過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
傷心中のキャリーなのよ。もう、人が死ぬところなんて見たくないのよ。王都から帰ってきたのは安心の我が家。食事のバリエーションは相変わらず少ないし、貴族令嬢のはずなのに裕福な村娘くらいの服装だし、部屋の調度品だってあんまり質が良くないままだけど、やっぱりこの家が一番落ち着くわね。
公爵領での消滅した稼ぎの半分くらい、王都では稼ぐことができました。当初の目的だった借金の返済には十分足りるくらいだ。答えがわかってもこんなに困らせさせられるんだもん、ギャンブルって難しいわね。
得られたのは、ゲームちゃんを手放さずに済むというとっても素敵な結果と、多分何度心停止してもこの先着いてくるであろうトラウマ。超天才児であるゲームちゃん一人分の引取り額を手にいれて、代償がそれだけで済んだのであれば、きっと大幅な黒字だろう。
そのことに安心しながら、俺が影で努力していたことを知らないゲームちゃんの、かわいらしい嘲り文句を聞き流す。この子の言う悪口って、先生に習った通りだから魔法の才能についてしか言ってないんだよね。そこ以外の部分であればまだまだ俺が勝っていることもあり、責め句がワンパターンだ。ボキャ貧でかわいいね。国語のお勉強、教えてあげようか?
自身に向けられる罵倒の種類を増やす、なんてマゾ染みた行いをやろうか考えて、あんまり言葉の切れ味が上がったら繊細な心が持たないことに気がつきやめる。自分でも思っているような周知の罵倒であればいくら来ても気にならないが、俺にだって罵倒で傷つく心くらい残っているのだ。
想像して悲しくなって泣いて、少し枕を濡らして起き上がる。鏡に映る泣き後の美少女顔は、相変わらずとってもかわいらしくて、けれど王都行きの前よりはいくらか成長していた。そう、実は金策後から、もう2年程度が経過しているのである。
その間、俺は症状を改善させるべく、ひとりでイメトレをして吐くなんてことを繰り返していた。誰かに殺されるのを繰り返せば、感覚の磨耗的な方向で改善を図れるようにも思ったが、逆の方向に動いた時に目も当てられなくなるのでやめた。あとついでに、俺から頼んでやってもらったとしても、回数を繰り返すにつれて相手を嫌いになりそうだったから。俺の体はやり直しが聞くが、心の方は1つしかない。大切に守ってあげなくては。
それ以外の変更だと、いちばん大きなものはお母様が帰ってきたことだろうか。帰ってくる、なんて言っても、俺はこの屋敷で生活するお母様の姿を見たことがなかったので、“やってくる”の方が感覚的には近かったが。
お母様と、4歳になったばかりの弟は、俺やゲームと同じように、お父上に回収された。ひとつ違ったのは、彼は末っ子だったので、お母様が一緒だったことだろうか。おかげでこの子は、俺たちみたいに初日をギャン泣きで潰すことがなかった。キャリーもママと一緒が良かったなぁ〜。
それ以外のことは、ほとんど変わらない。お父上は相変わらず書類三昧だし、ゲームはルーカス先生の教えを守りながら魔法の練習を続けている。……俺?お水ちょろちょろの勢いが少しだけ強くなったくらいだよ。なお、弟くんの魔法の才能はゲームより少し低い程度。やっぱり血だね。
お父上、お母様も魔法の素質が高いにもかかわらず、一人だけダメダメな俺は、実は橋の下で拾われてきたのではなかろうか。そんな考えが思わず一瞬頭をよぎってしまうくらいには、キャリーの魔法の才能は飛び抜けて低かった。
俺はママ上から生まれてきた記憶があるから、血の繋がりを自信満々に肯定できるが、そうではない一般少女だったらここの可能性のところでメンタルがやられていたかもしれない。胎児のうちに転生させてくれた多胞体様に感謝。
「キャリーねえさま、見てっ!水魔法でこんなことできたよ!」
元気のいい弟のレンジ君に話しかけられて、その手元を確認すると、水の魔法をベースに大地の魔法、お砂を使ってスノードームのようなものを作っていた。丸い水の球を循環する白いお砂がとっても綺麗。とっても素敵、レンジは芸術のセンスまでいいのね!と褒めると、かわいい弟はにへへとはにかむ。
基本的な魔法だけで構成されているから、再現することも簡単で、けれど内部の水の対流を維持するためにはそれなりの集中力がいるはず。ただ形を真似するだけなら簡単でも、綺麗にやるのは難しい。魔法の練習にピッタリの魔法だね。……俺?お水はちょろちょろ流すしかできないよ。形状の維持も、対流も、少し難易度が高すぎる。
無邪気な弟に才能のなさを改めて分からされつつ、綺麗なものに心を癒される。自分で傷つけて癒すなんて、レンジはとんだマッチポンプ野郎だ。優しい子に育ってくれて、お姉ちゃんうれしいな。こんな、出来損ないな姉のところにわざわざ遊びに来てくれるのだから。
あなただけでも、このままねえさまって呼び続けてくれる優しい子に育って……。と願いながら、ふわふわの髪の毛を撫でる。幼子特有の、柔らかい髪質だ。ゲームも、触らせてくれた時はこんな感じだった。
