エターナルクライシス〜運び屋戦記〜   作:ネオディール

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第一部:[運び屋]第十四話ーー地下より来るものーー

 「前を見ろ。過去は後でいい。今は、ここを守る」

 

 ケンゾーがそう言い切った直後、正面から二体の異形がほぼ同時に飛び込んできた。一体は両肩から長い骨刃を伸ばした人型で、もう一体は四足に近い姿勢で床を駆ける獣型だった。どちらも中央炉から生命エネルギーを供給されているため傷の再生が進んでおり、先ほどまでの損傷が嘘のように動きが戻りつつある。

 

 ケンゾーは獣型を先に見る。

 

「ゲシュタルト、低い方を止めろ」

 

『了解』

 

 黒い長剣だったゲシュタルト・レーヴェが瞬時に形を変え、先端から複数の鎖を射出した。鎖は床すれすれを滑りながら獣型の前脚へ絡みつき、そのまま強く締め上げる。勢いを殺し切ることはできなかったが、進行方向を僅かにずらすには十分だった。獣型はケンゾーの横を掠めるように通過し、そのまま床へ肩から転がる。

 

 その隙に人型の骨刃が頭上から振り下ろされた。

 

 ケンゾーは右へ半歩移動し、刃を避ける。同時にゲシュタルトの鎖を解いて短い黒槍へ変形させ、異形の脇腹にある発光部分へ深く突き込んだ。

 

 青白い光が噴き出し、異形の身体が一瞬だけ硬直する。

 

『循環効率低下』

 

「十分だ」

 

 ケンゾーは槍を抜かず、そのまま体重を乗せて異形を横へ押し流した。正面から倒すのではなく、前線の外側へ追い出す。目的は一貫している。倒し切らなくていい。この場を通さなければいい。

 

 しかし身体は確実に限界へ近づいていた。右脇腹へ鈍い痛みが走り、呼吸を深くすると胸の奥で何かが引っかかる。ゲシュタルトもそれを見逃さない。

 

『使用者の損傷、進行』

 

「分かってる」

 

『継続戦闘可能時間の推定値を更新』

 

「聞きたくないな」

 

『約九分』

 

 ケンゾーの目が僅かに細くなる。

 

「テルテルたちの作業が先に終われば問題ない」

 

『楽観的判断』

 

「そうかもな」

 

『しかし現状では、それ以外の選択肢を確認できません』

 

「なら付き合え」

 

『了解』

 

 短いやり取りの後、ケンゾーはもう一度前を向く。

 

 少し離れた場所では、Bとフールが相変わらず派手な戦い方で異形を押し返していた。Bの動き自体は極めて冷静だが、フールの巨大な大鎌が振るわれるたびに紫色の光が走り、そのたびに笑い声が空間へ響く。

 

『ギャハハハハハッ! その腕は邪魔だ! 置いていけ!』

 

「切りすぎるな」

 

『腕一本だろ!』

 

「再生される」

 

『じゃあもう一本切っとくか?』

 

「意味がない」

 

『冷静すぎんだろお前!』

 

 Bは返事をしながら、大鎌の柄を横へ突き出した。飛び込んできた異形の胸部に石突きが当たり、その姿勢が崩れる。そこへ刃を振り下ろすのではなく、今度は柄の中央を使って首元を押さえ込み、そのまま床へ押し倒した。

 

 異形は抵抗しようと四肢を動かしたが、Bはフールを梃子のように使い、起き上がる動きだけを封じる。

 

「そっち、まだ動けるか」

 

 ケンゾーが通信越しに尋ねる。

 

「問題ない」

 

『問題大ありだ! 俺が退屈してる!』

 

「黙ってろ」

 

『戦闘中に退屈って相当だぞ!』

 

「なら周囲を見ろ」

 

 Bの視線が前から右へ動く。

 

 その瞬間だった。

 

 先ほどまで倒れていた一体の異形が、急に床へ両手をついた。

 

「何だ」

 

『生命エネルギー上昇!』

 

