壁面端末に浮かび上がった『AUTHORITY:EDEN』の文字を見た瞬間、ケンゾーの頭の奥で、何かが強引に軋んだ。
それは単なる頭痛ではなかった。頭蓋の内側を鋭い針で突き刺されたような痛みと共に、これまで幾度となく断片として現れていた白銀の都市や、炎に包まれた空、顔の見えない人影とは明らかに異なる記憶が、一瞬だけ鮮明な形を取ったのだ。
――記憶処理を開始します。
女の声だった。感情のほとんど感じられない、冷たく整った声。耳で聞いたというより、頭の中へ直接送り込まれたような響きだった。
「……っ」
ケンゾーは咄嗟に額を押さえた。視界の中にあるはずの地下施設が遠ざかり、代わりに真っ白な部屋が重なる。壁も床も天井も境界が分からないほど白く、正面には巨大な透明板があり、その向こうを無数の光の筋が流れていた。
その部屋には、自分以外にも何人かいた。
顔は見えない。
見ようとすると、そこだけが黒く塗り潰されたように輪郭を失う。
だが声だけは聞こえた。
『本処理を実行した場合、対象者の長期記憶領域に不可逆的な損傷が発生する可能性があります』
先ほどと同じ女の声だった。
それに対して、誰かが答えた。
『構わない』
低い声だった。
ケンゾーはその声を知らないはずなのに、胸の奥が強く締めつけられた。忘れている。確実に知っているのに、誰の声なのかだけが出てこない。
さらに別の誰かが続ける。
『こいつらが覚えている方が危険だ。今は、それしかない』
その声だけは、今のケンゾーにも分かった。
「……テルテル?」
思わず名前が漏れた。
「ケンゾー?」
現実のテルテルの声が重なった瞬間、白い部屋は崩れ去った。
ケンゾーの視界が一気に地下施設へ戻る。
膝から力が抜け、身体が傾いた。
「ケンゾーさん!」
タケがすぐに駆け寄り、倒れかけた身体を支える。
「大丈夫ですか!?」
「……大丈夫だ」
『否定』
ゲシュタルト・レーヴェが即座に口を挟んだ。
『神経活動の異常上昇を確認。記憶封鎖領域への強制干渉が発生』
「余計なことを言うな」
『必要な報告』
ケンゾーが立とうとした、その少し離れた場所で、シノンも壁へ手をついていた。
「私も……見えた」
彼女の顔から、普段の冷静さが消えている。
「白い部屋。声がした。『記憶処理を開始します』って……」
Bもまた、大鎌を床へ突き立てたまま動きを止めていた。フール・オブ・グレモリーの刃から漂っていた紫色の光が僅かに不安定になっている。
『B』
「聞こえた」
『俺もだ』
いつもならどんな状況でも大笑いするフールが、この時ばかりは低い声を出していた。
『……記憶処理。嫌な言葉だな』
その言葉を聞いた瞬間、テルテルの表情が明確に変わった。
「それ以上、掘るな」
声に余裕がなかった。
Bがゆっくりとテルテルを見る。
「お前、知ってたな」
「……」
「俺たちが何かを忘れてることも、その記憶が封じられてることも」
「知ってた」
テルテルは、今度は誤魔化さなかった。
タケたち三人の表情が揃って変わる。
「知ってたって……」
ハヤッティが眉を寄せた。
「それ、結構どころじゃなく重要な話じゃないですか?」
「重要だから話せなかった」
「いや、その理屈は分からなくもないですけど、毎回情報の出し方が後手すぎません?」
「俺だって好きでやってるわけじゃない」
テルテルはそう返したが、いつもの軽口とは違っていた。
シノンが額を押さえながら顔を上げる。
「ケンゾーだけじゃない。私もBも反応してる。でもレインたちは違う」
「そうだ」
テルテルが頷く。
「少なくとも、今ここで同じ症状が出てるのはお前ら三人だ」
「どうして?」
「そこから先はまだ言えない」
ケンゾーの目が鋭くなる。
「まだ隠すのか」
「隠す」
「理由は」
