レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
砂塵を巻き上げながら迫る黒い影。その両腕から伸びた湾曲した鋭利な刃だけが、真紅に輝いている。"キャリッジスレーター"の爆発は周囲に轟き、第13地点ネストのスラッグたちを刺激した。いち早く反応したのは"ブレイズエッジマンティス"と呼ばれるカマキリ型のスラッグであった。
「照準固定。いっけええっ!」
頑丈な装甲を有していたキャリッジスレーターとは異なり細身のシルエットは脆く見える。ユーリが放ったコバルトレインの主砲も、今度こそ鉄屑を粉砕するだろう。
「ちっ!」
「避けると当たらないでしょ!」
ディーロの舌打ち。悔しげにユーリが叫ぶ。
放たれた青い炎はカマキリに当たる前にひらりと避けられた。大地を蹴る六本の脚だけでなく、背部に備えた二対の薄い翅により、俊敏性と小回りの良さを併せ持っている。ガチガチと顎を打ち鳴らし、コバルトレインを敵と認めた。
「銃弾をばら撒け! 動きを抑えねえと一方的に刻まれるぞ!」
歩兵部隊が復帰させたばかりのローバーに乗り込み、銃座にまみれた赤砂を払う。質実剛健を体現する無骨な黒い機関銃は多少の歪みや砂の侵入をものともしない。ジャコンと砲身が回転し、次々と弾丸を撃ち込んでいく。
重機関銃程度の圧力ではブレイズエッジマンティスを封じることはできない。だが、焼け石に水以上の煩わしさはある。少しでも動きを鈍らせれば、こちらにはエースがいる。
「どりゃあああっ!」
無線機越しに操縦桿を動かす硬い音と共にユーリの大声量が張り上げられる。彼女の駆る巨大な鉄蜘蛛は捕食者の貌を晒して、ブレイズエッジマンティスに前脚を叩きつけた。
キャプチャービーを鎧袖一触に圧壊させるほどの重量を乗せた打撃。だが、鎌をクロスさせた黒カマキリは器用に身を捻り衝撃を受け流しながら離れていく。
「逃すか!」
ダダダダダダ!
距離を取る敵にメタリックブルーの蜘蛛は喰らいつく。即座にコクピットの傍に備えられた機関砲が吠え、人の頭ほどもある砲弾が猟犬の如く放たれる。赤い荒野に小さな爆発が立て続けに連なり、硬い土を深く抉る。
そのうちの一発が、着地した瞬間のブレイズエッジマンティスへと迫った。
車窓越しに見ていたカイが思わず拳を握りかけた。しかし、赤刃が素早く翻る。
「な、あっ!?」
思わず声を上げる青年の目の前で、砲弾が真っ二つに切られて左右に外れていく。感情のない虫の背後で、無念を孕んだ爆炎があがる。
「(罵倒)! あの高熱刃をなんとかしないと、砲弾が届かないわ!」
隣のアメリが座席を殴る。
ブレイズエッジマンティスの大鎌はただの刃ではない。灼熱を宿した鋭利な鋼鉄は、特殊合金製の砲弾でさえもバターのように容易に切り進めてしまう。
「普段はどうやって倒してるんだ」
「複数方向からの包囲射撃で逃げ場を無くした上で、ランナーの主砲を叩きつけるのが定石よ」
ディーロたちはアメリの語る定石通りに動いている。だが、思うように圧力がかけられていない。ブレイズエッジマンティスの立ち回りが、彼女たちの包囲網を崩すような動きになっていた。
「向こうが対策を立ててきてるのか……?」
「その可能性は否定できないわ。ポイント-13は古いネストだから、その分こちらとの交戦経験も積んでるはず」
スラッグは群れの規模が拡大するほど複雑な動きをするようになる。そこに時間の深みが加われば、敵はより老獪になるだろう。
第13地点ネストは〈鉄喰らう狼〉の本拠地と隣接していることもあり、創立初期から絶えず交戦してきた。こちらが相手を研究しているように、向こうも知見を蓄積していてもおかしくはない。
「だから本当なら、定期的に頭をすげ替えてリセットさせる必要があるんだけど……」
「今は言ってる場合じゃないな。なんとかしてユーリに主砲をぶち込んで貰わないと」
「ぶちっ!? ちょっと、男の子がなんてことを――」
完全に今ではないタイミングで赤面するアメリを置いて、カイは戦況を改める。ディーロは六台の戦闘用ローバーを巧みに率いてブレイズエッジマンティスを追い込もうとしているが、いかんせん周囲に何もなさすぎる。追い込める地形になっていないのも、こちらにとっては不利だった。
ユーリは自由に動くことはできるが、主砲を撃ち込むだけの隙を見つけることができないでいる。
「どうにかして追い込めないか」
ぐるりと戦場に視線を巡らせる。
そして青年は、ひとつの可能性を見つけた。
「バリ、頼みたいことがある」
「はいっ!? ほわっ!?」
