レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
念願の愛機を手に入れたとはいえ、カイが早速乗り回せるというわけでもない。二千年も冷凍保存されていた彼の肉体は虚弱と言わざるを得ないほどに細かった。ランナーを駆るとは言えどある程度の体格が伴っていなければ、激しい機動に耐えることもできないのである。
「第一機甲部隊の基礎修練ねえ」
その日、カイは支給された軍服に身を包み、格納庫の前に立っていた。アメリから命じられ、いよいよ本職の軍人たちの訓練に参加することになったのだ。これまではシミュレータを使ったランナーの操縦訓練や基礎的なオリエンテーションばかりだったが、今日から本格的に軍人としての行動を見据えた訓練が始まるのである。
「ちょっと早く着きすぎたか?」
『提示された集合時刻は合っていますが』
しかし意気込んでやってきたカイは早速出鼻を挫かれる。集合時間になっても、他の人影が見えないのだ。側に控えるハルはスケジュールをしっかりと記録しており、カイの認識に間違いはないことを保証する。
どうしたものかと途方に暮れる青年が名前を呼ばれたのは、集合時間から10分ほど超過した時だった。
「おう、カイじゃないか。早いな」
「ディーロ。そういえば今日の教官は歩兵隊長って聞いてたな」
現れたのは筋骨隆々。〈鉄喰らう狼〉が誇る近接肉弾戦最強の女、戦士長ディーロである。今回の基礎修練は彼女が指導についていた。
「集合時間になっても誰も来ないんだが、どうしたらいいんだ?」
「うん? あー……。そうだな」
首を傾げるカイの言葉に、ディーロは何やら眉を寄せて考える。ぐるりと周囲を見渡すが人影は見当たらない。格納庫のシャッターは閉まっており、片隅に留められたローバーにも搭乗者は見受けられなかった。
しかしディーロはおもむろにカイの肩を抱き寄せると、口角を上げる。
「誰もいねえなら仕方ねえな! 俺がマンツーマンで手取り足取り、しっぽりねっぽり教えてやるよ!」
張り上げられた声が響き渡る。ぎゅっと筋肉質な腕に抱かれたカイは目を丸くして、離れようともがく。だが動くほどにディーロの拘束はきつくなっていくようだった。
「他の奴らが不参加ってんなら、それしかないよな」
「ちょっ、ディーロ!? それは流石に……」
「まあまあ、安心しろって。俺はこう見えて優しいからな。死ぬこたねえさ」
「ディーロ!?」
立派な大胸筋の深い谷間に青年の頭が完全に埋まる。ギチギチむちむちと締め付けられながら頭上から囁かれた物騒な言葉にカイが背筋を冷やしたその時だった。
「ちょ、ちょちょちょっと待ったぁああああっ!」
「何やってんだこのスケベ筋肉ダルマ!」
「わ、わたっ、私のカイきゅんになんてことを!」
突如格納庫のシャッターが開き、隙間からパイロットスーツ姿のユーリが飛び出してくる。彼女に続くように第一機甲部隊の隊員たちがわらわらと姿を現す。ローバーの陰や積み上がった荷物の向こう、どこにそんなに隠れていたのかと瞠目するほどである。
あっという間にカイは背の高い女たちに取り囲まれ、ディーロは数人がかりで引き剥がされた。
「はんっ。どうせ男との合同訓練ってんで日和ってたんだろ処女共が」
「しょ、処女じゃないし!? ていうか日和ってないし!」
ボコボコと殴られながらも余裕の顔で見下ろすディーロの言葉は、彼女たちに突き刺さっていた。ユーリが顔を真っ赤にして否定するが、余計に教官の人相の悪い笑みは深まる。
「なら俺が直々に指導してやろうってのにサボろうとしてたわけか?」
「えっ」
どっちなんだ、と迫る巨躯。ユーリの背中に隠れる仲間達。矢面に立たされた若きエースは顔を真っ青にして小さな悲鳴をあげた。
「うわーーんっ! 横暴だ! パワハラだぁ!」
「泣き言言ってる暇があんなら足を動かすんだな! たった100周で勘弁してやるんだぞ。俺の優しさに感謝しろ!」
