黒い四角形の向こう側で開いた巨大な目は、こちらの世界を覗き込むようにゆっくりと動いた。
その瞬間、中央炉区画にいた全員が、戦闘中であることさえ一瞬忘れかけた。異形たちの足音も、施設全体を満たす警告音も、フール・オブ・グレモリーの騒がしい笑い声さえも遠ざかったように感じられる。それほどまでに、天井へ形成された黒い扉の向こうから伝わってくる圧力は異質だった。
ただ巨大なのではない。単に強大な生命反応を持っているというだけでもない。
生物としてそこに存在しているというより、本来なら人間が認識してはいけない何かが、無理やり生命の形を与えられてこちら側を見ている。そんな説明しづらい不快感が、中央炉区画全体に満ちていた。
クライ・オブ・サタンを握るタケは、無意識のうちに一歩後退していた。
「……あれが第一捕食体なのか?」
『封鎖記録との部分照合。肯定可能性、八十八パーセント』
「微妙に高いな。残り十二パーセントは何だよ」
『記録領域の大部分が封鎖されています』
「こんな時だけは、その封鎖に感謝したくなるな……」
軽口を叩こうとはしたものの、タケの声は乾いていた。
隣のレインも普段の落ち着きを失ってはいないが、その目には明らかな警戒が浮かんでいる。彼女は天井を見ながら何度もわずかに重心を変え、右、左、後方と避難経路を探していた。
だが、今回はいつもと違った。
「……分からない」
レインが小さく呟く。
ハヤッティが振り向いた。
「何が?」
「どこへ避けたらいいのか」
その答えを聞いたハヤッティの表情が固まる。
「お前がそれ言うの、かなり怖いぞ」
「私もそう思ってるわ」
レインは短く返しながら、タケの前へ半歩だけ出た。
普段なら攻撃が始まるより先に、どこへ動けば当たらないのかが何となく分かる。だが今、天井の向こうにいるものからは、攻撃が来る場所そのものを感じ取れない。
危険が一方向から迫るのではなく、この場所そのものを覆っているようだった。
黒い扉はすでに十数メートル四方へ広がっている。その奥は完全な暗闇ではなく、ところどころに赤黒い光が脈動し、そのたびに巨大な肉塊のようなものがゆっくりと動いているのが見えた。
先ほどの目だけで、あれほどの大きさがあった。
つまり、目の持ち主がどれほど巨大なのかは想像すら難しい。
「テルテル」
ケンゾーが低い声で呼んだ。
テルテルは生命維持系統と人格統合回路の分離作業を続けながら返事をする。
「見えてるよ」
「あれを知ってるか」
「名前だけならね」
「十分だ。何をする」
テルテルは数秒答えなかった。
普段の彼なら、分からないことほど適当な冗談を挟んで逃げる。だが今回はそれすらない。
「食う」
「何を」
「生命エネルギーを持ってるものなら、大抵何でも」
Bが天井を見上げた。
「人間も?」
「多分ね」
『じゃあ俺らもか?』
フールが珍しく低い声で尋ねた。
「古代兵器も例外じゃないと思う」
その言葉を聞いたフールはしばらく黙った。
『……趣味悪ぃな』
「お前に言われたくないと思うけど」
『俺は食わねぇよ!』
「斬るけどね」
『全然違ぇだろ!』
フールがいつもの調子を少しだけ取り戻したものの、笑い声までは出なかった。
アルマーは黒い扉を見上げながら右手を上げる。
金色の瞳を細め、指先をわずかに動かした。
普段なら、それだけで彼の周囲の空間そのものが歪む。
しかし今回は何も起こらない。
アルマーの表情が変わった。
「……固定できない」
「は?」
テルテルが振り返る。
「この出口は、こちら側の空間だけで成立していない」
「また難しい言い方するな!」
「こちらに扉があるように見えるが、実際には向こう側から接続そのものを押し込んできている。こちら側の座標を固定しても意味がない」
