過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
帯剣者に護衛してもらいながら、本邸らしい場所に向かう。もちろん俺はお姫様なので、ふさわしい運び方でお父上に運んでもらった。パパ、キャリーはもう、あんよが痛いのよ。パパの腕の中が安心できて好きだわ。
お父上はデレデレになって、リトルプリンセスの仰せのままになった。お父上は頼られて嬉しそう、俺は楽をできて快適。これがうぃんうぃんってやつだな。キャリー、知ってる。
目的地はそれほど離れていなかったらしく、お父上が歩き始めて程なくして、建物が見えてくる。まともにを見たことのない、俺が生まれてからずっと過ごしてきた家よりもずっと大きい建物。知らない相手だけれど、人の姿。
自分でも気がついていなかったが、俺にとって初めての外出は知らない人との遭遇以上にストレスだったらしい。こちらに対する捕食欲を隠さない相手に追いかけられる、なんて経験をしてしまえば、人見知りがショック療法で改善するのも納得だ。お父上と、お母様と、妹ちゃん以外の存在なんて、まだ信頼できない相手のはずなのに、心の底からの安堵が湧き上がる。意思疎通ができるってすばらしい。
まともに回らなくなった頭で話を半ば聞き流しつつ、今の状況を整理。昨日はキャリーの誕生日で、その翌日である今日が家族以外へのお披露目日。別邸から本邸へ居住基盤を移すぞ!と使用人一同でお迎えの準備をしていたところ、お父上が逃げていることを検知。最速で向かえる帯剣者ことニコラスさんが飛んできたと。
襲ってきた狼は魔獣と呼ばれる特殊な動物で、本来このようなところでお目にかかれるようなものではないらしい。だからお父上は投げナイフ一本備えていなくて、逃げる手を選んだのだと。自分も剣があればあれくらい楽勝だったんだぞ!と主張するお父上は、娘の前で逃げるしかできなかったことを恥ずかしく思っているのだろうか。言い訳しちゃってなっさけなーい♡そんなアピールしなくても、必死に走ってくれたお父上はかっこいいよ♡
貴重なデレを脳内だけで消費しながら、難しいことわかりませんっ!て顔をして見せると、お父上は困惑と安堵が混ざったような表情で、キャリーの頭を撫でる。お手て、大きいね。
そしてところ変わって屋敷の中。メイドさん?使用人さん?に案内された先の部屋で、キャリーにちょうどいいサイズの調度品に囲まれながら、このお屋敷の話を聞く。ちなみにお相手はメイドっぽい無表情のおば様。もといお姉様。このお家はどうやら少子高齢化が進んでいるらしく、うら若き乙女はキャリーだけだった。貴族子女であっても、美少女メイドさんには起こしてもらえないらしい。少し不満ではあるが、お母様以外の若い女にベタベタされてるお父上なんて見たくないからその点は良かったのかもしれない。若い女って言ってもキャリーと妹ちゃんは別枠ね。
状況確認。キャリーの名前はキャロライン・オーバー。オーバー男爵家の長女で、お父上であるコンスタンティン・オーバーとお母様であるヘレーネ・オーバーの娘。両親の名前初めて知ったな。ちっちゃい脳みそに刻み込んでおかなきゃ。
ついでに無表情メイドさん?の名前がフリーダだということを教えてもらって、そのままするりと淑女教育に移行。俺、勉強しなきゃダメですか?四歳なんですけど。この家来たばっかりなんですけど。……だめですか。そうですか。
予定されているカリキュラムを確認すると、座学から始まり作法、歴史、魔法、護身術。淑女たるもの、最低限下郎から身を守る手段を身につけておくべきらしい。破落戸に手篭めにされるくらいなら、相手の首を切って殺せ。誉れを守れぬくらいなら、首を切って死ねよとて、齢四から育てしや。なんだそりゃ。君しにたまへか?
ひょっとして、この世界ってあんまり安全じゃない?殺伐ワールドだったのかしら?と今更ながら気が付いて、今日は基本的な文字の練習……はママ上に教わったので、簡単な文章の練習……もママ上に教わっているので、計算の練習。計算記号がわからなくて難しいわよっ!フリーダさんは4歳児とは思えぬ文字の習得状況に驚き、計算ができないことに安堵し、暗算なら問題ないことに驚いていた。びっくりさせてごめんね。でも、中身は曲がりなりにも現代人なの。小学校くらいの計算ならお茶の子さいさいよ。
お母様の教育が素晴らしいのねっ!と褒められてえへへとなりながら、座学は終了。どうやらキャリーは神童らしい。二十を過ぎればただの人になりそうね。そしてその直後の魔法練習で告げられる、遠慮のない酷評。精霊信仰の厚い地域であれば忌み子として絞められるレベルらしい。奴隷にさえなれないとか。神童と生きる価値なしが重なって最強に見えるぜ。成長したら生きる価値なししか残らないね。
自らを待ち受ける受け入れ難い未来に涙を流して、“この国だとみんなからうっすら見下されるくらいだから!”と素敵なフォローにより増水させる。お前!今後みんなから馬鹿にされるぞ!哀れだな!なんて声掛けは、繊細な四歳児のハートには残酷すぎる。
多胞体様、なんでキャリーをこんなふうに産んだの……?と心の中で嘆きつつ、おててからは変わらずお水ぽたぽた。いいもん。才能がなくたって。キャリーにはそんなものよりずっと素晴らしい祝福があるんだもん。
止まることがわかっていたから言葉にはせず、頭の中だけでそう言い捨てて、次の練習に移る。有事の際に、最低限自分の身を守るための護身術。誰か助けが来ることを前提に、その時間を稼ぐための力を持つのは、貴族の子女として必須の技能らしい。身代金目当ての誘拐とか、下級市民の八つ当たりとかから身を守れないうちは、いつまで経っても半人前で、ひとりで外に出ることもできないのだとか。
外を出たら襲われる治安ですって。やーね、荒れてるわ。そんなんじゃ一体、いつになったら子女はお外に出れるのかしら。そう気になって質問したところ、一般的な貴族はその優れた血統により庶民とは別格な魔法が使えるから、早ければ7歳までに成人男性に勝てるようになるとか。つまり、ミソッカスなキャリーの魔法では達成困難ってこと!
