農奴の朝は早い。
冬の朝焼けが連子窓から家に入り、朝が来たのだと告げる。
彼女は畳に直置きしているマットレスの上から飛び起き、その際、布団がバサリとマットレスから落ちた。
朝七時に起きてケースの中の髪の乱れた日本人形が目に付き、お手入れを始める。
農奴ーー即ちアメは、鼻歌を唄い。
百合の花が彫られた櫛で、髪を梳かしはじめ、数分経ったのちに、満足して元のケースに日本人形をしまった。
カタカタと日本人形が動いて、アメは彼女にピースサイン。
次に、山頂の化け兎に貰った銅鏡製の雲外鏡の前に行き、農奴専用赤スカーフを外し、白のシャツと青のジーンズを脱ぎ始める。
チナナの露店で買い付けた喪服に着替え、雲外鏡の赤い眼がギョロリと動き、アメを見つめた。
彼女は彼にニコリと笑って、くるくるりと楽しそうに回る。
その際、風でふわりとスカートが捲れ、雲外鏡はスカートの中を凝視していたが、アメは気にしない。
彼の鏡面に写る彼女は、垂れ気味の黒い瞳に、黒のヘアゴムで結んだ金髪のポニーテール。
左胸に紅梅の刺繍がトレードマークの黒い喪服で彩る、童女であった。
黒い革靴を履き、台所の前に立つ。
今日の夕方、キスケの願いでコダマの元にご飯を届けなくてはならない。
キスケからはアメがアイツを想って作った料理なら何でもいいと言われている。
何でもいいが一番困ると、彼女は悶々と悩み。
そして、とりあえず思考を打ち切って、畑の水やりをする事にした。
一度、玄関で振り返り、行ってきますと彼らに挨拶を交わす。
彼女が外に出て行く際、ギターの付喪神がギャンギャンと最後の弦をけたたましく鳴らし、それに合わせ他の付喪神達が騒ぎ出す。
アメはうるさいと戸をピシャリと閉めた。
*
ボロ屋の外は、空気が乾燥していて冷たかった。
アメは、まずは玄関前にお座りをして待機する白い犬を抱きしめ、撫で回す。
ヨウ達に名前をつけて欲しいと言われ、名前としてシロと名付けたこの犬は、彼女にとって宝物の一つなのだ。
シロは最終的にお腹を見せ寝転び、ハアハアと喘ぎ、もっと撫でろと催促する。
もっと撫でたかったが農作業を思い出し、その魅惑的なボディから離れようとして、シロが喪服のスカート部分を咥え引っ張ってきてアメはずっこけた。
アメは立ち上がり、喪服についた土を払いのけ、尻尾を揺らすシロを抱きしめ押し倒す。
シロの誘惑に乗ってさらに撫で回す事、二十分。
彼女は、貴重な時間が無くなったが農奴にとって、一日二十四時間造作もなく働けると、満足して眠るシロに向け、無い胸を張る。
彼女は一度頷き、今日のやる事に終始するのだった。
彼女の畑には、季節物の白菜とその中央に2メートルを超える大仏頭の祟られ白菜が鎮座し、たたられ白菜がアメに説法を説く。
だが、よく聴いてみると早う水をくれぇとしか、言っていなかった。
アメは、畑の隅に設置していた誇り高き農奴たるユータ先輩より、譲り受けし伝説の農具『地中埋め込み式スプリンクラー』のボタンを押す。
アメはいつも通りに、ブシャーと勢いよく水を撒き散らし、畑が潤うのだと思っていたが、一切水が出ず、ボタンを血眼になりながら連打し続けた。
途中でユータ先輩より聞きし、冬の寒さの影響による、配管内の水の凍結だと理解した。
アメは困り果て、ジョウロで水やりをしなくてはならないと落ちこみ、敷地内のため池にトボトボと歩いて行く。
農作業が終わったのは、太陽がアメの真上に来て、少し過ぎ去った後だった。
アメのお腹の中でグゥーと音が響き、今からロッカクの料理店で、お昼ご飯を食べる決心を固め、彼ヶ津村まで走って突き進む。
*
ガラガラと戸を開け、暖簾をくぐる。
店内は暖房が付いていて暖かい。
アメはこんにちはと、声を出す。ロッカクと先客の男が挨拶を返してくれた。
彼ヶ津村唯一の料理店は、お昼の時間帯を過ぎているからか、客足は少なく男が一人、カウンター席に座って料理を待っていた。
入り口から、ロッカクが手元の中華鍋を振るい、料理を作っているのが見えた。
店内の奥、ポスターが貼ってある掲示板の隅、ネジ巻き式の古いレコードプレイヤーが設置されている。円盤の動きに合わせレコード針が滑り、外国語のオシャレなジャズが流れ、店内を独特な雰囲気で包み込んでいた。
アメは男の隣に座り、ロッカクに生姜焼きを注文する。
ロッカクはチラリとアメを横目で盗み見て、
「了解スよ」
と言い、手元の中華鍋に視線を戻した。
隣の男はシロージの名を持つ、筋骨隆々の黒髪が似合う青年である。
陽に焼かれ肌は浅黒く、両耳に金属製のピアスを付け、上に白のジャンバーを着こなし、下はジーパンを履いていた。
ただの木こりを生業とする男。
しかし、アメにとっては頼れる男なのであった。
しかしながら、解せない事もある。
今、カウンター席で隣同士になったのだからと、疑問を投げかける事にした。
シロージに向かって、なぜ自分に狩猟許可証を売ってくれないのかと、アメは問いかける。
シロージは一言、間を置いて、アメの目線に顔を落とし、答える。
「いいか、アメ。狩猟は遊びじゃねえんだ。いつ、怪我するか分からねえ。お前が12歳を超えた時に教えてやるよ」
2年の間、シロージから教えて貰えないと知ったアメは、早く2年経たないものかと自分が狩猟をしている夢想の世界に浸り始める。
そんな時だった。
ロッカクが中華鍋の火を消す。二匹の竜が描かれたお皿に、カッカッとおたまを動かし、エビチリ炒飯を盛り付け、
「出来たっスよ。シロージさん」
とシロージに料理を提供した。
シロージが手を合わせる横で、お店のメニュー表に載っていない料理だと、アメは勘付き、ロッカクになぜメニュー表に載って無いのかと聞いてみた。
「これはメニューに新しく加えられないかと、思案してる新メニューなんスよ。アメさんも食べますかい?一応料理の提供なんで300円掛かるスよ」
エビチリ炒飯の口になったアメは生姜焼きを取りやめ、注文する事に決める。
アメは自認食べ土筆系幼女であるが、食べる時は文明的な料理も食べるのだ。
*
そんなこんなで陽が傾き、茜色に染まったボロ屋の中。
台所に立つアメが、料理を作り終えた時。
ドンドンと、戸がノックされ、
「アメ、いるか」
戸越しに声をかけられる。
キスケが来たのだと、台所の後片付けはせず、料理だけを持ち出して、戸を開けた。
そして、見晴らしの良い庭裏に植えたコダマの元へ。
二人並んで歩み始めた。