クライ・オブ・サタンを抱えたタケが中央炉の外周を走り、レインとハヤッティがその両脇を固める。その後方では、床に走った亀裂がまるで生き物のように彼らの進路を追っていた。本来なら金属板の継ぎ目に沿って広がるはずの亀裂が、不自然な角度で何度も方向を変え、タケが移動するたびにその軌道を修正している。それだけでも、地下深部にいる何かが偶然こちらへ近づいているのではなく、明確にクライを追っていることが分かった。
アルマーは中央炉とタケの間に立ち、右手を床へ向けていた。わずかに動かした指先に合わせ、彼の周囲の空間が目に見えない形で引き延ばされていく。亀裂そのものを止めているわけではない。タケまでの距離を強制的に引き延ばし、地下から迫る何かが到達するまでの時間を稼いでいるだけだ。
「あと何秒持つ?」
テルテルが端末から目を離さずに尋ねる。
「十三秒」
「さっき二十秒って言ったよね?」
「七秒使った」
「律儀に引き算しなくていいよ!」
「事実を答えただけだ」
「こういう時だけ真面目だな、お前!」
テルテルはぼやきながら操作を続けた。シノンもその隣で複数の表示を切り替え、生命維持系統の状態を監視している。人格統合回路を切り離す作業はすでに半分を超えたものの、地下からの干渉によって系統の負荷が安定せず、予定していた速度では進められなくなっていた。
『生命維持系統分離率、五十六パーセント』
「まだ四十四パーセント……」
シノンが眉を寄せる。
「数字にすると余計長く感じるね」
「感じてる暇があったら手を動かして」
「はいはい」
「返事は一回」
「厳しいなぁ」
いつもの軽い口調を保ってはいたが、テルテルの額には明らかに汗が浮かんでいた。中央炉の人格統合体、地下深部から接近してくる正体不明の反応、再生を続ける異形たち。そして何より、目の前の操作を一度でも誤れば、壁面に眠る数千人の命が危険に晒される。冗談で緊張を逃がしているだけで、余裕があるわけではない。
その前方では、ケンゾーとBが再び防衛線を押し上げていた。
床へ管を突き刺して直接エネルギー供給を受けている異形は、通常の個体より再生速度が速い。ケンゾーは三体目の接続個体へ向かいながら、ゲシュタルト・レーヴェを細い槍へ変形させた。
「供給管だけ狙えるか」
『可能。ただし床面本線との距離、二十四センチ』
「十分だ」
『使用者の腕部精度低下を確認』
「傷のせいか」
『肯定』
「補正しろ」
『照準補助開始』
ケンゾーは真正面から異形へ突っ込まず、左側から回り込んだ。敵が振り向くより早くゲシュタルトの槍を床すれすれに滑らせ、異形の背中から伸びた三本の管のうち一本目を切断する。続けて二本目。三本目を狙った瞬間、異形の左腕が横から振るわれた。
避ければ脇腹の傷へ負担がかかる。
受ければさらに悪化する。
ほんの一瞬の判断だった。
ケンゾーは後退ではなく前進を選んだ。拳が最大速度へ達する前に懐へ入り込み、肩口へ衝撃を受けることで威力を減らす。鈍い音とともに身体が揺れ、痛みが肋骨から背中へ抜けた。
『損傷増加』
「分かってる」
『先ほどから同一回答を確認』
「他に言うことがない」
『休息という選択肢を再提示』
「却下」
『予測済み』
ケンゾーは苦笑する余裕もなく、残った一本の管を切断した。
異形の全身から青白い光が弱まる。
「供給一体切った!」
「確認した!」
シノンが即座に答える。
「中央炉出力、八十四から八十二へ低下。あと五体!」
「B、聞こえたな」
「聞こえてる」
『ギャハハハ! 数えなくても目の前に二匹いるぜ!』
Bの正面では、二体の異形がそれぞれ床へ五本近い供給管を伸ばしていた。そのうち一体はBを牽制し、もう一体が再生に専念している。
「フール、広げるぞ」
『何をだ?』
「刃」
『おう!』
フール・オブ・グレモリーの大鎌が変形する。刃そのものが巨大化するのではなく、紫色のエネルギーが刃先から薄く伸び、通常より長い軌道を描ける状態へ変化した。
Bは二体の間へ無理に入らなかった。床へ突き刺さっている供給管だけを視線で追い、低く大鎌を振るう。
