封印中枢へ続く中央通路に入ってから、一行が感じる圧力は明らかに変わっていた。
空気そのものが重くなったわけではない。呼吸も問題なくできるし、身体に直接的な負荷がかかっているわけでもない。それでも、通路の奥から流れてくる光属性の生命エネルギーが少しずつ濃くなるにつれ、皮膚の表面を細い電流が撫でているような感覚が全員にまとわりついていた。白銀色の壁面を走る光も先ほどまでとは違い、一定の周期で明滅を繰り返している。
シノンは端末に表示される数値を確認しながら、歩調を落とさずに報告した。
「封印解除率、〇・六四パーセントで一度止まった。でも内部出力は上がり続けてる。封印そのものが耐えてるだけで、エリュミエス側の生命エネルギーはまだ増えてるみたい」
「さっき一本壊れた可能性がある」
テルテルが低い声で答える。
「何が?」
「封印中枢には、神格と肉体を同時に固定するための拘束系統が複数ある。全部を一つの設備で止めると、そこを突破された時点で終わるから、別々の系統に分けてあるんだ」
アラタが前方から視線を外さずに尋ねる。
「何本ある」
「エリュミエスのところは六本だったはず」
「今壊れたのが一本?」
「たぶんね。完全に失われたのか、一時的に負荷が抜けただけなのかは中枢まで行かないと分からない」
「全部壊れたら?」
テルテルは少しだけ言葉を選んだ。
「少なくとも、今みたいに話してる余裕はなくなると思う」
その答えを聞いたカポエラが苦笑する。
「分かりやすく嫌な説明だな」
「下手に安心させるよりいいでしょ」
「それはそうだけどさ」
Bは大鎌を肩へ担いだまま、通路の奥を見つめていた。フールは先ほどまで騒がしかったが、周囲の生命エネルギー濃度が上がり始めてからは珍しく戦闘解析に集中している。
『親父』
「何だ」
『この光、妙だぞ』
「エリュミエスのものじゃないのか」
『大部分はそうだ。でも少しだけ別の信号が混じってやがる。前の地下施設で食らった外部命令系統と似てる』
テルテルが足を止めた。
「どれくらい?」
『薄い。けど消えねぇ。光に混ぜて施設中に流してるみてぇだ』
「イヴか」
アラタが尋ねると、テルテルはすぐには断定しなかった。
「可能性は高い。ただ、イヴ本体が直接ここまで出力してるなら、封印の状態は俺たちが思ってるより悪いかもしれない」
シノンが端末の解析範囲を広げる。
「外部信号として切り分けられる?」
「やってみる」
フールが答えるより早く、シノンの画面に新しい警告が表示された。
「待って。前方に生命反応が増えた」
アラタの動きが止まる。
「何体」
「五……いや、七。さっきの護衛体と似た波形だけど、全部同じじゃない」
ノブとタカが先行位置から戻ってくる。
「前方に大きな広間がある」
ノブが簡潔に報告する。
「中に白い人型が複数。まだこちらへ気づいていない」
「数は?」
「見える範囲で七体」
タカが続ける。
「中央の二体だけ形が違う。武器を持ってる」
テルテルの表情がさらに険しくなる。
「たぶん中枢護衛だ。さっきの試作型より上位」
「強い?」
レインが尋ねる。
「普通に強いと思う」
「曖昧ね」
「数千年前の機体性能を正確に覚えてろっていう方が無理だよ」
アラタは全員を見回した。
「正面から戦う必要はあるか?」
テルテルは少し考えた後、首を振る。
「できれば避けたい。中枢護衛はエリュミエスの生命エネルギーを直接使ってる。壊せば、その分だけ封印側に逆流する可能性がある」
「また壊すな、か」
Bが言う。
「今回は本当に壊さないでほしい」
『俺様の活躍を制限する奴ばっかだな!』
「大鎌で切ったら終わる可能性があるって言ってるんだよ」
『分かってるよ! だから文句言ってんだ!』
カポエラがフールを見上げる。
「自覚あるだけマシじゃん」
『坊主、今は親父側につくな!』
「いつも親父側だけど」
『家族愛が俺にだけ不利に働いてねぇか!?』
アラタは小さく息を吐いてから、通路脇の構造図へ視線を向けた。
「迂回路は?」
「左側に管理用通路があったはずだけど、今も使えるかは分からない」
テルテルが壁面の古代文字を確認する。
「少し戻れば分岐がある」
「さっきの左か」
「そう。管理区画に繋がってる。そこから中枢の制御室へ入れれば、護衛体を停止できるかもしれない」
「ならそっちを使う」
アラタは即断した。
「ノブ、タカ、戻って左通路を確認。戦闘は避けろ。残りはここで待機」
二人が頷き、音もなく後方へ戻っていく。
その間、レインは何も言わず通路の先を見続けていた。
アラタはその様子に気づく。
「まださっきの感覚があるのか」
「あるわ」
「誰かがいなくなるってやつか」
レインは小さく頷いた。
「でも、少し変わった」
「どう変わった」
「さっきは、この先へ進んだら一人足りなくなる感じだった。今はもっと曖昧になってる」
「回避できる可能性が上がった?」
「そうかもしれない。でも、消えたわけじゃない」
テルテルは会話へ入らず、前方を見たまま黙っていた。
シノンがそれを見る。
「あなた、何か知ってる?」
