過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
かわいいキャリーです。前世から持ち越した知識と、多胞体様から賜った奇跡と、お顔くらいしか誇れるものがないキャリーです。キャロラインとして見たら貰い物しかないね。何かこう、自分の力で手に入れた誇りとかないの?ないか。出来損ないだもんね。
かわいいだけでは許されないらしい無情なこの世界と、ついでに自分の口の悪さに思わず涙がぽろり。大得意なお水ぽたぽたは、お手てからだけでなくおめめからも出せるのだ!唯一磨いたものがこれだ。……なんだよ。なにか悪いかよ。
馬車の中、突然お空を見上げて、涙を流す娘の姿に、お父上は驚いた。あのね、お空の青さが目に染みるの。キャリーには眩しすぎるみたい……と言って心停止。箱馬車の中でお空が見れるわけないだろ。
幸いなことに涙が出るちょっと前に戻ったことで、心の涙は流しきった。自分、まだ泣けます!と体は張り切ってくれているが、キャリーの心は既に晴れたのでどうでもいい。
気を取り直して。本日かわいいキャリーがいるのは、馬車さんの中です。実際にはお馬さんが引いている訳ではありませんが、形は一緒なので馬車でいいでしょう。
向かっている先は、国の中心である王都。この国は王権神授を騙っているだけあり、王様を政治の中心に置いているのだ。そして、その王様がいる場所だから王都。とっても安直な名前だね。
出身がド田舎男爵領のキャリーは、都会に行くのが初めてです。それならまず向かうべきは都会オブ都会の王都ではなく、公爵領くらいがちょうどいいのでは?とお父上からは言われてしまったが、ごめんなさい。公爵領は嫌です。公爵様がとっても怖いもの。
もちろん、あったことのない公爵様が怖いからいやー!なんて伝えられるはずもないから、お父上には別の理由を伝えている。貴族の娘として、早いうちから戦い、傷ついている人を見るのになれるのは必要なことだ。だからコロシアムを見に行きたい。……嘘ではないけど、キャリーが野蛮人みたいに取れるな。こんなにかわいくて純粋なのにっ!
王都でいちばん流行っている賭け事がコロシアムなところに、人権意識の未発達さを実感しつつ、盗賊もどきに襲われて時間遡行。パパ、あっちの道がいいわ!とわがままを言うことで回避。仮にも貴族の当主とその娘が、その場でサクッと殺されるんだからこの世界は恐ろしい。お父上も善戦してくれたが、数の暴力には勝てなかったようだ。……なんで護衛も雇わなかったんですか?そんなお金があれば賭けの種銭にした方がいいって言ったの、キャリーだったね。ごめんね、お父上。
健康な体に戻って、五体満足で生きているお父上を見た瞬間、体感で直前まで見ていた光景とか諸々をフラッシュバックしてしまい、馬車内でお粗相するなんて無様を晒したが、ごめん、許してほしい。心停止なら慣れきっているけど、人の血の匂いと、冷たいものが体を裂く感触は、幼いキャリーには刺激的すぎた。
馬車のお掃除を手伝ってもらったり、換気をしたりしながら、休憩を挟みつつ王都に到着。雑多な臭いが混ざる空気と、人の熱気。多分数℃は気温が上がってるね。入った瞬間、あまりの人の多さに圧倒……されなかった。どれだけ人が多いって言っても、現代日本ほどではない。
田舎者丸出しで人の往来に慌てているお父上の手を引きながら、人を避けつつスイスイ進む。パパ、お財布はちゃんと隠してる?そう。しっかり紐で固定するのよ。大丈夫みたいね。偉いわ、パパ。
さほど金を持っていそうには見えなくとも、貧しい子供なんかと比較すれば大金持ちだ。パパのお財布がなくなったら、キャリーたちは野宿&徒歩帰宅確定だからね。多分途中で野垂れ死ぬ。
だからスリっぽい、動きの怪しい人に注意しながら、後方から聞こえる道案内にしたがってコロシアムを目指す。見世物兼賭博兼公開処刑であるコロシアムは、国中から集めた晒されるだけの犯罪者を、互いに死ぬまで殺し合わせる野蛮な催しだ。罪人たちは五勝することで与えられる恩赦を目指して必死に殺し合い、善良な市民はそれを眺めながらお金を賭ける。うーん、くっそ野蛮な競技だな。現代人としては反吐が出る。
犯罪者を切らしそうな時は捕まえた魔獣とかと戦わせて、ちょうどいい具合に調整するそうだ。相手次第で武器の使用禁止とかあるらしいよ。賭けが成立するくらいには釣り合わせないといけないからね。しょうがないね。
自然、犯罪者たちの消耗率は高くなり、五体満足で五勝できるのは全体の1%にも満たないとか。……体が不自由になった連中の受け入れ先?内職みたいなものを斡旋してもらえるらしいよ。狭い寮と最低限の食事が貰えるおまけ付き。刑務所みたいだね。
この国の司法の闇を感じながら受付に行って、お父上に賭ける相手を伝える。この人が勝つわ!と宣言すれば、心停止しないことで保証を得られる。ここも、一応木っ端とはいえ貴族なので特別席で観戦し、途中少額の敗北を挟みながら全体的には増やす。キャリーは公爵様の怖さから、バカ勝ちしないことを学んだのだ。いないとは思うけど、公爵様みたいなのが他にいる可能性も否定はできないからね。