 背中の装甲が大きく開き、中から細い管状器官が何本も伸びる。それらは周囲の床へ突き刺さり、中央炉へ繋がる生命エネルギー供給ラインへ強引に接続された。

 

「テルテル!」

 

 Bが声を上げる。

 

「見えてる!」

 

 端末の前にいたテルテルの表情が変わった。

 

「こいつら、供給ラインを直接食い始めた!」

 

 シノンが即座に表示を見る。

 

「それで再生速度が上がってる?」

 

「それだけじゃない。中央炉側の出力も引っ張られてる。このままじゃ分離処理の安定値が崩れる!」

 

「切れる?」

 

「物理的に止めるしかない!」

 

 その言葉を聞いたケンゾーは、床へ管を伸ばした異形を見た。

 

「B、一本切れるか」

 

「やる」

 

『ギャハハ! やっと切っていいやつ来たな!』

 

 Bが大鎌を持ち上げる。

 

 だがフールの刃が振り下ろされるより先に、別の異形が横から飛び込んだ。

 

 Bは反射的に防御へ切り替える。

 

 その僅かな遅れ。

 

 床へ伸びた管の一本がさらに深く食い込み、周囲の青白い光が一気に強まった。

 

『主炉出力、八十一パーセントから八十四パーセントへ上昇』

 

「上がった!」

 

 シノンの声が響く。

 

「人格統合率は?」

 

『八パーセント』

 

「さっきより進み方が早い!」

 

 テルテルが舌打ちする。

 

「不味い。怪物側が供給を吸うせいで、中央炉が不足分を補おうとして出力を上げてる!」

 

「じゃあ管を全部切ればいいんだな」

 

 ケンゾーが言う。

 

「できればそうして!」

 

 テルテルが返す。

 

「でも床の本線まで切らないで! あれは保存カプセル側にも繋がってる!」

 

「注文多いな」

 

「命かかってるんだから我慢して!」

 

 ケンゾーは短く頷いた。

 

「シノン、接続してる個体を優先して教えろ」

 

「今確認中。正面に三、B側に二、五人組側に一。合計六体」

 

「新人組の方は」

 

「今のところない」

 

「なら前線だけで処理する」

 

 その頃、タケたち三人は人格を書き込まれた保存対象を押さえながら、先ほどクライに起きた異常を気にしていた。

 

 クライ・オブ・サタンは今は沈黙を保っている。赤黒い光も落ち着いており、タケの命令には再び従うようになっていた。しかし地下深部から聞こえた「サタン」という声が頭から離れない。

 

 クライの名を知っていた何か。

 

 しかも、その何かは自分たちのさらに下にいる。

 

 それを考えるだけで、背中に嫌な汗が滲む。

 

「タケ、集中」

 

 レインが言った。

 

「分かってる」

 

「今、下のこと考えてたでしょう」

 

「顔に出てた?」

 

「かなり」

 

「みんな顔見て分かりすぎじゃない?」

 

 ハヤッティが横から笑う。

 

「お前、思ったより分かりやすいぞ」

 

「そういうお前は余裕あるのか?」

 

「ない。グシオンにずっと負荷下げろって怒られてる」

 

『正確には警告』

 

「同じだろ!」

 

『異なる』

 

「細かいな!」

 

 その会話の最中にも、保存対象たちは前へ出てくる。人格統合体の影響で動きは統一されているものの、身体能力そのものは個体差があるらしい。動けない老人もいれば、明らかに訓練経験のある動きを見せる者もいる。

 

 レインはその差を見ながら前へ出た。

 

「右側の三人は速い。多分、身体が覚えてる」

 

 タケが照準を向ける。

 

「軍人だったとか?」

 

「分からない。でも普通の動きじゃないわ」

 

 最前列の男が一気に距離を詰める。

 

 拳がレインの顔面へ飛ぶ。

 

 レインは僅かに頭を傾けて避け、そのまま相手の腕の外側へ回り込む。次の攻撃が来るより先に肘を押さえ、足を引っかける。

 

 男は勢いを失い、床へ片膝をついた。

 

 しかし。

 

 そこからの反応が早かった。

 

 倒れた姿勢のまま身体を捻り、レインの足首を狙って手を伸ばす。

 