紫色の刃が床上を走り、一本、二本、三本と管を断ち切っていく。
異形が振り向いた。
「遅い」
Bはその動きを見てから大鎌を引き戻し、今度は柄で異形の腹部を突いた。敵が僅かに後ろへ下がったところで、残りの管をまとめて切断する。
『ギャハハハハ! これで飯抜きだな!』
「生命エネルギーを飯扱いするな」
『似たようなもんだろ!』
「違う」
『細けぇなァ!』
もう一体がBへ突進してくる。しかし、横から赤いエネルギーの鞭が飛び、異形の右腕を引いた。細身の女が再び援護に入ったのだ。
「今のうちに管を切りなさい!」
『お、素直に手伝ってくれた!』
「あなたじゃなくて、そっちの男に言ったの」
『俺も含めて一心同体みてぇなもんだろ!』
「違う」
Bと女が同時に言った。
『そこ揃えるなよ!』
Bはフールを無視して残る供給管へ踏み込み、大鎌を振るった。
その一方で、五人の古代兵器使いもそれぞれの持ち場を維持していた。灰色の巨漢は杭打ち機のような武器を床に撃ち込み、衝撃波を横方向へ流すことで異形を保存カプセルから遠ざける。巨大盾を持つ男は中央側への突破を防ぎ、フードの男は鎖で複数の脚を絡め取っていた。
白い仮面の男だけは、アルマーとは別の方向から空間のようなものへ干渉し続けている。
「そこの二体、三メートル以上こちらへ来させるな!」
シノンの声に、白仮面が僅かに顔を向けた。
「命令する立場か?」
「今だけは私が戦線見てる。文句は後にして」
「……了解した」
意外にも素直に従った。
直後、二体の異形が前へ出ようとしたが、一定の地点から先へ踏み込めない。脚は動いているのに、白仮面との距離が固定されているせいで前進そのものが成立していないようだった。
その光景を見ながらテルテルが小さく呟く。
「やっぱりアルマーのとは違うんだよな……」
「また何か言った?」
シノンがすぐに反応する。
「いやいや、仕事して」
「あなたが言うの?」
「俺も仕事してるでしょ!」
テルテルが慌てて端末へ戻った時、表示の一つが赤く点滅した。
「……ん?」
「どうしたの」
「外部通信が完全に死んでる」
シノンの表情が変わった。
「さっきまで微弱でも繋がってなかった?」
「繋がってた。地上との直接回線は駄目でも、フールが残した中継端末経由で断続的に位置情報だけは出てたはず」
Bがその会話を聞き取った。
「フール」
『分かってる。確認中だ』
フールの笑い声が止まり、代わりにわずかな電子音が混じる。
『……駄目だ。地上に残した中継機、全部応答なし』
「破壊された?」
『一基ならそう思う。けど全部一斉にだ。しかも最後の通信ログに破壊信号がねぇ』
シノンが顔をしかめる。
「妨害?」
『たぶんな。ここの地下が急に強い信号吐き始めてから全部死んでやがる』
「ヴォルテール側から見たら、私たちはどうなってる?」
テルテルが尋ねる。
『不時着地点までは追える。その先、地下へ入った後から完全に消失だ』
Bは僅かに目を細めた。
「面倒だな」
『ギャハハ……まあ、向こうも馬鹿じゃねぇ。戻らなきゃ誰か来るだろ』
「誰が来るかが問題なんだけどね」
テルテルの声には、別の意味の警戒が混じっていた。
もしネオディール本人が来れば。
もし、この施設を見れば。
もし、今ここで起きているものを見てしまえば。
どこまで影響が広がるか分からない。
だが、今のテルテルにそれを止める手段はなかった。
「……まあ、今は考えない」
小さく呟き、再び作業へ戻る。
その声を聞いていたシノンは何か言いたげにテルテルを見たが、結局何も聞かなかった。
前線へ戻れば、状況はさらに忙しくなっていた。
タケたちの側でも、人格を書き込まれた保存対象が増え続けている。タケはクライで床を流れる補助供給を限定的に吸収し、動きを鈍らせることで人数差を埋めていた。
『保有エネルギー八十六パーセント』
「さっき撃って減らしたのに、また増えてきたな……」
『吸収量が排出量を上回っている』
「分かりやすい説明ありがとう」