白い仮面をつけた男が二人の会話を聞き、黒い扉へ視線を向けた。
「なら接続距離そのものを固定する」
「できるのか」
ケンゾーが問う。
「試すだけだ」
白仮面が片手を上げる。
目には見えない何かが黒い扉との間へ展開され、空間がわずかに震えた。
次の瞬間。
「っ!」
白仮面の身体が勢いよく後ろへ弾かれた。
巨大盾を持つ男が咄嗟に腕を伸ばし、倒れかけた白仮面を受け止める。
「何が起きた」
「向こう側から固定された」
白仮面は荒くなった呼吸を整えながら答える。
「俺が距離を止めるより先に、向こうがこちらとの距離そのものを消そうとしている」
アルマーの眉間に皺が寄った。
「向こうも空間へ干渉できるということか」
「少なくとも似た現象は起こしている」
「面倒だな」
Bが静かに呟いた。
『お前が面倒って言う時、大抵かなりヤバいんだよな』
「そうか」
『自覚ねぇのかよ』
その時、黒い扉の奥から何かが伸びてきた。
最初は腕に見えた。
だが、人間の腕とは比較にならないほど太い。黒い外殻と赤黒い肉が不規則に融合し、指に相当する部分は六本ある。それぞれの先端には爪ではなく、小さな口のような器官が開閉していた。
巨大な腕が黒い扉を越え、中央炉区画へ入った瞬間だった。
『生命エネルギー流出を確認』
EVE-SEVENTHの声が響く。
テルテルの端末に表示されていた数値が急激に変化する。
「何だこれ……!」
シノンも表示へ目を向けた。
「中央炉の出力が下がってる?」
「違う、吸われてる!」
青白い光が床や壁の供給ラインから細い筋となって浮かび上がり、天井の黒い腕へ向かって流れていく。
六本の指先にある口が、それらを吸収している。
『主炉出力、八十二パーセントから七十七パーセントへ低下』
「それなら人格統合も遅くなるんじゃないのか?」
ハヤッティが言った。
「それだけなら助かったんだけどね!」
テルテルが即座に返す。
「こいつ、回路を選んでない! 生命維持側までまとめて吸ってる!」
シノンが別の画面へ切り替える。
『第十四保存列、生命維持出力九十一パーセント』
『第十五保存列、八十九パーセント』
『第十六保存列、八十七パーセント』
「低下が早い」
「このままだと分離が終わるより先に、保存対象が危険域に入る!」
テルテルの指が端末上を素早く走る。
ケンゾーは黒い腕を見上げた。
「なら、あの腕を切る」
「待って!」
テルテルが叫んだ。
ケンゾーが振り返る。
「何だ」
「第一捕食体は生命エネルギーを吸う。攻撃に乗せたエネルギーまで吸収される可能性がある」
Bがフールを見る。
「紫の斬撃もか」
「多分ね」
『じゃあ直接切りゃいい』
「お前自身まで食われる可能性があるって言ってるの!」
『……それは嫌だな』
「そこは素直なんだね」
テルテルが思わず呆れた声を出した。
ケンゾーもゲシュタルトへ視線を落とす。
「接触した場合は」
『対象表面への接触時、使用者及び当機から生命エネルギーが流出する可能性あり』
「つまり、触るだけでも危険か」
『肯定』
「厄介だな」
その間にも巨大な腕は徐々に区画内部へ伸びてきていた。
やがて六本の指が開く。
その向きが変わる。
狙われたのは中央炉ではない。
タケ。
「……やっぱり俺か」
クライが低く振動する。
『当機への接続要求を再受信』
「拒否しろ」
『拒否』
今回は即座に返答した。
「よし」
『ただし外部干渉強度、上昇中』
「そこまで安心させてくれないのかよ!」
巨大な腕がタケへ向かって伸び始める。
レインがすぐに彼の前へ出た。
「来るわ」
「分かるのか?」
「今度は分かる。あれはクライを取ろうとしてる」
ハヤッティも二人の前へ入った。
