一つ前の席――幽鬼の方へ、ほんの一瞬だけ視線を投げた。

 

幽鬼は小さく頷き、胸の前で小さく親指を立てる。

 

約束は履行された。

それだけの無言のやり取り。

 

須藤は何も言わず席に着くと、それきり前を向いた。

こうして、その日の放課後には、須藤一人だけの勉強会が開かれる――はずだった。

 

---

 

放課後、幽鬼はクラスの勉強会には顔を出さず、自室の机に向かっていた。

 

前日、須藤を待つ間の空き時間を使い、平田の勉強会に一度参加してみたことがある。

結果から言えば、あまりうまくいかなかった。

 

平田をはじめ、何人かは熱心に教えてくれる。

その熱意自体は、本物だったと思う。

だが、軽井沢をはじめとした一部の生徒からは、露骨なやっかみを向けられた。

 

特に平田がつきっきりで誰かに教え込んでいるときなど、しょっちゅう横から呼びに来ては、進行そのものを妨害してくる。

平田はその都度やんわりと窘めていたが、正直、あの空気にもう一度飛び込む気力は残っていない。

 

まだ基礎も固まっていないうちからの自習は、正直効率が悪い。

それは自覚している。

それでもあの居心地の悪い勉強会に戻るよりは、よほどマシだった。

 

そういえば須藤の方は、うまくやれているだろうか。

あれで少しでも学力が上がるようなら、いっそ自分も須藤に教えてもらった方が早いかもしれない――そんな取り留めのないことを考えながら、幽鬼はノートのページを進めていく。

 

慣れない教科書と格闘していると、不意に手元の端末が振動した。

 

一度手を止め、画面を確認する。

 

『やっぱお前が教えてくれ』

 

そんな須藤からの一文が、ホーム画面に浮かんでいた。

筆記用具をデスクの上に放り投げ、幽鬼はそのままベッドへと倒れ込む。

あーーーー、ととりとめもない声を上げると、不条理を呪う。

 

計画は、早速崩壊していた。

一応の承諾と、事情の説明を求める旨の返信を送り、須藤を待つ。

 

「…悪ぃ、勉強教えてくれ」

「…いいけど、先に事情の説明をして」

 

二十分後、怒りを残しつつもどこか気まずさの見える須藤が幽鬼の部屋に招き入れられた。

須藤は経緯を語る。

 

勉強会に参加したものの、内容がまるで頭に入らなかったこと。

 

そして、堀北の物言いが、聞くに堪えないものだったこと。

 

最終的に完全に決別し、勉強会の話は無しになったこと。

 

幽鬼としては、もう少し粘ってほしかった気持ちもある。

それでも、事情を聞けば多少は納得できなくもない。

デスクの上の私物を床へと移し、須藤をそこに座らせた。

 

「……女子の部屋に男子上げるとか、大丈夫なのかよ」

 

須藤が今さらのようにそう指摘してくる。

幽鬼はその懸念を鼻で笑った。

 

「もう一回、喧嘩する?」

「勘弁してくれ...」

 

軽く返した一言に、須藤の顔が青ざめる。

それだけで、質問の答えとしては十分だったらしい。

 

「あ、そこのクローゼットだけは開けないでね」

「言われなくても開けやしねえよ!お前は俺を何だと思ってんだ!」

 

素直に頷く須藤を前に、二人の即席勉強会が始まった。

 

 

だが、やはりそう簡単にはいかない。

教える側の幽鬼自身、この手の勉学にはまるで不慣れだ。

一時間半ほど付き合ったところで、双方の集中力が同時に切れた。

 

「今日はここまでにしよう」

 

そう告げると、幽鬼は帰り支度を始めた須藤に、ふと問いかける。

 

「次からは私も一緒に行くから、勉強会、戻ってみない?」

「それは無理。堀北には絶対に頼らねぇ」

 

須藤は即座にそう突っぱねた。

 

――なるほど。

 

それなら、堀北の方に何かしらの働きかけをする必要がありそうだ。

 

