過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
キャリーよ!幾度かの検証と事故によって丸裸になった多胞体様からの贈り物を解説するわよ!……文章的に、多胞体様が丸裸になったみたいにも読み取れる?やかましい。多胞体様は多胞体だから着衣みたいな低次概念に囚われないんだよ。低次存在は黙ってろ。
確認できたことは二つっ!頑張れば指一本で数えられるくらいの情報しか、キャリーには得られませんでした。スベスベ脳みそとぷにぷにぼでぃは検証に不向きなのです。むしろよく頑張ったと褒めて欲しい。
一つ目、この体は嘘をつくと死ぬ。嘘を口にすると、その瞬間に心臓が停止する。人間嘘発見器(使い捨て)だな。なんて使い勝手が悪い。また、発言が嘘になった瞬間にも死ぬ。10秒間歩かない!と決意表明をして、一歩歩くと即死する。
二つ目、自身の死を起点に、死ぬ直前か嘘をつく直前まで戻ることができる。一つ目の後者、決意表明の失敗による死は直前か発言前かを選べる。なんて痒いところに手が届く能力なんだ。勝ったな。風呂入ってくる。
そして最後の三つ目、嘘は、発言を第三者に聞かれた時のみそう判定される。例えば俺が独り言で嘘を言っていたとしても、それが誰にも聞かれていなければ死なない。逆に誰かに聞かれていれば即死する。やったねキャリーちゃん、密談がバレずに済むよっ!……わかったこと三つあるじゃんって?うるさいな、こちとらまだ算数も教わってない幼児だぞ。まともに数なんて数えられるわけがないだろう。お指二本使いたかったの。ごめんね。
私の思考は誰にも聞かれていない、と脳内で考えることで、頭にアルミホイルを巻く必要がないことを確認しつつ、思考を続ける。これらの能力?呪い?については、多胞体様に贈られたものと考えて問題ないだろう。おそらく前提として、死んでも戻る能力が与えられている。これにより、諦めなければ夢は叶うというわけだ。どれだけ確率が低いことでも、試行回数に制限がなければ必ず起きるからね。奇跡に対する最も効果的な暴力は繰り返しだ。
そして、嘘をついたら死ぬ、というのが、俺の願いに対する答えだろう。この特性単体ではただ死体が増えるだけだが、死ぬと巻き戻る機能が備わってさえいれば、これはある種の未来予知を可能とする。例えば、
「今日の晩御飯は焼き鮭とお米。醤油は九州の甘口醤油」
ママ上の前で口にした瞬間、俺の心臓は止まった。ママ上のお料理で鮭が出てきたことのない以上、当然だ。ついでに九州しょうゆがこんな場所にあるわけがない。
「今日の晩御飯はお肉と野菜の炒め物。主食はパン」
心臓は止まる。ハズレだ。
「今日の晩御飯はシチュー。主食はパン」
心臓は止まらない。ママ上はよくわかったわね、と少し驚いたように微笑んで、せいかいっ!と口にする。以上。終わり。何度も心停止の苦しみを感じながら、得られたのはほんの僅かな優越感と、多大な精神的苦痛。正直二度と使いたくないくらい苦しくて、実に素晴らしい能力だ。
限定的にでも未来を知ることができるんだもの。多少苦しむのも仕方がないよね。苦しみだけで未来を知れるなら、喜んで苦しみたい!という人がこの世には沢山いるだろう。わかる。わかるよ。味わうまでは、どんな苦しみだって耐えられる気になるもんな。でも人間、実際にそうなってみると心が持たないものなんだよ。
結果、多大な苦しみの果てに得られたのは、今日の晩御飯のメニューだけ。苦痛に見合さない些細な成果だ。勿論、この能力を使いこなすことができれば、金もうけなんてたやすいことはわかっている。すこしお馬さんが集まっているところに行って、最大四回心停止すれば、一着がわかるのだ。現代日本であれば、まとまった金額を得るのなんて簡単だ。
けれど、とても残念なことに、俺の生まれた場所は現代日本ではなかった。ついでに言えば、前世と同じ世界ですらなかった。言語だって聞いたことのなかったものだし、ちらっと見たことのある地図だって地球のものではない。果てには、魔法なんてものが存在するのだから、同じと考える方が難しいだろう。未来予知×ギャンブル&投資でFIRE計画は早くも破綻した。
不労計画が潰えたことに、俺は泣いた。キャロライン、生後一番の大号泣である。親になけなしの10万を奪われた時だって堪えられた涙が、幼い体からはボロボロ流れた。少し自慢げに魔法を披露してくれたお母様は、予想外の反応を示した娘に対しておろおろしていた。そりゃあ、綺麗な線香花火っぽいのを見て突然わが子が号泣するなんて、予想できるわけないよね。……びっくりさせてごめんな、ママ上。でも突然人生設計めちゃくちゃにされた俺の方がびっくりしたんだ。
お腹の大きなお母様に抱きしめられ、たくさん撫でられることで精神の安定を取り戻す。ママ上は優しいし、そのお腹の子からも、慰めるような振動が届いたことで、俺は何とか落ち着けた。……お腹の子、ただママ上のこと蹴っただけだよな。泣いてんじゃねぇぞクソガキっ!な意思表示だったりしないよな。