「じゃあ止めるしかないだろ」
『現在出力による正面防御は非推奨』
グシオンが告げる。
「お前、本当に景気いいこと言わないな!」
『使用者生存を優先』
「分かってる!」
ケンゾーが三人へ声を飛ばす。
「直接受けるな!」
「じゃあどうすれば!」
タケが聞き返す。
「逃げろ! クライを中央炉から離せ!」
「また鬼ごっこですか!」
「今はそれが一番マシだ!」
「了解!」
タケは左側の保守通路へ向かって走り出す。
レインとハヤッティも続いた。
黒い腕もその方向へ向きを変える。
腕そのものの動きは速くない。
だが、距離が急激に縮んでいく。
数十メートルあったはずの間隔が、黒い腕がわずかに伸びただけで数メートル分消える。
「速い!」
ハヤッティが叫ぶ。
「腕じゃないわ!」
レインが走りながら返す。
「距離そのものを縮めてる!」
「また空間かよ!」
アルマーが右手を向けた。
「止める」
今度は第一捕食体そのものへ触れず、タケと黒い腕との間にある空間だけを引き延ばす。
黒い腕の前進速度が目に見えて落ちた。
しかしアルマーの額にはすぐに汗が浮かび始める。
「十秒」
「それしか持たないの?」
テルテルが尋ねる。
「向こうから押し返されている」
「白仮面!」
テルテルが呼ぶ。
「重ねられる?」
「試す」
白仮面の男も片手を上げた。
アルマーが距離を引き延ばし、その状態を白仮面が固定する。
性質の違う二つの能力が重なったことで、ようやく黒い腕の進行が止まった。
タケは走りながら振り返る。
「やっぱり二人の能力、似てるけど違うんだな」
「今それ考える?」
レインが呆れたように言う。
「いや、ちょっと気になっただけ!」
「余裕があるのね」
「ないって!」
ハヤッティは三人の最後尾につき、いつでもタケを押し出せる位置を保っている。
その一方、中央炉では別の変化が起きていた。
人格を書き込まれていた保存対象たちが一斉に動きを止めた。
数十人が同時に天井を見上げる。
そして同じ声で口を開いた。
「捕食されます」
ケンゾーがそちらを見る。
「お前らも、あれを恐れてるのか」
「敵という分類ではありません」
「なら何だ」
中央炉の色のない瞳を持つ人影が答えた。
「終端です」
短い言葉だった。
「第一捕食体は、生命を区別しません」
「随分詳しいな」
「知っています」
「なぜだ」
人影は一度だけテルテルを見た。
「あなたたちが作ったからです」
その一言で、テルテルの手が止まった。
そして同時に、ケンゾー、B、シノンの三人へ激しい頭痛が走る。
『記憶封鎖領域への刺激を確認』
ゲシュタルトが警告する。
『クソッ、またか!』
フールも低い声を出した。
シノンは端末へ片手をつきながら顔をしかめる。
「テルテル……」
「聞くな!」
テルテルが強い声で遮った。
「今は絶対に繋げるな!」
ケンゾーの視界に、ほんの一瞬だけ白い研究施設が映った。
巨大な透明壁。
その向こう側に黒い何かが蠢いている。
『捕食効率が高すぎる』
誰かの声。
『なら兵器として使える』
別の誰か。
そして。
『却下だ』
自分の声。
『こんなものを外へ出すな』
そこで記憶は切れた。
ゲシュタルトが強制的に認知負荷を抑え、ケンゾーはゆっくりと息を吐いた。
「……俺たちが作った?」
テルテルは答えない。
「後だ」
それだけを返した。
ケンゾーは数秒テルテルを見たが、追及はしなかった。
「分かった」
忘れたわけではない。
ただ、今聞かないだけだ。
第一捕食体。
自分たちが作った可能性のある存在。
クライ・オブ・サタン。
封印の鍵。
少しずつ線は繋がり始めている。
だが今それを無理に辿れば、自分たちの方が先に壊れる。
「シノン。分離率」
「六十三パーセント」
