冒険姫リーベ ~食堂の看板娘からジョブチェンジして最強の冒険者になります~ 作:丘引みみず
「またのご来店、お待ちしています!」
翌日。ランチを凌いだわたしの耳には
『どんな魔物だったの?』
『怖くなかったかい?』
『リーベちゃんが戦ったって本当かい?』
『さすがエルガーさんの娘だ!』
『リーベちゃんも冒険者になればいいのに』
という言葉が焼き付いていた。目を瞑ればそれらが
最後の客を送り出したわたしの胸には達成感がこみ上げてくるが、すぐさま疲労の奔流に呑まれ、結局、疲れたという感想しか残らなかった。
「はあ……疲れた」
溜め息と共に笑顔を解き、表の札を『準備中』に替えた。そのまま店内に戻ろうとしたが、
「あら、リーベちゃん。随分お疲れみたいね」
振り返ると、そこには武器屋のスーザンさんがいた。
「はい……お店が賑わうのは嬉しいですけど、忙しい日が続くのも困ったものです」
疲れてるから今は勘弁して欲しいと思いつつ答える。
「ははは! そりゃ、贅沢な悩みだねえ!」
全くもってその通りだった。
「まったく、あんたって子は働きもんだねえ。あたしがリーベちゃんくらいの頃なんて、遊び呆けてたよ」
「ほんとうですか?」
「やぁだ! 世辞に決まってんだろ? あははは!」
裏表のない彼女らしいユーモアについ笑ってしまう。肩をひくつかせていると、スーザンさんはポケットを漁った。
「そうだ、リーベちゃんに良いものあげる」
「良いもの?」
ちょいちょいと手招きをされ、歩み寄ると一口で飲み込めそうな小さな包みを握らされた。
「なんだと思う?」
「……飴、ですか?」
「違う違う! これはチョコレートだよ」
「ええ⁉」
チョコレート――通称チョコは外国名産のお菓子であり、国内ではごく僅かしか流通してない高級品だ。それが今、自分の手の中にある。その事実にわたしは驚愕させられた。
「こ、こんな高級品。貰っちゃっていいんですか?」
「いいよいいよ! リーベちゃんはいつも頑張ってるからね」
そう言うとスーザンさんはずいと顔を寄せ、ひそひそと言う。
「数がないから1つしかあげられないよ。エルガーさんに見つからないうちに食っちまいな」
「あ、ありがとうございます。でも、これからお昼なので。お仕事が終わったときの楽しみに取っておきます」
「なんだい! アンタまさか、ショートケーキのイチゴは最後まで取っておくタイプかい?」
「はい。最後の楽しみなんで」
「かーっ! これだから最近の若いのは! あたしゃ、一番最初に食べるどころか、旦那の分まで奪ってやるさ」
「え、ひどい……」
「やぁねっ! 冗談にきまってるだろ? あははは!」
ケタケタと笑いながらスーザンさんは去って行った。
その青空のような果てのない快活さに、わたしは幾らか元気が湧いてきた。
彼女の背を見送ると、チョコをエプロンのポケットに収め、大きく伸びをする。
「ん~~っ……! ふう。よし、午後も頑張ろ!」
今夜はチョコが待っているのだと思えば、どんなに忙しくても乗り切れそうな気がした。
ディナータイムも忙しいが、わたしはチョコを励みに頑張っていた。
「トマト煮とキノコサラダで頼むよ」
オーダーをメモしつつ、「他にご注文はございますか」と言いかけた時だった。
カウベルが鳴らないほどに早く、乱暴にドアが押し開けられた。それに店内にいた誰もがハッと振り向くと、そこには顔を真っ青にした冒険者のバートさんがいた。
ホールで一緒に働いていたお父さんが険しい顔で尋ねる。
「おいバート。どうした、そんな慌て――」
「ぶ、武器屋の……スーザンさんが…………はあ……」
その言葉になにか恐ろしいものを感じたのかお父さんは彼の口を塞ぎ、
「! 落ち着け。奥で聞くから――リーベ、水を持っきてくれ」
「わ、わかった」
スーザンさんに何が? まさか強盗にでも襲われたんじゃ……
そんな不安に恐々としながらも、水を持って奥へ――
「スーザンさんが…………スーザンさんがヘラクレーエに
「………………え」
グラスを落とした。
グラスが割れた。
グラスが割れた音が響いた。
グラスの水が足を濡らした。
視界が揺らぐ。揺らぎ続ける。
視界だけではない。意識が……わたしの心そのものが激しく揺さぶられていく。
スーザンさんが魔物に……
「うそ…………」
スーザンさんが攫われた。ヘラクレーエに……あの大きなカラスに攫われた。エサにする為だ。こんな夜中じゃ、救助隊も動けないし……もうダメだ。
「う、うう……!」
なんで、なんでスーザンさんが襲われなくちゃならないの? あんなに優しくて、楽しい人だったのに……どうして!