「タケ、右!」
レインが声を上げる。
タケは咄嗟に銃を上げた。
二人の保存対象が同時に接近してくる。一人は青白い光を拳へまとわせ、もう一人は掌から細い光弾を放とうとしていた。
「吸収一秒!」
『了解』
前の一人から生命エネルギーを僅かに削る。
拳を覆っていた光が消え、勢いも鈍った。
「ハヤッティ!」
「任せろ!」
ハヤッティが横から入り、グシオンの両手で相手の腕と肩を掴む。殴るのではなく、身体の向きを強制的に変え、そのまま別方向へ押し出した。
後方の一人から光弾が放たれる。
レインは撃たれる前から少しだけ右へ動いていた。光弾は彼女の左肩があった場所を通り過ぎる。
しかし、今回はその直後に二発目が来た。
レインは一瞬だけ表情を変えた。
狙いが自分ではない。
「タケ、下がって!」
タケが反応するより早く、レインが肩を押した。
二発目の光弾がタケの足元を掠める。
「ありがとう」
「まだ来るわ」
三発目。
今度はハヤッティ。
「左!」
ハヤッティがグシオンの前腕で防ぐ。
「毎回お前が先に分かるの便利だけど、やっぱ怖いな!」
「私もそう思ってる」
「本人も怖いのかよ!」
「当たり前でしょう?」
レインは答えながら、次の敵へ視線を向ける。
その瞬間、床の下から再び振動が来た。
今度は先ほどより近い。
クライがタケの手の中で低く震える。
『地下反応、接近』
「どれくらい」
『距離測定不能』
「さっきできてただろ」
『対象が既存空間座標から外れています』
タケの顔が固まる。
「どういう意味だよ」
『説明不能』
アルマーがその言葉を聞いた。
「空間を移動しているのではない」
「じゃあ何だ」
タケが聞く。
「接続点そのものを変えている」
「分かりやすく言ってくれ」
ハヤッティが割り込む。
アルマーは少し考えた。
「遠くからこちらへ歩いているのではなく、出口をこちらへ作り直している」
ハヤッティは数秒黙った。
「……そっちの方が怖いんだけど」
「同感」
レインが答える。
床の亀裂はアルマーの空間固定によって進行を遅らせられていたが、その奥から聞こえる低い音は次第に大きくなっている。
中央炉の人格統合体は、その反応を明確に恐れていた。
「来てはいけない」
同じ言葉を繰り返している。
「それを戻してはいけない」
今度はクライを見ていた。
タケが銃を握る手へ力を込める。
「こいつが鍵なら、何で地下の奴は返せって言ってる」
「それを返せば、封鎖は解除されます」
「何が出る」
人格統合体は答えない。
「何が出るんだよ」
タケがもう一度聞く。
「……捕食者」
その言葉に、クライが微かに反応した。
『封鎖記録と部分一致』
「テルテルさん」
「聞くな」
即答だった。
「でも」
「今は聞くな。分離終わってからだ」
「そこまで隠す必要あるんですか」
「ある!」
いつもより強い声に、タケは口を閉じた。
テルテルは自分でも声が強すぎたと思ったのか、一度呼吸を整える。
「悪い。でも本当に今は駄目なんだ。名前と記録を繋げるだけで、そっちの三人の封印まで反応するかもしれない」
視線がケンゾー、B、シノンへ向く。
「だから、今だけは我慢して」
タケはしばらくテルテルを見た。
やがて、小さく頷く。
「……分かりました」
「助かる」
ケンゾーはその会話を聞きながらも、正面の敵から視線を外さなかった。
だが一つだけ。
頭の奥へ引っかかった。
捕食者。
その単語を聞いた瞬間。
また、断片的な記憶が浮かびかけた。
巨大な扉。
黒赤色の兵器。
何かを叫ぶ声。
そして。
『絶対に開けるな』
それ以上を見ようとした瞬間、ゲシュタルトが警告する。
『記憶封鎖領域への刺激を確認』
「抑えろ」
『実行中』
「今は思い出さなくていい」
『同意』
ケンゾーは呼吸を整えた。
自分が何を忘れているのかは分からない。
テルテルが何を知っているのかも。
しかし今、それを無理に思い出す必要はない。
まず生き残る。
その判断だけは揺らがなかった。
そして同じ頃。
地下遺構から遥か離れた場所では、別の異変が起きていた。