「今のお前が、たった一言思い出しかけただけで膝ついたからだよ」
テルテルは珍しく正面からケンゾーを睨み返した。
「俺が全部説明したらどうなるか分からない。頭痛で済む保証もない。記憶だけが壊れるとも限らない。それでも今ここで全部聞きたいって言うなら止めない。でも、俺は勧めない」
ケンゾーはしばらく黙っていた。
その沈黙の間にも、地下深くでは低い機械音が続いている。
レインがテルテルを見ながら、静かに口を開いた。
「忘れた内容そのものが、何かの鍵になっているの?」
テルテルの目が僅かに動いた。
それだけだった。
だがレインには十分だった。
「……やっぱり」
「お前、ほんとそういうところだけ異様に鋭いな」
「褒められてない気がする」
「褒めてない」
「ならいいわ」
「そこ納得するところなのかよ!」
ハヤッティが思わず突っ込んだ。
ほんの僅かに空気が緩む。
だが、その直後。
『対象群A、覚醒準備率二十四パーセント』
施設音声が冷たく告げた。
『対象群B、十九パーセント。対象群C、十一パーセント』
シノンがすぐに壁面端末へ向き直る。
「話は後。これを止めないと本当にまずい」
端末へ指を走らせる。
「通常権限じゃ停止できない。テルテル」
「分かってる」
テルテルも隣へ立ち、掌を認証部分へ押し当てた。
「管理者権限で命令。全生命保存区画の覚醒処理を停止。対象を休眠状態へ戻せ」
『要求を受信』
数秒の間。
『拒否』
「だろうな!」
テルテルが舌打ちする。
『上位権限による起動命令が優先されています』
「発行元は」
『EDEN』
「発行時刻」
『現在時刻より二分五十二秒前』
その答えに、テルテルの顔から冗談の気配が完全に消えた。
「……今出された命令だ」
ケンゾーが反応する。
「昔の命令じゃないのか」
「違う。少なくとも記録上は、この施設が今受信した命令になってる」
「じゃあEDENが動いている?」
シノンが尋ねる。
「それはまだ断定できない」
テルテルは首を振った。
「EDENの権限情報を盗んだ誰かがいるのかもしれない。別の管理システムが名前だけ使ってる可能性もある。残留命令が今になって実行された可能性だってある」
「随分慎重だな」
アルマーが口を挟んだ。
テルテルが即座に睨む。
「お前に言われたくない」
「昔はもっと雑だった」
「また昔の話するならその口塞ぐぞ」
「やってみろ」
「本当に相性悪いですね、この二人……」
ハヤッティが小声で言う。
レインが横から答えた。
「似てるからじゃない?」
「聞こえてるからね!?」
テルテルが振り向く。
それを見ていたBが淡々と付け加える。
「似てる」
『ギャハハハハ! 俺もそう思うぜ!』
「Bもフールも黙って!」
短いやり取りのあと。
レインだけが、突然笑みを消した。
「……来る」
ケンゾーの視線が前方へ向く。
「数は」
「一つ」
「さっきの化け物か」
「分からない。でも近づいてる」
通路の奥。
暗かった先で。
ガコン、と巨大な金属音が響いた。
隔壁がゆっくり開く。
全員が武器を構えた。
Bはフールを大鎌のまま前へ出し、ケンゾーはゲシュタルトを盾形態へ変える。シノンは少し後方へ下がりながら狙撃位置を確保し、タケはクライ・オブ・サタンを構えた。ハヤッティもスティール・ザ・グシオンの補助出力を上げる。
だが。
出てきたのは怪物ではなかった。
「……女の子?」
タケが呟いた。
十代半ばから後半ほどに見える少女だった。
長い黒髪。
白い薄手の衣服。
裸足。
腕や首には、つい先ほどまで何かの装置に繋がれていたことを示す細い管が何本も垂れている。
少女は足元も覚束ない様子で、壁へ手をつきながら一歩ずつ歩いてきた。
「保存対象か」
シノンが銃口を僅かに下げる。
「多分な」
テルテルも身構えたまま答える。
