テルテルは黒い門を見上げたまま、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
脳裏には、忘れたくても忘れられない光景が残っている。白銀の研究施設。幾重にも重ねられた隔壁。巨大な封鎖炉。そして、その奥で暴れ続ける黒い影。あの時も、今と同じように第一捕食体は門の向こう側からこちらへ手を伸ばしていた。
ただし、あの頃と今では条件が違う。
当時は封鎖設備が完全に稼働していた。管理権限も十分に残っていた。何より、そこにいた全員が自分たちの役割を理解していた。
今は違う。
設備は壊れかけ、権限は限定され、かつて封印に関わった者たちの多くは記憶を失っている。それでも、やらなければならないことだけは変わらなかった。
「まず大前提から言うよ」
テルテルは端末を操作しながら、全員へ聞こえるように声を張った。
「第一捕食体そのものを倒そうとしないこと。多分、今の装備じゃ無理だし、下手に攻撃すれば余計に生命エネルギーを与えるだけになる」
アラタが前線から返す。
「なら門を閉じるだけか」
「そう。ただし普通に閉じるだけじゃ駄目なんだ」
「理由は?」
「もう接続が向こう側から固定されてる。施設の扉を閉めるみたいに遮断したって、別の場所へ出口を作り直される」
アルマーが静かに頷いた。
「すでに一度、地下深部からこの区画の天井へ接続点を移している。単純な切断では意味がないということだ」
「じゃあ何をする」
ケンゾーが尋ねる。
テルテルは黒い門の周囲に浮かぶ青白い構造光を指差した。
「接続を閉じるんじゃなくて、向こう側へ押し返してから封じる。第一捕食体がこちら側へ出てくるために使ってる座標そのものを潰す」
ハヤッティが眉を寄せる。
「また分かりにくい話になってきたな」
「簡単に言うとね」
テルテルは少し考えてから言い直した。
「ここに開いてる穴を塞ぐんじゃなくて、穴を開けるための住所を消す感じ」
「最初からそう言ってくれ」
「今考えた説明なんだけど」
「適当じゃねぇか!」
それでも、意味は伝わった。
テルテルは続ける。
「必要なのは三段階。まず門の接続を弱める。次に第一捕食体の腕を向こう側へ押し戻す。最後に、接続座標そのものを封鎖する」
シノンがすぐに尋ねた。
「誰が何をやる?」
「そこが問題なんだよね」
テルテルは端末上に三つの表示を開いた。
一つ目は第一捕食体の接続率。
二つ目は門を維持している空間座標。
三つ目は、複数の古代兵器から検出されている封鎖記録。
「接続を弱める役目はクライ。さっきやったみたいに、向こう側から生命エネルギーを吸って接続率を落とす。ただし今回は短時間でいい」
タケはクライを見下ろした。
「また吸うんですね」
「うん。でも今度は単なる時間稼ぎじゃない。接続率が一定以下になった瞬間だけ、門の固定が弱くなる。その隙を使う」
「一定以下って?」
「今の解析だと、三十二パーセント前後」
シノンが表示を見る。
「現在三十七・五。五パーセント以上落とす必要がある」
「さっき〇・三秒で一パーセント以上下がった」
「でも向こうも警戒してる」
「そういうこと」
テルテルは次の表示へ指を滑らせた。
「腕を押し戻すのはアルマーと白仮面。二人で空間を伸ばして、向こう側へ押す」
白仮面が即座に答えた。
「先ほどより負荷が大きい」
「分かってる」
「維持できても十数秒だ」
「それで十分」
アルマーも静かに黒い門を見上げる。
「押し戻すだけなら可能性はある。ただし、何か物理的な力が必要になる」
「そこは俺たちか」
ケンゾーが言った。
「そう」
テルテルは頷く。
「空間だけ押しても、あの腕は抵抗する。だから前線組で一斉に押し返す。ただし直接触るのは駄目」
Bがフールを大鎌形態のまま肩へ担ぐ。
「圧力、衝撃、斥力。そういうので押せばいいか」
「そういうこと」
灰色の巨漢が自分の杭打ち機型兵器を見た。
「俺の圧縮波が使える」
巨大盾の男も言う。
「障壁を面で押し出せば、接触せずに圧力をかけられる」
「助かる」
細身の女が赤い鞭を見ながら尋ねる。
「私は?」
「腕そのものには巻きつけないで。天井側の構造物を使って軌道を縛ってほしい」
「なるほど。間接固定ね」
フードの男も無言で鎖を持ち上げる。
テルテルは最後の表示へ目を向けた。
「問題は三つ目」
全員の視線が集まる。
「接続座標の封鎖」
クライが低い声で告げた。
『封鎖記録、部分一致』
ゲシュタルトも続ける。
『当機にも同種記録あり』
フールは一瞬黙った後、珍しく笑わずに言った。
『俺にもある。だが断片だ』
「三つとも同じ系統の封鎖記録を持ってる」
テルテルは三機の古代兵器を順番に見た。
「多分、昔この三機は封鎖作業に使われた」
タケが顔を上げる。
「クライだけじゃないんですか」
「違う。クライは吸う。ゲシュタルトは形を作る。フールは切断する。それぞれ役目が違う」
ケンゾーが少し眉を寄せる。
「形を作る?」
「封鎖座標を固定する器を作る役目。ゲシュタルトならできる可能性が高い」
『推定肯定』
「フールは?」