「っ」

 

 レインはそれすら予測していたように足を引いた。

 

 男の指が空を掴む。

 

「この人、強い」

 

「助ける?」

 

 タケが聞く。

 

「まだいい。別の方見て」

 

「分かった」

 

 レインは男を押さえ込むのではなく、その場で何度か攻撃を誘っては避けた。相手の注意を自分へ集中させることで、タケとハヤッティへ向かわせない。

 

 しかし、その動きを中央炉の人格統合体も見ている。

 

「やはり」

 

 女性に近い声が響く。

 

「あなたは結果を先に受け取っている」

 

 レインは返事をしない。

 

「それを否定する必要はありません」

 

「今忙しいの」

 

「理解は重要です」

 

「後で考えるって言ったでしょう」

 

 人格統合体は一瞬沈黙した。

 

 レインはその間に男の拳を避け、肩へ掌を当てて身体を横へ流す。相手を傷つけず、進ませず、こちらも捕まらない。そうした動きを何度も繰り返す。

 

 タケは別方向から来る二人へクライを向けた。

 

「一秒ずつ吸って止める」

 

『了解』

 

 細い黒赤色の光が一人目へ繋がる。

 

 すぐに切る。

 

 二人目も同じ。

 

 その間にハヤッティが入り、両腕で一人ずつ押し戻す。

 

「今日俺、人押してばっかりだな!」

 

「壊すよりいいでしょう」

 

 レインが返す。

 

「俺、もうちょい格好いい戦い方期待してたんだけど!」

 

「守れてるなら十分格好いいよ」

 

 タケが言う。

 

 ハヤッティが一瞬黙る。

 

「……それ急に言うのずるくない?」

 

「何が?」

 

「なんか反応困る!」

 

「じゃあ黙って押して」

 

「レイン、お前はもうちょい優しくしろ!」

 

 そんなやり取りの最中。

 

 黒髪の少女が急に胸を押さえた。

 

「っ……!」

 

 救出された女性が支える。

 

「大丈夫?」

 

「また……来る……」

 

「何が?」

 

 少女は苦しそうに中央炉ではなく床の下を見た。

 

「下から……引っ張られる……」

 

 タケが反応する。

 

「クライが感じたのと同じ?」

 

 少女は首を振る。

 

「分からない。でも……私の中のこれが……」

 

 胸元。

 

 強制増幅コア。

 

 青白い光が先ほどより強くなっている。

 

 救出された女性の顔が険しくなる。

 

「増幅コアが地下反応に共鳴してる」

 

「中央炉じゃなくて?」

 

 タケが聞く。

 

「違う。方向が下」

 

 テルテルもその会話を聞いていた。

 

「こっちの端末でも拾ってる! 増幅コアの周波数が変わってる!」

 

 シノンが尋ねる。

 

「危険?」

 

「このまま上がるとまた暴走するかもしれない!」

 

 タケは一瞬だけクライを見る。

 

 さっきは吸えた。

 

 だが今は保有エネルギーが高すぎる。

 

『保有エネルギー九十三パーセント』

 

「……これ以上入れるのはまずいな」

 

 レインがすぐに言う。

 

「だったら撃って減らす?」

 

「でも人には撃ちたくない」

 

「床とか壁は?」

 

 ハヤッティが聞く。

 

「適当に撃ったら何壊すか分からないだろ」

 

 そこでシノンが通信へ割り込んだ。

 

「タケ、上!」

 

「上?」

 

「天井中央。空いてる空間がある。設備もカプセルもない」

 

 タケは見上げた。

 

 中央炉上部の天井。

 

 確かに巨大な吹き抜けになっており、その中心だけは何もない。

 

「クライ、高出力射撃で保有量落とせるか」

 

『可能』

 

「出力どれくらいなら安全に減らせる」

 

『十パーセント分の排出を推奨』

 

「天井抜かない?」

 

『照射角度及び出力を調整すれば可能性低』

 

「可能性低って言い方怖いな……」

 

 シノンが言う。

 

「私が角度見る。撃つなら今」

 