タケが一歩出た。
「大丈夫ですか?」
「タケ、待て」
ケンゾーが制止する。
「でも」
「まだ近づくな」
少女がゆっくり顔を上げる。
青い瞳。
見たところ普通の人間だ。
しかし焦点が定まっていない。
「……ここ……どこ……?」
掠れた声。
誰かを探すように視線が動く。
タケ。
レイン。
ハヤッティ。
シノン。
B。
ケンゾー。
そして。
テルテル。
そこで止まった。
「……管理者……」
テルテルの目が変わる。
「俺が分かるのか」
「管理者……」
少女の呼吸が急に荒くなった。
「戻して……」
「何を」
「眠らせて……」
テルテルが反射的に一歩近づいた。
「来ないで!」
少女が叫んだ。
次の瞬間。
青白い光が少女の身体から爆発した。
「伏せろ!」
アルマーの声が響く。
透明な衝撃が通路全体を走った。
ケンゾーがゲシュタルトの盾を展開し、Bもフールの大鎌を横にして受ける。ハヤッティはグシオンの装甲を腕へ集中し、タケは咄嗟にレインに引かれて床へ倒れ込んだ。
衝撃は凄まじかった。
壁面のパネルが剥がれ、床へ亀裂が走る。
「何だ今の!」
ハヤッティが顔を上げる。
『生命エネルギーの大量放出を確認』
ゲシュタルトが答えた。
「この子が?」
『肯定』
少女自身も、何が起きたのか分かっていない。
両手を見つめながら、震えている。
「違う……」
小さく首を振る。
「私じゃない……私、こんなの……」
テルテルの視線が少女の胸元へ向く。
衣服の下。
青白い光。
一定の周期で脈打っている。
「……埋め込まれてる」
「何が?」
シノンが尋ねた。
「増幅コアだ」
テルテルは少女へ近づかないまま答える。
「生命エネルギーを外部から強制的に引き上げる装置。本人の意思と関係なく出力を上げられる」
「外せる?」
「構造見ないと分からない」
「無理よ」
背後から。
救出された女性が、弱い声で言った。
シノンに支えられながら少女を見る。
「あれは身体の中枢神経まで接続されてる。無理に外したら……その子は死ぬ」
タケの顔が強張った。
少女は頭を抱えた。
「嫌……」
青白い光がまた強くなる。
「また……戦わせるんでしょう……?」
テルテルの表情が変わる。
「誰が」
「知らない……」
少女の声は震えていた。
「ずっと……眠ってて……起こされて……力を出せって言われて……できなかったら痛くされて……」
タケがクライを握る手に力を込める。
ハヤッティも言葉を失っていた。
レインは何も言わず少女を見ている。
「もう嫌……」
少女が俯く。
「眠りたい……」
その言葉を聞いた瞬間。
ケンゾーの頭に。
また。
何かが刺さった。
白い通路。
ガラスの向こう。
子供たち。
いくつもの小さな身体に機械が取り付けられている。
『適合率不足』
知らない男の声。
『このままでは実戦投入できない』
別の男。
『なら出力だけ上げろ』
『生体への負荷が――』
『壊れても構わない』
「……やめろ」
ケンゾーが低く呟いた。
「ケンゾーさん?」
タケが振り向く。
「何でもない」
そう答えたが。
拳が。
強く握られている。
怒り。
理由は思い出せない。
だが。
この少女を見ていると。
胸の奥から。
激しい嫌悪が湧く。
この子をこんな状態にした何かに対して。
「テルテル」
「何だ」
「あの子を眠らせられるか」
テルテルは少女を見る。
「施設の医療管理が生きてれば、一時的には」
「やれ」
「でも、中央命令が覚醒優先になってる」
「それでもだ」
ケンゾーは少女から目を離さない。
「本人が望んでる」
テルテルも。
その言葉には反論しなかった。
「……分かった」
少女が恐る恐る顔を上げる。
「眠れる……?」
「ああ」
テルテルはできるだけ穏やかに答えた。
「ただし、ずっと眠ったままっていう約束はできない」