「…………なんで」
途方もない悲しみと身が悶えるような苦しみから逃れるべくダンクをギュッと抱きしめる。そうして感情の
『残されたメスが獰猛化するかもしんねえな』
そうだ。わたしがあの魔物を――つがいを倒したからいけなかったんだ。カラスは賢い。倒すまでしなくても逃げたはずだ……いや、実際、逃げようとしていたんだ。でも、わたしが魔法で撃ち墜としたんだ。
「……わたしのせいだ…………」
魔物と戦っていた時、わたしは昂揚していた。魔物と戦うという未知を、楽しんでいたのだ。
その結果がこれだ。親しい人を殺しておきながら、自分はおめおめと生きている。そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
ゴンゴン!
乱暴気味にドアが叩かれる。
しかしとても人に会える心持ちではなかった。ダンクの腹に顔を埋め、誰かが去るのを待つがしかし、気配が動くことなかった。
「リーベ、起きてるか?」
お父さんの声だった。
「…………」
いやだ……今は1人にして…………
そう訴えるように沈黙を貫くと、ガチャリと音を立ててドアが開かれる。すると廊下からひんやりとした空気が流れ込んできて、スカートの裾からはみ出た脚を冷やした。
「飯の用意ができたぞ」
ダンクから顔を離し、横目で見やる。そこではお父さんがドアに背を
「……ひとりにして」
「断る」
短く答えると深い溜め息をつき、諭すような、落ち着いた声を発する。
「お前のことだ。自分がヘラクレーエを倒すのに加担したことを悔やんでるんだろ?」
「…………」
「スーザンを襲ったのがアレのつがいだってことは、時期的に考えて間違いない」
「じゃあやっぱり、わたしが……!」
「違う。前も言ったが、それは結果論に過ぎないんだ。魔物が街に侵入したとき、冒険者は迅速にこれを排除しなければならない。そういう決まりがある。フロイデはそれに準じただけだし、それに手を貸したお前も、魔法使いの心得と……なにより自分の良心に従って行動しただけだ。それを咎めていいヤツなんていねえよ。もちろん、お前自身もな」
「……うう…………」
それからしばらく、お互いに言葉を発しないでいた。
澱んだ空気の中、自分のすすり泣く声だけが響く。その虚しい音の連なりはわたしを一層、惨めな思いに突き落としていった。辛くなって再びダンクに顔を埋めた時、お父さんが言う。
「下に行くぞ」
そう言って歩み寄ってくる。
「シェーンが待ってる。だから行こう。な?」
「いや……」
逃れるようにダンクを強く抱きしめると、お父さんは静かに言う。
「リーベ……人の不幸を悲しめるのは優しさだが、それに人を巻き込むな。シェーンだって不安になってるし、その上、お前が引きこもちまったらどうなる?」
お父さんの言いたい事は理解出来た。しかし、現状ではとても応じられなかった。
「……ごめんなさい」
どうにか声を絞り出すと、お父さんは深い溜め息をついた。
「……腹減っても知んねえからな?」
そう言い残して離れていくと、ドアの前で足音がピタリと止まった。
「……それと、明日は臨時休業だとよ。だから、今はゆっくり休め」
その言葉を最後に、お父さんは今度こそわたしの部屋を出て行った。
遠のいていく彼の足音に申し訳なさが募るが、わたしは今、自分のことで手一杯だった。
気が付けば、朝だった。しかし鳥の声は聞こえず、代わりにパタパタと雨が降る音が響いている。僅かに湿気った空気を胸に取り込むと、なんだか物悲しい気分になってきた。
「……スーザンさん」
呟くと、それに呼応するかのようにお腹が間抜けな音を立てた。
「………………最低だ」
親しい人が亡くなったというのに、自分はなんて呑気なのだろう。
そんな自己嫌悪に苛まれていると、ノックする音が響く。コンコンという、温かくて優しい音だ。
「……どうぞ」
入ってきたのはお母さんだった。
白い肌はいつも以上に白く、緑の瞳は儚げに潤んでいる。その様子から満足に睡眠を取れていないことがわかった。そんなお母さんは憔悴した印象を助長するかのように、緩慢な動作で歩み寄ってくる。
「調子はどうかしら?」
「うん……まあ…………」
答え
「そう……でも、ご飯を食べないと、気が滅入ってしまうわよ?」
自分だって辛いだろうにお母さんは気を遣ってくれていた。
その事実にわたしはいい加減、元気を出さないとという気になった……いや、心情なんて関係なくて、昨日は単に疲れていただけなのかもしれない。だがいずれにせよ、今わたしがするべきことは、昨日の非礼を詫び、いつもの生活に戻ることだけだった。
「お母さん……昨日はその、ごめんなさい……」
「リーベ……謝らないで」
お母さんはそっとわたしを抱きしめた。その温もりに身を委ねていると涙腺が緩み、涙が溢れてくる。
「……ごめんなさい……お母さんの気持ちも考えないで…………!」
「良いのよ……辛かったんでしょう」
その言葉と共にトントンと優しく背中を叩かれると抑えていた感情が急速に膨れ上がっていく。
スーザンさんは良き隣人だった。快活で裏表がなく、接していて非常に清々しい気持ちになれる人だった。商売の面でも、刃物関連のことでよく世話になっていた。食堂エーアステがここまで繁盛しているのも、彼女の力添えがあったからに他ならない。
そう。わたしたち一家にとって、スーザンさんは良き隣人であり、友であり、相棒でもあったのだ。
そんな彼女にはもういない。一生会えないのだ。
「う……うわああああん!」