レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
巨大なダンゴムシに似たスラッグ、"キャリッジスレーター"の速度は決して敏捷ではない。しかしその巨躯に伴う重量は凄まじく、進路上に存在する岩や瓦礫も全て粉砕して真っ直ぐに迫ってくる姿は恐怖を抱かせる。更に折り重なるようにして身体を包む分厚い鋼鉄の殻はランナーの主砲さえ退け、体内に詰め込んだ無数の"キャプチャービー"を次々と排出し続けている。
止めることのできない怪物を前に、カイは思わず生唾を飲み込んだ。
「心配するな。俺たちはアイツを数えきれねえくらい倒してきたからな」
「ディーロ隊長が十以上数えられるんすか?」
「よし、お前が先陣を切れ!」
「げええっ!?」
硬くなる青年に頼もしい言葉をかけたのは、重機関銃を軽々と持ち上げたディーロだった。茶々を入れてきた部下にニタリと笑みを浮かべ、突撃を命じる。
「あれに突っ込むなんて、自殺行為じゃないか」
「私は突っ込まれる方が好きっすよ! なんつって!」
瞳を揺らすカイを取り残し、〈鉄喰らう狼〉の女たちは迅速に動き出す。機関銃を積載したローバーが周囲に散開し、爆発的に数を増やして襲いかかってくるキャプチャービーを牽制する。その間に、一台のローバーが自陣から飛び出した。ディーロに命じられた一人が乗り込んだ車両である。
「ディーロ!」
「まあ見てろ。俺たちに心配はいらねえって」
恐ろしい光景に顔を背けそうになりながら、青年はローバーの姿を追いかける。次々と襲いかかってくるキャプチャービーの群れを、荷台の隊員たちが必死に払っている。機関銃だけでは追いつかず、至近に迫ったものは手にしたハンマーで直接潰していた。
ローバーはアクセルをベタ踏みにして砂塵を巻き上げ、直進を続けるキャリッジスレーターのへと向かっている。
「ユーリは……」
部隊の最大火力を誇るランナー"コバルトレイン"は指揮車両の傍らで目まぐるしく動いている。キャプチャービーの群れは膨れ上がり、赤い空を黒く染めている。金切り声のような羽音が鼓膜を震わせ、頭まで鈍い痛みが迫り上がってくるようだ。小型で機敏な敵に、ランナーは相性が悪い。腕を振れば数匹がまとめて潰れるが、周囲にはそれ以上の数が迫っている。ユーリは機体を盾にして指揮車両を守ることに徹していた。
「大丈夫よ、カイ君。彼女たちはプロだから」
青年の手を、アメリが握る。震えなどない自信に満ちた手。
羽虫に埋め尽くされた視界の向こうに爆走するローバーが見えた。助手席の窓が開け放たれ、そこから荒々しい女性の上半身が飛び出している。目をすがめるカイは、彼女が手に長い槍のようなものを握っていることに気付いた。
「あれは……」
迂闊な発言でディーロに突撃を命じられた哀れな女性は、凛々しく楽しげな表情で槍を構える。ローバーとキャリッジスレーターの距離は今まさにゼロになろうとしていた。
カイはようやく気が付いた。槍の穂先に取り付けられているのは刃ではない。あれは長柄の竿の先端に爆発物を取り付けた、特攻兵器だ。
「ぶちかませ!」
「うおりゃあああああっ!」
通信機越しに勇ましい声が届く。
ローバーから身を乗り出した隊員が、槍の先端を猛突進するキャリッジスレーターの分厚い装甲の隙間に捩じ込んだ。
「離脱ぅ!」
「うおおおおおおおっ! アクセル全開! ハンドルを右にぃいっ!」
瞬間、ローバーは横転しそうなほどの勢いで曲がり、離れていく。導火線を燃やし尽くした火種が火薬へ引火する。
「衝撃に備えろ!」
アメリの声が周囲の車両へと響く。
次の瞬間、キャプチャービーの羽音すら塗り潰すほどの爆発が凄まじい衝撃と共に広がった。
『マスター!』
カイの傍らに収まっていたハルの心配する声。眩い閃光と衝撃波が容赦なく襲いかかり、頑丈で重たいローバーを揺らす。ユーリが咄嗟にコバルトレインの脚で支えなければ、横転どころか縦に回りながら吹き飛んでいたかもしれない。
あの柄付き爆弾のサイズの威力ではない。あれは種火に過ぎないことをカイもすぐに理解した。
煙幕が風に流され、被害の状況が明らかになる。
キャリッジスレーターは装甲をひどく歪ませ、獣に食い破られたかのように穴を開けていた。そこから、血のように黒く粘度のある液体が流れ出している。
「あのデカブツは体内に油を蓄えてるからな。引火させりゃ一発で仕留められる」
「そのためには現状、直接爆弾を捩じ込むしかないのが厄介だけどね」
荷台で直接爆風にさらされたはずがケロリとした顔のディーロの解説に、 アメリも頷く。遠くを見れば、見事な片輪走行で手を振る余裕すらある突撃部隊が戻ってきていた。
キャリッジスレーターはキャプチャービーの母艦であり、ハブ機能も有しているらしい。それが撃破されたことにより、蜂も統率を失い次々と撃ち落とされていく。
「まあ、こんな奴らは敵でもねえさ。安心しろって言っただろ?」
得意満面の筋肉戦士。カイは震え、頭を抱える。
「こんなのは、作戦じゃない……」
自爆も同然の突撃で、敵を爆発させる。その間は気合いで耐える。
あまりにも、現代女性の強靭な肉体と耐久性を前提とした戦法すぎる。ローバーの中にこもっていたはずのカイの方が、ダメージを受けているほどだ。
「いっつもこの方法でやってるのか?」
「そうよ? これが一番確実だもの」
何か不思議があるのかと聞きたげなアメリ。彼女もまた優秀な指揮官である以前に、屈強な女軍人である。
予想以上に凄まじい環境であることを実感し、カイは今更ながらに冷や汗を浮かべる。何よりも恐ろしいのは、この過酷な戦法を涼しい顔で耐える彼女たちでさえ負傷や死亡の確率が低くはないという、惑星レッドラストの環境そのものだ。前哨戦にしか過ぎないキャリッジスレーターたちを乗り越えた先に待ち構えるものに、怖気が走る。
今の時代を生きるためにも、今この瞬間を生き残らなければならない。
「キャリッジスレーターの爆発は、あっちの塔にも見られてる。すぐに警備員が来るぞ」
まだ戦いは終わっていない。今回の任務の目標さえ、見つけられていない。
カイはディーロの言葉を思い出す。蜂を見つけたら、すぐに警備員が駆けつけると言っていた。キャリッジスレーターは警備員ではない。ならば、何が来ると言うのか。
青年の疑問に答えるように、荒野の向こうから何かが走ってくる。
両腕がすらりと伸びた赤黒い鋼鉄の躯体。六本の脚を巧みに動かし。背後の羽を広げてこちらへ迫ってくる新たなスラッグ。
「来たぞ!」
ディーロの声に車両を起こしていた隊員たちが猛々しく応答する。
彼女たちが銃を構え、ユーリが今度こそと主砲を向ける先に、それは鮮明になった。
「"ブレイズエッジマンティス"。アレは今回みたいに優しくはないわよ」
今回みたいに、とはどういうことか。青年が首を傾げる間もなく、それは急加速してこちらへ飛び込んでくる。次々と叩き込まれる重機関銃の連射に防御姿勢すら取らず、鋭利な二振りの鎌を広げる。
その刃が、鮮やかな真紅を帯びていた。