レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
硬いブーツの爪先を瓦礫に突っ込み、うず高く積み上がった鉄塊の山を登る。キャプチャービーでは運べないほど大きく重たい金属の斜面は、人間にとっても過酷なものだ。
「何をしてるの!?」
カイの突拍子もない行動に驚いたアメリが追いかけようとする。だが、グラップワームの太い身体が倒れ二人を分断した。
激震が再び部屋を揺るがし、瓦礫の山もボロボロと崩れる。青年が張り付くようにして登っている山もいつ崩れるか分からない。
「オラオラオラ! こっちに来やがれミミズ野郎!」
カイの方へと首を向けた鉄虫に重い弾丸が叩きつけられる。ディーロが太い腕に抱えた機関砲を向けて、自ら姿を現して注意を引きつけていた。
当然、機関銃の弾丸はグラップワームの黒い装甲を貫くことはできない。しかし小さな敵からチクチクと攻撃される煩わしさはある。憤ったように牙を動かし、巨大ミミズが標的を変える。
すぐさまディーロは射撃をやめ、その場から走り出す。直後、グラップワームの巨体が立っていた場所を押しつぶす。動きは緩慢だがサイズが桁違いに大きい以上、わずかな移動だけでも致命傷の一撃になりかねない。
それでも歩兵部隊の面々は自ら矢面に立って敵の注目を引き続ける。
「ありがとう、ディーロ!」
その間にカイは山の中腹まで登っていた。荒い呼吸を繰り返し、汗を滲ませながら、眼下で暴れるグラップワームを見下ろす。とはいえ敵が首を持ち上げれば、すぐに高低差は逆転するだろう。
迅速に動く必要があった。
「ハル、計算できたか?」
『情報が足りていません。精密なシミュレーションを行うには、少なくとも全周囲をカメラで捉える必要が――』
「とりあえずの概算で十分だって。あとはこっちでなんとかする」
『しかし……』
主人にぴったりと付いてきた汎用支援AIが口ごもる。人間味のある反応だったが、カイは強硬にそれを押し除けた。ハルの行動原理はマスターの命を守ることである。この状況で、どのように動けばもっともその使命を果たせるのか。ハルは最適解を探そうとする。
『分かりました。カバーします』
選んだのは、彼の提案に乗ることだった。
カイの手に小型の手榴弾が握られる。バリ特製の目眩しではない。
『ファイア』
カイがピンを抜いてからの時間を正確に計測し、計算通りの時間で合図を送る。カイの反応速度、手の揺れまで全てを考慮しながらタイミングを合わせていく。
『ファイア』
カイがピンを抜く。ハルが合図を送る。
落とされた手榴弾は瓦礫の山の深い隙間の奥へと消えていく。からん、ころん、と硬い音を響かせながら落ちていく。
「アメリ、ディーロ。気を付けて」
「何をするつもり――」
通信機越しの警告に指揮官が驚き返そうとしたその瞬間、巨大な爆発が立て続けに起きた。
「うおおおおおっ!?」
一瞬ふわりと浮き上がり、グラグラと揺れる瓦礫の山の斜面に立って、カイは手近なものにしがみつく。グラップワームが何事かと頭をこちらに向けていた。そこに容赦なく鋼鉄の雪崩が襲いかかった。
ハルの計算により適切な場所で爆破した手榴弾が斜面を剥がしたのだ。怒涛の勢いで滑り落ちた瓦礫が、そのままグラップワームを飲み込んでいく。
ディーロたちは慌てて退避し間一髪で間に合っているが、グラップワームはその巨体故に回避は間に合わない。しかし、青年の引き起こした惨状を見たアメリに喜びの表情はない。
「何てことを……。グラップワームがこの程度で倒れるはずがないでしょう!」
完全に覆い尽くした鉄屑の下で、強大な力が動く。
アメリの予想の通りだった。
『グラップワーム、損傷軽微です』
「流石に硬いな」
分厚い土砂を突き破って現れたグラップワームは怒り昂っていた。しかしその鋼鉄の体躯に損傷はない。ランナーの高密度エネルギー凝集弾の直撃を受けても平然としていた奴が、その程度で傷を受けるはずがない。
しかしハルの冷静な報告を受けたカイに焦る様子もまたなかった。
グラップワームは歯を回転させ、完全にカイへと狙いを定めた。ディーロたちの攻撃も意に介さず、崩れてなだらかになった斜面を登り始める。その過程で、転がり落ちてくる無数の鉄塊が閉じることのできない口へと吸い込まれていく。
「どんどん食えよ」
その様子を見てカイは再び山を登り始める。追いつかれたならば自分があの鉄塊のように木っ端微塵に砕かれる。そうはなりたくない。
「カイ君!」
アメリが声をあげて斜面を登ろうとしていた。しかし身をくねらせて暴れるグラップワームの振動が彼女を前に進ませない。青年は険しい斜面を登り続けている。
「アイツもとんだ厄介者だな!」
「男の子になんてこと言うの。それよりも早くあのデカブツを何とかしないとグチャグチャのミンチにされるわよ」
「アイツなりの考えがあるみたいだけどな?」