『空間接続線の切断か』
フール自身が答えた。
テルテルは少し驚いたように見る。
「多分ね」
『多分かよ』
「記録残ってないんだから仕方ないでしょ」
『雑だなァ!』
「うるさい」
Bが短く言う。
『また俺だけ怒られた!』
ケンゾーはゲシュタルトを握り直した。
「つまり、クライが接続を弱める。アルマーたちが腕を押し戻す。俺が封鎖座標を固定して、Bが最後に接続を切る」
「そう」
「失敗したら」
「門が別の位置へ再構築される可能性がある」
「最悪は?」
アラタが聞いた。
テルテルは少し黙った。
「第一捕食体が完全にこちらへ出る」
誰も軽口を叩かなかった。
接続率はまだ四十パーセントに達していない。だが一度実体転送工程へ移れば、今までのように腕だけを相手にしていられる保証はない。
「なら一回で決める」
アラタが言った。
「配置を指示しろ」
テルテルは頷き、端末上に簡易的な戦術図を展開した。
「タケ、レイン、ハヤッティは中央やや後方。クライの固定と排出担当。カポエラはその周囲を守って」
「了解」
「分かった」
「任せろ」
カポエラも頷く。
「アラタ、シェルマ、ジェイクは右側。残った失敗作を押さえつつ、門が動いた場合の補助」
「了解」
「分かった」
「おう」
「ケンゾーは中央。無理に前へ行かない」
ケンゾーが眉を動かす。
「封鎖座標を固定するなら中央にいる必要がある」
「だからって腕の真下まで行く必要はないでしょ。ゲシュタルトの射程でやって」
『管理者の意見を推奨』
「誰が管理者だ」
テルテルが顔をしかめる。
「その呼び方やめてくれる?」
『了解。テルテル』
「急に普通になったね」
Bが小さく息を吐く。
「話が進まん」
「はいはい」
テルテルは続きを指示する。
「Bはケンゾーの左。フールは切断の準備。灰色の人と盾の人は腕を押す。鞭の人と鎖の人は軌道固定。白仮面とアルマーは接続空間そのものを向こうへ押し返す」
細身の女が腰へ手を当てる。
「名前覚える気ないでしょう」
「今それ言う?」
「後でちゃんと聞きなさいよ」
「生きてたらね」
「縁起でもないこと言わないで」
シノンが端末を操作しながら口を挟む。
「私は?」
「第一捕食体の接続率と門座標を監視。タイミングを全員へ出して」
「了解」
「ノブとタカは?」
アラタが尋ねる。
双子はすでに戦場の左右へ散っている。
テルテルは天井周辺を見た。
「門を支えてる外部端子がまだ二つ残ってる。第一捕食体が緊急で再接続しようとしたら切って」
ノブが右側から答える。
「場所確認」
タカも反対側から続ける。
「二か所とも届く」
「お願い」
全員の役割が決まった。
あとは実行するだけだった。
しかし。
第一捕食体は待ってくれない。
六本の指先にある口が再び開き、赤黒い光がそれぞれに集まり始める。
レインがすぐに反応した。
「来るわ」
アラタが全体へ声を飛ばす。
「配置につきながら避ける! レイン、方向!」
レインは黒い腕を見上げ、身体の奥に浮かぶ不快な感覚へ意識を集中した。目で追っているわけではない。予測しているわけでもない。それでも、攻撃が終わった後にどこが破壊されているのか、その結果だけが先に身体へ伝わってくる。
「右側二本は私たちじゃない。中央炉の外周を狙う!」
シノンが表情を変える。
「門を安定させるために設備を壊す気?」
「多分!」
「アラタ!」
「シェルマ、ジェイク! 右外周を守れ!」
「了解!」
二人が走る。
残り四本。
レインは続けた。
「一本はBさん! 二本はタケ! 最後の一本は……」
言葉が止まる。
「どこだ!」
アラタが叫ぶ。
レインの顔色が僅かに変わった。
「テルテル!」
テルテルが振り向いた。
「俺?」
「避けて!」
赤黒い光線が一斉に放たれた。
テルテルは咄嗟に端末から手を離し、床へ身体を投げ出す。
直後。
今まで立っていた場所が白く変色し、そのまま崩れた。
「危なっ!」
テルテルは床を転がりながら叫んだ。
「俺まで狙うようになったの!?」
第一捕食体の声が響く。
「――管理者」
「だからその呼び方やめろって!」
ケンゾーは別の光線を回避しながら言う。
「嫌われてるな」
「昔からだよ!」
「やっぱり知ってるじゃないか」
「今そこ拾う!?」
残りの光線も、それぞれがぎりぎりで回避する。
Bはフールを槍状へ一瞬変形させ、指先の横へ突き入れて照準をずらした。
『ギャハハハッ! 今度は吸わせねぇぞ!』
「接触してる」
『一瞬だ!』
「稼働率は」
『九十一!』
「減ってるな」
『だから雑なんだよ扱いが!』
右側ではシェルマとジェイクが落下した金属板を利用し、外周設備へ向かう光線の軌道を逸らしていた。シェルマは先ほど肩を掠めた箇所にまだ痺れを感じているが、腕は問題なく動いている。
「ジェイク、左を持ち上げろ!」
「重いぞこれ!」
「俺一人じゃ無理だ!」
「分かってる!」
二人で巨大な装甲板を傾ける。
赤黒い光線が表面を削り取りながら流れ、わずかに角度が変わった。
その数秒を利用してアラタが外周設備の電源経路を切り替える。
「シノン! 右外周一時停止!」
「確認! 壊される前に落とす!」