「知らないよ」
「本当に?」
「本当に。少なくとも今回はね」
「今回は、って言い方が気になるけど」
「そこ突っ込むと長くなるよ」
シノンはしばらくテルテルを見ていたが、やがて声を少し落とした。
「勝手にいなくならないでよ」
テルテルの視線が僅かに動く。
「急にどうしたの」
「レインの話を聞いたから」
「俺だとは限らないでしょ」
「あなたが一番やりそうだから言ってるの」
「酷い信頼だね」
「信頼してるから言ってるのよ」
その言葉に、テルテルは少しだけ黙った。
「……分かった」
「本当に?」
「今回はちゃんと戻るつもりだよ」
シノンはその返答を聞いても安心した顔をしなかった。
「つもり、じゃ困るんだけど」
「未来までは保証できないって」
「そういう言い方するから心配なの」
テルテルは困ったように笑ったが、それ以上何も言わなかった。
やがてノブから通信が入る。
『左通路、通行可能。途中で扉が一つある』
「警戒反応は?」
『なし。ただし扉は生体認証式』
テルテルが頷く。
「俺が行けば開くと思う」
アラタが即座に言う。
「全員で行く」
「分かってるって」
一行は来た道を少し戻り、管理区画へ続く左側通路へ入った。
こちらは中央通路より明らかに狭く、天井も低い。壁面には制御用らしい端末が大量に並んでいるものの、その半分近くは完全に停止していた。古代文明時代の設備とはいえ、数千年間動き続けていたわけではないらしい。
先行していたノブとタカが一枚の扉の前で待っている。
テルテルが近づくと、扉の中央に埋め込まれた円形端末が自動的に起動した。
『生体照合を開始』
青白い光がテルテルの全身を走査する。
『個体識別――テルテル』
『旧管理権限を確認』
『権限状態――制限中』
テルテルが眉を寄せる。
「やっぱり制限されてる」
『中枢管理個体による上位命令を確認』
『管理区画への進入を拒否』
「イヴ?」
アラタが尋ねる。
「たぶん」
テルテルは端末に手を置き、別の権限階層へ接続しようとした。
その瞬間、レインが反応する。
「テルテル、離れて!」
テルテルは考えるより先に身体を引いた。
直後、端末の中心から白い光が一直線に放たれ、先ほどまでテルテルの胸があった位置を貫いた。光は向かい側の壁へ突き刺さり、表面を大きく抉る。
「うわっ!」
テルテルは尻餅をつきながら端末を見る。
Bがすぐに前へ出てフールを構える。
『ギャハハ! 今のは洒落になってねぇぞ!』
アラタがテルテルを引き起こす。
「大丈夫か」
「何とか」
「レインがいなかったら胸に穴開いてたぞ」
「それは笑えないね」
レインは端末を見つめた。
「触った瞬間じゃない。権限確認が終わった後に撃つつもりだった」
「罠か」
シノンが言う。
「俺専用のね」
テルテルの顔から笑みが消えた。
「イヴは俺がここへ来ることを想定してた」
「なら、ますます単独行動するなよ」
アラタが念を押す。
「分かってる」
「今のはかなり素直だな」
「さすがに撃たれた直後だからね」
テルテルは扉を調べ直した。
「正面認証は無理。でも物理系統は残ってると思う」
「また手動解除か」
「古代文明も最終的には物理が強いんだよ」
Bが大鎌を少し持ち上げる。
「今度は切っていいのか」
「駄目」
『まだ駄目かよ!』
「ここには中枢の制御線が密集してるから、本当に切らないで」
『俺様の存在意義が否定され続けてる気がするんだが!』
「必要になったら思い切り振っていいから」
『その言葉忘れんなよ!』
テルテル、シノン、ノブ、タカの四人が扉周辺の構造を調べ始める。
アラタはその間に周囲の警戒を続けた。
「レイン」
「何?」
「さっきの感覚は?」
「まだある。でも少し弱い」
「扉を迂回したからか」
「分からない。ただ、ここに来る前よりは遠くなった感じがする」
「ならこのルートで正解かもしれないな」
レインは頷いたものの、すぐに別の方向へ顔を向けた。
「でも別の何かが近づいてる」
「どこから」
「後ろ」
アラタが振り向く。
「全員、警戒!」
全員が一斉に構えた。
数秒後、来た道の奥から小さな足音が聞こえてくる。
護衛体のような重いものではない。
人間に近い。
それも一人。
Bがフールを前へ出す。
「止まれ」
足音が止まった。
暗い通路の先から、白い衣服を身につけた小柄な人影がゆっくりと姿を現す。
少女だった。
年齢は十代前半ほどに見える。
長い銀色の髪。
青白い肌。
裸足。
そして両目は閉じられている。
シノンが端末を向ける。
「生命反応あり。現代人じゃない」
テルテルが少女を見る。
「保存個体?」
「違う」
少女がゆっくりと顔を上げた。
閉じていた瞼が開く。
両目は青い。
しかしその奥に、細い金色の光が走っていた。
「テルテル」
少女が名前を呼ぶ。
本人の声ではない。
テルテルはすぐに理解した。
「イヴ」
少女の口元が微かに動く。
「違います。この個体はイヴではありません」
「じゃあ誰」
「この施設に残されていた補助人格です」
シノンが一歩前へ出る。
「EVE-SEVENTHみたいなもの?」