修練場の外周をユーリたちがぐるぐると走り続けている。羊飼いの如く追い立てるディーロの声には愉悦の色が滲んでいる。容赦ない日差しと気温のなかで一周300メートルはある距離を走り続けるのは、いかに現代女性が屈強とはいえ過酷であった。しかも彼女たちは背中に歩兵たちの標準装備である60kgのバックパックがのしかかっているのだからなおさらだ。
「ディーロ、俺は何も背負わなくていいのか?」
「いきなり過負荷をかけて潰れちゃ世話ねえだろ。お前はまず普通に走れるようになるところからだ」
ディーロによる基礎修練とは、言ってしまえば体を鍛えるトレーニングであった。意外なことに彼女は相手に合わせてメニューをしっかり監修し、カイにもギリギリできる程度の負荷だけを課していた。そのぶんユーリたちに皺寄せが来ているような気もするが、悲鳴や嗚咽を漏らしつつ彼女たちはなんとか走り続けているため、やはり負荷は適切なようだった。
「とにかくお前は腕も細いし胸も薄い。体力がねえ。とにかく動いて食って休んで、身体を作れ」
その肉体を育て上げただけあって、ディーロの言葉には説得力がある。カイは彼女を信じて鍛錬に励む。
「ぜぁ……はぁ……。ぐえ、し、死ぬ……」
青年がなんとか10周を走り切り呼吸を整えている間に、ユーリも完走する。膝から崩れ落ちて倒れ込む彼女は、全身から汗を噴き出し掠れた呼吸を繰り返していた。それでも、あまりにも肉体強度が違うことを見せつけられる。
パイロットであるユーリでさえ、この程度のことはできるのだ。
第一機甲部隊はユーリを中心に、パイロット以外の人員も集まっている。そんな彼女たちも青色吐息ながら続々とゴールしていく。
「お疲れ、ユーリ」
「カイ君!? うへへ、ありがとっ!」
地面に倒れ込んだ青髪の少女に、カイは水のボトルを差し出す。受け取ったユーリはぱっと表情を明るくして、さっきまでの疲労など霧散したかのように軽やかに立ち上がった。
「よし、まだまだ余裕そうだな。じゃあ次に移るぞ」
「げええっ!?」
だがその迂闊な動きを見た鬼教官が無慈悲に宣言する。悲鳴が上がるなか、ディーロは更に過酷な宣言をする。
「二人一組になれ」
次の瞬間、周囲から無数の視線がカイに集まる。しかし奇妙な沈黙があった。
「えっ、え、えっと……」
「カイ君がどうしてもって言うなら組んであげてもいいけど」
「あー、なんか、組んでくれる人いないかな」
機甲部隊の面々は目を泳がせ、明後日の方向を向き、指先に髪を絡めながらボソボソと何か呟き始める。それでいてチラチラとカイの方を見て、何やら期待するような目をしていた。
そんな彼女たちを、ディーロは冷めた目で見ていた。
「このヘタレ共が……。そんなだからランナーに乗らねえとイキれねえ隠キャ集団って言われんだぞ」
「は? ヘタレてなんていないが?」
「カイ君の意志を尊重してるだけなんすけど」
「筋肉ばっかでがっつくむさ苦しい不良共には分からんでしょうねえ」
どうやら歩兵部隊と機甲部隊には一定の壁とでも言うべき文化的差異があるらしい、とカイは察する。先のランナー回収作戦で行動を共にした歩兵たちは、むしろ積極的に話しかけてきた。全く品性というものが存在しない高純度な下ネタばかりで、アメリから鉄拳を落とされてはいたが。
一方で機甲部隊は、カイの目から見れば紳士的とも捉えられる。一定の距離を保ちつつ、目だけはしっかりこちらを見ている。舐めるように見ている。
どちらが良いかと言われれば、悩ましいところではあった。
「それじゃあカイ、僕と組もっか」
お互いに牽制し合いながら待ちの姿勢を取る機甲部隊の女たち。彼女たちを出し抜いたのはエースであった。
「なぁっ!? ユーリてめえ!」
「淑女協定を壊す気か!」
「エースだからって調子に乗りやがって!」
仲間達から罵詈雑言が飛んでくるが、当人は全く聞こえていない。カイの手を取り、妙にねっとりとした動きで指まで絡める。
「ふへっ。男の子の汗の匂い……。やべぇ。――こほんっ! よろしくね、カイ」
一瞬小さな声で何かを呟くが、幸か不幸か目の前の青年には聞こえなかった。咳払い一つで爽やかな笑顔へと切り替わったユーリは、カイの手を引いて抱き寄せた。