レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
シミュレータにて操作技術の高さを見せつけたカイだったが、すぐに実戦へ出られるわけでもない。入隊から数日は各種オリエンテーションが続き、基地での暮らしに慣れるところから始まる。
特に彼は〈鉄喰らう狼〉設立以来初めての男性隊員である。指揮官アメリを筆頭に幹部連中は彼の扱いと保護に頭を悩ませる日々を送っていた。
「男子トイレがこの基地の中で一箇所だけって、どういうことだよ!」
『そもそも男子トイレという概念自体存在しなかったのですから致し方ありませんね。ちなみに基地内の人員と現代女性の標準的な生理機序から推測すると一日に必要なトイレの数は――』
「別にそういう話を聞きたいわけじゃない!」
生真面目に妙なことを口走る支援 AIの白い筐体を拳で小突き、走る青年。通り過ぎた後では屈強な軍人たちが下品な顔でコソコソと猥談に興じる。そんな光景も珍しくなくなってきた。
「あっ、カイじゃない。奇遇ね。今暇でしょ? シミュレータしよ!」
すっきりとした顔で出てきた彼の前に偶然現れたのは青髪のエースパイロットである。普段は格納庫に引きこもっている彼女が基地の辺境までやってくることも珍しいのだが、本人はそれを気付かせぬよう早口で捲し立てる。
先日の一件以来、ユーリはこうして事あるごとにカイを誘っていた。エースパイロットとして新入隊員の育成は義務であるという意を主張し、これは決して下心ではないと弁明を続けているが、周囲からは疑念の目を向けられている。
「あー、ごめんユーリ。今日はこの後アメリと会う予定なんだ」
「あんなババアよりも私と楽しいことしようよー」
ええー、と項垂れるユーリ。その油断し切った後頭部に鋼の拳が叩きつけられた。
「ぎゃんっ!?」
「ババアで悪かったわね、ユーリ中尉」
「げえっ大佐殿!?」
頭を抱えて振り返った少女を仁王立ちで見下ろすのは、今日もきっちりと軍服を着込んだ銀髪の麗人。部隊の指揮官として君臨するアメリであった。
「男性隊員への付き纏いは軍規違反として処罰の対象となるわよ」
「つ、付き纏いってわけじゃ。たまたま偶然? ここで出会っただけだし!」
「1時間前からウロチョロしてるって報告が上がってるのよ」
「うわーーーっ! ち、違うから!」
パキポキと拳を鳴らす鉄拳大佐にユーリは慌てふためく。立ち尽くすカイに「違うの」と連呼しながら、脱兎の如く走り去っていく。その背中をアメリはげんなりとして見送った後、申し訳なさそうに柳眉を寄せてカイに振り返った。
「部下の躾がなってなくてごめんなさいね。カイ君のプライバシーは尊重するよう言ってるんだけど」
「い、いや……気にしてないから」
この基地内において異物なのはむしろ自分のほうだとカイは承知している。アメリを含め、多くの隊員は十分に配慮をしてくれていることも。その上である程度の"奇遇"はもはや受け入れていた。
しかし指揮官として自責の念が絶えないのか、アメリは深々と謝罪する。上官に頭を下げられて、居心地が良いはずもない。カイは困って頬を掻いた。
「それよりも、話っていうのは」
結局、逃げるように話題を変える。
ここ数日はオリエンテーション続きで、軍人らしいことは何もしていない。その間もディーロやユーリは度々出撃しており、カイはその姿を少し羨ましく思いながら見ていた。
「カイ君の初任務が決まったの。そのブリーフィングをするわ」
アメリが切り出したのは、まさしく青年が最も欲していたものであった。
真面目な話をトイレの前で広げるわけにもいかず、二人は場所を移す。基地内にいくつかある会議室の一つに入ると、そこには既にディーロとバリがいた。歩兵隊長と整備士長の二人は幹部として、カイにもこまめに目を配ってくれている。
「来たな、若造」
「ユーリに付き纏われて大変ですね。あの子、一つのことに執着する性質で」
今日もがっしりと分厚い巨躯と立派な胸の戦士と、苦笑したバリ。そこにアメリとカイが揃ったことで、ブリーフィングが開始される。
「予定通りカイ君はランナー乗りとして機甲部隊に配属されるわけだけど、一つだけ問題があるの」