 タケは迷った。

 

 少女は苦しそうにしている。

 

 そしてクライの保有上限も近い。

 

「やる」

 

 タケは銃口を天井へ向ける。

 

「クライ、十パーセント排出。シノンさんの指示角度に合わせろ」

 

『了解』

 

「タケ、もう少し左。そこから三度だけ右」

 

「ここ?」

 

「そこでいい」

 

「撃つぞ」

 

 引き金。

 

 黒赤色の光線が一気に天井へ伸びた。

 

 先ほどの低出力射撃とは比較にならない太さだったが、クライが出力を絞ったため爆発は起きない。光線は吹き抜けの中央を通り抜け、天井付近で粒子状に拡散した。

 

『保有エネルギー八十三パーセント』

 

「よし」

 

 タケはすぐに少女へ銃口を向ける。

 

「余分な分だけ吸う。前と同じだ」

 

 少女が不安そうに見る。

 

「怖くない?」

 

「怖いよ」

 

 タケは正直に答える。

 

「でも前よりはやり方分かってる」

 

 レインが横から補足する。

 

「危なくなったら私が止めるわ」

 

 ハヤッティも頷く。

 

「俺もいる」

 

 少女は三人を順番に見て、少しだけ表情を緩めた。

 

「……お願い」

 

「クライ」

 

『接続準備』

 

「一パーセントから。増やすなよ」

 

『了解』

 

 吸収が始まる。

 

 少女の胸元から余分な青白い光だけが細く引き出され、クライへ流れ込む。

 

 今回は急激な反応はない。

 

 タケは呼吸を整えながら、少女の表情を見続けた。

 

「痛い?」

 

「少し。でも、さっきより楽」

 

「ならそのまま」

 

 レインが見ている。

 

 ハヤッティも周囲を警戒しながら、すぐ動ける位置にいる。

 

 タケはほんの数秒だけ吸収を続けた。

 

「止めろ」

 

『吸収停止』

 

 今度は即座に切れた。

 

 少女の胸元の光も少し落ち着く。

 

「大丈夫?」

 

「うん……ありがとう」

 

 タケは小さく息を吐いた。

 

「よかった」

 

 その瞬間。

 

 床全体が大きく揺れた。

 

 これまでとは違う。

 

 縦に突き上げるような振動。

 

 中央炉の巨大リングが一斉に震え、壁面の保存カプセルから警告音が響く。

 

「来る!」

 

 レインが叫んだ。

 

 何が来るのか。

 

 彼女自身にも分からない。

 

 しかし、全身が危険を訴えている。

 

 アルマーも同時に右手を上げた。

 

「全員、足元から離れろ!」

 

「どこへ!」

 

 ハヤッティが叫ぶ。

 

「高い場所へ!」

 

 床の中央。

 

 先ほどから隆起していた部分。

 

 そこへ巨大な亀裂が走る。

 

 最初は数センチ。

 

 すぐに数十センチへ広がる。

 

 金属板が歪み、内部から赤黒い光が漏れ出した。

 

『地下深部反応、急上昇』

 

 EVE-SEVENTHの声が乱れる。

 

『深度千八百四十メートルから上昇中』

 

 テルテルが端末へ顔を近づける。

 

「上昇ってどういう意味だ!」

 

『反応位置そのものが移動しています』

 

「速度は!」

 

『算出中……推定、毎秒三十八メートル』

 

 シノンが目を見開く。

 

「速すぎる!」

 

 単純計算でも一分かからない。

 

 しかもすでに動き始めてから時間が経っている。

 

 ケンゾーが前線から離れずに叫ぶ。

 

「どこから出る!」

 

『予測不能』

 

「テルテル!」

 

「俺に聞くな! こんなの知らない!」

 

 その声には本気の焦りがあった。

 

 アルマーは床の亀裂を見ながら低く言う。

 

「中央炉の真下ではない」

 

「分かるのか」

 

 Bが聞く。

 

「反応が途中で横へ動いている」

 

「どこへ向かってる」

 

 アルマーの金色の瞳が動く。

 

 右。

 

 左。

 