「残り時間」
「このままなら九分前後。ただし第一捕食体が生命維持まで吸ってる」
「なら九分持たせる」
ケンゾーはゲシュタルトを再び大盾へ変形させた。
Bも隣へ立つ。
「九分ならさっきより短い」
『ギャハハハ! ようやく終わりが見えてきたじゃねぇか!』
「お前、さっき退屈って言ってたな」
『言った!』
「今も?」
フールは少しだけ間を置く。
『……全然退屈じゃねぇな』
「だろうな」
その時、第一捕食体の六本の指先にある口が同時に大きく開いた。
今度は生命エネルギーだけではない。
周囲の空気までもが、天井へ向かって引かれ始める。
床に散らばっていた破片。
壊れた装甲片。
切断された異形の腕。
すべてが浮かび上がった。
「何だこれ!」
ハヤッティがグシオンの脚部固定を使い、床へ身体を踏ん張らせる。
『外部吸引力増大』
タケも前傾姿勢になりながらクライを抱え込む。
「クライまで引っ張られてる!」
『当機への牽引を確認』
「絶対離すな!」
レインは近くの支柱を掴んだ。
「タケ、そのままだと身体ごと持っていかれる!」
「分かってる!」
ハヤッティが後ろからタケの腰を掴む。
「俺も押さえる!」
「助かる!」
「こういう時だけ素直だな!」
「今言うことか!」
吸引力がさらに増した。
その中で、一体の異形が床から浮き上がる。
先ほどまでケンゾーたちと戦っていた失敗作の一体だった。
異形は床へ爪を立て、必死に抵抗する。
しかし止まらない。
そのまま天井へ引き上げられ、第一捕食体の指先にある口の一つへ吸い込まれた。
次の瞬間。
異形の身体が急激に萎む。
肉体から生命エネルギーが抜け、黒い装甲まで光を失い、最後には乾いた殻のようなものだけが残された。
それが床へ落ちる。
フールの笑い声が完全に止まった。
『……マジかよ』
Bも何も言わない。
テルテルは端末を握る手へ力を込めた。
「これが捕食体だ」
声が低い。
「敵も味方もない。生命エネルギーを持ってれば食う」
タケが黒い扉を見上げる。
「じゃあ、完全にこっちへ出たら」
「ここにいる全員が餌になる」
テルテルははっきりと言った。
「保存カプセルの中にいる連中も全部ね」
その一言で、全員の目的がさらに明確になった。
ただ分離作業を終わらせればいいわけではない。
第一捕食体を、こちら側へ出してはならない。
◇
同じ頃。
第三旧市街区の上空を、一機の小型輸送機が低高度で飛んでいた。
機内にはアラタ、シェルマ、ジェイク、カポエラ、そして隠密部隊所属の双子、ノブとタカが乗っている。
正面モニターには、ケンゾーたちが不時着した地点までの距離が表示されていた。
「到着まで三分」
操縦担当の兵士が報告する。
アラタは窓の外へ視線を向ける。
第三旧市街区は、かつて都市だった面影こそ残しているものの、今では崩れた高層建築と放置された道路が延々と続く廃墟だ。
その中で。
一棟だけ異様な建物がある。
巨大な高層ビルの中央部分だけが、まるでそこだけ最初から存在していなかったかのように消失していた。
「……何だ、あれ」
ジェイクも窓越しに気づく。
「真ん中だけ綺麗に抜けてるな」
シェルマが端末へ視線を落とし、衛星記録と照合する。
「爆発痕じゃないな。周辺への破片飛散がほとんどない。熱源記録も通常の爆発とは一致してない」
アラタの表情が険しくなる。
「ケンゾーたちが遭遇した高エネルギー反応か」
ノブが窓の外を見ながら静かに言う。
「直線的」
タカも続けた。
「何かが通った跡」
「高出力兵器か」
「多分」
双子の会話は淡々としているが、二人ともすでに現地を観察する目へ切り替わっていた。
カポエラは座席に座ったまま、父であるBの位置情報が最後に記録された地点を何度も確認している。