とはいえ、クラスをまとめようと動き始めた彼女に、こちらから接触することにはリスクもある。

利と害、その天秤を、幽鬼はしばらく持て余していた。

 

---

 

結局、幽鬼が選んだのは、堀北本人ではなく、綾小路経由での接触だった。

翌日の休み時間、綾小路が教室から離れたタイミングを見計らって、幽鬼は綾小路に声をかける。

 

「綾小路くん」

「...反町か、何か用か?」

「ちょっと、須藤のことで」

 

そう切り出すと、綾小路は少し身構えるような素振りを見せた。

 

「私、須藤と友達なんだ」

「反町と須藤が、友達……!?」

 

幽鬼は生まれてこのかた、誰かと明確に交友関係を築いたことはない。

家にも招いたのだし、友達を自称するくらいはいいだろうとそう言った。

とても意外そうに、無表情ながらその声に驚愕をにじませて綾小路が聞き返してくる。

 

「意外?」

「いや、まあ。組み合わせとしては珍しいなと...もしかして、須藤が急に態度変えたのは反町が絡んでるのか?」

 

幽鬼は素直にうなずいた。

当然、暴力という名の説得をしたとは伝えない。

 

「まあ、うん。ちょっと話す機会があって、それで仲良くなった」

「へえ」

「一応、勉強会出るよう頼んでみたけど……昨日、駄目になったって聞いた」

「ああ、そのことか」

 

綾小路は納得したように頷く。

それ以上深くは疑われずに済んだらしい。

 

「実は、それで綾小路くんには頼みがあって」

「オレに?」

「堀北さんにもう少し言い方を抑えてもらえないか、伝えてほしい。須藤、あれで結構こたえてたみたいだから」

 

そう告げると、綾小路は無表情のまま少し困ったように言った。

 

「……それに関しては俺も既に伝えた、でも堀北はもう面倒を見る気はないらしくてさ」

「見限ったってこと?」

「本人が退学したいなら、好きにすればいいと。むしろクラスの邪魔になるくらいなら、早めに退学してくれた方がいい、とまで言ってた」

 

淡々と伝えられた内容に、幽鬼は一瞬、言葉に詰まった。

理屈として理解できる、現状の須藤は明確にお荷物だ、そう考えるも無理はないだろう。

 

「……随分な言い方だね」

「オレもそう思ったから、一応そのときは軽く咎めておいた。さすがに言い過ぎだって。

それに須藤はいずれ役に立つとも伝えてる、そのうち運動のイベントも来るかもしれないしな」

「堀北さんの反応は?」

「聞いてる感じはしなかったな。まあ、あいつなりに焦ってるんだと思う」

 

綾小路は小さく肩をすくめた。

このままでは、須藤の勉強は間に合わず、幽鬼の苦労は徒労に終わってしまう。

困った、幽鬼は小さく息を吐いた。

 

「もう少し堀北には粘ってみる。反町からも堀北に説得することはできないか?」

「堀北さんはクラスのリーダーになるつもりだよね。

私はあくまで須藤を助けるために今回動いたのであって、クラス競争に積極的に参加するかはまだ未定だから。

堀北さんとはまだ積極的に交流する気がないから」

 

綾小路くんみたいに協力させられたくない、と幽鬼はつけ加えながら言った。

綾小路はコンパスは刺すし、横暴に協力を要請する隣人を思い浮かべ、納得した。

 

「……須藤の方、任せてもいいか?」

「うん、そっちの準備ができたら連絡して。これ、私の連絡先」

 

幽鬼が端末を差し出して、綾小路に連絡先を交換する。

綾小路が無表情を少し崩して目を輝かせているのを見て、幽鬼は首を傾げた。

 

「じゃあまた」

 

そう言って幽鬼は軽く手を挙げると、教室の方へと歩いていった。

結局その日は連絡が来ず、幽鬼の部屋では須藤との不慣れな勉強会が続くことになる。

 

---

 