 そして。

 

 止まる。

 

「……タケ」

 

 タケが顔を上げる。

 

「え?」

 

「お前だ」

 

 その場の空気が変わった。

 

「何が?」

 

「下の反応。お前の位置へ寄っている」

 

 タケの顔が強張る。

 

 クライ・オブ・サタン。

 

 手の中。

 

 微かに震える。

 

『接続要求を再受信』

 

「またか!」

 

『発行元、不明』

 

「拒否しろ!」

 

『拒否処理』

 

 一拍。

 

『成功』

 

「今度は通った……」

 

 しかし安心する間もない。

 

 床の亀裂がタケのいる方向へ伸びてくる。

 

「タケ、離れて!」

 

 レインが彼の腕を引く。

 

 ハヤッティも少女を抱えるようにして移動させる。

 

「こっち!」

 

 三人が数メートル下がる。

 

 亀裂も。

 

 曲がる。

 

 追う。

 

「うそだろ……」

 

 タケの顔から血の気が引く。

 

 床の下の何かは、クライを追っている。

 

「タケ、クライを置け!」

 

 ケンゾーが叫ぶ。

 

 タケは反射的に武器を見る。

 

「でも――」

 

「いいから離せ!」

 

 その声に従い、タケはクライを床へ置いた。

 

 すぐに数メートル下がる。

 

 亀裂。

 

 止まる。

 

 全員が息を呑む。

 

 やはり。

 

 狙われているのはクライだ。

 

「……マジか」

 

 ハヤッティが呟く。

 

 タケも武器を見つめる。

 

「こいつを……返せって言ってた」

 

 レインが言う。

 

「誰が返せって?」

 

「下の何か」

 

「持ち主?」

 

 その言葉に。

 

 テルテルの表情が変わった。

 

「違う」

 

 全員が彼を見る。

 

 テルテルは言ってから、自分が余計なことを言ったと気づいたように口を閉じた。

 

「今のどういう意味?」

 

 シノンが即座に聞く。

 

「いや」

 

「言って」

 

「違う。クライには元々ちゃんと使用者が――」

 

 そこで止まる。

 

 タケが目を細める。

 

「元々?」

 

 テルテルは答えない。

 

 中央炉の人格統合体が代わりに言った。

 

「その兵器は、返還されるべきではありません」

 

 テルテルが振り向く。

 

「黙ってろ!」

 

「返してはいけません」

 

「だから黙れ!」

 

 タケが中央炉を見る。

 

「理由は?」

 

「タケ!」

 

 テルテルが止めようとする。

 

 だがタケは視線を逸らさない。

 

「俺が持ってる武器の話だ。理由くらい聞く」

 

 人格統合体の色のない瞳がタケへ向く。

 

「クライ・オブ・サタンは、兵器であると同時に鍵です」

 

 静寂。

 

 ケンゾーの表情が変わる。

 

 シノンも。

 

 Bも。

 

 そしてテルテルは、完全に顔色を失った。

 

「何の鍵だ」

 

 タケが聞く。

 

 中央炉の存在は少し間を置いた。

 

「封じるための鍵」

 

「何を?」

 

 返事の代わりに。

 

 床の下から。

 

 低い音。

 

 響く。

 

 それは笑い声に近かった。

 

 しかしフールの笑いとはまるで違う。

 

 もっと重い。

 

 もっと古い。

 

 大地そのものが声を出しているような音だった。

 

 クライが震える。

 

『封鎖記録へ強制反応』

 

「クライ!」

 

『警告』

 

 銃身の赤黒い線が一気に明るくなる。

 

『当機名称に関連する記録断片を検出』

 

 タケは息を呑む。

 

「見せられる?」

 

『不可能』

 

「少しも?」

 

『単語のみ』

 

「何がある」

 

 一瞬。

 

 ノイズ。

 

『……門』

 

 さらに。

 

『……捕食』

 

 そして。

 

『……第一封鎖』

 

 テルテルが叫んだ。

 

「それ以上読むな!」

 

 タケが振り向く。

 

「知ってるんですか!」

 

「今は読むなって言ってる!」

 