「構造は異なります」
少女は淡々と答えた。
「私は封印監視補助人格、LUX-THREE。エリュミエス・リュミエールの精神状態を監視するために作られました」
テルテルの顔に驚きが浮かぶ。
「LUX-THREE……まだ残ってたの?」
「管理者テルテル。あなたの記録を確認しています」
「俺が作った?」
「一部設計へ参加しています」
アラタがテルテルを見る。
「またか」
「いや、本当に全部は覚えてないんだって」
「お前、昔どれだけ色々作ってたんだ」
「便利屋だったんだよ」
「今とあまり変わらないな」
テルテルが何か言い返そうとしたが、LUX-THREEが先に続けた。
「時間がありません」
その声に全員の表情が変わる。
「エリュミエス・リュミエールの精神自己保持率が低下しています」
テルテルがすぐに聞き返す。
「どれくらい」
「現在六十八・二パーセント」
「さっきまで本人の意識が残ってた」
「現在も残っています。しかし外部からの精神書き換え処理が継続中です」
「イヴか」
「対象名称、イヴ。世界管理中枢由来の命令信号と一致します」
アラタが質問する。
「止められるか」
「可能性はあります」
「方法は?」
LUX-THREEはテルテルを見る。
「封印を強化するだけでは不十分です」
「何で」
「現在の侵入経路は封印外部ではなく、神格構造内部に存在しています」
テルテルの表情が変わる。
「まさか……昔の神格接続そのものが残ってる?」
「肯定」
シノンが説明を求める。
「どういう意味?」
テルテルは少し考えながら答えた。
「六大神は、イヴから力を与えられただけじゃない。神格化された時に、イヴの管理系統と直接繋がる構造を組み込まれてる。昔はそこを完全に切れなかったから、六人ごと封印するしかなかった」
「今もその回線が残ってる?」
「そういうことになる」
LUX-THREEが頷く。
「世界管理中枢の活動再開により、旧接続経路が再構築されています」
「切れる?」
アラタの問いに、テルテルはすぐには答えなかった。
「理論上は」
「また嫌な言い方だな」
「実際にやったことないからね」
「何が必要」
テルテルはLUX-THREEを見る。
「中枢へ入る必要がある?」
「肯定」
「エリュミエスのすぐ近くまで?」
「肯定」
シノンが眉を寄せる。
「つまり完全覚醒寸前の六大神の目の前で作業することになる」
「そうなるね」
「成功率は?」
「今は出せない」
アラタは腕を組んだ。
「最悪の場合、封印を強化して撤退できるか」
LUX-THREEが答える。
「可能。ただし現在の侵入処理が継続する場合、封印強化のみでは再度同じ状態へ移行します」
「時間稼ぎにしかならない」
「その通りです」
テルテルはしばらく黙っていた。
やがて顔を上げる。
「神格接続を切る」
シノンがすぐに反応した。
「簡単に決めないで」
「簡単じゃないよ」
「だったらもっと考えて」
「考えてる。でも、ここで封じ直すだけだと次はもっと早く起きる。それにエリュミエス本人がまだ抵抗してる今の方が、切り離せる可能性は高い」
「失敗したら?」
「その時は封印を閉じる」
アラタがテルテルを見る。
「お前一人でやるつもりじゃないだろうな」
「さすがに今回はないよ」
「本当に?」
「中枢操作に複数人必要になると思う。俺一人じゃ無理」
その返答にアラタは少しだけ安心した。
「なら先に制御室を開ける」
LUX-THREEが扉へ近づく。
「私の補助権限を使用できます」
「イヴに上書きされてない?」
「一部損傷していますが、管理者テルテルより現在は高い局所権限を保持しています」
「それ地味に傷つくなぁ」
「感情的評価は不要です」
「こういうところ、昔の俺が作った感じするな」
LUX-THREEが端末へ手を触れる。
今度は攻撃が発生しなかった。
『補助人格LUX-THREEを確認』
『緊急管理権限を承認』
『管理区画ロック解除』
重い駆動音とともに扉が開く。
その向こうには、広い制御室が広がっていた。
中央には巨大な立体投影装置があり、その上に封印中枢の構造が表示されている。
六本の拘束帯。
そのうち一本が赤く表示されていた。
「やっぱり一本死んでる」
テルテルが走って中央端末へ向かう。
シノンも隣で解析を始めた。
「残り五本の負荷が上昇してる」
「一本分を全部で支えてるからね」
「どれくらい持つ?」
LUX-THREEが答える。
「現在の出力上昇が継続した場合、第二拘束帯の破損まで推定四十三分」
アラタが険しい顔になる。
「四十三分以内にどうにかする必要がある」
「それより早いかもしれない」
テルテルが画面を拡大する。
「イヴ側の侵入信号が増えてる」
シノンも確認する。
「本当だ。さっきより明らかに強い」
その瞬間、中枢構造の中央に新しい表示が現れた。
『精神自己保持率――六十七・八パーセント』
続けて数字が少しずつ下がり始める。
六十七・七。
六十七・六。
六十七・五。
テルテルの顔から完全に笑みが消えた。
「まずい」
「何が」
アラタが尋ねる。