設備の光が消えた。
第一捕食体の光線は、生命エネルギー反応を失った構造物から興味を失ったように軌道を外す。
「こいつ、エネルギーが強い場所を優先して狙ってるな」
アラタが気づく。
シノンもすぐに理解した。
「なら一時的に囮を作れる」
「できるか」
「出力だけなら」
テルテルが床から起き上がりながら口を挟む。
「それ、使える!」
「何をする気」
「クライが吸う瞬間だけ、別の場所に高出力反応を出す。第一捕食体の意識を分散させる」
シノンが端末へ戻る。
「どこに?」
「中央炉じゃない。壊れても困らないところ」
「候補は?」
テルテルは周囲を見回した。
そして。
灰色の巨漢たちが入ってきた側の崩れかけた通路。
「第三区画の補助電源を一瞬だけ最大まで上げる」
「配線持つ?」
「持たなくていい」
「使い捨て?」
「そう」
シノンはすぐに回路を探した。
「できる。三秒だけなら」
「十分」
テルテルはタケを見る。
「準備できる?」
タケは深く息を吸った。
「できます」
クライの保有エネルギーは七十三パーセント。
前回よりは余裕がある。
ただし、二度目の吸収時には第一捕食体から情報侵入を受けた。今度も同じことが起きる可能性は高い。
「クライ」
『待機中』
「今度はもっと強く拒否しろ。俺の中にも絶対何も流すな」
『命令確認』
「吸収だけする」
『了解』
レインがタケの隣へ立つ。
「変だと思ったらすぐ止めるわ」
「頼む」
ハヤッティも再び背後へ回った。
『グシオン神経負荷、七十一パーセント』
「まだいける」
『長時間継続は非推奨』
「長時間じゃない。数秒だ」
『現在の使用者は数秒を軽視する傾向あり』
「お前、最近言い方きつくなってない?」
『学習結果』
「誰から学んだんだよ」
レインが静かに言う。
「多分あなたからじゃない?」
「最悪だ」
緊張の中に、ほんの僅かな笑いが生まれた。
アラタは全員の位置を確認する。
「準備は!」
「中央いける!」
ケンゾーが答える。
「左も問題ない」
B。
『俺はいつでも斬れるぜ!』
「右側配置完了!」
シェルマ。
「こちらも」
アルマー。
「固定準備」
白仮面。
「押圧準備完了!」
灰色の巨漢。
「障壁展開可能」
盾男。
「拘束いつでも」
細身の女。
フードの男は無言で鎖を構えた。
「ノブ」
「右端子確認」
「タカ」
「左端子確認」
シノンが最後に言う。
「補助電源、いつでも上げられる」
テルテルは一度だけ全員を見回した。
かつてと同じではない。
メンバーも違う。
装備も違う。
状況も違う。
それでも、不思議なほど似た配置に見えた。
そのことが少しだけ怖かった。
「……始めるよ」
テルテルの声に。
ケンゾーが反応する。
「テルテル」
「何?」
「昔も同じことをしたのか」
一瞬。
テルテルの表情が止まった。
だが。
今度は完全には誤魔化さなかった。
「似たことはね」
「誰と」
「今は聞かない約束」
「覚えてたか」
「都合の悪いことだけ忘れる人間じゃないよ」
「そうか」
ケンゾーはそれ以上聞かなかった。
テルテルはシノンへ頷く。
「補助電源!」
「上げる!」
第三区画の崩れた通路。
それまで消えていた照明が突然すべて点灯する。
壁面内部を走る古い配線へ大量の生命エネルギーが流れ込み、青白い光が通路全体を満たした。
第一捕食体の巨大な目が動く。
テルテルではない。
クライでもない。
高出力反応を示した第三区画。
「食いついた!」
シノンが叫ぶ。
「今!」
テルテルがタケへ合図する。
「クライ、吸え!」
『吸収開始』
赤黒い接続線が形成される。
タケの身体が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
「支える!」
ハヤッティが背後から固定する。
『保有エネルギー七十八パーセント』
クライへの流入速度は前回より速い。
『八十三パーセント』
「まだ!」
テルテルが接続率を見る。
「三十五・九!」
『八十八パーセント』
「三十四・一!」
クライの銃身へ黒い模様が浮かび始める。
『外部情報侵入を検知』
「拒否しろ!」
『拒否中』
タケの頭へ一瞬だけ耳鳴りが走った。
しかし映像は来ない。
クライが遮断している。
『保有エネルギー九十三パーセント』
レインが叫ぶ。
「タケ、危ない!」
テルテルも同時だった。
「あと少し!」
『接続率三十二・八パーセント』
「もう一押し!」
タケは歯を食いしばる。
腕が痺れる。
身体の奥まで冷えるような感覚が走る。
それでもクライを離さない。
「クライ!」
『待機』
「まだ吸え!」
『継続』
『保有エネルギー九十七パーセント』
ハヤッティの顔色が変わる。
「もう限界だろ!」
「テルテルさん!」
『接続率三十一・九パーセント』
「止めろ!」
テルテルが叫ぶ。
「クライ、停止!」
『吸収停止』
赤黒い線が細くなる。
「今だ!」
テルテルは全員へ向かって叫んだ。
「第一段階成功! 押し戻して!」
アルマーが両手を前へ出す。
白仮面も同時に能力を発動した。
黒い門周辺の空間が大きく歪む。