少女の表情が曇る。
「もう起きなくてもいいのに……」
タケの胸が詰まった。
テルテルは少し黙ったあと、いつもの軽い調子ではなく、はっきり言った。
「次に起きる時は、戦わせない」
「……本当?」
「少なくとも俺は、そのつもりで動く」
「変な言い方」
「嘘つくの下手なんだよ」
「それは嘘だな」
Bが横から言った。
「今そこ突っ込む!?」
テルテルが思わず振り返る。
『ギャハハハハ! 確かにお前、嘘は得意そうだなァ!』
「フールまで!」
少女が。
小さく。
笑った。
ほんの一瞬。
でも確かに。
「……変な人たち」
「よく言われる」
テルテルが肩をすくめる。
少しだけ。
少女の緊張が解けた。
テルテルはそのまま壁面端末へ向かう。
「EVE-SEVENTH」
『応答』
「対象個体を一時休眠。医療優先権限を使用」
『上位覚醒命令と競合』
「局所医療権限で上書き」
『照合中』
数秒。
『一時休眠処理のみ許可』
「何分」
『最大十一分』
「短いな」
「十分……」
少女が弱く言った。
「十一分あれば、中央炉まで行ける」
全員が少女を見る。
「中央炉の場所が分かるの?」
レインが尋ねる。
少女はゆっくり頷いた。
「私たち……いつも、そこから力を送られてたから」
アルマーが反応する。
「案内できるか」
少女の肩が僅かに跳ねた。
レインがすぐにアルマーと少女の間へ立つ。
「聞き方」
「何だ」
「怖がってるでしょう」
「時間がない」
「だからって怖がらせていい理由にはならないわ」
アルマーはレインをしばらく見た。
「……そうか」
意外にも素直に引く。
ハヤッティが小声で言った。
「そこは素直なんだな」
「聞こえているぞ」
「本当に耳良すぎないですか!?」
少女がまた小さく笑う。
ケンゾーはその様子を一度見てから、少女へ声をかけた。
「中央炉まで案内してくれ」
「……怖い」
「そうだろうな」
「また化け物がいるかもしれない」
「いるかもしれない」
「私、戦えない」
「戦わなくていい」
ケンゾーは即答した。
「戦うのは俺たちの仕事だ」
少女がケンゾーを見る。
「あなた……強いの?」
「強いです!」
タケが即答した。
ケンゾーが横を見る。
「タケ」
「だって事実じゃないですか!」
少女はケンゾーの破れたコートと血の跡を見る。
「……でもボロボロ」
ハヤッティが吹き出しそうになって顔を背けた。
レインも少しだけ口元を緩める。
タケは慌てる。
「これはさっき凄い敵と戦ったからで、普段はもっと本当に凄くて!」
「説明しなくていい」
「でもケンゾーさんの名誉が!」
「本人が気にしてないのに、何でお前がそんな必死なんだよ!」
ハヤッティがとうとう突っ込んだ。
少女は今度こそ少し長く笑った。
「……ほんとに変」
「ああ」
ケンゾーが小さく答える。
「よく言われる」
少女はしばらく彼を見たあと。
「……分かった。案内する」
そう言った。
テルテルが端末を操作し、少女の胸に埋め込まれた増幅装置を可能な限り抑制する。
『生命エネルギー出力を制限』
『活動可能時間、推定九分四十八秒』
「短い」
シノンが時刻を確認する。
「急ぐしかない」
少女が立ち上がる。
足元が揺れる。
レインが自然に横へ出た。
「つかまる?」
少女は少し迷い。
レインの袖を掴んだ。
「……少しだけ」
「いいわよ」
タケも反対側へ出る。
「俺も支えようか?」
「二人もいらない」
「あ、はい」
少し落ち込む。
ハヤッティが横から見る。
「何でお前そんな分かりやすくへこむんだよ」
「頼られたかった」
「素直すぎるだろ!」
隊列を組み直した。
先頭はケンゾー。
その隣にアルマー。
二人は互いを信用していないが、戦力としては最前線に置くのが最も合理的だった。
少し後方にBとフール。
さらにシノン。