「封印が壊れるより先に、エリュミエスの人格がイヴ側へ戻されるかもしれない」
「それが起きたら?」
「本人が封印に抵抗するようになる」
シノンが理解する。
「今は本人が封印維持に協力してるから、まだ〇・六パーセント程度で済んでる」
「そう。本人がイヴ側についたら、一気に持っていかれる」
アラタは迷わなかった。
「作戦を変更する。第一目標を神格接続の遮断にする。封印強化は失敗時の第二案だ」
「了解」
Bがフールを構え直す。
「俺たちは何をすればいい」
テルテルが中枢構造を操作する。
「まず中枢までの道を開ける。護衛体は制御室から停止できるはず」
「できるはず?」
「今探してる!」
『だったら急げ! 俺様は暴れられりゃ何でもいいぞ!』
「だから壊すなって言ってるでしょ!」
『注文の多い戦場だな!』
カポエラが笑う余裕もなく、装備を確認し直した。
「中枢に入った後は?」
テルテルは立体表示を分割し、エリュミエスの神格構造へ繋がる六本の光線を示した。
「これがイヴとの旧接続経路。今はそのうち一本が完全に再接続されて、残りも再構築中」
「一本だけなら切れる?」
「物理的な線じゃないから普通に斬っても無理。でも接続が実体化する瞬間がある」
Bがフールを見る。
「お前の仕事か」
『ギャハハ! ようやく来たな!』
テルテルが頷く。
「フールなら空間接続を切った実績がある。第一捕食体の門を切った時と似た原理でいけるかもしれない」
『任せろ!』
「ただし六十二パーセントなんだよね」
『できるっつーの!』
Bが尋ねる。
「何本」
「今は一本。できれば再接続されかけてる残りもまとめて処理したい」
『六本か』
フールの声が少し低くなる。
「無理か?」
『無理とは言ってねぇ。ただ、前回みてぇに全力で空間線を切ったら、また稼働率は落ちる』
「どこまで」
『知らん。四十切る可能性はある』
Bは少し考えた後、短く答えた。
「必要ならやる」
『そう言うと思ったぜ』
テルテルがBを見る。
「無茶はしないで」
「お前が言うな」
アラタも同時に言う。
「本当にお前が言うな」
「二人同時は酷くない?」
シノンが小さく息を吐いた。
「今のは仕方ないでしょう」
テルテルは一瞬だけ苦笑したが、すぐに画面へ戻る。
「それと、接続を切る間はエリュミエス本人の出力を抑えないと駄目。イヴ側が危険を察知したら、強制的に神格を起動する可能性がある」
「誰が抑える」
「俺が話す」
アラタが即座に首を振る。
「それだけ?」
「言葉だけじゃない。旧管理コードを使って精神層に呼びかける」
「危険は?」
テルテルは数秒黙った。
「少しある」
「少しってどれくらい」
「接続先にイヴもいるから、逆にこっちへ干渉される可能性はある」
シノンが睨む。
「それを少しって言うの?」
「でも他に方法がない」
アラタはテルテルを見た。
「一人で接続させない」
「でも」
「シノンが監視。異常が出たら強制切断。俺もそばにいる」
「精神接続だから物理的に止めても」
「殴れば止まるかもしれない」
「雑だなぁ」
「お前にはそれくらいでいい」
テルテルはしばらくアラタを見た後、やがて頷いた。
「分かった」
LUX-THREEが中枢扉の状態を表示する。
「護衛体制御へアクセス可能。停止命令を実行します」
制御室の外で低い振動が続いた。
数秒後、シノンが外部反応を確認する。
「七体全部停止した」
「進める」
アラタは銃を構え直した。
「中枢へ行く。時間は四十分もないと思え」
一行は制御室を離れ、再び中央通路へ戻った。
先ほど反応していた七体の護衛体は広間の中で停止している。白い装甲を持つ五体は立ったまま動きを失い、中央の二体は長い槍と盾のような神格兵装を持った状態で片膝をついていた。
その間を慎重に進む。
テルテルは中央の一体を横切った時、わずかに歩調を落とした。
「これも知ってるの?」
アラタが尋ねる。
「見覚えはある。エリュミエスの封印戦の後に配置したはず」
「俺もいた?」
その問いにテルテルは答えなかった。
アラタは少しだけ頭痛を感じ、白い槍を持つ護衛体へ目を向ける。
ほんの一瞬だけ、視界が揺れた。
白い都市。
崩れた塔。
巨大な光。
誰かが叫んでいる。
『右側を押さえろ! エリュミエスの射線を切れ!』
声。
自分。
そう思った瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……」
アラタが額を押さえる。
テルテルがすぐに腕を掴んだ。
「追わないで!」
「分かってる」
「今何が見えた?」
「白い街。戦闘。それだけだ」
「それ以上は思い出さなくていい」
「お前は知ってるんだな」
テルテルは視線を逸らした。
「今は進もう」
「帰ったら話せ」
「分かってる」
アラタは深追いしなかった。
やがて広間の最奥に、巨大な円形扉が現れた。
表面には六枚の翼と、中央に一つの光輪を組み合わせた紋章が刻まれている。
テルテルが足を止める。
「ここだ」
シノンが端末を見る。
「この向こうに生命反応一つ。出力が測定上限に近い」
