青白い閃光が消えてからもしばらくの間、廃墟となった市街地には奇妙な静けさが残っていた。
先ほどまで銃声と爆発音が絶え間なく響いていたにもかかわらず、今は雨が崩れた道路や瓦礫を叩く音ばかりが耳に残る。高層ビルの中央部分を丸ごと消し去った一撃は、そこにいた全員の意識を強引に現実へ引き戻すには十分すぎるものだった。敵対していた武装兵たちも同様だったらしく、生き残った者たちは戦闘を継続するどころか、青白い光が放たれた方向を恐れるように見た後、蜘蛛の子を散らすように廃墟の奥へ退いていった。
ケンゾーは追撃しなかった。
戦闘の目的は敵の殲滅ではない。彼らの本来の任務は、第三区画で発生している武装衝突への介入と、ヴォルテール社から指定された物資の搬送。そして今、その任務以上に危険な異常事態が眼前で発生している。
「逃げた敵は放置する」
ゲシュタルト・レーヴェを通常形態へ戻しながら、ケンゾーは周囲へ視線を巡らせた。
「シノン、負傷者は」
「こっちは全員問題なし。軽い打撲と擦り傷程度ね」
シノンはそう答えると、新兵三人を一人ずつ確認していく。タケは頬に小さな切り傷があったものの、戦闘行動に支障はない。ハヤッティは不時着の際に肩を軽く打ったらしく何度か腕を回していたが、それ以上の負傷はなかった。
そしてレイン。
「レインは?」
「私は大丈夫」
彼女は自分の身体を確認しながら答えた。
「弾も当たってないし」
「それは見てれば分かる」
ハヤッティが疲れたように言った。
「というか、何で本当に一発も当たってないんだよ。さっき何人から撃たれてたと思ってるんだ?」
「数えてないわ」
「俺は途中から数えるの諦めたよ!」
レインは不思議そうに首を傾げる。
「当たりそうなところにいなければいいだけでしょう?」
「それができないから普通は被弾すんだろ!」
「ハヤッティ」
タケが真剣な顔で彼の肩へ手を置いた。
「考えたら負けだ」
「お前はさっきケンゾーさん見て足止めてただろうが!」
「それとこれとは別だ!」
「別じゃない!」
シノンが苦笑する横で、テルテルは瓦礫へ腰掛けながら三人のやり取りを眺めていた。
「やっぱ亡霊って呼ばれるだけあるな、レイン」
「その呼び方、あまり好きじゃないんですけど」
レインが少し眉を寄せる。
「何で? 格好いいじゃん」
「本人が生きてるのに亡霊って言われるの、微妙じゃないですか?」
「じゃあ不死身のレイン」
「もっと嫌です」
「弾除けの女王」
「全然避けてる感じがしません」
「回避姫」
「却下です」
「テルテルさん、遊ばないでください」
ハヤッティが口を挟む。
「本人嫌がってるでしょうが」
「ハヤッティは面倒見がいいなぁ」
「誰のせいでこうなったと思ってるんですか!」
そんなやり取りから少し離れた場所で、Bは大鎌を肩へ担いだまま、青白い閃光の発生地点を見つめていた。
フール・オブ・グレモリーの巨大な湾曲刃には、先ほどまで走っていた紫色の光がまだ微かに残っている。しかし普段なら何かにつけて笑い声を響かせるフールが、今は不自然なほど静かだった。
「フール」
『……何だ』
「まだ笑わないのか」
『あァ?』
「珍しい」
『俺だって年中笑ってるわけじゃねぇよ』
数秒の沈黙。
そして。
『……ギャハハ』
「無理して笑うな」
『うるせぇ』
Bは大鎌の刃へ視線を落とした。
「さっきの反応。本当に覚えてないのか?」
『覚えてねぇ』
フールの声から、いつものふざけた調子が薄れている。
『だがよ。見た瞬間に分かった。ありゃ俺たちと同じだ』
Bの表情が僅かに険しくなる。
「古代兵器?」
『それだけじゃねぇ』
「どういう意味だ」
『分からねぇからムカついてんだよ』
フールの刃が小さく震えた。
『頭の奥に引っかかってやがる。名前も形も思い出せねぇ。けど、ありゃ知ってる。俺は絶対にあれを見たことがある』
ゲシュタルトもそれを聞いていた。