「親父たち、ここから地下に入ったんだよな」
アラタが答える。
「記録上はそう見える」
「フールが中継器を残してたんだろ」
「数基な。ただ全部同時に沈黙した」
「親父が置いたっていうより、フールが勝手にばら撒いたんだと思うけど」
ジェイクが少し笑う。
「親父と武器、相変わらず仲いいんだか悪いんだか分からねぇな」
「本人たちは多分、仲良くないって言う」
「そういう奴らが一番長く組んでんだよ」
カポエラも僅かに笑ったが、すぐに表情を戻した。
「でもフールが通信を残せない状況って、普通じゃない」
「その通りだ」
アラタが答える。
輸送機が高度を落とし始めた。
道路上に、ケンゾーたちが使用していた大型輸送機が見えてくる。
胴体には複数の損傷があり、道路を長距離滑走した痕跡も残っている。しかし完全に炎上した様子はない。
「着陸後、最初に機体を確認する」
アラタが全員へ指示を出した。
「ノブ、タカは周囲の痕跡確認。カポエラは二人についていけ。シェルマ、ジェイクは機内を調べる。俺が全体を見る」
「了解」
短い返事が重なる。
小型輸送機は不時着機から百メートルほど離れた道路へ降りた。
扉が開く。
最初にノブとタカが外へ出た。
二人は一言も交わさず左右へ分かれ、それぞれ地面や建物の壁、道路上に残された痕跡を確認していく。
ノブがしゃがみ込んだ。
「銃弾」
少し離れた場所でタカが答える。
「こっちは焼損痕」
カポエラがそちらへ寄る。
道路表面に紫色の焼け跡が残っていた。
「フールだな」
アラタが振り返る。
「分かるのか」
「昔からフールの斬撃が地面に残るとこうなる」
「なら、Bは少なくとも不時着後に戦闘している」
「ここではね」
カポエラの声には、ほんの僅かに安堵が混じった。
やがてシェルマとジェイクも輸送機内部の確認を終えて戻ってくる。
「機内の血痕は少量だ」
シェルマが報告する。
「致命傷を疑うような量じゃない。主要装備もほとんど持ち出されてる。少なくとも着陸直後に大きな犠牲が出た可能性は低い」
「つまり全員、自分の足で移動した」
「ああ」
ジェイクが黒い小型端末を持ってくる。
「これ、中継器じゃねぇか?」
カポエラが受け取って確認する。
「フールのだ」
「壊れてる?」
「外傷はない」
ノブが戻ってくる。
「信号だけ止められた?」
「多分な」
タカも合流した。
「地下へ近づくほど通信妨害が強くなる可能性」
アラタはすぐに判断する。
「なら通信が切れる前提で動く。ここから先は一定距離ごとに物理マーカーを残す。電子機器だけに頼るな」
全員が頷く。
戦闘痕を追えば、ケンゾーたちの移動経路は比較的分かりやすかった。
道路上には弾痕が続き、破壊された武装兵や機械の残骸も残されている。やがてその痕跡は、半壊した地下鉄駅の入口へ向かっていた。
ノブが入口前で足を止める。
「ここから空気が違う」
タカも同時に周囲を見る。
「地下の臭いじゃない」
カポエラが二人を見た。
「俺には普通の廃駅にしか見えないけど」
「埃が少ない」
「空気が循環してる」
双子の指摘を聞き、シェルマも地下へ端末を向ける。
「……確かに妙だな。地下構造から弱い空調反応がある。こんな廃墟で動いている設備があるとは思えない」
アラタが階段の奥を見る。
「ケンゾーたちはここから入った可能性が高い」
シェルマが通信端末を見る。
「信号強度はもう二割落ちてる」
「入口だけでか」
「ああ。かなり強い妨害だ」
ジェイクが武器を構えた。
「それでも行くしかねぇだろ」
「当然だ」
アラタは全員を見る。
「隊列変更。ノブとタカが先行、その後ろをカポエラ。俺、シェルマ、ジェイクの順で行く。間隔は広げすぎるな」
地下へ入る。
