冬の寒さが到来し、山々の雪が積もる何度目かの春。
空は厚い雲に覆われ、薄暗かった。
彼ヶ津村から少し離れている場所に、茅葺き屋根の古民家があった。
隣の庭には古民家よりも巨大な温室が建てられている。フレームはアルミ材で、全面ガラス張りだった。
その入り口に祟られ注意の看板がぶら下がり、冷たい風に吹かれ揺れていた。
温室に隣接して、コンクリート製の小屋があり、中は自転車や将棋などの娯楽が置いてあった。
温室内は空気を循環させるために、ブォンとファンの音が響き、一箇所の地面から壁を這うように、天井に塩ビパイプが伸び、隅から隅まで均等に分かれていた。
区画を分けられた畑には、季節折々の祟られ野菜達がひしめきあう。室内の端に、何種類もの果樹が植えられていた。その一本のミカンの木にオオクワガタがへばりつき、樹液を吸っていく。
そんな異形ひしめく庭とは関係なく、古民家の中には、一人の人間と一柱の神様見習いがいた。
人間が土間の台所で、トントンと野菜を切って、隣の湯立った鍋に入れていく。
料理をしている人間の名前はアメ。
歳は10歳前後。金髪のポニーテールに、黒い瞳と幼い顔を持っていた。
首に赤いスカーフを巻き、白のシャツに青いジャージのトップスを重ねて着て、青いジャージのズボンを履ていてる。台所に立つには少々、不釣り合いな格好だった。
その横の畳張りの一室で、青白く半透明な神様見習いが、マットレスに敷かれた布団の上でうつ伏せになり、流れ星が表紙の赤い本を読んでいた。
神様見習いの名前はコダマ。
コダマはアメと同じ髪型、同じ顔、同じ身長をしているが、双子というわけではない。
コダマは正面に、兄の顔がデカデカとプリントされた、茶色のワンピースを着ていた。コダマが足を左右に動かすたびに、スカートが捲れる。
「神さま、お肉も、いれるの……?」
コダマが本から顔を上げ、アメにたどたどしく聞いて、入れないと答えが返ってきた。
「コダマ、お肉も、たべたい……」
とコダマはお願いをしてみる。
それに対して、
アメは台所の隅に置いていた収納箱から、乾燥大豆を50gほど取り出し鍋に入れて、はい、畑のお肉入れたよと、お願いを叶え、
「ありがとう……」
コダマは一言、感謝を伝えた。
春の七草の
お粥が出来たのは、それから数分のことだった。
アメは木製の湾曲したお椀に、慎重にお粥を注いで、作り終えたよと、コダマに言い。お椀とスプーンを二つ、お盆に載せて土間と部屋を分ける段差に置いて、座る。
コダマは本をマットレスに置き、アメの隣に腰掛けた。
アメとコダマの、いただきますが重なる。アメは塩をお粥に振りかけ食べ始めていく。
コダマは食べることはせず、じっと、湯気の立つお椀とアメを眺め、満足そうに笑っている。
その後アメ達は、たっぷりと時間をかけて、お粥を食べ終えた。
ご馳走様とアメが言って、コダマが続けて言う。
アメが空のお椀とスプーンを置いて、冷めたお椀を持つ。
アメが外に出ようして、
「僕もいく……」
コダマが声をかけ、背中に抱きつき、体を預ける。アメは重さを感じなかった。
アメ達は古民家から出て、ため池を横切って石段を登り、進んでいく。
雲が茜色に染まる中。コダマをズルズルと背負うアメは、お粥、美味しかった?と聞いて、
「うん、美味しかったよ……」
コダマが引きずられなら答えた。
アメは、さらに歩みを進めながら言う。
「キスケに会わないの?」
アメの問いかけに、
「…………」
コダマは、アメの背中をさらに強く握った。
庭裏の丘はこじんまりとした空き地になっていた。静かな所だった。中央に一本の桃の木が生えている。
樹皮は雪のように白く、葉は血のように赤い。
周囲の木々は落葉していて、桃の木の異様さが際立った。
いつの間にかコダマは姿を消して、アメ一人しかいない。
アメは歩いていく。
そして、桃の木の前に立つと、お椀をひっくり返して、地面にお粥がぼとりと落ちた。
やがて、夜がやってきて──。
*
この日の朝のこと。
アメは、いつもより少し早い時間に起き、土間の台所で蛇口を捻り顔を洗う。水の冷たさで目が冴え、窓越しに外を見る。
あたりは仄暗く、朝焼けが大地を染め上げていた。
玄関前で飼い犬のシロが土間に敷かれたシーツの上で寝ていた。
コンノに今日は泥臭い格好をして下さいョと、言われてるので白いパジャマから青ジャージにいそいそと着替え、最後に赤いスカーフを首に巻いた。
アメはシロを起こさないように、跨いで引き戸を開けて出ていき、引き戸を閉めた。
外は古民家よりも寒く、アメの吐いた息が真っ白になる。
そのまま、隣の温室まで行き、中に入った。暖房が付いていて外よりも暖かった。
アメが入り口付近のボタンを押すと、天井に設置しているオレンジ色のライトが付き、さらに隣のボタンを押した。塩ビパイプを伝って天井から水が降り、温室内を濡らす。それに釣られて、祟られ野菜達がザワザワと喜んだ。