後部座席から身を乗り出し、ハンドルを握る整備士長の耳元で囁く。突然青年の吐息を浴びたバリは飛び上がって驚き振り返り、カイの顔が至近距離にあることに気付いて再び驚く。
彼女の奇行に反応する余裕もなく、カイは思いついたばかりの作戦を口にする。
「バリの運転技術なら、なんとかできないか?」
「ほ、本気で言ってます!? そんな、下手したら諸共ですよ!」
「これしか打開できる方法がない。それに、アイツはそれなりに賢いんだろ。だったら望みはあるはずだ」
「えええ……」
狼狽えるバリ。そんな彼女の肩を掴んだのは、部隊の最高責任者だった。
「やりましょう。カイ君の言う通り、このままだと誰かが死ぬわ」
たとえ辺境に押し込まれた爪弾き者たちの部隊であろうと、アメリはその指揮官である。彼女が最終的に全てを決める。部下ならば、頷くほかない。
「ど、どうなっても知りませんよ!」
指揮官の務めとは、部下の命を預かること。いつ使うか、どう使うかは、彼女の一存となる。だからこそ、使い時を見誤ることは許されない。
バリは自棄になりながらアクセルを踏み込む。ローバーの鋭いエッジが砂地に食い込み、力強く蹴り上げる。尻を蹴られた競走馬のように一気に加速する。
「ディーロ、話は聞いてたわね!」
「任せな!」
荷台で機関銃を振り回していたディーロも、抜かりなく車内のやり取りに耳を傾けていた。戦場でも冷静さを失わない優秀な戦士だ。彼女の了解を聞き届け、バリも覚悟を決める。
「ふ、ふっ、ふっ! うおりゃああああああああっ!」
ハンドルにめり込みそうなほどに体を傾けながら絶叫を放つ。瞳孔を最大限まで開き切った彼女の意のままに、ローバーは突進する。眼前に迫るのは小山のような巨大な鉄塊――残火が纏い付いた、キャリッジスレーターの骸だ。
「ディーロ!」
「うおおおおおおおっ!」
アメリの合図で前方に銃口を向けた重機関銃が泣き叫ぶ。秒間100発の暴力が、黒く焼け焦げ爆発の亀裂が入った装甲を砕く。第一の懸念は突破した。ランナーの主砲も阻む重装甲も、内側からの爆発と燃焼によって脆くなっていた。
「カイ君!」
「むぎゅっ」
正面衝突の直前、アメリが青年を抱き寄せる。胸元に彼の頭を抱え、背中を丸めて密着する。彼女の汗の匂いが軍服越しに染み込んでくる。次の瞬間、鉄の中へ飛び込むローバーの激しい揺れが青年をシェイクした。
「バリ、そのまま進め!」
「止まれるかバカ!」
荷台のディーロにバリが叫び返す。ローバーも軍標準の堅牢を誇るが、鉄塊を貫くことは想定されていない。それでも整備士長の意地と矜持と卓越した運転技術によって、辛くも絶え切った。
「へっへっ。水も滴る良い女になったぜ」
影から抜け出し、陽光の下にローバーが飛び出す。
無骨な車体は黒い油に塗れ、荷台にいたディーロも全身を黒く塗りつぶしていた。目元にまでべっとりとついた重たい油を拭い取り、獰猛な笑みを浮かべる戦士。
もはやローバーのフロントガラスは意味を成さず、どこを走っているかもわからない。
「クソ! クソクソクソ! これで死んだら祟ってやる! まだ処女なんだぞこっちは!」
悪態を吐きながらもアクセルを緩めないバリ。彼女は漆黒のガラスに視界を閉ざされながらもハンドルを捌いていた。
『右へ30度。そのまま維持。戻して。直進。左へ10度。右へ5度』
頼りにするのは汎用支援AIハルのナビゲートだ。その記憶ストレージには周辺地形が詳細に記録されている。さらに機関銃の音響を頼りに僚機の位置を割り出し、そこからブレイズエッジマンティスの現在地を特定する。
細かに変わるルートを次々と算出し、ドライバーへと伝えていた。
「ユーリ、準備はできてるわね!」
「2秒止めてくれたら外さないよ!」
無線機越しの声はざらついている。だがパイロットの覚悟と自信は伝わってくる。
『衝突します。マスター、気を付けてください』
ハルの最終通告。
次の瞬間、可燃性の重油に塗れたローバーがブレイズエッジマンティスへと突っ込んだ。
「火だるまにはなりたくないよなぁ、虫ケラがよ!」
ローバーにたっぷりと付いたオイルは、荷台にもたっぷりと溜まっている。ハルの誘導を受けながら、バリは大きく迂回するようにして油の線を大地に落とした。燃え上がる炎の壁など飛び越えてしまえばいい。そう言わせないため、最後には衝突したのだ。
カマキリの体にもオイルが纏い付いている。粘着質なそれは、振り払おうとして取れるものでもない。燃え上がる火の側へと近づけば、細い枝のような躯体はよく燃えるだろう。
長く生き続けた機械生命体の発達した知性が、危険を予測する。そのわずかな逡巡が命運を分けた。
「ぶち抜いてあげる」
青い奔流がカマキリの胸を貫いた。