◇
ヴォルテール社本部。
地上数百メートルの高さに設けられた中央指令室では、昼夜を問わず世界中の情報が流れ続けていた。巨大な壁面モニターには各国の情勢、戦場となっている地域、輸送ルート、自然災害、ヴォルテール傘下施設の稼働状況までがリアルタイムで表示されている。
その中の一画。
一つの作戦区域だけが赤く点滅していた。
「……もう一度」
低い声が指令室に響く。
黒い戦闘服の上から長いコートを羽織り、顔の下半分をガスマスクで覆った男が中央モニターの前に立っていた。
ネオディール。
ヴォルテール社の軍事部門である「運び屋」を統括する司令官であり、この世界の裏側で長い時間を生き続けてきた人間の一人でもある。
オペレーターが緊張した様子で報告を繰り返す。
「ケンゾー隊との最終通信は、目標区域へ進入する直前です。その後、輸送機の緊急信号を確認。不時着地点までは追跡できましたが、そこから先は通信および位置情報が段階的に消失しています」
「機体は」
「衛星映像で確認。放棄されています。ただし機体に大規模な火災や爆発の痕跡はありません」
「遺体は?」
「確認されていません」
ネオディールは黙って画面を見つめた。
不時着地点。
そこから続く戦闘痕。
そして半壊した複合施設。
「フールの中継信号は」
「数分前まで微弱な反応がありました。しかし現在は完全に途絶しています」
「破壊された?」
「断定できません。複数の中継端末がほぼ同時に消失しているため、広域妨害の可能性が高いかと」
ネオディールの真紅の瞳が細くなる。
「広域妨害……」
この言葉だけなら珍しくはない。
しかしBとフールが現場にいる。
フール・オブ・グレモリーは単純な武器ではない。通信解析、妨害対策、索敵まで行える古代兵器だ。それが残した複数の中継点を一度に沈黙させるほどの妨害となれば、相応の設備が必要になる。
それに。
テルテルもいる。
あの男が何の報告も残さず、完全に連絡を絶つという状況は考えにくい。
「……面倒な場所を引いたか」
ネオディールが小さく呟いた。
その声を聞いた近くのオペレーターが尋ねる。
「救出部隊を編成しますか?」
「する」
答えは即座だった。
「ただし通常部隊は使わない」
「理由をお聞きしても?」
「何があるか分からない場所へ人数だけ送れば、行方不明が増える」
ネオディールはモニターを操作し、現地周辺の地図を表示した。
「少数。戦闘、索敵、潜入の全部に対応できる人間を出す」
数秒後。
指令室中央の扉が開いた。
「呼んだか?」
最初に入ってきたのはアラタだった。
運び屋の中でも前線指揮に長けた男で、状況判断と部隊運用を得意としている。その後ろにはシェルマ、そしてジェイクが続いていた。
「ケンゾーたちと連絡が切れた」
ネオディールが説明する。
アラタの表情が一瞬で変わった。
「どこで」
「第三旧市街区。輸送機はここへ不時着してる」
地図が拡大される。
「そこから約二・八キロ移動した辺りで、一度大規模な高エネルギー反応。その後、全員の信号が地下へ入ったように消えてる」
シェルマが地図を見る。
「地下施設?」
「可能性は高い」
「ヴォルテールの施設ではない?」
「記録上は違う」
ジェイクが腕を組む。
「記録上、ね」
その言い方にネオディールは返事をしなかった。
アラタも何かを感じたようだが、今は深く追及しない。
「俺たち三人?」
「いや」
ネオディールは端末を操作した。
「隠密もつける」
別の扉が開く。
入ってきたのは三人。
一人目は若い男だった。
動きやすい軽装の戦闘服を着ており、腰から脚にかけて独特の装備をつけている。Bほど無表情ではないが、目つきや立ち方のどこかに父親と似たものがあった。
「カポエラ」
ネオディールが名前を呼ぶ。
「お前も行け」
「親父がいる現場?」
「ああ」
カポエラの表情から僅かに軽さが消えた。
「最後の通信は?」
「取れてない」
「……了解」
余計なことは言わない。