中央には少女とレイン。
タケとハヤッティが左右を守る。
テルテルは、まだ自力で十分に歩けない救出された女性を支えている。
アルマーの配下である五人も、その周囲へ広がった。
「道は」
ケンゾーが尋ねる。
「二つ先の分岐を右。そのあと下」
「どのくらい下」
少女は少し考えた。
「……いっぱい」
ハヤッティが眉を寄せる。
「いっぱいって!」
「細かい数字求めんなって」
テルテルが言う。
「でも九分しかないんですよ!」
「だから走る」
ケンゾーが前へ出る。
「行くぞ」
全員が動き出した。
通路。
一つ目の分岐。
さらに二つ目。
「ここ、右!」
少女の声。
ケンゾーが角を曲がる。
その瞬間。
『敵性反応』
ゲシュタルト。
「数」
『四』
前方に。
四体。
肉と金属が融合した異形の存在。
先ほどの二十四体とは別の個体だった。
「止まるな!」
ケンゾーが叫ぶ。
「倒す必要はない! 突破する!」
最初にBが前へ出る。
巨大な大鎌を構える。
『ギャハハハハ! 短期決戦だなァ!』
「一体だけ止めろ」
『一体だけ!? ケチくせぇ!』
「急いでる」
『分かったよ!』
最前列の怪物へ大鎌が振り下ろされる。
巨大な腕が刃を受ける。
火花。
Bの両腕へ衝撃が走る。
『硬ぇな!』
「押せ」
『だからそればっかだな!』
紫色の光。
刃へ集中。
さらに力を加える。
怪物の腕。
切断。
同時に。
シノンの銃声。
赤い眼。
直撃。
「右から来る!」
レインが叫ぶ。
二体目。
長い鎌状の脚。
狙い。
少女。
レインは少女の腕を引いた。
「一歩左!」
二人。
同時に。
ずれる。
刃。
目の前。
通過。
「走って!」
少女が頷く。
タケがクライを向ける。
「クライ、短く吸う!」
『了解』
黒赤色の歪み。
一瞬。
怪物の胸部から生命エネルギーを吸う。
一秒だけ。
「止めろ!」
『吸収停止』
怪物の動きが僅かに鈍る。
「それで十分!」
ハヤッティが飛び込んだ。
『右腕強化』
「どけ!」
グシオンの拳。
怪物の肩。
直撃。
壁へ。
吹き飛ぶ。
「今だ!」
全員が抜ける。
さらに三体目。
巨体。
通路の中央を塞いでいる。
ケンゾーのゲシュタルトが瞬時に巨大槍へ変形した。
『刺突形態』
「真ん中を開ける」
踏み込み。
突き。
怪物が両腕で槍を受ける。
ケンゾーの肋骨へ痛み。
『損傷部位への負荷増大』
「今だけ黙れ」
『拒否』
「なら支えろ」
『了解』
出力。
増加。
一歩。
二歩。
怪物が押される。
「B!」
「了解」
横から。
大鎌の柄。
腹部。
強打。
『ギャハハハ! 退けぇ!』
怪物が壁側へ崩れる。
「通れ!」
全員が一斉に抜ける。
四体目。
天井。
レインだけが。
先に気づく。
「上!」
怪物が落下。
狙い。
少女。
レインは少女の頭を押し下げ、自分も前へ滑る。
巨大な爪。
髪。
数本。
切れる。
即座にレインの銃口。
敵の口腔。
三発。
撃つ。
怪物が仰け反る。
「タケ!」
「はい!」
クライ。
黒赤。
敵の肩。
一瞬だけ。
生命エネルギーを奪う。
動き。
遅れる。
「ハヤッティ!」
「任せろ!」
グシオン。
蹴り。
胴体。
直撃。
怪物。
横へ吹き飛ぶ。
「走れ!」
新兵三人が。
少女を囲んだまま。
前へ抜ける。
最後にアルマーが隔壁の前で立ち止まる。
右手。
金色の光。
空間。
歪む。
「閉じる」
「早くしろ!」
テルテルが叫ぶ。
巨大な扉が強引に落ちる。
追ってくる怪物たち。
向こう側。
遮断。
衝撃。
扉が揺れる。
だが開かない。
「残り六分半!」
シノンが告げる。
「まだ先?」
タケが少女を見る。
「もう少し……」
呼吸。
荒い。
レインがすぐに肩を支える。
「無理なら言って」
「大丈夫」
「本当に?」
「……少し大丈夫じゃない」