「エリュミエスだね」
「入る前に確認する」
アラタは全員を見回した。
「目的は戦うことじゃない。エリュミエスをイヴから切り離す。攻撃されても、可能な限り本人への致命傷は避ける。ただし、こちらが死ぬ状況になったら迷うな」
Bが頷く。
「了解」
カポエラ、ノブ、タカも続く。
レインは扉を見つめていた。
「アラタ」
「どうした」
「さっきの感覚、また強くなった」
「誰かがいなくなる?」
「うん」
レインはしばらく周囲を見た後、テルテルを見る。
「多分……テルテル」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
テルテル自身も驚いたようにレインを見る。
「俺?」
「確定じゃない。でも一番近い」
シノンの表情が険しくなる。
「だから言ったでしょう」
「いや、俺も今聞いたんだけど」
「帰る?」
シノンは真剣だった。
「今ならまだ戻れる」
テルテルは扉を見る。
その向こうにエリュミエスがいる。
数千年前。
助けられなかった相手。
再びイヴに飲み込まれようとしている。
「帰れないよ」
「テルテル」
「レインが見てるのは確定した未来じゃないんでしょ」
レインが頷く。
「そうだと思う」
「なら変えればいい」
「簡単に言わないで」
シノンの声が強くなる。
テルテルは彼女を見る。
「簡単じゃない。でもここで俺が戻ったら、エリュミエスを助けられる可能性はかなり下がる」
「あなたがいなくなる可能性は?」
「帰ってくるように努力する」
「またそれ?」
シノンは唇を噛んだ。
テルテルは少し困ったような顔をした。
「大丈夫って言い切るのは嘘になる。でも、自分から消えるつもりはないよ」
アラタがテルテルの肩を掴む。
「絶対に単独で残るな」
「分かってる」
「何かあっても一人で処理するな」
「分かってる」
「俺が撤退と言ったら戻れ」
テルテルは一瞬だけ黙った後、頷いた。
「了解」
アラタはそれを確認してから扉へ向き直った。
「開けるぞ」
LUX-THREEが扉の端末へ接続する。
『封印中枢進入要求』
『緊急管理権限を確認』
『封印対象精神自己保持率――六十一・四パーセント』
テルテルの表情が変わる。
「下がりすぎてる」
「急げ」
『中枢扉を開放します』
巨大な扉が左右へゆっくりと開いていく。
隙間から白い光が溢れ、通路全体を照らした。
光が強すぎて、最初は何も見えない。
やがて目が慣れてくる。
その先には、直径数百メートルはある巨大な円形空間が広がっていた。
中央。
幾重もの光の拘束帯に包まれた女性が浮いている。
茶色の長い髪。
白いドレス。
閉じられた左目。
開いている右目は青い。
だが、その奥には金色の光が混じっている。
彼女の傍らには、蒼いクリスタルを抱く長杖が浮かんでいた。
テルテルが立ち止まる。
「エリュミエス……」
女性の右目が動く。
テルテルを見る。
次にアラタ。
シノン。
B。
レイン。
カポエラ。
ノブ。
タカ。
その一人一人を見た後、再びテルテルへ戻る。
「……来たのですね」
声は弱い。
それでも、先ほど通信越しに聞いたものよりは明確だった。
テルテルがゆっくり前へ出る。
「久しぶり」
「何千年ぶりでしょう」
「数えるのやめた」
エリュミエスの口元がほんの僅かに緩む。
「あなたらしいですね」
テルテルも少しだけ笑った。
「君は変わらないね」
「身体は……変わらないだけです」
その言葉に、テルテルの表情が僅かに曇る。
エリュミエスはそれを見ていた。
「帰ってください」
「それは無理」
「私は、もう長く持ちません」
「だから来たんだよ」
「違います」
拘束帯が一度大きく震える。
白い光が室内へ広がり、全員が反射的に身構えた。
エリュミエスは苦しそうに目を閉じる。
「イヴが……戻ってきています」
「分かってる」
「私の中に、また入ってくる」
「それも分かってる」
「なら、どうして来たのですか」
テルテルは迷わず答えた。
「今度こそ君を切り離すため」
エリュミエスの瞳が揺れる。
「できません」
「やってみないと分からない」
「以前もできなかった」
「今回は条件が違う」
「何が違うのですか」
テルテルは後ろを見る。
B。
フール。
アラタ。
シノン。
レイン。
仲間たち。
「俺一人じゃない」
エリュミエスはしばらく何も言わなかった。
やがて、静かに涙が流れる。
「あなたは昔から……そうやって希望を捨てませんね」
「悪い癖かな」
「いいえ」
エリュミエスは小さく首を振る。
「だから怖いのです」
テルテルの表情が変わる。
「何が?」
「あなたが、また自分を犠牲にすることが」
その言葉にシノンが反応する。
「また?」
テルテルは一瞬だけエリュミエスを見る。
「今はその話しなくていいでしょ」
「テルテル」
アラタも低い声で呼ぶ。
「昔、何をした」
「後で」
「またそれか」
「今は本当に後!」
その瞬間、施設全体が激しく振動した。
『警告』
『精神自己保持率――五十八・九パーセント』
『神格接続再構築率――三十二パーセント』
