レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
偵察部隊が見つけた放棄ランナーの残骸は、巨岩がゴロゴロと転がる荒地にあった。周囲をなだらかな斜面に囲まれたすり鉢状の盆地の底だ。周囲の岩には焼け焦げた跡が付いており、かつてここが激戦の渦中となっていたことを雄弁に語っている。
「アイツが殿をしたおかげで、部隊の大部分が包囲網を突破できたらしい」
放棄されたランナーは八本の脚だけが残されている。それを見下ろしながらディーロが伝聞調に語った。放棄されたランナーの数だけパイロットが存在する。その事実を、カイは改めて噛み締める。
今やここにひしめいていたスラッグたちは気配もなく、静寂が満ちている。周囲の警戒を厳重にしながら、部隊は盆地の底へと降りていった。
「ユーリ、使えるもんは全部積み込むぞ」
「はーい。任せて!」
脚だけとはいえ、貴重な部品である。ディーロの誘導を受けながらユーリの駆るコバルトレインが前方二本の脚を器用に使って重量物を持ち上げると、待機していたローバーの荷台に載せていく。
そんな作業が進められている間に、アメリはバリと何やら話し込んでいた。
「しばらくは大きな磁気嵐もなかったし、電波状況も悪くなさそうね。ビーコンの信号が生きてる可能性に賭けてみるわ」
「ランナーに搭載されてる非常用の救難信号か」
「ええ。やっぱりコクピットは持ち帰りたいもの」
脚は重要だが、機体の根幹となるのはコクピットとエンジンである。幸いなことに、ランナーには非常時に特定の信号を発するビーコンが標準搭載されていた。しかしこれも万能というわけではなく、惑星レッドラストの凶悪な磁気嵐や大気を覆う鉄錆の砂によりノイズが多い。ある程度の距離まで近付かなければ受信することも困難だった。
そんな環境下では平時も短距離での通信が限度である。アメリのような指揮官がわざわざ基地から出て現場で判断を下すのは、必要に迫られてのことなのだ。
「アンテナの展開できました。起動しますね」
バリが指揮車両の上部に大型のアンテナを据えつける。ノイズまみれの微弱なシグナルを捉えるためには、受信装置にも相応の大きさが求められる。
アンテナが旋回を始めて、周囲の電磁波を拾い取っていく。その様子をアメリは静かに見つめていた。
「ランナーが放棄されたのは五年前くらいだったか」
「私の着任直前だから、それくらいね」
解析を行うバリ以外は周囲を警戒する以外にすることもない。ディーロはアンテナに追いやられて外された重機関銃を担いだまま記憶を浚う。
「アメリは五年目なのか」
「ええ。これでも、歴代じゃ長い方になっちゃったわ」
自慢にもならないけど、と肩を竦める銀髪の麗人。若々しい容姿にもかかわらず、すでに歴戦の風格を持つ彼女だが、その実際の年齢は曖昧なままだった。
「ちなみに俺は十年以上だな。ガキの頃からレッドラスト暮らしさ」
「ああ、そっちは分かる」
「悪口か? 悪口だな?」
筋骨隆々を自慢げに見せつけるディーロは、部隊内でも古株だという。つまりは若い新兵の頃から軍の上層部に腫れ物扱いされていたというわけだが、カイは不思議とすんなりそれを受け入れることができた。
眉を寄せたディーロの太い腕で首を絞められ、慌てて降参の意を表明する。
「十年出られていないのもすごいけど、十年生き残ってるのはもっとすごいのよ。大抵は最初の任期をこなせないから」
さらりとアメリが語る数字は重みがあった。カイも知るユーファレシア連合国軍の規程では、標準任期は三年である。連合国の首都星の標準時に倣うためレッドラスト上での期間には多少のぶれはあるとはいえ、それだけの期間さえも生き残れない者が珍しくない。
かつては惑星の大部分を制圧できていた〈鉄喰らう狼〉が今や基地ひとつで収まる程度まで縮小してしまったという事実が、カイに生々しい重みでのし掛かってくる。
「心配するな。中には異動が決まって出ていった奴も多いからな」
重くなった空気を吹き飛ばすようにディーロが快活に笑う。任期の三年をつつがなく終えることができ、なおかつ素行も優秀であると認められたら、惑星から脱する道もある。その際には地獄を生き抜いた猛者として、むしろ一目置かれるのだという。
「じゃあディーロはなぜ……?」
「たまに異動願いを出す時もあるが、なぜか電波の不調で届かんらしい」
不思議なもんだな、と豪快な笑い声。その姿をアメリが複雑な顔で見ていた。
「まあ俺は艦船同士の欠伸が出るような戦いも、高層圏軌道上のチマチマした戦闘も性に合わん。ここで虫ケラ相手に銃をぶっ放す方が楽しいからな」
今や肉弾戦という言葉でさえ、意味は大きく変容している。ディーロのように己の肉体を頼みに荒々しく戦う軍人というのは、レッドラストの外ではむしろ珍しい。だからこそここにいる、と外から見れば愚かな選択をする者もいるのだった。
この地に流されてくるのは、言ってしまえばディーロに似たような軍人たちばかり。彼女にとっては、単純明快で分かりやすく、居心地も悪くない。
「ディーロはその性格さえ治せば引く手数多だと思うのだけど」
本人はともかく、指揮官としては思うところもあるのだろう。アメリが深いため息を吐く。
「〈鉄喰らう狼〉は軍の厄介者って話だったよな。今のところ、そんな悪人ばかりってわけでもなさそうだが」
「厄介者は悪人と違って処罰できないぶんタチが悪いってことよ」
まだ入隊から日の浅いカイの平和ボケした発言に、アメリの表情が変わる。彼女は青年の肩を強く掴んで迫真の顔で語った。
「女ってのは一見するとただのアホだけど――ウチの奴らはだいたい本当にアホだけど――とにかく凶暴なの。カイ君みたいな子が無防備に笑顔でも向けようものなら勘違いして部屋に連れ込まれちゃうわよ」
「はぁ……」
「とにかく、気を付けるのよ。ユーリなんか前居たところでは――」
「大佐、シグナル捉えました!」
アメリの言葉を遮るようにバリが叫ぶ。カイたちも状況を思い出し、指揮車両の周囲へと集まる。軍用の重たげな端末を抱えたバリは、眼鏡を光らせて地図を示す。
「コクピットのビーコンは南……。ファクトリーにあるようです」
彼女の言葉を聞いた瞬間、隊員たちの表情が曇る。その反応にカイだけが追いついていない。アメリは彼に気が付いて、補足の説明を施した。
「ファクトリーはポイント-13でも随一の、巨大な生産工場よ。大量の資源が運び込まれて、スラッグが生み出されている場所ってこと」
ファクトリーとはそのままの意味である。金属で構成される機械生命体スラッグを量産するための工場。つまりは敵地の中枢に匹敵する場所であった。