第一捕食体の腕とこちら側との距離が急激に引き延ばされ、さらに白仮面がその状態を固定する。
「押せ!」
アラタの号令。
灰色の巨漢が杭打ち機を床へ撃ち込んだ。
爆発ではない。
圧縮された衝撃波が面となって上方へ走り、第一捕食体の腕を門側へ押し上げる。
盾男も青い障壁を斜めに展開した。
「出力最大!」
障壁そのものが前へ進む。
腕には直接触れない。
だが空気と空間を介して圧力だけを与える。
細身の女は赤い鞭を天井の支柱へ巻きつけ、その間に第一捕食体の腕が入り込むよう軌道を作った。
「右へ逃がさない!」
フードの男も反対側へ鎖を張る。
結果。
巨大な腕の動ける方向が門側へ限定される。
「ケンゾー!」
テルテルが叫ぶ。
「ゲシュタルトで門の縁を固定して!」
「ゲシュタルト!」
『封鎖形態を検索』
「できるか」
『断片記録より再構築』
ゲシュタルトの形状が変わり始める。
剣でもない。
盾でもない。
複数の黒銀色の細い杭が扇状に展開され、それぞれの先端に淡い光が灯る。
ケンゾーの頭へ。
また。
ではなく。
今度は、はっきりとした感覚が浮かびかける。
この形を知っている。
使ったことがある。
だが。
追わない。
「記憶は要らない」
ケンゾーは低く言った。
『了解』
「今できることだけやれ」
『封鎖座標固定開始』
六本の杭が射出された。
第一捕食体ではない。
黒い門の縁。
それぞれが等間隔に突き刺さり、青白い光の六角形を形成する。
テルテルが思わず息を呑む。
「……やっぱり」
昔と同じ。
細部は違っても。
封鎖の基礎構造は。
変わらない。
「B!」
「分かってる」
Bがフールを構える。
『おい』
「何だ」
『多分、俺は一回しか斬れねぇ』
Bが僅かに眉を動かした。
「理由」
『今の俺じゃ、この接続線は普通の斬撃じゃ切れねぇ。内部の封鎖機能を全部まとめて使う必要がある』
「壊れる?」
『そこまでは分からん』
「動けなくなる可能性は」
『ある』
Bは数秒黙った。
カポエラがその会話を聞いていた。
「親父」
「何だ」
「フール、大丈夫なの?」
Bは息子を見ない。
「本人がやると言ってる」
『言ってねぇよ!』
「やらないのか」
『……やるけどよ!』
「なら同じだ」
『そういうとこ嫌いだわ!』
カポエラが苦笑する。
「フール」
『何だ坊主』
「壊れんなよ」
しばらく返事がない。
そして。
『ギャハハ』
小さい。
いつものような豪快な笑いではない。
『誰に言ってんだ』
Bは大鎌を両手で握った。
「テルテル。どこを斬る」
テルテルは門の中心ではなく、その外側へ浮かんでいる細い赤黒い線を指差した。
「六本ある。ゲシュタルトが固定した座標の間を走ってる」
「全部?」
「一撃で」
『無茶言いやがる』
「できるんでしょ」
『できるから腹立つんだよ!』
その間にも第一捕食体は抵抗している。
腕が少しずつこちら側へ戻ろうとする。
アルマーが顔を歪めた。
「長くは持たない!」
白仮面も片膝をつきながら固定を続けている。
「あと十秒!」
「B!」
テルテルが叫ぶ。
「今!」
Bが一歩踏み込んだ。
フールの大鎌が。
ではなく。
刃の周囲に。
深い紫色の光が集まる。
『封鎖切断機能――強制起動』
フールの声が低くなる。
いつものふざけた調子が消える。
『対象――外部接続線』
Bの腕へ強烈な振動が伝わる。
カポエラが思わず一歩前へ出る。
「親父!」
「来るな」
「でも」
「見てろ」
Bは黒い門を見上げる。
「こういう時のために、こいつはいる」
『言い方ムカつくな』
「違うか」
一瞬。
『……違わねぇ』
Bが大鎌を振り抜いた。
紫色の斬撃。
今までのように飛んでいかない。
刃そのものが空間へ食い込む。
黒い門周辺。
六本の赤黒い接続線。
一つ目。
切れる。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
第一捕食体が初めて。
明確な。
咆哮を上げた。
音だけで中央炉区画が震える。
「ぐっ!」
タケが耳を押さえる。
保存カプセルの表面が一斉に振動する。
五本目。
切断。
そして。
最後。
六本目。
フールの刃が止まる。
『……硬ぇ!』
Bが両腕へ力を込める。
「切れ」
『やってる!』
「切れ」
『だから!』
「お前ならできる」
一瞬。
フール。
黙る。
そして。
『……クソ親父みてぇなこと言いやがって!』
Bが眉を寄せる。
「誰が親父だ」
『お前だよ!』
刃の紫色が。
一気に強くなる。
『ギャハハハハハハハッ!』
ようやく。
いつもの笑い。
戻る。
『切れろやァァァァッ!』
六本目。
断裂。
その瞬間。
黒い門が大きく揺れた。
『外部接続線、全断』
EVE\-SEVENTHの声。
「テルテル!」
シノンが叫ぶ。
「まだ終わってない!」
「分かってる!」
接続線は切れた。
だが門そのものは残っている。
ここから再接続される前に。
座標。
封じる。
「ゲシュタルト!」
ケンゾー。
『封鎖座標固定率七十四パーセント』
「足りない!」
テルテルが端末を見る。
「百まで上げて!」
『使用者出力不足』