十メートル。
二十メートル。
進むたびに通信強度が下がっていく。
駅構内の奥には戦闘痕が残されていた。
そして。
床に倒れている、一体の古代警備機械。
カポエラが足を止める。
「これ、ヴォルテール製じゃないな」
シェルマが膝をつき、破壊された装甲を調べる。
「見たことのない合金だ。構造も現代兵器じゃない」
アラタもその機械を見る。
その瞬間。
胸の奥へ、妙な感覚が走った。
知っている。
そんなはずはない。
初めて見る機械だ。
記憶にはない。
なのに身体のどこかが、この形を知っているような気がする。
「……アラタ?」
シェルマが顔を上げた。
「どうした」
「いや」
アラタは額へ手を当てる。
「少し頭痛がしただけだ」
「奇遇だな」
「お前もか?」
「ああ」
シェルマは壊れた警備機械を見下ろす。
「俺もこれを見た瞬間、妙な感じがした。見覚えなんてあるはずないんだがな」
ジェイクが二人を見る。
「二人同時って、偶然にしちゃ出来すぎてねぇか?」
「今は考えるな」
アラタが即座に切り替えた。
「ケンゾーたちを見つけるのが先だ」
さらに奥へ進む。
やがて。
黒銀色の巨大な扉が現れた。
表面には、円と垂直線、そして六枚の翼を思わせる紋章。
それを見た瞬間。
「っ……!」
アラタとシェルマが同時に足を止めた。
先ほどより強い頭痛だった。
カポエラが振り返る。
「二人とも大丈夫か?」
「問題ない」
アラタは額を押さえながら答える。
シェルマも苦い表情で頭を振った。
「一瞬きつかっただけだ」
ノブが二人を交互に見る。
「また同時」
タカも扉を見る。
「この場所に原因がある」
アラタは扉を睨む。
知らない。
それでも、何かが身体の奥で騒いでいる。
「ネオディールの嫌な予感ってのは、これか……」
誰に言うでもなく呟いた時だった。
誰も触れていない黒銀色の扉が、低い駆動音とともに左右へ開き始めた。
全員が武器を構える。
内部から無機質な声が響く。
『旧文明遺伝子反応――検出』
アラタとシェルマへ青白い光が走る。
『個体照合』
『記憶封鎖個体――二』
アラタの表情が変わった。
「……記憶封鎖?」
シェルマも眉を寄せる。
「俺たちのことを言ってるのか?」
施設音声は答えない。
『追加侵入者――六名』
『管理権限――なし』
『警戒処理を開始』
通路の奥。
六つの白い光が灯る。
ノブが静かに短剣を抜く。
「六体」
タカも同時に構える。
「正面」
カポエラが二人より少し前へ出た。
「先に潰す?」
アラタは通路の向こうを見た。
白銀の警備機械が六体。
右腕に長剣。
左腕に盾。
同一動作で前進してくる。
「違う」
カポエラが横目を向ける。
「じゃあ?」
「突破する」
アラタは自分の武器を構えた。
「ケンゾーたちはこの先にいる。こんなところで時間を使うな」
シェルマもすぐ隣へ並ぶ。
「なら俺が右を押さえる。ジェイク、左を頼む」
「了解」
「ノブ、タカ」
アラタが呼ぶ。
「戦闘が始まったら前へ出すぎるな。機械の隙間ができたら、そのまま先行して進路を確認しろ」
「分かった」
「了解」
カポエラが軽く足首を回す。
「俺は?」
「双子を守れ。二人が止まったら、お前が道を開けろ」
「了解」
白銀の警備機械が一斉に剣を構えた。
『未登録侵入者を排除します』
アラタは静かに息を吐く。
頭の奥にはまだ、先ほど聞いた言葉が引っかかっている。
記憶封鎖。
自分たちが何を忘れているのか。
なぜ、この施設がそれを知っているのか。
疑問はいくらでもある。
だが今は後回しだ。
「全員、前へ」
アラタが踏み込む。
「救出対象は七人。誰一人置いて帰らない」
その号令とともに、六人の救援隊は地下遺構の警備機械へ向かって走り出した。