レインが僅かに笑う。
「それならちゃんと言えてる」
タケも横から心配そうに見る。
少女は少しだけ。
安心したように息を吐く。
さらに。
下降。
階段。
長い。
地下へ。
地下へ。
空気が。
変わる。
僅かに暖かい。
そして。
壁面。
青白い光。
管のようなものが。
一定間隔で。
脈打っている。
「心臓みたいだな」
タケが呟く。
「中央炉が近い」
テルテルが答えた。
ケンゾーが振り向く。
「分かるのか」
「このエネルギー濃度ならな」
アルマーも前を見る。
「あと二層だ」
テルテルが横目で睨む。
「やっぱりお前場所知ってるだろ」
「大体な」
「先に言えよ」
「少女の方が正確だった」
「じゃあその情報も先に言え!」
そのやり取りの中。
少女が突然足を止めた。
「……ここ」
正面。
巨大な扉。
これまでのものとは違う。
高さ。
十メートル以上。
中央に円。
その周囲に六枚の翼。
さらに。
中心。
『E』の文字。
テルテル。
固まる。
「……」
シノンが気づく。
「知ってる?」
「知らない」
即答。
レインが見る。
「嘘ね」
「今は聞くな」
「分かった」
少女が。
扉へ。
手を触れる。
『保存対象識別』
『被験個体――』
「言わなくていい!」
テルテルが強く叫ぶ。
施設音声。
途中で停止。
少女がびくっとする。
テルテル自身も。
声が大きすぎたことに気づく。
「……悪い」
「私の番号?」
少女が尋ねる。
テルテルは。
少し黙った。
「名前があるなら、番号はいらない」
「名前……」
少女。
目を伏せる。
「忘れた」
タケの顔が僅かに曇る。
レインが。
静かに言う。
「じゃあ思い出すまで、好きな呼ばれ方を決めればいいんじゃない?」
「好きな呼ばれ方」
「番号よりはいいでしょう?」
少女はしばらく考えた。
「……あとで考える」
「それでいいわ」
認証。
完了。
巨大な扉が。
ゆっくりと。
開く。
低く。
重い。
金属音。
その向こう。
全員。
足を止めた。
巨大空間。
地下に。
これほどの場所があるとは。
誰も。
想像していなかった。
中央には。
直径数十メートル。
青白い光の柱。
上。
見えない。
下。
見えない。
光の周囲。
巨大な環。
何重にも。
回転。
そこから。
無数。
ケーブル。
伸びる。
接続先。
壁。
床。
天井。
そして。
カプセル。
大量。
数百。
いや。
それ以上。
透明な容器。
人。
眠っている。
「……これ」
ハヤッティが息を呑む。
「三百人どころじゃないですよね」
シノンが端末を起動する。
「生命反応を数える」
表示。
数値。
上昇。
「四百六十」
増える。
「七百」
まだ。
「千……」
タケが。
カプセルの列を見る。
「まだ奥にある」
「千五百」
レイン。
静かに。
見上げる。
「これ全部、人なの?」
救出した女性の身体が。
震える。
「……保存計画」
テルテルが彼女を見る。
「ここまで知ってたのか」
「知らない……」
「でも」
「計画があることだけは……知ってた」
アルマーが。
中央の光柱。
睨む。
「まずい」
ケンゾーが反応する。
「何が」
「炉の出力が高すぎる」
『警告』
施設音声。
『主炉出力六十一パーセント』
『六十四パーセント』
『六十八パーセント』
数値。
上がる。
テルテルが端末へ走る。
「止めろ!」
『要求拒否』
「出力制限!」
『拒否』
「覚醒処理停止!」
『拒否』
「くそっ!」
少女。
胸。
押さえる。
「……っ」
レインがすぐ支える。
「どうしたの」
「熱い……」
胸元。
増幅コア。
強く発光。
「中央炉と共振してる!」
テルテルが叫ぶ。
「出力上昇に引っ張られてる!」
タケの目。
クライ。
見る。
「クライ」
『応答』
「この子の余分なエネルギーだけ吸えるか」