『私にも類似反応が存在する』
ケンゾーが視線を向ける。
「お前もか」
『肯定する。ただし記録データそのものへのアクセスは不能。原因不明』
「……原因不明、ねぇ」
テルテルが小さく呟いた。
その声に、レインが反応する。
「テルテルさん」
「何?」
「知ってるんじゃないですか?」
テルテルの笑顔がほんの僅かに固まった。
「何を?」
「さっきから、古代兵器の話になった時だけ雰囲気が違うから」
レインは責めるような口調ではなかった。ただ静かにテルテルの顔を見ている。その目は戦闘中に銃弾の軌道を読む時と同じように、相手の僅かな変化を見逃さない鋭さを持っていた。
「女の勘?」
「観察です」
「怖いねぇ、亡霊さんは」
「話を逸らしましたね」
「新人が先輩を追い詰めるもんじゃないぞ」
「だったら答えてください」
「やだ」
「子供ですか」
「自由人です」
「意味が違うでしょう」
ハヤッティが横から割り込む。
テルテルは肩をすくめた。
「まあ、俺が何か知ってるとしても、今ここで話すような内容じゃない」
その一言で、空気が少し変わった。
今まで冗談ばかりだったテルテルの声に、一瞬だけ本気の響きが混じったからだ。
タケも表情を引き締める。
「本当に何か知ってるんですか?」
「タケ」
ケンゾーが制した。
「今はいい」
「でも――」
「テルテルが話さないなら、それなりの理由がある」
テルテルが少し驚いたようにケンゾーを見る。
「随分信用してくれるじゃん」
「信用してない」
「おい」
「ただ、お前は意味もなく黙るタイプじゃない」
ケンゾーは青白い光が発生した方向へ顔を向けた。
「問題は、あれがまだ撃てるかどうかだ」
その言葉に全員が黙った。
もし先ほどと同じ攻撃をもう一度こちらへ向けられれば、現在の装備で防げる保証はない。ゲシュタルトやフールですら詳細を思い出せないような兵器なら、正面から受け止めるという選択肢は避けるべきだった。
Bが携帯端末を操作する。
「ドローンの映像は?」
『取得済み』
フールが返答した。
Bの前に小型のホログラムが展開される。
偵察用ドローンが上空から撮影した市街地の立体地図だった。
青白い閃光が発生した位置には、半壊した大型複合施設が存在している。かつては商業区画と地下鉄駅が一体化した建物だったらしく、地表部分の大半は崩壊している。
しかし。
「地下か」
ケンゾーが呟く。
「反応源は地上じゃない」
Bが地図を拡大する。
「少なくとも地下二十メートルより下だ。フール」
『もっと深ぇ』
「どれくらい」
『正確には出せねぇな。地下の構造が途中からおかしくなってる』
ハヤッティが眉を寄せる。
「おかしい?」
『地図と合わねぇ』
フールが続ける。
『現代の都市データじゃ、地下鉄は地下三層まで。だが俺の探査じゃ、その下に空間がある』
「地下四階?」
タケが尋ねる。
『そんな可愛いもんじゃねぇよ』
フールの声に、微かな笑いが戻る。
『ギャハハ……下へ百メートル以上続いてやがる』
「百……?」
レインが目を見開いた。
「そんな地下施設、この街の記録にはないでしょう?」
「ない」
シノンが即答する。
「ヴォルテールの都市データにも載ってない」
「じゃあ誰が作ったんですか?」
タケの問いに、誰も答えなかった。
ただ一人を除いて。
テルテルは心の中で答えていた。
――俺たちだ。
もっと正確に言えば、かつてこの地上に存在していた人類。
今の人間がまだ生まれるより遥か以前。
超古代文明が築いた地下構造物。
テルテルはそれを知っていた。
建物の形状までは分からない。
だが、地下百メートルを超える規模の施設。青白い消滅兵器。そして古代兵器の記憶封鎖が同時に反応したという事実。
偶然で済ませられる要素は、一つもない。
「行くしかないな」
ケンゾーが言った。
「ですよねぇ」
ハヤッティが露骨に嫌そうな顔をした。