ケンゾーの表情が変わる。
「俺から持っていけ」
『非推奨』
「今だけだ」
『使用者は重度負傷中』
「分かってる」
『生命エネルギー使用は損傷悪化の可能性』
「それでもやれ」
『拒否を推奨』
「命令だ」
ゲシュタルトが一瞬黙った。
『……了解』
黒銀色の杭。
光。
強くなる。
同時に。
ケンゾーの身体から力が抜け始める。
「ケンゾー!」
アラタが気づく。
「大丈夫だ」
「大丈夫な顔じゃない!」
「あと少しだ」
ゲシュタルトの表示。
『固定率八十二パーセント』
「まだ足りない」
ケンゾーの膝が僅かに曲がる。
シェルマが横から腕を掴んだ。
「馬鹿、お前一人で立つ必要ないだろ!」
「シェルマ」
「固定するのは武器だ。お前の身体まで意地張る必要あるか!」
アラタも反対側へ入る。
「体重預けろ」
「でも」
「黙って寄りかかれ」
ケンゾーは一瞬迷った。
だが。
今は。
従う。
アラタとシェルマが左右から身体を支える。
その分。
ケンゾーはゲシュタルトへ集中できる。
『固定率八十九パーセント』
第一捕食体の腕。
まだ半分。
こちら側。
アルマーたち。
限界。
「五秒!」
白仮面が叫ぶ。
「もう持たない!」
テルテルは周囲を見る。
「あと十一パーセント!」
タケが反応する。
「クライで何かできないんですか!」
「今吸ったら接続が再形成されるかもしれない!」
「じゃあ俺のエネルギーをゲシュタルトに渡すとか!」
テルテルの目が変わる。
「……できる?」
クライへ。
『直接転送経路、未確立』
「じゃあ無理か」
『ただし』
クライが続ける。
『対象兵器との共通封鎖規格を確認』
ゲシュタルト。
反応。
『共通規格確認』
テルテルが顔を上げる。
「繋げられる?」
『一時的であれば可能』
「タケ!」
「やります!」
「待って!」
テルテルは即座に念を押す。
「吸うんじゃない。今持ってるエネルギーをゲシュタルトへ渡すだけ!」
「分かりました!」
「クライ、転送!」
『接続開始』
黒赤い光が。
今度は第一捕食体ではなく。
クライとゲシュタルトの間に伸びる。
ケンゾーの目が僅かに見開かれる。
「ゲシュタルト」
『受領開始』
『固定率九十二パーセント』
タケのクライ。
『保有エネルギー九十三パーセント』
『八十九パーセント』
『八十四パーセント』
光が流れる。
『固定率九十五パーセント』
第一捕食体。
腕。
暴れる。
灰色の巨漢。
「押し返せぇ!」
圧力波。
盾男。
障壁。
アルマー。
白仮面。
全員。
限界。
それでも。
持たせる。
『固定率九十八パーセント』
「あと二!」
テルテル。
叫ぶ。
クライ。
『保有エネルギー七十八パーセント』
ゲシュタルト。
『固定率九十九パーセント』
ケンゾー。
歯を食いしばる。
「行け」
アラタが支える。
「ケンゾー!」
「あと一だ」
シェルマも肩を支える力を強める。
「だったら最後まで立ってろ!」
ケンゾーは。
僅かに。
笑う。
「そのつもりだ」
『封鎖座標固定率――百パーセント』
テルテルが端末へ両手を叩きつけるように置いた。
「封鎖開始!」
黒い門の周囲に打ち込まれた六本の杭から、青白い光が走った。
六角形。
さらに。
内側。
複雑な紋様。
形成。
ではなく。
古い封鎖式が。
完成していく。
第一捕食体が。
咆哮。
腕。
こちら側へ。
最後の力。
伸ばす。
レイン。
それを見る。
身体。
動く。
「タケ!」
「何!」
「下がって!」
レインがタケを押す。
直後。
第一捕食体の指。
一本。
最後の距離。
無理やり縮める。
狙い。
クライ。
「まだ来るのかよ!」
ハヤッティがタケの前へ出ようとする。
レインが止める。
「触ったら駄目!」
指。
あと数メートル。
タケ。
クライ。
構える。
「クライ!」
『命令待機』
「もう吸うな!」
『了解』
「俺たちは」
タケ。
黒い指。
見る。
「お前を返さない!」
第一捕食体。
「――返還」
「嫌だ!」
タケの声。
中央炉。
響く。
「クライは俺が使う!」
その瞬間。
クライの銃身。
黒赤い光。
強くなる。
だが吸収ではない。
『使用者命令を最優先に更新』
第一捕食体。
一瞬。
腕。
止まる。
テルテル。
その隙。
逃さない。
「今!」
封鎖式。
閉じる。
青白い六角形が。
黒い門を。
内側から。
押し潰すように。
縮小。
第一捕食体の腕。
向こう側へ。
引かれる。
指。
タケ。
届かない。
あと一メートル。
あと五十センチ。
それでも。
届かない。
黒い門が。
腕を。
飲み込むように。
閉じていく。
第一捕食体の巨大な目。
最後。
テルテル。
ケンゾー。
B。
アラタ。
シェルマ。
シノン。
順番に。
見る。
「――封印者」
テルテルの表情が硬くなる。
「……そうだよ」
第一捕食体。
「――再会」
「二度と会いたくないね」
門。
さらに。
小さくなる。
最後。
目。
消える。
黒い四角形。
一本の線。
そして。
点。
完全。
消失。
中央炉区画に。
音。
なくなる。
誰も。
すぐには。
動かなかった。
ではなく。
数秒間、全員がその場に立ったまま天井を見上げていた。