テルテルがすぐ反応する。
「待て、タケ!」
「でもこのままじゃ!」
『理論上可能』
クライが答える。
「どのくらい危険」
『微細制御を要する。吸収過多の場合、対象生命活動へ影響』
タケ。
少女。
見る。
少女も。
タケを見る。
怖い。
でも。
苦しい。
「……お願い」
タケが。
ゆっくり。
クライを。
胸元から少し離した位置へ向ける。
「吸いすぎるな」
『保証不能』
「保証しろ」
『兵器に感情的要求は――』
「命令だ」
一瞬。
沈黙。
『……了解』
黒赤色。
小さな歪み。
青白い光。
細く。
クライへ流れる。
『吸収率一パーセント』
「そのまま」
『二パーセント』
「上げるな」
『維持』
少女の呼吸。
少し。
楽になる。
「……痛くない」
タケ。
息を吐く。
「よし」
ハヤッティも安堵。
「できてるじゃん!」
レイン。
「集中して」
「分かってる」
テルテルが端末を見る。
「共振率下がってる」
「他の保存対象は」
シノン。
「分からない!」
その瞬間。
中央の光柱。
大きく。
脈動した。
『主炉出力七十九パーセント』
アルマーの表情。
変わる。
「誰かが意図的に上げている」
「EDENか」
ケンゾー。
テルテル。
端末。
見る。
「いや」
「何」
「命令元が変わった」
『上位命令更新』
表示。
乱れる。
『AUTHORITY:UNKNOWN』
「……誰だ」
テルテルが呟く。
光柱。
中心。
何か。
影。
「ケンゾー」
シノン。
「中に何かいる」
『生命反応を確認』
ゲシュタルト。
『単一個体ではない』
フールも。
珍しく低い声。
『重なってやがる』
「何が」
B。
『分からねぇ』
アルマー。
金色の目。
見開く。
「離れろ」
ケンゾー。
「知ってるのか」
「知らない」
「お前でも」
「ああ」
アルマー。
明確に。
困惑。
「こんなものは俺も見たことがない」
光柱。
内部。
一つ。
二つ。
三つ。
影。
増える。
子供。
大人。
男。
女。
輪郭。
何百。
一瞬ずつ。
現れる。
そして。
一つ。
人型へ。
収束していく。
『人格統合処理、進行中』
テルテルの顔。
強張る。
「人格統合?」
救出された女性。
真っ青。
「止めて」
「何を」
「保存してる人たちの……」
声。
震える。
「記憶と人格を……一つにまとめてる」
タケが。
クライの吸収を維持しながら。
「どういうことですか」
「一人の器に……全部……」
テルテル。
首。
振る。
「そんな計画、聞いてない」
アルマーも。
「俺もだ」
「じゃあ何なんだよ」
ハヤッティ。
女性。
中央。
見る。
「これは……」
言葉。
詰まる。
「人を残すための保存計画じゃない」
テルテル。
「じゃあ」
「何かを……造ってる」
『主炉出力八十七パーセント』
『人格統合率四パーセント』
その数字。
僅か四。
なのに。
巨大空間。
揺れる。
カプセル。
一つ。
また一つ。
中で眠る人々。
口。
同時。
動く。
そして。
何千もの声が。
一つ。
同じ言葉を。
発した。
「――見つけた」
ケンゾー。
頭。
激痛。
「ぐっ……!」
シノンも。
Bも。
同時。
「……この声」
フール。
大鎌。
震える。
『知ってる』
ゲシュタルト。
『記憶封鎖領域に強制反応』
テルテルが。
中央の光柱。
凝視。
「……嘘だろ」
声。
再び。
響く。
「やっと」
何千人。
同じ。
口。
「帰ってきた」
光柱の中。
一つに集まった人影。
ゆっくり。
目。
開く。
金色。
ではない。
赤でも。
青でもない。
透明。
色のない瞳。
その瞳。
真っ直ぐ。
ケンゾー。
見る。
「――あなたを待っていました」
その瞬間。
ケンゾーの中で。
今まで断片でしかなかった白銀の都市が。
初めて。
はっきり。
燃え上がった。