翌朝、綾小路は登校してすぐ、堀北を捕まえて話を切り出した。

 

「須藤の件、もう一度考え直さないか」

「嫌よ、何度も言わせないで」

 

にべもない返事だったが、綾小路は構わず続けた。

 

「須藤を説得したの反町らしい」

 

「……反町さん?」

 

意外そうに、堀北の眉が動く。

 

「経緯は詳しく知らないけど、あの二人、いつの間にか友達になったらしい。須藤があっさり心変わりしたのも、反町がそう言ったからだそうだ」

 

「…にわかには信じ難い話ね」

 

「オレも最初はそう思った。けど、事実だから仕方ない」

 

堀北はしばらく黙り込んだ。

何かを考えているような、そんな沈黙だった。

 

「……それで? あなたは何が言いたいの」

 

「前にも伝えたが、須藤を完全に切り捨てるのは早いんじゃないか」

 

綾小路は表情を変えずに淡々と続ける。

 

「実際今の須藤は問題行動が多い、その上誰も意見できる状態じゃなかった。

反町がそこをなんとかしてくれるなら、居場所くらい残しておいてもいいんじゃないか」

「あなたはいつからそんなにお人好しになったの?」

「クラスメイトとすぐに別れたい思うほど、薄情じゃないだけだ」

 

それに、と続けながら綾小路は少し言葉を選ぶ。

 

「単純に、惜しいと思っただけだ。

須藤は水泳でも見せたが身体能力は抜けて優れている。本気で心を入れ替えかけてるなら、きっとクラスの貴重な戦力になってくれる。そして、それは堀北の望むAクラスへの手がかりになるんじゃないか?」

 

堀北は、探るような視線を綾小路に向けた。

 

「あなたにしては、ずいぶん熱心ね」

「柄じゃないのは分かってる。だがこれぐらいは言う権利があるだろ」

 

しばらくの沈黙のあと、堀北は小さく息を吐いた。

 

「……正直、余り信じられる内容ではないわ。今の彼を見て、いずれ役に立つような人間になるとは思えない。でも…」

 

堀北はクラスを見渡す。

何名かはまともそうな人間はいるが、短慮で、あまり秀でた能力を持った者がほとんどいないクラスを。

 

「……分かったわ。頭ごなしに切り捨てるのは、確かに早計だったかもしれない」

 

「じゃあ」

 

「勉強会にはまた参加を認める、次は私も気をつけるわ。ただし、あくまで彼自身の意思で参加した場合よ、私から呼び戻すことはしないわ」

 

「十分だ」

 

「それと」

 

堀北は付け加える。

 

「反町さんが説得したのなら、彼女にも参加させて。少なくとも手綱は引かせなさい」

「分かった、伝えておく」

 

かなり理想的な構図になった、と綾小路は思った。

本人たちは認めないだろうが、須藤の癇癪の手綱を反町が、堀北の言葉の手綱を綾小路が握ることで、前回よりは遥かにスムーズに進むだろう。

 

綾小路はその内容を休み時間に幽鬼へ直接伝える。

 

「堀北、折れたよ」

「本当に?」

「ああ、須藤は勉強会に戻れる。

ただ、反町にも参加して、須藤の面倒を見てほしいって話しだった」

 

その報告に、幽鬼はわずかに肩の力を抜いた。

 

勉強会への参加は別にいい、いやむしろありがたい。

堀北とクラス競争のためではなく、友人のためという名目で接触するのであれば、今後過剰に干渉されるようなこともないだろう。

元々中学時代も奔放に生きてきた幽鬼にも、自力での勉強に限界が来ていた所だった。

 

「ありがとう」

 

「オレは大したことしてない。粘っただけだ」

 

謙遜するように、綾小路は軽く肩をすくめる。

 

とりあえずは、須藤の居場所を確保できた。

あとはあの頑固な頭に、どれだけ知識を詰め込めるか。

それがこれからの課題だった。

 

---

 

「約束、果たして。今日は行くよ」

 