だが父親のBが消息を絶ったと聞いて、何も感じていないわけではない。それは拳を一度だけ強く握ったことで分かった。
その後ろにいた二人は、外見がよく似ていた。
双子。
ノブとタカ。
運び屋の隠密部隊に所属し、潜入、偵察、暗殺、破壊工作を専門とする二人だった。派手な正面戦闘を好むタイプではないが、見つからずに入り込み、必要な相手だけを処理する技術に関しては組織内でも上位に入る。
「救出任務?」
ノブが尋ねる。
「救出と調査」
ネオディールが答える。
「状況次第では撤退を優先していい。テルテル、ケンゾー、シノン、B、新人三人。全員の所在確認が最優先だ」
タカが地図を見ながら言う。
「敵勢力は?」
「不明」
「人数も?」
「不明」
「地下構造は?」
「不明」
タカがノブを見る。
「珍しいね」
ノブも頷く。
「ネオディールさんが不明ばかり言う」
「だからお前たちを呼んだ」
「納得」
双子はそれ以上聞かなかった。
シェルマが不時着地点から複合施設までの距離を確認する。
「私たちは輸送機のところから追跡?」
「そうしろ。痕跡が残っているはずだ」
アラタが尋ねる。
「指揮は?」
「お前」
「了解」
「ただし地下へ入ったら、ノブとタカを先行させろ。未知の施設へ全員で突っ込むな」
「分かってる」
「カポエラは?」
本人が尋ねる。
「隠密組と行動。機動力が必要な時はお前が前へ出ろ」
「了解」
ジェイクがネオディールを見る。
「司令は来ないのか?」
その問いに、指令室の空気が一瞬だけ変わった。
ネオディールは数秒黙って地図を見た。
本当なら行きたい。
通信が切れた場所には、テルテルがいる。
ケンゾーも。
Bも。
そして何より、原因不明の高エネルギー反応がある。
古い経験が、胸の奥で嫌な警告を鳴らしていた。
しかし同時に、彼が今ここを離れれば世界規模で動いている複数の部隊指揮が一時的に空白になる。
「俺はここに残る」
ネオディールはそう答えた。
「ただし状況が変われば出る」
アラタが頷く。
「分かった」
ネオディールは六人を順番に見る。
「無茶はするな」
カポエラが少し笑った。
「それ、親父にも言ってます?」
「言ってる」
「聞かないでしょ」
「聞かない」
「じゃあ俺も多分聞かないな」
その言葉に、ネオディールの目が僅かに細くなる。
「お前まで似なくていい」
カポエラが肩をすくめた。
アラタが呆れたように言う。
「出発前から怒られるな」
「怒られてない」
「どう見ても怒られてるだろ」
「そうかな」
「親子でその辺似てるんじゃない?」
シェルマの言葉にカポエラが少しだけ苦笑する。
短い会話だったが、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らいだ。
ネオディールは最後にもう一度、現地の地図を拡大する。
「一つだけ覚えておけ」
全員の視線が集まる。
「今回の現場では、見覚えのない設備や兵器があっても勝手に触るな。分からないものを見つけたら、必ず先に報告しろ」
アラタが眉を寄せる。
「随分念を押すな」
「嫌な予感がする」
「珍しいな。あんたがそういう言い方するの」
「俺もそう思う」
ネオディールはそれ以上説明しなかった。
説明できない。
まだ何も分かっていないからではない。
自分でも理由を言葉にできないからだ。
第三旧市街区。
ただの廃墟だったはずの場所。
そこへ表示された地下反応を見ていると、胸の奥に遠い昔の記憶が微かに触れるような感覚がある。
しかし掴もうとすれば消える。
「出ろ」
短い命令。
「最優先は全員の生存確認。何があっても単独行動はするな」
「了解」
アラタが最初に答えた。
シェルマ、ジェイク、カポエラ、ノブ、タカもそれぞれ頷き、指令室を出ていく。
扉が閉まった後。
ネオディールは一人、赤く点滅する地下反応を見つめ続けた。
「……テルテル」
誰にも聞こえない声で名前を呼ぶ。
「お前、何を見つけた」
返事などあるはずがない。
その時、オペレーターが突然声を上げた。
「司令!」
「何だ」
「第三旧市街区地下で、新しいエネルギー反応!」