「何で運び屋の任務って、最終的に絶対ヤバそうな場所へ行く流れになるんですか?」
「運が悪いから」
テルテルが答える。
「運び屋だけに?」
タケが言う。
一瞬。
誰も反応しなかった。
「……え?」
タケが周囲を見る。
「今の、結構上手くなかった?」
「タケ」
レインが優しく肩へ手を置いた。
「忘れましょう」
「そんな酷い!?」
「俺がツッコむ価値すらないと思ったぞ」
ハヤッティが言った。
「お前ら冷たくない!?」
テルテルだけが少し笑った。
「俺は好きだぞ」
「テルテルさん……!」
「面白くはなかったけど」
「どっちなんですか!」
シノンが小さくため息を吐く。
「はいはい。遊んでないで移動するよ」
装備を再確認した一行は、破壊された高速道路を離れ、廃墟の中心部へ向かって進み始めた。
隊列の先頭はケンゾー。
その少し後ろをBが歩く。
Bはフール・オブ・グレモリーを肩へ担いだままだ。巨大な大鎌という形状は市街地戦では明らかに取り回しが悪そうに見えるが、B本人は気にした様子もない。
その後方にシノン。
中央にはタケ、レイン、ハヤッティの三人。
最後尾をテルテルが担当した。
雨は徐々に弱くなっていたが、街全体を覆う灰色の雲は消えていない。道の両側には崩壊した建物が連なり、割れた窓や砕けた看板が無人の道路を見下ろしていた。
ところどころには、先ほどまで戦っていた武装勢力の痕跡が残されている。
土嚢。
放棄された弾薬箱。
即席のバリケード。
そして血痕。
「人気がないわね」
レインが周囲を見る。
「さっきまで戦闘してた区域とは思えない」
「逃げたんだろ」
ハヤッティが答える。
「例の光見たら、俺でも逃げる」
「今は逃げてないけど」
「仕事だからだよ!」
「真面目ね」
「俺だけじゃないだろ!」
タケが前方を見ながら口を開く。
「でも妙ですよね」
「何が?」
「敵もあの兵器に驚いてた」
レインが頷く。
「確かに」
「自分たちの兵器なら、あんな反応しないよな」
ハヤッティの表情から冗談が消える。
「つまり、あいつらも知らない何かが地下にいるってことか」
「いるかどうかはまだ分からない」
シノンが言う。
「自動防衛システムかもしれないし、誰かが偶然起動させた可能性もある」
『偶然であんなもん撃たれちゃ堪んねぇなァ』
フールが笑った。
『ギャハハハ! 撃った奴がいるなら面ぁ拝みてぇぜ』
「喧嘩売るなよ」
Bが言う。
『向こうから撃ってきたんだろうが』
「まだ俺たちを狙ったと決まったわけじゃない」
『じゃあ次は狙わせりゃいい』
「黙れ」
『へいへい』
ハヤッティが大鎌を見ながら呟く。
「Bさん、よくこいつと一緒にいられますね」
「慣れた」
『俺とBは最高の相棒だからなァ!』
「それは認めてない」
『ギャハハハハ! 照れんなって!』
「いや、普通に否定されてますよ?」
ハヤッティの声に、レインが小さく笑った。
「だから笑う死神なのね」
「誤解を生む名前だよな」
タケも苦笑する。
「Bさん本人はほとんど笑わないのに」
「笑ってるのは大鎌だけ」
レインがそう言った瞬間、フールが楽しそうに大声を上げた。
『ギャハハハハハハッ!』
「タイミング良すぎるだろ!」
ハヤッティのツッコミが廃墟へ響く。
その時。
ケンゾーが拳を上げた。
全員が即座に止まる。
「前方」
空気が引き締まった。
百メートルほど先。
道路中央に、一人の人間が立っている。
いや。
人間に見えた。
雨に濡れた灰色の外套。
頭部を覆うフード。
細身の身体。
武器らしきものは見えない。
「民間人?」
タケが小さく言う。
「こんな場所に?」
レインは疑いを隠さない。
「ケンゾーさん」
「分かってる」
ケンゾーはゲシュタルトへ手を添えた。
「動くな」
男へ向かって声を掛ける。
「ヴォルテール社所属、運び屋だ。所属と名前を言え」
反応はない。
雨だけが男の外套を濡らしている。
「聞こえてる?」
シノンが呼びかける。