直前の会話で、一人で外出出来るようになったら自由にママ上に会えるよ!と教えられた俺にとって、この事実はとても辛いことだった。柔らかいガラスのハートがパッキパキに割れて、砕けてしまうほどに。
キャリーは泣いた。ママに会いたくて泣いた。中身が元成人男性だとは思えないような、年相応の泣き様だった。フリーダさんが思わず狼狽えて、泣き止むようにあやしても構わず泣いた。幼児なこの身は、ママ上からの愛情を求めているのである。泣けば叶うかも!なんて企みすらもなく、本気の涙だった。
泣き声は屋敷中に響き、様子を見に来たフリーダさん以外の使用人が現れる。構わず泣く。使用人が増えても変わらず泣いて、お父上が来てようやく音量が少し下がる。
パパ、キャリーね、ママに会いたいの。ママと離れるのやなの。ママと一緒にいたいのに、いれないって言われたの。
慌てた様子のお父上に、自分の思いを説明する。どれだけ、お母様と一緒にいたいのか。どれだけ、離れたくなかったのか。それらを伝えれば、お父上は理解してくれた。
「キャリー、四歳になったら、別邸を離れるのは決まっていることなんだ。けれど、帰れないわけではない。今までみたいにずっと一緒にはいられないけど、ちゃんと、ママに合わせてあげられる」
淑女教育が進めば、自由時間を得れば、一人で会いに行くことだってできると、お父上は言った。十分に進んだら、自力で身を守れなくても、護衛をつけて歩かせてくれると。監視付きであれば、会いに行くことも叶うのだと。
まだまだ泣きたい気持ちを我慢して、お父上の話を聞く。その上で、かろうじて納得して、泣くのを止める。ママに会うためなら、キャリー、頑張るわ。ママのことが大好きだから、なんだって頑張れるのよ。
娘が泣き止んだことに、お父上は一安心。お嬢様が泣き止んだことに、フリーダさんも一安心。少し表情緩んだね。ついでにママ上に会えるとわかったことで、俺も一安心。良かった。そう安心した途端、防災ベルのようにけたたましく泣いていたことで体力が尽きて、晩御飯も食べずに眠たくなってしまう。
肩を抱いて、支えてくれたのはフリーダさんだった。俺にとって都合の悪い現実を沢山教えてくれて、めちゃくちゃ泣かせられた相手。沢山迷惑をかけた相手だ。申し訳なく思いながら意識を失い眠りについて、次に気がついたらもう朝。部屋の窓から太陽が見えるぜ。
そういえば、昨日は寝起きで連れ出されて、そのままお勉強タイムで、気がついたら夜だったんだよね。当然、俺が大きな声で元気よく泣いていたのは夜中だったわけだ。屋敷のみんな、眠かったよね。おっきい声出してごめんね。
俺が朝の爽やかな日差しの中で前日のことを振り返っていると、ノックの音がしてドアが開く。今更ながら、俺が寝ていたのは推定キャリーの部屋。子供用の小さな調度品がキュート。
「お嬢様、おはようございます。本日は朝食を食べながらテーブルマナー、本邸の案内をしながら歩行練習、その後礼儀作法と教養のお勉強です」
現れたのは、昨日と同じ、無表情のフリーダさん。いかにもとっつきにくそうで、厳格そうで、融通が効かなそうな雰囲気を身にまとっているが……ふんっ!俺は知ってるんだからね。ねむねむなキャリーがよろけた時、フリーダさんが誰よりも先に支えてくれたこと!まだ会って二日目だけど、既に俺の中でこの人は子供大好き人間だ。キャリーちょろいから、そういう人すきよ。
おはようございますっ!と幼児の寝起きにふさわしくない、元気なご挨拶を披露して、そのままママ上仕込みのにっこりスマイルを見せる。フリーダさんの口角が僅かに緩み、隠すように元に戻る。
……ところで、朝からお勉強を仕込みすぎではないかしら?ご飯くらいゆっくり食べさせてくれてもいいんじゃない?
俺の頭の中には、幼児虐待、教育虐待の各四文字がぐるぐるした。