エリュミエスが苦しそうに身体を反らす。
「来ます……!」
テルテルが振り向く。
「B、準備!」
「了解」
フールが大鎌を大きく展開する。
『ギャハハハ! ようやく俺様の番だ!』
しかし笑い声とは裏腹に、フールの解析音声は真剣だった。
『空間接続反応確認! 一、二……六本! 全部この女に向かってる!』
「まだ全部繋がってない?」
『一本は完全接続! 残り五本は途中だ!』
「完全接続から切る!」
アラタが全員へ指示を飛ばす。
「シノンは中枢解析。ノブ、タカ、左右の制御端末を確保。カポエラはBの支援。レインは攻撃予測。俺はテルテルを守る!」
「俺を守るって言い方、ちょっと恥ずかしいな」
「黙って作業しろ!」
「はい!」
テルテルは中央端末へ向かって走った。
その背後で、エリュミエスの周囲に金色の光が集まり始める。
イヴの声が中枢全体へ響いた。
「不要な干渉を確認しました」
テルテルが端末を操作しながら答える。
「ずっと言いたかったんだけどさ」
「何でしょう」
「君、本当にしつこいよ」
「世界管理には継続性が必要です」
「そういうところだよ!」
金色の光が弾ける。
レインが即座に叫ぶ。
「右から来る! 三秒後、床沿い!」
「全員跳べ!」
アラタの指示とほぼ同時に、金色の光線が床を薙ぎ払った。
全員がそれぞれの方法で回避する。
Bは大鎌を地面へ突き立て、身体を持ち上げるように跳ぶ。カポエラは壁を蹴って高く逃れ、ノブとタカは左右へ分かれる。テルテルはアラタに襟を掴まれ、半ば引きずられる形で光線を避けた。
「自分で避けられたよ!」
「お前の回避を信用してない!」
「酷いな!」
光線が過ぎた直後、シノンが叫ぶ。
「接続の一つが可視化した!」
エリュミエスの背後に、細い金色の線が現れる。
空間そのものから彼女の背中へ伸びている。
「B!」
「見えてる!」
Bが大鎌を構える。
『接続固定確認! 切れるぞ!』
「やれ!」
Bが一気に踏み込む。
フールの刃へ紫色の光が集まり、金色の接続線へ向かって振り抜かれた。
『ギャハハハハ! 消えろやぁ!』
紫の斬撃が空間ごと金色の線を断ち切る。
中枢全体が震えた。
エリュミエスが大きく息を吸う。
金色に染まりかけていた右目の光が僅かに薄くなる。
『神格接続一系統――切断』
テルテルが叫ぶ。
「成功!」
「残り五本!」
シノンがすぐに続ける。
「でもイヴ側の再構築速度が上がってる!」
『当たり前だろ! 向こうも切られっぱなしじゃねぇ!』
フールの声に重なるように、イヴが静かに告げる。
「管理者テルテル。あなたは再び同じ誤りを選択しています」
テルテルは端末から目を離さない。
「そうかもね」
「過去の結果を忘れたのですか」
「忘れてないよ」
「ならば理解できるはずです」
「分かってるからやってるんだよ」
テルテルが操作を続ける。
「昔は六人ごと封じた。でも今回は接続だけ切る。君から六人を取り戻す」
「不可能です」
「そういうのは成功してから言って」
「論理的ではありません」
「人間はそういうものだって、昔から言ってるでしょ」
その言葉を聞いたエリュミエスの表情が僅かに変わった。
「……テルテル」
「聞こえてる?」
「はい」
「少しだけ協力して」
「何を……」
「自分の力を抑えて。接続が表へ出る瞬間を長くしてほしい」
「できるか……分かりません」
「できる範囲でいい」
エリュミエスは目を閉じた。
呼吸を整える。
全身を流れている光属性生命エネルギーが、激しく揺れながらも少しずつ収束していく。
『対象による自己出力抑制を確認』
LUX-THREEの声が響く。
『神格接続第二系統、可視化時間延長』
「来る!」
レインが左上を指す。
「B、あそこ!」
「見えた!」
第二の金色線が浮かぶ。
Bが踏み込もうとした瞬間、床から白い光が突き上がった。
レインが先に動いてBの肩を引く。
「一歩右!」
Bがそのまま右へ身体を流す。
光柱が左脇を掠める。
「助かった」
「まだ次が来る!」
『親父! 前!』
フールの警告と同時に金色の光球が三つ飛んでくる。
Bは大鎌を横へ回し、刃ではなく柄で二つを弾いた。残る一つはカポエラが壁を蹴って方向を変え、蹴りの衝撃で軌道を逸らす。
「今!」
レインの声。
Bが大鎌を振る。
第二の接続線が切断される。
『神格接続第二系統――切断』
フールの稼働率が一気に低下する。
『稼働率五十四パーセント!』
「まだいけるか」
『誰に聞いてやがる!』
「お前にだよ」
『行ける!』
テルテルは端末上の変化を見る。
「精神自己保持率が戻ってる!」
五十八・九。
六十・二。
六十一・五。
エリュミエスの右目から金色がさらに薄くなる。
「効いてる」
アラタが言った。
「このまま全部切るぞ」
その直後、エリュミエスが突然目を見開いた。
「テルテル、下がって!」
「え?」
中央端末の下から金色の光が噴き上がる。
アラタがテルテルへ飛びつき、二人まとめて床を転がった。
次の瞬間、テルテルが操作していた端末が光に包まれ、表面の半分が溶けるように消失した。