放課後、須藤の襟首を掴みながら、幽鬼はそう告げた。

 

「分かってるから引っ張んな!」

 

半ば連行に近い形で、須藤は図書室まで連れて来られる。

私もいるから、というひと言が、渋る須藤を最終的に頷かせる決め手になったらしい。

体格差のある男子を引っ張っていく姿が奇妙で、廊下では奇妙な物をみる視線を感じた。

 

図書室の一角、既に堀北と綾小路が席についている。

 

須藤が姿を現した瞬間、空気が目に見えて張り詰める。

誰も口を開かないまま、気まずい沈黙だけが流れた。

 

そんな中、先に沈黙を破ったのは堀北だった。

 

「――先に言っておくけれど、私は前に言ったことが間違っていたとは思っていないわ」

 

須藤の眉が、ぴくりと動く。

今にも噛みつきそうな気配だった。

 

「なんだと、てめ――」

 

「最後まで聞きなさい」

 

堀北は動じることなく、そのまま言葉を続けた。

 

「あなたの素行や学力を問題視したこと自体は撤回しない。ただ――綾小路くんが、あなたはいずれクラスに必要な人材になるかもしれないと言っていた。それに近いことを、反町さんの態度からも感じた」

 

一拍置いて、堀北は続ける。

 

「だから、今回だけは、その言葉を信じてみることにする」

 

須藤は、しばらく言葉を失っていた。

誰かに正面から「信じる」と言われることに、あまり慣れていないのかもしれない。

意外そうな、それでいて少し据わりの悪そうな表情を浮かべている。

 

「……別に、俺も謝る気はねぇけどよ」

 

やがて、ぼそりとそう切り出した。

 

「反町にも、綾小路にも、世話になった分は返す。それだけだ」

 

「結構。動機なんて何でもいいわ」

 

堀北は淡々とそう返す。

 

「利害の一致ね、それで十分。私はあなたに好かれたいわけじゃないもの」

 

割り切った物言いだった。

それでも、その言葉には、確かに一定の筋が通っている。

 

こうして、ぎこちないながらも、四人の勉強会は始まった。

 

---

 

問題集を進める中、以前の小テストで扱われていた設問の話題になる。

中間試験の傾向を占う、いわば予行演習だったあの問題群だ。

 

幽鬼はおずおずと、その中の一問を指差した。

 

「これ、何度解いても分からないんだけど」

 

堀北がその問題に目を通す。

少し言葉に詰まりながらも、丁寧に解説を始めた。

 

「――ここまでは分かる? この先の式変形が少し特殊で」

 

説明は的確だったが、それでも幽鬼の頭には半分も入ってこない。

苦戦している様子を見て、堀北は小さく息をついた。

 

「正直に言うと、これは捨て問よ」

 

「捨て問?」

 

「難易度が突出して高い設問、それも他の範囲の公式を過剰に使用してる。分かりやすく解かせる気はない問題ね。時間対効果を考えれば、早々に見切りをつけて他の基礎問題に注力する方が賢明だわ」

 

なるほど、と幽鬼は頷く。

確かに、この一問に固執するより、他を固めた方が効率はよさそうだった。

 

「――もっとも」

 

堀北はふと、視線を綾小路の方へと向けた。

 

「解ける人間も、いるみたいだけれど」

 

意味深な口ぶりだった。

だが綾小路はそれに反応することなく、手元の問題集へと視線を落としたままでいる。

幽鬼はそのやり取りに、特段気を留めることはなかった。

 

ただ頭の片隅に、その問題に対する小さな違和感だけが残った。

 

生徒たちの進路を左右する、あの重要な試験。

その前哨戦とされていた小テストに、そもそもこれほど難易度の突出した「捨て問」が紛れ込んでいること自体、どこか不自然な気がしてならなかった。

 

まるでなにか、それを攻略する糸口か必ずどこかにあるかのような。

 

その違和感の正体が何なのか、この時の幽鬼にはまだ分からない。

 




冷静に7話で一学期終わらないのでサブタイが変わってる
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