「それで怪我しちゃったらどうするの!」
過保護な指揮官に呆れながらディーロは銃弾を撃ち続ける。だがグラップワームの注意を引くには火力が足りない。頼みの綱のユーリもまた、土砂の向こうで孤軍奮闘しているはずだ。
他に救いの手を望むこともできない。目の前で青年が窮地に追いやられていく様を、見ていることしかできない。アメリは無力感に奥歯を噛み締める。
「大佐、あの山のてっぺんにはアレがあるぞ」
「アレって……。そんな、使えるわけがないでしょ!」
アメリも気付いている。鉄の山の上にあることは己の目で見ていた。
だが何年も前に放棄され、風雨に晒され、さらに敵に鹵獲されここまで運ばれてきた。その扱いが丁寧であったはずもない。
「脚ももぎ取られてるのに、何になるのよ。棺桶じゃないのよ?」
「いや、重要なパーツは残ってたぜ」
冗談甚だしいと睨みつけるアメリ。しかしディーロはカイを信頼していた。シミュレーターでの模擬戦闘を見た時から、彼の才覚の片鱗を捉えていた。決して自暴自棄になっているわけではない。
その証拠に、彼はまだ追いつかれていない。
「崩れた瓦礫を飲み込んで、身体が重くなってんだ。もう頭を上げることもできてねえ」
「そんな……。た、確かに……」
カイがなぜわざわざ斜面を登り姿を晒し、爆発を起こしてグラップワームの注意を己に向けさせたのか。追ってくるその大口に瓦礫を流し込み、重量で動きを鈍らせている。無論、粉砕したものを排出されてしまえば終わりだ。しかもスラッグに生理的な機序があるわけではない。しかし、わずかな時間だけならば問題はない。
「カイ君! ――行きなさい!」
アメリが叫ぶ。彼の背中を押し上げるように。その先にあるものを目指して。
山の頂上に突き刺さるのは傷つき凹み欠けた満身創痍の鉄の搭乗席だ。ガラスは割れ、脚は捥がれ、悲惨な状態だ。しかし、頑強に作られたそれはまだ生きている。
「ハル、いけるか?」
『接続完了。システム、起動します』
鉄屑に埋まったソケットを掘り、ハルがそこに収まる。即座に機体が大きく震える。数年の眠りに付いていたエンジンが再び動き出す。
『残存エネルギーは僅かです。猶予は10秒もありません』
「それだけあれば――」
機体を支える脚は全て引きちぎられている。残されたエネルギーはごくわずか。それ以前に、躯体は錆びつき歪んでいる。チャンスは一度しかない。
「主砲旋回。照準設定」
『イエッサー』
ぎこちない動きと金切り声。ゆっくりと、鉄蜘蛛の背に載せられた巨砲が動く。
斜面を登ろうとのたうち回る巨大なミミズの丸い口。
汎用支援AIは機体のシステムを掌握し、いくつものセーフティを解除し強引に狙いを定めた。カイは狭いコクピットの中へ身を捩じ込み、制御盤を覆う砂塵を腕で拭う。操縦桿は折れており、インジケーターも半分以上が点灯していない。
それでも、引き金は残っていた。
「ありがとな。俺に引き継がせてくれ」
仲間を守るため殿となって残ったパイロットに思いを馳せる。彼女の身体はレッドラストの過酷な環境によって跡形もなく砕けてしまった。だがその確かな存在証明が、
ここにある。
カイは前を見る。その先で暴れるグラップワームに向けて、引き金を引く。
「行けえええええっ!」
青い稲妻は主砲をせり上がりながら暴発する。長い銃砲が中程で破裂した。制御を失ったエネルギーの波が、無秩序に拡散し爆発しながら降り落ちる。その先の怪物を飲み込んでいく。
鋼鉄を焼き溶かす熱。だが、硬い装甲を貫くことはできない。
「ダメだ! 威力が落ちた!」
ディーロが舌を打つ。
銃身が耐えきれず破損したことで、エネルギーが収束しきっていない。衝撃が減衰し、弱点の口に命中しても十分な威力が発揮されていない。グラップワームはまだ動き続けている。
「いいえ、よくやったわ!」
しかし指揮官は希望を見出す。
広く拡散してしまった暴発は山を降り、裾野へと広がっていく。爆発の連鎖はグラップワームを退けることはできない。が、他の有象無象は話が違う。
「だあああっ! もう、やっと僕の出番だね!」
瓦礫を蹴散らし飛び出してきた群青色のランナー。傷だらけの機体だが動きは風のよう。その主砲は焦げつき、活動限界は迫っていた。しかし、響く声に弱々しいところはまるでなかった。
ユーリは動きの鈍いグラップワームの細い身体の先端を掴む。細いとはいえ大樹の幹のようなそれをコバルトレインの膂力で持ち上げる。
「全部まとめて、ゴミ箱にポイだよ!」
ガシャン、ガシャン、ガシャン、と一定の間隔で開閉を繰り返し続ける巨大なスクラッパー。その大きな口のなかへ、グラップワームの尾を投げ込む。鋼鉄の刃が食い込み、巻き込んでいく。怪物の重量もものもせず、抵抗すら虚しく引き摺り込んでいく。
逃れようともがくグラップワームの金切り声が悲痛に響くが、機械は躊躇も慈悲もない。
瞬く間に、その巨体は破砕機の中へ飲み込まれてしまった。