さっきまで黒い門が存在していた場所には、もう何もない。ただ損傷した天井と、薄く残った青白い封鎖光が静かに消えていくばかりだった。
『外部異常接続、消失』
EVE\-SEVENTHの声が響く。
『第一捕食体との接続遮断を確認』
『再接続反応――なし』
テルテルは端末を何度も確認する。
「……切れた」
シノンも別の画面を確認した。
「地下深部の反応は?」
『対象反応、測定不能領域へ後退』
「門は?」
『再形成兆候なし』
シノンはそこでようやく息を吐いた。
「終わった……?」
アラタが周囲を見る。
残った失敗作たち。
第一捕食体の消失と同時に。
動き。
鈍る。
中央炉からの生命エネルギー供給。
すでに分離。
追加の外部干渉もない。
一体。
膝。
つく。
別の一体。
壁へ。
寄りかかる。
再生。
止まっている。
「まだ終わりじゃない」
アラタは武器を下ろさない。
「残敵確認」
シノンがすぐに答える。
「活動中八。うち五体は出力大幅低下。三体だけまだ戦闘可能」
「ノブ、タカ」
「右一」
「左二」
「カポエラ」
「行ける」
「ケンゾーは動くな」
「まだ何も言ってない」
「言う顔してた」
シェルマも呆れたように言う。
「今度こそ休め」
『全面的に同意します』
ゲシュタルト。
ケンゾー。
少し。
黙る。
「……分かった」
アラタが横を見る。
「珍しい」
「本当に限界なんだよ」
その言葉。
冗談。
ではない。
アラタ。
すぐ。
表情。
変える。
「シェルマ、ケンゾーを後ろへ」
「任せろ」
ケンゾーは反論しなかった。
ゲシュタルトも通常形態へ戻り、その出力を大きく落としている。
Bもフールを見る。
大鎌。
表面。
紫色の光。
ほとんど。
ない。
「フール」
『……聞こえてる』
声。
小さい。
カポエラがすぐに近づく。
「大丈夫?」
『坊主に心配されるほど落ちぶれてねぇよ』
「声ちっちゃいけど」
『うるせぇ』
「稼働率」
Bが聞く。
『……三十八』
カポエラの顔色が変わる。
「めちゃくちゃ減ってるじゃん!」
『封鎖切断は燃費悪ぃんだよ!』
Bは大鎌の柄を握り直す。
「戦闘形態維持できるか」
『できる』
「嘘だな」
『……四十秒くらい』
「解除しろ」
『まだ敵いるぞ』
「俺がやる」
『お前古代兵器なしで?』
「できる」
『そういうとこ親子揃って嫌いだわ』
カポエラが思わず言う。
「何で俺まで」
『似てんだよ!』
Bはフールを見た。
「解除」
数秒。
『……了解』
巨大な大鎌が縮小し、黒銀色の小型コア形態へ戻る。
Bはそれを腰へ装着した。
「カポエラ」
「何」
「左二体」
「親父は?」
「右」
「武器なしで行くの?」
「拳銃ある」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「行くぞ」
「人の話聞かないな!」
それでも。
カポエラ。
笑う。
そして。
走る。
アラタ。
前線。
整理。
「残り三体を短時間で無力化する! 高出力攻撃は禁止! 中央炉への損傷も避けろ!」
「了解!」
戦闘。
再開。
だが。
さっきまで。
違う。
第一捕食体。
いない。
生命エネルギー供給。
切れている。
異形。
再生。
しない。
シェルマ。
右側一体。
膝。
射撃。
動き。
止める。
ジェイク。
肩。
押す。
壁。
衝突。
倒れる。
ノブ。
タカ。
左右。
同時。
関節。
切る。
致命。
ではない。
動作。
停止。
カポエラ。
最後。
一体。
低い蹴り。
足。
崩す。
B。
拳銃。
エネルギー流路。
撃ち抜く。
赤いコア。
光。
消える。
数分も。
必要。
なかった。
最後の異形が床へ倒れた時。
中央炉区画。
ようやく。
本当の意味で。
静かになる。
アラタは全員を見回した。
「生存確認」
シノンが端末を操作する。
「こちら側、全員生存」
アラタ。
息。
吐く。
「保存対象」
「安定」
「負傷者」
シノンが周囲を見る。
「かなり多い」
「歩けない奴」
シノンの視線。
ケンゾー。
「一人確定」
「聞こえてるぞ」
ケンゾーが壁へ背中を預けながら言った。
「聞こえるなら元気」
「その理屈おかしくないか」
シェルマが隣で言う。
「立とうとするなよ」
「分かってる」
「本当に?」
「多分」
「信用できないな」
タケもクライを下ろした。
腕。
震えている。
ハヤッティが気づく。
「おい」
「大丈夫」
「銃下ろせ」
「下ろしてる」
「手、震えてるぞ」
タケ。
見る。
本当に。
震えている。
「……今気づいた」
レインが隣へ来る。
「力抜きなさい」
「抜いてるつもり」
「抜けてない」
レインはクライの銃身へ直接触れないよう、タケの手首を軽く支える。
「終わった直後って、身体がまだ戦ってるつもりなのよ」
「詳しいね」
「経験」
「亡霊も緊張するんだ」
「怒るわよ」
「ごめん」
ハヤッティが苦笑する。
「さっきからお前謝るの早くなったな」
「生存本能」
「正しい」
クライが低く告げる。
『保有エネルギー七十八パーセント。状態安定』
タケは小さく息を吐く。
「お前も無事か」
