レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
周囲に焼けた油の重たい匂いが立ち込め、ただでさえ灼熱の陽光が降り注ぐなかに火の熱気まで加わって、そこは地獄の様相を呈していた。
「クソ、粘ついて取れやしねえ」
「悪態付く前に手を動かしなさい。引火したら車両だけじゃ済まないんだから」
炎天下の荒野でディーロが苛立ちをあらわにする。彼女は早々に軍服を脱ぎ捨て、薄いタンクトップ一枚という扇情的な姿を晒していた。しかしそれを咎める者は居らず、むしろそれに倣う歩兵たちが続出している。
「ねえ、カイは休んでてもいいんだよ? コバルトスカイの中なら冷房も効いてるし快適だから使っていいよ。ちょっと狭いけど」
「俺だけ座って見てるわけにもいかないだろ」
隣から誘惑するような言葉をかけてくるユーリに、カイは額の汗を拭いながら首を横に振る。
ブレイズエッジマンティスがコバルトスカイの主砲によって木っ端微塵に破壊され、ひとまずの脅威は去った。いつ何時次の襲撃があるかも分からない状況に違いはないが、今も彼らの周囲は歩兵部隊の女性たちが五台のローバーを展開させて睨みを効かせている。
カイやディーロ、バリたちが汗だくになりながらやっているのは、指揮車両の頭から尻までべっとりと張り付いたキャリッジスレーターのオイルを拭う作業であった。黒く粘性の強いオイルは可燃性が高く、このままでは車両もろとも火だるまになってしまう。今後の活動続行のためにも、しっかりと洗浄する必要があった。
「ふぅ。それにしても暑いな……」
しかし容赦のない レッドラストの太陽である。ジリジリと焦げ付くような熱に、汗が吹き出して止まらない。屈強な女性陣たちでさえも気怠げなのだ。二千年モノのモヤシであるカイにとっては過酷すぎる。
パタパタと胸元を開いて風を送り込んでも、まさしく焼け石に水である。
「ちょ、ちょっとカイ君。はしたないわよ」
「え?」
喉を鳴らして水を飲みながら涼を求めていると、軍服の上着を脱いで作業に参加していたアメリから忠言が飛んでくる。
「男の子がそんな胸元を開くなんて。休んでていいのに」
「これくらい普通だろ。って、そうでもないのか」
この時代の規範や一般常識に、カイはまだ染まりきっていない。男が少なく弱い存在として守られるようになって数世紀も経た世界は、見かけ以上に文化的な側面に違和感が表出してくる。
力仕事は女がするものとされ、カイがこうして油の除去作業に参加しようとした序盤にも一悶着があった。立案者である手前、ひとりだけ涼しい車内で休むというのも落ち着かず、カイが強引に押し通した形である。
しかし胸元を開くことも許されないとは。
青年は口をへの字に曲げながら、しぶしぶボタンを留める。赤く錆びついた荒野の熱気が、いよいよ全身にまとわりついてくる。汗も止まらず、不快感だけが増していく。
自分もディーロのように今すぐ分厚い軍服を脱ぎ捨てたかったが、それは間違いなく許されない。
「チッ、大佐め余計なことしやがって」
「私たちの眼福が……」
「自分だってチラチラ見てた癖によぉ」
外を見張っているはずの隊員たちの悪態が聞こえてくる。
やはり胸元は閉じたほうがいいのかもしれない、とカイは少し認識を改めた。
「しっかし、それを言うならみんなの方が……」
ホイールの凹凸に入り込んだ黒い泥のような油を掻き出しながら、カイはひとりごちる。
アメリは上着を置いて白シャツ姿になっている。彼女もじっとりと汗をかいていて、その下の機能的でシンプルな下着まで薄く透けて見えている。バリは早々にタンクトップ姿になってクリーパーに身を預け車体の下に潜り込んでいるが、時折ぷるんと二つの山を揺らしながら姿を見せる。ディーロに至っては分厚い筋肉によって熱がこもるのか、今にも裸になりそうなところを流石に部下たちに止められている。