思い出してしまったことで少しだけ悲しい気持ちになりつつ、気持ちを切り替えるためにママ上に会いにいく。同じおうちで暮らしているから、以前までとは違い気軽に会うことができるのだ。俺はまだ年齢一桁少女なので、自然、ママのことが大好きなのである。
かわいいところを見てもらうために身だしなみを整えて、顔を洗って涙の痕を消す。レンジには見られてしまったが、こんな姿は誰にもみられないに越したことはない。家族の前でくらい、いつも明るくかわいいキャリーでありたいからね。
バッチリ準備できたところで、お母様のお部屋に突撃。何故か先客でいる男の人……お父上ね。他の男なんて許さないわ。といい雰囲気になっているところでおじゃま虫をして、ちょうどよく揃っていた両親に甘える。ふんっ!邪智暴虐の種馬め。油断も隙もないんだから。
ちょっと残念そうなお母様の様子に、目を逸らしたくなるのを抑えつつ、ぎゅっと抱きつく。するとやさしい手が背中に回って、温かさに包まれる。やさしい、お母さんの匂い。心落ち着くそれに身を委ねれば、ちょっとイメトレで無理をしすぎていたらしい精神は落ち着いた。真っ暗な部屋で枕を涙で濡らすなんて、まともな精神状態なわけないじゃんね。
気が付かせてくれたレンジと、癒してくれたお母様に感謝。お父上?その辺で手持ち無沙汰にしてればいいよ。“貴族の娘として、たとえ親であっても妄に触れるべきではない”なんて言って距離をとる薄情者なんて、寂しい思いをしてればいいのだ。
なんてことを考えて、でもやっぱり寂しかったから、“れでぃである以前に、キャリーはパパの娘なの!もっとかわいいっていって!甘やかして!”とダイレクト抱きつきアタックをかまして困った様子のお父上に撫でられる。ふんっ!どうせパパはかわいい娘には勝てないのでしょう?なら最初からあきらめればいいのだわっ!余談だが、落ち着くいい匂いがしたお母様とは対照的に、お父上はちょっと臭い。おそらく本人が臭いのではなく、血縁によるものだろう。
両親との触れ合いを経て、レンジに癒された夜。いつものようにお水ちょろちょろをしながら家の周りをお散歩していると、野生のルーカス先生が現れた。
「こんな時間に何をしている、出来損ない」
相変わらず、よその家庭の娘さんに対するものではない呼び方だが、慣れたのであまり気にならない。先生こんばんはと元気な挨拶を返して、お散歩してたの!と答える。この辺りは魔獣や野生動物も、危険なものは少なくて、女子供でも文字通り家の周りくらいなら歩けるのだ。ゲームちゃん?あの子なら夜中に別邸まで一人で行けるよ。俺は最近になってようやく、何時でも家に隠れられる距離なら許可が出た。才能ないからね。
「そんなことは聞いていない。それだ」
歩いていることくらい見ればわかると眉をひそめながら言ったルーカス先生は、お水をちょろちょろしているキャリーのおててを指して言った。ふふん、水も滴る良いおててでしょう?とふざけてみたくなるのを抑えつつ、練習のことを話す。最初はぽたぽた垂れるくらいだった水量が、繰り返しにより少しずつ増えているのだと。
幼少期の頃の水量と比較して明確に増えていることを、ml毎秒の確度で説明すると、ルーカス先生は驚いたような表情になる。そして実際に、俺が出している水の量を確認して、小さく頷いた。
「出来損ない、お前は小さい時から、この練習を続けたと言ったな。いつからだ」
たしか、初めて教わったのは二歳の頃だったはず。そこから毎日、暇を見つけてはお水ぽたぽたを続けていたから、もうこの子とも七年くらいの付き合いね。……ぽたぽたがちょろちょろになったのって、水の精霊さんがデレてくれたからだったりするのかしら?
「七年、か。興味深い。精霊との相性は、その身に宿った魂の運命によるものだ、という仮説が存在する。これまでの輪廻でどれだけ精霊と馴染んできたか、によって力を貸してくれる範囲に差が出るというものだ」
ふーん、この世界って輪廻転生の概念があるんだ。それで言うと、ゲームちゃんとかは前世でもとっても愛されてきたのかしらね。俺?現代日本に精霊なんてものがいるわけないだろ。常識で考えなよ、常識で。
一応理屈的には納得できる仮説。それをオウム返しに繰り返してみると、驚いたことに心臓は止まらない。ルーカス先生、この説正解っぽいよ。
「様々な理由により私はこの説を支持しているが、そうなるとひとつ、疑問に思うことがある。これを採用する場合、輪廻を経ないと魔法は使えないことになる。では、最初の命は如何にして魔法を得たのだろうかと」
現在、魔法の才において、相性自体の成長は否定的な意見が主流らしい。その意見を以って、ルーカス先生の仮説も傍流なのだとか。
「出来損ない、いや、キャロライン。お前の成長を確認すれば、その定説を覆せるかもしれない」
そのためには、私の観察が必要だ。と、ルーカス先生は言った。なるほど、つまり俺は、先生のモルモットに選ばれたらしい。