それからアメは、目の前の春夏秋冬さまざまな畑に入り、祟られ野菜を掻き分けながら、収穫出来そうなやつを引き抜いていく。その際、アメの足に葉や蔦を絡ませる祟られ野菜もいて、傷つけないように外していった。
コンノがやって来たのは、アメが温室の外で祟られ野菜を三個目の収納箱に詰めている時だった。
コンノが、霜柱で膨張した地面を踏むたびに、ザクザクと音が鳴る。
黒いセーターの上に藤紫色のスーツを着込こみ、藤紫色のズボンを履いている。七三分けの茶髪に、糸目をしたきつね顔の男性だった。成金趣味なのか。首に金のネックレス、両耳に金のピアスを付けている。
肩に、三十センチメートルほどの黒いカメラバッグを掛けて、アメの方に歩いていく。
「おやおや、精が出ますねェ──。アメさん」
コンノが、カメラバックのサイドポケットから風呂敷を取り出した。赤色の油揚げ柄をした風呂敷だった。
それを地面に敷いて、その上にカメラバックを置き。
一眼レフカメラを取り出し、焦点距離50ミリメートルの標準レンズをつけた。
アメがトテトテとコンノに近づき、祟られ野菜の売上の何割を貰えるのかと、聞いた。
「売上は、アメさんと村との折半という事で良いですよねェ?」
そんな話を続けながら、アメとコンノは写真を撮っていく。
まずは温室を背景に、アメが祟られダイコンを両手握り、笑うそんな写真。
何十枚もの写真を撮り終わり、古民家の土間でアメが台所に立ち、鍋に蛇口から水を入れる写真を撮った後。
アメは、ここまで写真を撮る必要はあるのかと聞いた。
コンノはせわしなく目を泳がせ、一言。
「……アメさん。今日は朝食奢りますヨ」
ということで、コンノが朝食を奢ってくれる事になった。
*
村長宅のとある一室。
暖色系の電灯が部屋を照らしていた。
床には、大理石のタイル張りと茶色いカーペットが部屋の空間を分けるように敷かれている。
タイル張り側が台所とご飯を食べる所になっていて、茶色いカーペット側は寝具やパソコンが置かれ寝室になっていた。
台所でコンノが料理を作っていた。
天井で木製のファンが回り、台所から出る湯気を掻き消していく。
アメは料理が出来るのを待っていた。
「お客様ですから、席に着いて待っていてくださいねェ」
と言われてるので椅子に座り、コンノの後ろ姿を眺める。
少し経って、
「アメさん、料理が出来ましたよ」
コンノが料理を持ってきて机に置き、対面の椅子に座る。ギシッと音が鳴った。
机の上には、山菜のお粥が金色のお椀に入れられていた。それぞれのお椀の前にはスプーンと箸が用意され、
「それでは、食べましょうか」
コンノがアメを見て言って、二人はいただきますと手を合わせて食べ始める。
食事中は、時折食器がぶつかる音がするだけで喋り声はしなかった。
アメは息で掬ったお粥を冷ましながら、しっかりと平らげた。
「どうです?塩味が効いて美味しかったですかァ」
コンノが感想を聞いてきて、アメはうんと頷く。
「今日は人日の節句でしてねェ。一年間の無病息災を祈って山菜を使ったお粥を食べる日なのですよ。ですから、アメさんも大切な人に振る舞ってみるのもいいでしょう」
そう言って、コンノは目を細めて笑う。
アメがご馳走様と言い、お粗末さまと返事が返ってきた。
アメが食器を台所に置いた後に、コンノから七草粥の作り方を教えて貰った。
*
「あな、あさまし。」
ヅ主は深夜にアメの庭に来て開口一番、驚きが漏れた。
それは庭裏の丘で4メートルまで伸び、紅色の葉を付ける桃の木を見たからに他ならない。
その桃の木に、かつて村人達と討伐した土地神の神性をヅ主は感じとり、ため息をつく。
一ヶ月の間、麓の港町でとある神の代理に、この地を離れていたズ主には予想外であった。
たった一ヶ月、されど一ヶ月。
時が満ちるは早し。
ヅ主が古民家の窓を覗き、アメになぜこうなったのかを聞いた。
リンが動画配信サイトで彼ヶ津村の村おこしのために、動画を投稿したのだと言われた。
それに桃の木が映り、視聴者の目に触れたことで大きく育ったのだとか、ヅ主は人間の逞しさに呆れるほかなかった。
アメと会話を終えたヅ主は、何か変わってないかと、温室に隣接する小屋を窓から覗きみる。
中は、食いかけの祟られ野菜や空の一升瓶が転がり、盛り上がっていた。
カッパ三兄弟が自転車を漕いで汗を流し、
「きゅうり。きゅうり。」
と、連呼しながら温室の電気を生み出していた。その横で、猫又や一つ目小僧が野次を飛ばす。
部屋の角では、青天狗と赤天狗が酒瓶をラッパ飲みして、最近の若者はやれゲームだのアニメだの……。もっとわしらを畏れろと、愚痴を溢している。
ヅ主はいつも通りかと流し、驚きすらしなかった。