少し心配になって、この子が無事生まれたらその潔白を確認すると心に決めつつ、泣き止む。なんかわかんないけどこわかった!と幼児アピールをしつつ、それはさておき魔法に興味あります!とアピール。その際のやり取りの中で一つ、保険程度の仕込みを混ぜながらねだれば、ママ上は魔法のことを教えてくれた。
「魔法はね、精霊に願うことで、その力を借りる技なの。おへその近くのぽかぽかを意識しながら、精霊さん助けてって、お願いしたら、力を貸してくれるのよ」
悲報、魔法、ファンタジー。不思議パワーなら不思議パワーで、この世界独自の技術体系が構築されたなにかなのかと思いきや、思いっきりファンタジー。これはあれではなかろうか。てんせーしゃのすごいそーぞーりょくで何かやっちゃいましたか?するパターンではなかろうか。
おそらく幼児向けの、高度な簡素化が行われた説明を聞きつつ、そんなことを考えてお水の魔法にチャレンジ。詳しく聞けば多少の技術性はありそうだが、やってみれば何かわかるだろう。そう思って両手を前に出しつつ水道水くらいの水をイメージしたら、数秒かけて出てきたのはほんの一滴。
神様転生のチート転生者として、恥ずかしいよ。俺。数秒かけて得られた水が、わずか一滴。手の汗腺をある程度開閉できる体質なら、現代日本人だって可能なレベルだ。そう考えると元現代日本人としては妥当なレベルだな。……やっぱ恥ずかしいよ、俺。
こんな魔法じゃ、できることは“手に汗握る”を何時でも再現するのと、いかなる時もポリ袋を自前の水分で開けることくらい。石油製品のせの字も無さそうなこの世界で、なんの役に立つんですか?その能力。
とても悔しくて悲しくなり、涙を流そうとしたところで、直前の大号泣で枯れてしまったことに気がつく。もう十分に泣いたんだから満足だろ、と体は仰せだ。けど、俺は今泣きたいんだよ。今じゃなきゃダメなんだ!と不服に思ったところで、眦から水分を出せばいいことに気が付く。教わった魔法の、早速の応用だね。きゃりー は うそなき を おぼえた!
それも体質次第では現代日本人にもできるよね?結局何、君はそんなことしか出来ないの?と、頭の中から聞こえるやかましい意見を無視しつつ、魔法の使い道を見つけて笑顔にっこり。目元に涙。いたいけな我が子の無理をしていそうな表情に、ママ上は苦しそうな表情。大丈夫、悲しいわけじゃないのよ。本当よ。キャリー嘘つかないもの。
「初めから上手に魔法を使える人なんていないの。魔法には精霊との縁が必要で、それは少しずつ強めていくしかないのよ」
最初は挨拶の関係から、次第に会話するくらいになって、最終的には金銭の貸し借りを目指す人間関係みたいだな。俺の苦手な分野だ。困窮した俺に金を貸してくれる友人なんて、一人も作れなかったからな。
まあ、いい。前世で過労死したから、俺は地獄を逃れて今世にいる。そしてゆくゆくは、あらゆる労働から抜け出した解脱に至るんだ。前世のことなんて知るか。
少しずつ練習していきましょうね、と微笑むママ上に対して元気にうんっ!と返して、両手の先からチョミっと水滴を垂らす作業を続ける。ポタっ、ポタっ、と滴って、下に敷いてあるタオルを濡らすだけの貧弱な魔法。本当にこれが役に立つ日は来るのだろうか。今のところ、嘘泣きとお布団世界地図の作成補助にしかなりそうにない。……ママ上がいらないものをキャリーに与えるわけないでしょ!
ママ上からの教えを復唱しながら、その中に方便が混ざっていたことで何度か心停止しつつ、頭の中で“魔法”の正しい姿を構築していく。嘘を言えないってことは、つまり口にすること全てが真実、ということだ。無制限の試行回数がある俺にとっては、未解決証明問題を解くことだって理屈上可能である。絶対やりたくないけど。
そうやって、ママ上にバレないように魔法のことを調べつつ、ほかの魔法も使ってみたい!と意思表示をする。“魔法は危ないものが多いから、ママの言うこと聞かなきゃメッ!”と完封されて、“大丈夫だもん!キャリー、怪我しないもん!”と言ったところ、早速転んで擦りむいて心停止。あっぶなーい!この先の人生、転ぶことすらできなくなるところだった!と、慌てて発言を取り消す。
「魔法は危ないから、勝手に使ったりしちゃダメよ。ママとキャリーとのお約束。まもれる?」
これ、そのまま受け入れると今後の人生でママ上の許可なしに一切の魔法を使えないんだよな。というわけで、この俺キャリーは、“うん、勝手に危ないことしない!”とお返事。危ないか否かの判定基準は俺だから、これならセーフ。本当はもっと細かく条件詰めて、高度な柔軟性と明確な期限を付けたかったが、そんなことまで決めるのは幼児らしくないからアウト。キャリーはあくまで、両親のかわいい娘ちゃんなのだ。
「お約束できてえらい!……ママがちゃんと、教えてあげるからね」
幼児がニュアンスを変えて自分に都合のいい返事をしている、なんて考えてもいないだろうママ上は、疑いもせず俺のお返事を信じた。素直でかわいいね。
余談だが、最初の心停止ループを越える方法は、言わなくてもわかるでしょ!言わせんなよ恥ずかしい!と恥ずかしがってみせることだった。
素直に生きれば心停止、とかくこの身は生きにくい。