「何で!」

 

「理由を説明したら、もっとまずいものまで繋がる!」

 

 その声に。

 

 ケンゾーの頭が。

 

 一瞬だけ痛む。

 

 白い部屋。

 

 巨大な黒い扉。

 

 その前。

 

 自分。

 

 誰か。

 

『これを鍵にする』

 

『本気か?』

 

『他に方法がない』

 

 そして。

 

 黒赤い銃。

 

 クライ。

 

 同じ形。

 

 記憶。

 

 断片。

 

「っ……!」

 

 ケンゾーが額を押さえる。

 

『記憶封鎖領域への反応!』

 

 ゲシュタルトが警告する。

 

 テルテルが気づいた。

 

「ケンゾー、考えるな!」

 

「分かってる……」

 

 だが。

 

 もう一つ。

 

 声。

 

『持って逃げろ』

 

『絶対に戻すな』

 

 そこで切れる。

 

 ケンゾーは荒い息を吐いた。

 

 タケを見る。

 

 そして。

 

 床に置かれたクライを見る。

 

「……拾え」

 

 タケが驚く。

 

「いいんですか」

 

「そこへ置いておく方が危ない」

 

「でも下の奴が」

 

「だから持て」

 

 ケンゾーの声は強かった。

 

「奪わせるな」

 

 タケは数秒迷う。

 

 そしてクライを拾い上げた。

 

 その瞬間。

 

 床の亀裂が再びタケを追い始める。

 

「やっぱり来る!」

 

 ハヤッティが叫ぶ。

 

「走れ!」

 

 ケンゾーの指示。

 

 タケが走る。

 

 レインとハヤッティも並ぶ。

 

 亀裂が追う。

 

 しかし。

 

 今度はアルマーが動いた。

 

 右手を上げ。

 

 指を。

 

 僅かに曲げる。

 

 タケと亀裂の間。

 

 見えない空間。

 

 伸びる。

 

 数メートル。

 

 数十メートル。

 

 距離。

 

 引き延ばされる。

 

 亀裂の進行。

 

 遅くなる。

 

 アルマーの額。

 

 汗。

 

 にじむ。

 

「長くは持たない」

 

 テルテルが見る。

 

「何秒」

 

「二十」

 

「十分!」

 

 テルテルは端末へ戻る。

 

「シノン! 分離処理を進める!」

 

「今何パーセント?」

 

『五十三パーセント』

 

「半分超えた!」

 

 シノンが息を吐く。

 

「あとどれくらい」

 

「十数分!」

 

「さっき十五分だった」

 

「地下の干渉で遅れた!」

 

「じゃあ縮んでないじゃない!」

 

「俺に言うな!」

 

 その間にも異形は前線へ迫る。

 

 保存対象たちも進んでくる。

 

 クライを狙う地下の何かも上昇を続けている。

 

 状況は確実に悪化していた。

 

 しかし。

 

 それでも。

 

 誰も持ち場を離れない。

 

 ケンゾーは再び正面へ向き直った。

 

「B」

 

「聞いてる」

 

「地下の奴は後回しだ」

 

「同感」

 

『ギャハハ……普通なら後回しにする大きさじゃねぇけどな』

 

「今止められない」

 

『分かってる』

 

 ケンゾーはゲシュタルトを大盾へ変える。

 

「まず二十分を終わらせる」

 

 Bが大鎌を構える。

 

「もう十五分だろ」

 

「延びた」

 

「面倒だな」

 

『ギャハハハハ! 延長戦か!』

 

「喜ぶな」

 

 そのやり取りを聞きながら。

 

 タケ。

 

 走る。

 

 クライ。

 

 抱える。

 

 レイン。

 

 横。

 

 危険を読む。

 

 ハヤッティ。

 

 少女。

 

 守る。

 

 そして。

 

 床の下。

 

 何か。

 

 追う。

 

 だが。

 

 誰も。

 

 止まらない。

 

 ケンゾーが正面の異形へ踏み込む。

 

 今度は。

 

 過去を追うためではない。

 

 今を守るために。

 

 剣を振るう。

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