カイの目から見れば、誰もが目が覚めるような美女揃いである。しっかり鍛えて引き締まりながらも柔らかな女性らしさも併せ持つ彼女たちが無防備に肌を晒している姿は、目のやり場に困ってしまう。
「どうしたカイ、手が止まってるぜ。俺の筋肉に見惚れたか?」
「確かにディーロにはつい目が向いちゃうな」
「お、おお? そうか? まあそうだろう。なにせ俺のは天然モノだからな!」
一瞬戸惑った顔をしたあと、巨躯の美女は得意げになって腕を曲げて見せつける。二の腕の存在感をたっぷりと見せつけ、ローバーの下で油まみれになったバリに膝を蹴り上げられていた。
「いかんいかん。煩悩退散」
熱気で判断力が弱っている。
カイは頭を振って気合いを入れ直し、作業を再開した。その傍らでは、心配そうにランプを明滅させるハルの姿があった。
『マスター、ユーリの言う通りです。少し休んだほうがいいでしょう。熱中症は死亡リスクもありますし』
冷凍睡眠機の中のカイを目覚めさせた"お姉さん"が、彼に貸し与えたのがハルである。汎用支援AIの名の通り広い範囲でカイを支えるハルの第一行動原理は彼の安全確保だ。何よりも優先されるマスターが汗だくで油をこそいでいる姿など許し難いだろう。
しかしカイも強情だ。ふわふわと浮いたハルの筐体をこつんと軽く叩き、優しく撫でる。
「俺も〈鉄喰らう狼〉の一員だからな」
『ですが……』
なおも食い下がろうとするハルに微笑みかけて、やらせてくれと言う。主人にお願いをされては、強く否定することもできなかった。結局、ハルは引き下がり、せめて万が一のことがないようにと彼のバイタルチェックを綿密に行うのだった。
「おおーい!」
指揮車両の清掃がもうすぐで終わりそうな頃合いに、一台の戦闘用ローバーがやってくる。荷台に立った隊員が、声を張り上げて手を振っている。
足止めを食らっている時間も無駄にするはずはなく、アメリが一台を偵察に回していたのだ。戻ってきた斥候たちの表情を見て、朗報があることをカイは予感する。
「見つけたっすよ、ガラクタ! じゃなくてランナーの残骸!」
うっかり口が滑りつつも、彼女たちはやはり成果を上げていた。
今回の作戦目標である放棄されたランナーの残骸が発見されたのだ。
「探す手間が省けたわね。それじゃあ、あとはさっさと積み込んで帰りましょう」
安堵の表情を浮かべるアメリに、周囲も湧き立つ。
しかし、それに関しては否定が飛んだ。
「そうも行かないっすね。見つかったのは足だけなんすよ」
「足だけ? 記録上は、五体満足で残されてるはずよ?」
放棄地点にあったのは、ランナーの機体を支える八本の脚だけ。コクピットと主砲、機関部はない。
「ほぼ全部無くなってるじゃねえか」
「期待させやがって」
ディーロのツッコミ、同僚の容赦ない怨嗟の声。しかし偵察部隊は悪びれる様子もない。
「スラッグが喰ったのか?」
「コーティングはまだ生きてるはずだけど……」
スラッグは鉄を喰う。だが、ランナーには奴らが忌避するコーティングが施されている。そのため、放棄した機体も無事に回収できると予想されていたのだが、妙なことが起きていた。
「足だけあっても意味がないですね。せめてコクピットは回収したいです」
バリが技術者として意見を発する。
もともと回収できてもある程度の整備と補修は必要である前提だったとはいえ、あまりにも欠損が多すぎる。精密機械でもあるコクピットは代替も難しい。
「近くにあるなら、ビーコンの反応が拾えるかもしれないわ。とりあえず、現場に行きましょう」
アメリの決断を受け、人員が動き出す。
カイも軍服の襟元で汗を拭い、ピカピカになったローバーへと乗り込んだ。