「危なっ……」
「だから一人で前に出るな!」
「端末がそこにあるんだから仕方ないでしょ!」
「今そういう話してない!」
シノンが叫ぶ。
「制御端末損傷! 別端末へ切り替える!」
テルテルが起き上がる。
「俺が行く!」
「待て!」
「時間ないって!」
テルテルは隣の補助端末へ走る。
アラタも後を追う。
その途中。
中枢上空に黒い裂け目が開いた。
フールが笑いを止めた。
『おい』
Bが見上げる。
「何だあれ」
『空間接続だ。けど六本の線とは違う』
テルテルも足を止める。
「イヴの直接接続?」
裂け目の奥。
金色の瞳。
巨大。
現れる。
エリュミエスの身体が強張る。
「嫌……」
イヴの声が中枢全体へ響く。
「修正処理を開始します」
テルテルの顔色が変わる。
「全員、離れて!」
金色の瞳から光が落ちる。
エリュミエスへではない。
テルテルへ。
レインが叫ぶ。
「テルテル!」
アラタが腕を伸ばす。
しかし光の方が早い。
テルテルの周囲を金色の円環が包み、空間が歪む。
「何これ!?」
テルテルが自分の周囲を見る。
フールが叫ぶ。
『転送じゃねぇ! 座標ごと切り離そうとしてる!』
Bが大鎌を構える。
「切れるか!」
『やるしかねぇだろ!』
Bが金色の円環へ向かって走る。
しかしイヴ側から別の光線が降り注ぎ、進路を塞ぐ。
レインが未来の攻撃を読み上げる。
「B、左! 次は二発!」
Bは大鎌で一発を逸らし、もう一発を身を低くして避ける。
その間にもテルテルを囲む空間は少しずつ歪みを強めていく。
アラタがテルテルの腕を掴んだ。
「こっち来い!」
「動けない!」
「何だと!」
「足元の空間が固定されてる!」
シノンが端末を操作する。
「解除できない! 施設側の制御じゃない!」
エリュミエスが苦しそうに声を上げる。
「イヴ、やめて!」
「管理者は不要です」
「やめて!」
エリュミエスの生命エネルギーが一気に上昇する。
その反発によって金色の円環が一瞬だけ揺らいだ。
テルテルが身体を動かせる。
「今!」
アラタが強く引く。
テルテルの身体が円環の外へ半歩出る。
しかし同時に、空間の裂け目から新しい光が降り、アラタの足元を狙う。
レインが叫ぶ。
「アラタ、離れて!」
アラタは避けなかった。
「テルテルを出す!」
光が近づく。
Bが横から大鎌を投げるように振り抜く。
紫色の斬撃が光線へ衝突し、軌道を僅かに逸らした。
光はアラタの肩を掠め、背後の床を消し飛ばす。
「アラタ!」
「大丈夫だ! 引け!」
テルテルもアラタの腕を掴む。
「一緒に下がる!」
その時。
テルテルの背後。
まだ切断されていない神格接続の一本が突然太くなる。
イヴがそこから大量の生命エネルギーを送り込んだ。
エリュミエスが叫ぶ。
「駄目!」
中枢全体が白い光に包まれる。
衝撃。
アラタとテルテルの身体が離れる。
アラタは数メートル後方へ吹き飛び、床へ転がった。
テルテルは金色の円環の内側へ戻される。
シノンが顔を上げる。
「テルテル!」
テルテルも叫ぶ。
「俺はまだ大丈夫!」
「そこから出て!」
「出ようとしてる!」
Bがフールを拾い上げる。
『稼働率四十九! でも切れる!』
「円環を切るぞ」
Bが構える。
テルテルが首を振る。
「待って!」
「何でだ!」
「今切るとエリュミエス側の接続も一緒に巻き込む!」
「じゃあどうする!」
テルテルは一瞬だけ中枢構造を見た。
残り四本。
神格接続。
イヴの直接円環。
そして自分。
複数の座標が重なり始めている。
「先に残りの接続を切って!」
シノンが叫ぶ。
「そんな時間ない!」
「ある!」
「何を根拠に!」
「俺が持たせる!」
アラタが立ち上がる。
「駄目だ!」
「このまま円環だけ切ったら、イヴがエリュミエスの神格側へ逃げる! 先に接続全部落とせ!」
「その間お前はどうする!」
「何とかする!」
「それをやめろって言ってるんだ!」
テルテルは一瞬だけ黙った。
アラタの顔を見る。
シノン。
B。
レイン。
全員。
「……ごめん」
シノンの表情が変わった。
「テルテル」
「でも今はこれが一番生存率高い」
「誰の!」
「全員の」
「あなたを除いてでしょう!」
テルテルは答えなかった。
それだけで十分だった。
シノンが円環へ走ろうとする。
ノブとタカが前へ出て支える。
「危険」
「でも!」
アラタが歯を食いしばる。
「テルテル! 絶対に消えるな!」
「努力するよ!」
「努力じゃなく戻れ!」
「分かった!」
今度の返答だけは、いつものような軽さがなかった。
テルテルは中央端末へ向き直り、円環の内側から古代管理コードを走らせる。
「エリュミエス!」
「はい……!」
「あと少しだけ抑えて!」
「やって……みます……」
「B!」
「分かってる!」
第三の接続線が可視化する。
レインが叫ぶ。
「三秒だけ! 右上!」
Bが走る。
フールの大鎌が紫色に輝く。
『ギャハハハ! 三本目ぇ!』
斬撃。
切断。
『第三系統――切断』
フールの稼働率が四十三パーセントへ落ちる。
テルテルを囲む円環が激しく揺れる。