『稼働継続可能』
「それならいい」
一瞬。
間。
『使用者状態、不安定』
「お前にまで心配されるのかよ」
『震えを検知』
「……そうだな」
タケ。
少し。
笑う。
「でも生きてる」
『肯定』
そのやり取りを。
テルテル。
遠く。
見る。
表情。
複雑。
クライ。
あの武器。
昔。
こんな返答。
しただろうか。
もっと。
違った。
冷たい。
捕食。
命令。
目的。
だけ。
だった。
ような。
タケ。
影響。
なのか。
それとも。
クライ自身。
変わっている。
テルテルは考えかけて。
やめた。
今は。
別の問題。
ある。
「テルテル」
アラタ。
声。
呼ぶ。
テルテル。
見る。
アラタ。
シェルマ。
ケンゾー。
シノン。
B。
全員。
見る。
「……何かな」
アラタ。
目。
細い。
「終わったな」
「第一捕食体はね」
「じゃあ」
一歩。
近づく。
「話してもらおうか」
テルテル。
乾いた笑い。
「やっぱり来るよね、それ」
シェルマも肩の傷を押さえながら言う。
「俺とアラタが記憶封鎖個体」
ケンゾー。
「俺たちも同じような反応がある」
シノン。
「第一捕食体は私たちを封印者と呼んだ」
B。
「お前は管理者と呼ばれた」
テルテル。
逃げ道。
なくなる。
それでも。
すぐ。
全部。
話す。
わけには。
いかない。
記憶封鎖。
今。
完全。
解けば。
危険。
それは。
本当。
「全部は話せない」
アラタの表情が険しくなる。
「まだ隠すのか」
「違う」
テルテル。
今度。
真っ直ぐ。
見る。
「話したくないんじゃない。話すと危ない」
「何が」
「君たちの記憶が」
空気。
変わる。
テルテル。
続ける。
「今起きた反応だけでも封鎖はかなり傷んでる。ここで名前や出来事を全部繋げたら、本当に一気に戻る可能性がある」
ケンゾーが言う。
「戻るならいいんじゃないか」
「そう単純じゃない」
「なぜ」
テルテルは。
答える。
「その記憶を封じたのは、敵じゃないから」
全員。
黙る。
アラタ。
低い。
「……何?」
テルテルは。
一度。
目を閉じる。
「君たちは」
言いかける。
でも。
止める。
そして。
別の言葉。
選ぶ。
「少なくとも、無理やり奪われただけじゃない」
シェルマの表情が変わる。
「俺たち自身も関わってるってことか」
テルテル。
答えない。
でも。
それで。
十分。
だった。
アラタ。
拳。
握る。
「何を忘れた」
「今はまだ言えない」
「テルテル」
「アラタ」
テルテル。
初めて。
強く。
ではなく。
落ち着いた声で。
まっすぐ。
返す。
「俺を信用しなくていい。でも、今ここで無理に思い出すな」
アラタ。
睨む。
長い。
数秒。
そして。
息。
吐く。
「……分かった」
シェルマが驚く。
「いいのか」
「良くはない」
アラタ。
テルテル。
見る。
「でも、こいつが今まで一番本気で止めてる」
テルテルが苦笑する。
「普段どんだけ信用ないの俺」
「自覚ないのか」
「ちょっとはある」
シノンが冷たく言う。
「かなりあるでしょう」
「シノンまで」
Bが静かに周囲を見る。
「話は地上でやれ」
全員。
B。
見る。
「ここはまだ安全じゃない」
その言葉。
正しい。
施設。
損傷。
第一捕食体。
封じた。
でも。
EVE\-SEVENTH。
統合体。
保存対象。
未知。
多い。
そして。
何より。
地上との通信。
まだ。
戻っていない。
アラタ。
すぐ。
切り替える。
「シノン。通信」
「試す」
シノンが端末を操作する。
数秒。
ノイズ。
そして。
弱い。
信号。
戻る。
「……一つ拾った」
カポエラが反応する。
「ヴォルテール?」
「待って」
シノン。
調整。
雑音。
その奥。
『――こちら――中央――応答――』
アラタ。
近づく。
「ネオディールか?」
シノンが出力を上げる。
『――救援隊、応答せよ』
アラタ。
通信。
取る。
「こちらアラタ。救援隊」
ノイズ。
数秒。
そして。
はっきり。
ネオディール。
声。
『アラタ』
「全員発見した」
通信の向こう。
少し。
沈黙。
『生存者は』
「救出対象七人、全員生存。こちらも全員生存」
カポエラが小さく息を吐く。
シェルマも肩の力を少し抜く。
ネオディール。
『負傷者』
「複数。ケンゾーは重め。シェルマも軽傷。他にも消耗あり」
『ケンゾーは歩けるか』
アラタがケンゾーを見る。
ケンゾー。
少し。
考える。
「歩ける」
ゲシュタルト。
『歩行非推奨』
アラタ。
「歩けない」
「おい」
『妥当な判断です』
ネオディールの声。
僅かに。
安堵。
混じる。
『了解した。救援用の医療班を入口まで出す。地下へは入れない』
「それでいい」
『現地状況は』
アラタ。
テルテル。
見る。
テルテル。
小さく。
首。
振る。
全部。
通信。
話すな。
アラタ。
理解。
「かなり複雑だ」
『具体的には』
「超古代文明系と思われる施設。生命保存設備。未知の敵性個体複数。それと……」
アラタ。
一瞬。
止まる。
「第一捕食体とかいう化け物」
通信の向こう。
沈黙。
それまで。
短い。
でも。
今。
