レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
激しい攻防の果てにグラップワームを撃破したカイたちだったが、その後も難関は立ちはだかっていた。目的の物であるランナーのコクピットとエンジンを回収し、ファクトリー全域から集結するスラッグの大群を退けながらの脱出は、幾度となく絶体絶命の窮地に陥った。それでもなんとか命からがら抜け出すことができたのは、外で待機していたバリたちの支援があったからだった。
ファクトリー内部での甚大な爆発を察知したバリは、独断でファクトリーの壁に爆薬を仕掛けて大穴を開けたのである。これによって潜入班は迅速に撤退することができ、ローバーに乗り込んで第13地区ネストを脱することにも成功した。
「ぐぅ……」
そうして誰もが疲労困憊のなか〈鉄喰らう狼〉の拠点へと戻った。特に満身創痍だったのはカイである。彼はすぐさま医務室へと運ばれ安静を確保された。疲労と傷によって彼の身体は限界を迎えていたのだ。
「ふぅ……っ! ふぅうっ! すぅうううう、はぁああああ」
泥のように眠り身体の回復に努めたカイは、丸一日を費やしてようやく瞼を開ける。あまりにも眠りすぎたせいで、身体は鉛のように重たい。
「ふぅううっ♡ すぅう♡ むふうう♡」
それでもゆっくりと意識が浮上していくなか、すぐ近くで深呼吸を繰り返す気配があった。自分の身体に掛けられている白いリネンの中に、何か別のものが入ってきている。荒い鼻息が横腹にかかり、熱気まで感じるほどだ。
「カイ君、おほぉ♡ すんすんすんすん♡ 男の子の匂いだぁ♡ おっ、やっべ♡」
「……ゆ、ユーリ?」
急速に覚醒するなかで、耳が聞き覚えのある声を捉える。名前を呼んだ瞬間、ベッドの中に突っ込まれていた頭がびくんと震える。ぴっちりと身体に張り付くような深い青色のパイロットスーツがベッド脇に膝を突いていた。
「あ、え、えっとぉ……。おはよ、カイ君」
ぎこちない動きでシーツが払われ、青髪の少女が素顔を現す。丸い瞳が忙しなく泳ぎながら、どう言い繕おうかと高速で思考を巡らせていた。
「もしかして看病してくれてたのか」
幸か不幸か、寝起きの青年は朦朧としていた。まさか死線を共にした友人が眠っている自分のベッドに頭を突っ込んで匂いを堪能していたなどとは思いもよらず、都合のいい方に状況を解釈する。そして渡りに船とばかりに本人もそれに乗っかる。
「そ、そうなんだよー。やっぱり心配でさ!」
「ありがとう。優しいな、ユーリ」
「あ、あははっ」
少女の心に僅かに残っていた良心が針のような痛みを残す。
青年は彼女の悔恨にも気付かず上体を起こす。全身の血が巡り始め、火照った身体に赤みが戻る。その姿を見て、ユーリもほっと安心した表情だった。
「大怪我はなかったけど、基地に着くなりぐったり気絶しちゃったんだよ。覚えてる?」
「いや、もうそのあたりは曖昧だ」
やはり男と女では身体の作りが違う上、この惑星の環境は過酷だ。行き帰りはローバーの中にいたとはいえ、カイにとっては苦難の道であった。気を失った彼を抱えて、アメリなどは恐ろしい表情をしていたという。
『マスター! 目が覚めたのですね!』
ユーリが先ほどまでの醜態を隠蔽し優しい表情でカイの手を取った時、カーテンを貫いて白い球体が飛び込んでくる。カイの支援AIは彼のバイタルの変化を察してやってきた。
「ハルにも苦労をかけたな」
『そんなことはありません。マスターがご無事なら……!』
感涙したように明滅するハルを、カイは優しく撫でる。
直後、ハルが知らせたのか慌ただしい足音が飛び込んできた。
「カイ君!」
「生き返ったか、カイ!」
ドアを突き破る勢いで医務室へと飛び込み、そのままカーテンを引きちぎって現れた銀髪美女のアメリ。ドアを文字通り蹴破り、進路上にあった椅子を蹴り飛ばしてやってきた筋肉もといディーロである。
「カイ君は死んでないわよ」
「むぐう」
目覚めたばかりのカイの頭を抱きしめ、守るように己の深い谷間に押し込むアメリ。その柔らかな脂肪で、今まさに青年は危機に瀕していた。
ともあれ、彼の目覚めは基地中に光の速さで伝達された。カイが昏睡していることを、他の隊員たちも気にかけていたのだ。
『ピンポンパンポーン! カイさん、もし動けるようならぜひ第一格納庫へ来てください!』
アメリたちに労われるカイに、基地の放送設備を介してバリの声が届く。周囲の面々もあっと声をあげ、笑みを浮かべた。
「カイ君が眠ってる間に準備をしてたのよ」
『弊機もそのチューニングのため、離れていたんです』
アメリに手を支えられ、カイはベッドから降りる。まだ気怠い感覚は残っているが、すっかり体力は戻っている。少し歩けば一人で立てるようになった。守るように取り囲むアメリたちに誘導されて、カイは第一格納庫へと向かう。
そこは第一機甲部隊のランナー、つまりユーリの愛機"コバルトレイン"が置かれている格納庫である。しかし、青く輝く美しい機体は扉の外に出されて容赦ない灼光に照らされている。
「あっ、カイさん! こちらです!」
格納庫の側で待ち構えていたツナギ姿の整備士長が手をあげる。ファクトリーを爆破した時と同じような満悦の表情を浮かべ、頬まで油が付いている。
「なんとか間に合ってよかった。ぜひ一番に見ていただきたかったですからね」
眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせるバリは、ほとんど寝ていないのだろう。それでもなお、全身に生気が漲っている。彼女に腕を引かれるまま格納庫の中へと入ったカイは、そこで絶句する。
「どうです? カイさんの専用機ですよ」
静かに佇んでいたのは、見違えるほどに綺麗になった鉄機だった。
滑らかな八本の脚を折りたたみ駐機姿勢を取っているが、その内側に宿る熱は肌が焦げそうなほどに漏れ伝わってくる。ガラクタの山に埋もれてボロボロだった頃とはまるで違う。しかし確かに、同じ機体だ。
周囲には今にも倒れそうな技師たちが、なんとか立っている。彼女たちも昼夜を徹して作業をしていたのだろう。
そのおかげで、廃材同然だったランナーは息を吹き返した。
「コードネームは"シルバーフェザー"。君にぴったりの名前でしょ」
灼熱の赤い砂漠に燦然と輝く銀の機体。機体側面に描かれた翼は、彼の目に焼きついた。
「……ありがとう、みんな」
光沢を放つ機体をそっと指で撫でて、カイは素直な言葉を口にした。