ロの字に並べられたテーブルの中心に立体映像が展開される。〈鉄喰らう狼〉が所有しているランナーのモデルのようだった。
「機甲部隊は第一から第七まであって、それぞれにランナーが三機。つまり合計で二十一機が配備されてるわ」
「少ないね」
率直な感想を口にするカイを、アメリたちも咎めない。
〈鉄喰らう狼〉の最終目標は、この惑星に蔓延るスラッグを掃討することだ。それを考えれば二十一機の主力というのはあまりにも少ない。
「これでも創立当時は数千機規模だったらしいわ。基地もここだけじゃなくて、各地域ごとに大規模なものがあったし、周囲に小規模なものも無数にあった。それを維持し運営するだけの人員と物資もね」
アメリも直接知っているわけではない、〈鉄喰らう狼〉の全盛期。
今や赤錆に覆われた惑星を奪還する理由はほとんどない。資源が豊富とはいえ、宙を見れば同様の岩石型惑星が無限に存在する。まだ手付かずの星に採掘船を送り込めば無人で精錬まで終わったインゴットが吸い上げられるだけの技術力があった。
厄介者を押し込むだけの流刑地と成り果てた星の現状は、カイの認識よりもはるかに絶望的だ。
「つまり、俺の乗るランナーがない、ということか」
アメリの言いたい事を先回りする。ランナーなど、多ければ多いほどいい。余らせておく余裕などはないはずだ。つまり二十一機というのはこの部隊が所有する全兵力ということになる。
パイロットとして配属されても、乗り物がないならばタダ飯喰らいでしかない。
「上から送ってもらうこともできないのか?」
「そうね。何十年も前から要請は続けてるけど、応えてくれたためしはないわ」
上空に浮かぶコントロールステーション。定期的に支援物資の配給はあるものの、ランナーのような高級品が送られてくることはない。悲惨な扱いに、カイは思わず額に手を当てる。
「とはいえアテがないわけでもない。かつては数千機という規模の戦力を保有してたのよ」
「……まさか、サルベージしろと?」
御名答、と言わんばかりにアメリが赤い唇を曲げる。
部隊が保有していた大量のランナーは、そのほとんどが各地で撃破されてきた。その残骸は回収されることなく残されている。
「スラッグの餌食になってるんじゃないのか?」
地上を闊歩する金属生命体スラッグの主食は金属である。ランナーの主成分もまた金属だ。彼らにとっては忌々しい脅威であるのと同時に、おやつでもある。
「レッドラストの環境に向けてカスタムしたランナーは、スラッグの侵入を阻むコーティングもしています。百年以上も前の機体なら風化しているかもしれませんが、最近撃破されたばかりのものなら大丈夫でしょう」
説明を引き受けたのは整備士長のバリ。ランナーの構造について誰よりも詳しい専門家は、自信たっぷりに述べた。
「まあ、大半のランナーは大破して走行もできねえ。いくつか集めてニコイチで修理する必要はあるな。基地に近いところに転がってる機体は俺たちでマッピングしたもんがある」
さらにディーロが引き継ぎ、立体映像も基地周辺の地形図へと変わる。半径200kmの範囲内に絞っても、いくつかの機体が残されているようだった。
「でも……。これってつまり、今まで回収できてなかった機体ってことだよな?」
「勘がいいわね。正直に言えば、残されてる機体はほとんどスラッグのネストのど真ん中にあるのよ」
褒められても何も嬉しくない事実であった。
ランナーが大破するとなれば戦闘の最中であり、戦闘が起きるのは敵と遭遇する場所であり、走行不能となった機体を回収できないのは敵地の中である。自明すぎる論理である。
「それを、取りに行けと」
「別に一人でおつかいさせようって訳じゃねえ。俺たちも付いてってやるさ」
当然である。パイロット志望がこれから乗る機体を取りに敵地へ丸腰で飛び込むなど、本末転倒もいいところであった。
「名付けて【放棄車両奪還任務】よ。カイ君の今後の活動のためにも、絶対に成功させるわよ」
ぐっと拳を握り気合いを入れるアメリ。バリとディーロもそれに続く。
あまりにもあんまりな作戦と、予想以上の部隊の現状に、カイはこの先のことを思って頭を抱えるのだった。