勝ち分で優雅な宿に泊まり、庶民と見分けがつかないような服から少しいい服にランクアップさせる。ちょっと裕福な村娘くらいの格好は、そこそこ裕福な街娘くらいの格好に更新された。キャリーはお顔がかわいいから、何を着ても似合ってしまうのよ。
お父上からかわいいの言葉を恐喝して、ありかわいいを全て出してもらったら、俺はようやく満足。俺にとって、一番かわいいと思われたい相手は両親だからね。お父上からのとれたて新鮮なかわいい、荒んだ心に染み渡るぜ。
大好きなお父上の最後の姿がフラッシュバックするせいで、罪人が命を落とす度に気分が悪くなる不便な体を酷使しながら、連日コロシアムで観覧を続ける。賭けるだけ賭けて、あとは結果を待つことも考えたが、賭けをしている観覧者の態度として不自然なことこの上ないので、見るしかなかった。
これは、教育なのだ。領民の上で生活をしていて、有事の際には前面に立って戦わなければならない貴族としての、教育。ただ守られるだけではなく、誰かを守れるようになるための教育。敵を前にして躊躇わないための、止めに怯えないための教育。遠くから魔法で攻撃出来るゲームとは違って、才能のないキャリーは自分の手で、刃物でそれをしなくてはいけないから。心停止以外の死に対して、なれる必要がある。
そう自分に言い聞かせながら、お金は着々と増えていく。一回あたりの増え幅は当然、走竜さんのかけっこと比較して微々たるものだが、繰り返しの回数はこちらの方が上だ。
今回は誰かに見られていた時の言い訳のために、強い方を当て、そちらが勝ちそうなら多めに、負けそうなら心なし少なめに賭けることで、負けを最小限にした。強い方を当てるだけなら、走竜の順番を決めるよりはできてもおかしくない。少女らしからぬ審美眼という意味では少し不自然さも残るが、ありえないレベルのものではない。この勝ち方なら、公爵様の前でも不自然ではなかろう。
「キャリー。キャリーが頑張ってくれたおかげで、しばらくは何とかなりそうなくらいのお金は稼げた。無理もしているみたいだし、これ以上はいいんじゃないか」
王都滞在十日目。それなりの宿、それなりの服、ちょっといい食事と、これまでの生活では考えられないくらいの贅沢をした日の晩、お父上は俺に目を合わせながらそう言った。
無理をしているのは、隠せていなかったと思う。人の死ぬ姿には結局、なれることができなくて毎度気持ち悪くなった。何度かお粗相したこともある以上、バレていなかったらお父上はとんだ頓馬だ。
「お父さんはね、確かに借金があるから、ゲームのためにもお金が必要なんだ。だけどね、本当は、キャリーに無理をさせてまで手に入れるようなものではないんだよ」
お父上にとって、俺はかわいい娘のキャリーだ。ゲームと同じように、かわいい娘なのだ。お金を生み出す装置ではなく、血の繋がった我が子として、俺のことを見てくれているのだ。
だから、お父上が決着を喜んだのは、最初の一度だけだった。最初の一回だけ、勝ったことを喜んで、俺の表情を見て心配そうなものになった。それ以降、お父上が見ていたのは勝負の結果、賭けの結果ではなく、俺の事だった。
最初から、わかっていたのだ。俺が無理していることも。それでも止めなかったのは、止めたら俺の頑張りが、苦悩が無駄になると理解していたから。お金を稼がずに帰れば、ただ娘の心にトラウマを残すだけになると理解していたから。
「止めるのが遅くなって、ごめんな。こんなお父さんで、ごめんな」
止められなかったのだ。お父上は、止めることができなかった。俺が苦しんでいることをわかっていても、お金を取るしかなかった。お金のために娘が苦しむのを見過ごした、なんて言ったら、さぞ酷い親のように聞こえるだろうが、俺はそうは思わない。
お父上には、選択肢がなかった。大切な家族と一緒にいるためには、お金が必要だった。娘の才能を守るためには、お金が必要だった。貧乏でさえなければ、こんな苦しそうな顔で、謝ることはなかったのだ。
「パパ、謝らないで。大丈夫、キャリーはもうちょっとだけ、がんばれるの。パパと、ママと、ゲームのために、キャリーはまだ、がんばるわ」
全部、貧乏が悪い。その諸悪の根源を絶たない限り、根本的な改善は見られない。だから俺は、たとえお父上に止められたとしても、ここで止まるわけにはいかないのだ。
お父上と、お母様と、ゲームと、まだ幼い弟。大切な家族を守るためなら、たとえ何度吐こうと、心停止しようと、構わない。この命は、この能力は、家族を守るために与えられたものなのだから。
翌日、二回だけ賭けて、手持ちを倍にした。家族を守るのに十分なお金を手にしたお父上の表情は、ずっと苦しそうなままだった。去り際に、コロシアムで熱狂していた人々の姿が、酷く醜悪に思えた。