イヴの金色の瞳が細くなる。
「抵抗を確認」
「今さら?」
テルテルが笑う。
「こっちはずっと抵抗してるよ」
「無意味です」
「それ決めるのは君じゃない」
第四の接続線が浮かぶ。
「B!」
『見えてる!』
フールが再び振り抜かれる。
今度は切断までに時間がかかる。
刃が金色の線へ食い込み、空間全体が軋む。
『硬ぇ!』
「押し切れ!」
『誰に言ってやがる!』
Bが全身の力を込める。
カポエラも大鎌の柄へ手を添える。
「親父!」
「押せ!」
二人で大鎌を押し込む。
金色の線が切れる。
『第四系統――切断』
フールの稼働率は三十七パーセントまで低下した。
『おい、あと二本は結構キツいぞ!』
「無理なら言え」
『無理とは言ってねぇ!』
エリュミエスの精神自己保持率が六十七パーセントまで戻る。
彼女の両目から金色が薄れ、青い瞳がはっきりと見え始める。
「テルテル……」
「大丈夫?」
「私より……あなたが……」
「こっちはまだ元気」
「嘘です」
「バレた?」
エリュミエスが涙を流しながら、ほんの少し笑った。
その直後。
イヴの声が変わった。
感情はない。
しかし処理段階が変わったことだけは分かる。
「管理者テルテルを隔離対象へ指定します」
テルテルの顔から笑みが消える。
「それは嫌だな」
金色の円環が一気に収縮する。
アラタが叫ぶ。
「テルテル!」
シノンが制御端末を叩く。
「止められない!」
レインが目を見開く。
「来る!」
「何が!」
「テルテルが消える!」
その言葉と同時に、円環の内部が黒く反転した。
光ではない。
空間そのものが切り抜かれたように、テルテルの周囲だけ景色が失われる。
テルテル自身も一瞬だけ驚いた顔をした。
そして。
アラタたちを見る。
「残り二本!」
「今そんなこと言ってる場合か!」
「切って!」
テルテルは自分の端末をアラタへ投げた。
「それに管理コード入ってる!」
アラタが受け取る。
「お前も来い!」
「出られたら行くよ!」
「テルテル!」
黒い空間がテルテルの足元から広がっていく。
シノンが走る。
「待って!」
テルテルは最後にシノンを見る。
「ちゃんと戻るつもりだったんだけどね」
「そんなこと言わないで!」
「ごめん」
その言葉を最後に。
空間が閉じた。
テルテルの姿が消える。
生命反応。
通信。
位置情報。
すべて。
同時に消失した。
シノンは何も言えなかった。
アラタも端末を握ったまま動けない。
ただレインだけが、しばらくテルテルがいた場所を見つめていた。
「……死んでない」
アラタが振り向く。
「分かるのか」
「分からない。でも、さっき感じてた『いなくなる』感覚がこれなら、死んだ感じじゃない」
「どこへ行った」
「そこまでは分からない」
シノンが唇を噛む。
「じゃあ探す」
「今は駄目だ」
アラタが言った。
「でも!」
「テルテルが残した仕事がある」
アラタは自分でもその言葉を口にするのが辛かった。
それでも指揮官として止まることはできない。
「残り二本を切る。エリュミエスを助ける。それからテルテルを探す」
シノンはしばらく何も言わなかったが、やがて小さく頷いた。
「……分かった」
Bがフールを構え直す。
『三十七パーセント。残り二本。やれる』
「やるぞ」
『ああ』
エリュミエスはテルテルが消えた場所を見つめたまま、震えていた。
「また……私のせいで……」
「違う」
アラタがはっきりと言った。
「テルテルが自分で選んだ。でも、終わってない」
「ですが……」
「本人が戻ると言った。なら戻す」
アラタはテルテルから受け取った端末を開く。
管理コードが残っている。
その最上部には、短いメッセージが表示されていた。
『エリュミエスを先に助けて』
アラタは一度だけ目を閉じた。
「最後まで勝手な奴だな」
シノンが隣へ立つ。
「帰ってきたら絶対怒る」
「ああ」
「かなり長く」
「好きなだけ怒れ」
シノンは涙を拭い、端末へ向き直った。
「第五接続、可視化準備に入る」
Bが大鎌を構える。
レインは攻撃の未来を探す。
ノブとタカが左右の制御系統へ移動し、カポエラはBの後方へつく。
アラタは中央に立ち、全員を見渡した。
「続行するぞ」
テルテルは消えた。
だが、戦いは終わっていない。
そして中枢の遥か奥では、イヴの金色の瞳が静かに閉じていった。
「管理者の隔離を完了しました」
その声は誰にも届かなかった。
「次工程へ移行します」
同じ瞬間。
世界各地に眠る五つの封印施設で、六大神の残る五人がわずかに反応した。
黒い封印空間の中でトレイス・ラインフォードの金色の瞳が開き、深海ではエスクァイア・インスの指がゆっくりと動く。炎の封印炉ではマリウスのレーヴァテインが赤く燃え上がり、風の封印ではオズワルドの白い翼が大きく震えた。サリアの巨大剣には赤い光が走り、彼女の閉じられていた瞼が僅かに持ち上がる。
まだ完全復活には至っていない。
しかしテルテルが隔離されたことで、何か一つの条件が満たされたかのように、六大神の封印解除率は同時に上昇を始めていた。