「規模は」
数値を見たオペレーターの顔が強張る。
「計測上限を超えています」
ネオディールの目が細くなる。
その瞬間。
遥か地下では。
タケの手の中にあるクライ・オブ・サタンが、再び激しく震え始めていた。
◇
「また来た!」
タケが両手でクライを押さえる。
『外部接続要求、強度上昇』
「拒否しろ!」
『拒否処理継続中』
「今度は通ってる?」
『現在は成功』
「現在は、って言い方やめてくれ!」
床の亀裂が再び大きく伸びた。
アルマーの空間固定が限界へ近づいている。
「アルマー!」
テルテルが叫ぶ。
「あとどれくらい!」
「五秒」
「短っ!」
「限界だ」
アルマーの右手が僅かに震えていた。普段の彼からは想像しづらいほど明確な消耗が見える。個人の力で空間そのものへ干渉し続ける代償は小さくない。
テルテルは端末を確認した。
『生命維持系統分離率、六十一パーセント』
「せめて七十まで行ってほしかったなぁ……!」
シノンがすぐに言う。
「愚痴は後。次の手は?」
「空間固定が切れたら、地下の反応が一気に来る。クライを持ったタケを中央から離すしかない」
「どこへ?」
「左側の保守通路。カプセルが少ない」
シノンが即座に判断する。
「タケ、レイン、ハヤッティ。左へ移動!」
「でも防衛線が――」
「こっちはこっちで持たせる!」
タケがケンゾーを見る。
ケンゾーは目の前の異形をゲシュタルトの盾で押し返しながら、短く頷いた。
「行け」
「ケンゾーさん」
「クライを取られるな。それがお前の役目だ」
その言葉で迷いが消えた。
「はい!」
タケはクライを抱え、レインとハヤッティと共に左側の保守通路へ走り出す。
黒髪の少女も彼らを見た。
「私も……」
「駄目」
レインがすぐに止める。
「あなたはここにいて。今動いたらコアがまた共鳴するかもしれない」
「でも」
「大丈夫」
レインは短く答えた。
「戻ってくるから」
少女は不安そうに三人を見る。
タケが少しだけ笑った。
「クライの面倒見てくるだけだよ」
「それ、かなり大変そうだけど」
ハヤッティが言う。
「今言うなよ!」
少女の表情がほんの僅かに緩んだ。
その直後。
「時間切れだ」
アルマーが言った。
空間固定が解除される。
床の亀裂。
一気に。
伸びる。
しかし今度は、亀裂そのものを追う必要はなかった。
地下からの反応が。
突然。
消えた。
「……え?」
タケが止まりかける。
『警告』
クライ。
『接続先変更』
「どこ!」
ゲシュタルト。
フール。
同時に警告。
『上だ!』
「上?」
全員が顔を上げる。
中央炉区画の天井。
何もなかったはずの空間。
そこに。
細い黒い線が現れる。
線はゆっくりと横へ伸び。
さらに縦へ広がり。
まるで。
空間そのものに。
扉を描くように。
巨大な四角形を作り始めた。
アルマーの顔から、初めて明確に余裕が消えた。
「まずい」
テルテルが振り向く。
「何が!」
「出口を作り直した」
「まさか……」
アルマーは黒い四角形を睨む。
「地下千八百メートルのものが、ここへ直接繋がる」
中央炉の人格統合体が。
震えるような声で。
ただ一言。
「逃げて」
その言葉は。
これまでの機械的な声ではなく。
初めて。
人間らしい恐怖を。
含んでいた。
黒い四角形の中心で。
何かが。
ゆっくりと。
こちら側から。
押し出され始める。
タケの手の中で。
クライ・オブ・サタンが。
低い声で告げた。
『封鎖記録、強制照合』
『対象呼称――』
ノイズ。
激しい。
『第一捕食体』
ケンゾーの頭の奥で。
何かが。
大きく。
軋んだ。
しかし。
今度は。
無理に思い出そうとはしなかった。
剣を握る。
傷ついた身体を支える。
Bが横へ立つ。
シノンはテルテルを守る位置へ移動する。
五人の古代兵器使いも武器を構えた。
そしてアルマーだけが。
天井の黒い扉を見ながら。
低く呟く。
「……これだけは、本当に予定外だ」
その一言の直後。
黒い扉の向こう側で。
巨大な何かの目が。
ゆっくりと開いた。