明らか。
長い。
アラタの目が細くなる。
「ネオディール?」
『……第一捕食体と言ったか』
テルテル。
顔。
上げる。
ケンゾー。
シノン。
B。
反応。
アラタ。
声。
低く。
「知ってるのか」
ネオディール。
答え。
少し。
遅れる。
『詳細は帰還後に話す』
アラタ。
苦笑。
「今日そればっかりだな」
テルテル。
視線。
逸らす。
シェルマ。
アラタ。
見る。
ネオディール。
続ける。
『今は施設から離脱しろ。保存対象の搬出は後回しだ。再侵入には専用部隊を組む』
シノンが尋ねる。
「施設側の生命維持は現在安定してる。放置して大丈夫?」
『どの程度持つ』
テルテルが答える。
「今の状態なら、外部干渉がなければ数日は問題ない」
通信。
一瞬。
静か。
『テルテル』
「はいはい」
『お前もいるな』
「いるよ」
『帰還後、話がある』
「……だよねぇ」
アラタが横から言う。
「列に並べ。俺たちが先だ」
ネオディール。
ほんの。
僅か。
笑った。
『好きにしろ』
その声。
それでも。
いつもより。
硬い。
『とにかく帰ってこい』
アラタ。
頷く。
「了解」
通信。
切れる。
中央炉区画。
静か。
シェルマ。
テルテル。
見る。
「ネオディールも知ってるな」
「多分ね」
「多分?」
「第一捕食体の存在そのものは」
テルテル。
それ以上。
言わない。
アラタ。
息。
吐く。
「帰ったら全員まとめて聞く」
「それがいいかもね」
ケンゾーは壁へ背中を預けたまま、先ほど黒い門があった天井を見上げていた。
第一捕食体。
封印者。
白い研究施設。
自分自身の声。
忘れている。
でも。
完全。
消えていない。
それだけ。
分かる。
「ケンゾー」
アラタが呼ぶ。
「帰るぞ」
ケンゾーは視線を下ろした。
「ああ」
立ち上がろうとする。
痛み。
顔。
歪む。
シェルマ。
即座。
「だから一人で立つなって」
「歩ける」
「ゲシュタルト」
『歩行非推奨』
「ほら」
「お前ら組んでるだろ」
「今日知り合った」
『意見一致は合理的判断によるものです』
アラタが笑う。
「担架呼ぶまで肩貸す」
「悪い」
「素直だな」
「今日二回目だぞ、それ」
「珍しいからな」
少し。
空気。
緩む。
レインは黒髪の保存少女のもとへ歩いていった。
少女は壁際に座り、まだ怯えた表情で周囲を見ている。
「終わったわ」
レインが静かに言う。
「……本当に?」
「少なくとも、今は」
少女は天井を見る。
「もう、あれは来ませんか」
「すぐには来ない」
「また来ますか」
レインは。
嘘。
言わない。
「分からないわ」
少女。
少し。
俯く。
レインは続ける。
「でも、来たらまた止める」
「どうして」
「何が?」
「私たちを」
少女は壁面に並ぶ保存カプセルを見る。
「助けるんですか」
レインは少し考えた。
「助けたいから」
「それだけ?」
「それだけじゃ駄目?」
少女。
黙る。
そして。
小さく。
首。
振る。
「……分かりません」
「じゃあ今は分からなくていいわ」
レイン。
手。
差し出す。
「立てる?」
少女はその手を見た。
数秒。
迷う。
でも。
手。
重ねる。
「……はい」
レインがゆっくり立たせる。
タケ。
その様子。
見ながら。
クライ。
下げる。
ハヤッティが隣へ来る。
「やっと帰れるな」
「多分」
「そこで多分って言うなよ」
「今日いろいろあったから信用できなくて」
「分かる」
クライ。
『外部異常接続なし』
タケ。
少し。
笑う。
「クライもそう言ってる」
「じゃあ今度こそ大丈夫か」
レインが少女を連れて戻ってくる。
「そういうこと言うと何か起きるわよ」
「やめろ」
「ハヤッティ、そういうの気にするの?」
「今日から気にすることにした」
タケが笑う。
「分かる」
アラタは全体を見渡し、帰還の隊列を組み始めた。
負傷者を中央。保存少女も中央。戦闘可能な者を前後に分け、ノブとタカが先行確認を行う。カポエラはBの近くへ残り、シェルマとジェイクがケンゾーを支える。テルテルとシノンは最後に施設側の生命維持状態を確認してから離脱する。
誰も、この施設で起きたことを完全には理解していない。
第一捕食体。
記憶封鎖。
封印者。
管理者。
クライ、ゲシュタルト、フールに残る封鎖記録。
そして、ネオディールが第一捕食体という名前に見せた反応。
疑問は増えた。
答えはほとんどない。
それでも。
今は。
地上へ戻る。
全員で。
そのことだけは。
ではなく。
そのことだけは、誰も迷わなかった。
テルテルは中央炉区画を出る直前、最後に一度だけ振り返った。
黒い門が開いていた天井には、もう何も残っていない。
しかし。
端末。
最下層。
誰にも見せていない表示。
一行。
赤い文字。
『第一捕食体――再封鎖』
その下。
もう一つ。
『第二捕食体――状態不明』
テルテルの表情から。
笑み。
消える。
彼は数秒だけ画面を見つめた後、その表示を静かに閉じた。
「……本当に、勘弁してよ」
誰にも聞こえない声でそう呟き、テルテルは先を歩く仲間たちの背中を追って、中央炉区画を後にした。