それでも反応しない。
『生体情報……異常』
ゲシュタルトが告げた。
Bがフールを構える。
「どう異常だ」
『心拍なし』
「死体?」
『否定』
ゲシュタルトの声が僅かに低くなる。
『移動している』
「動いてないぞ」
ハヤッティが言った。
『内部機構が稼働中』
一瞬。
テルテルの目が鋭くなる。
「全員、構えろ」
その声はケンゾーより早かった。
フードの男が顔を上げた。
人間の顔はなかった。
皮膚に見えていたものが左右へ割れる。
その下から黒い金属骨格が露出した。
「なっ……!」
タケが銃を構える。
顔面中央に一本の赤い光が灯る。
『――対象確認』
機械音声。
『旧文明遺伝子反応――複数』
テルテルの表情が変わった。
「まずい!」
『排除処理へ移行』
機械人形の外套が弾け飛んだ。
内部から四本の腕が展開される。
それぞれの腕に刃が形成され、同時に道路を蹴った。
「速っ――」
ハヤッティが言い終える前に、それは百メートル近い距離を一瞬で詰めた。
狙われたのはタケだった。
「タケ!」
レインが叫ぶ。
四本の刃が振り下ろされる。
だが、その前へ漆黒の影が割り込んだ。
「ゲシュタルト」
『防御』
巨大な盾。
轟音。
四本の刃が盾へ叩きつけられ、道路そのものが陥没した。
タケは息を呑む。
「ケンゾーさん……!」
「下がれ」
ケンゾーの声は静かだった。
機械人形がさらに力を込める。
だが、ゲシュタルトの盾は動かない。
「お前の相手は俺だ」
ケンゾーが一歩踏み込んだ。
盾を押し返す。
機械人形の身体が浮いた。
『ギャハハハハッ!』
横から狂ったような笑い声。
『そいつ俺にも寄越せやァ!』
「フール!」
Bが大鎌を振るった。
巨大な刃が機械人形の胴体を狙う。
敵は四本の腕のうち二本を交差させて受け止めた。
激しい火花。
『ギャハハ! 硬ぇじゃねぇか!』
「嬉しそうにするな」
Bは大鎌を引き戻す。
その直後。
機械人形の背中が開いた。
「Bさん!」
レインが叫ぶ。
無数の細い針状弾体が射出された。
Bが身を翻す。
フールの刃で一部を弾く。
しかし全ては防げない。
「下がって!」
レインが前へ出た。
「おい!」
ハヤッティが叫ぶ。
針の雨がレインへ向かう。
数十。
百近い弾体。
避けられる量ではない。
誰もがそう思った。
だが。
レインは走った。
右。
左。
止まる。
踏み込む。
僅かに頭を傾ける。
針が頬の横を通過する。
次の一発は胸を狙っていた。
その瞬間、レインは身体を半歩だけ捻った。
さらに三本。
しゃがむ。
一歩進む。
跳ばない。
大きな動きもしない。
ただ攻撃が通過する場所から、寸前で消える。
「……マジかよ」
ハヤッティが思わず呟く。
大量の弾幕を抜けたレインが、機械人形の目前へ到達する。
「ここ」
短く呟いた。
射撃。
弾丸が機械人形の右肩へ集中する。
装甲が割れた。
「Bさん!」
「十分だ」
Bが踏み込む。
『ギャハハハハッ! 刈り時だァ!』
フールの巨大な刃が振り抜かれた。
露出した関節部を正確に切断する。
機械人形の右側二本の腕が宙を舞った。
『損傷確認』
敵は動揺しない。
残る二本の腕をケンゾーへ向ける。
「タケ!」
ケンゾーが叫ぶ。
「はい!」
「左脚」
タケは一瞬だけ息を整えた。
ケンゾーから直接指示された。
失敗できない。
「レイン!」
「合わせる!」
タケが右から走る。
レインは左。
機械人形の赤い視線が二人を追う。
左腕から銃身が展開された。
「来る!」
ハヤッティが警告する。
連射。
タケが瓦礫へ飛び込む。
一方、レインは前へ進み続けた。
銃弾が次々と彼女のいた場所へ着弾する。
しかし、その度にレインは僅かに軌道を変えている。
敵の照準が追いつかない。
『対象行動予測――失敗』
機械人形が初めて異常を示した。
『再計算』
レインが小さく笑う。
「機械にも読めないみたいね」
「レイン!」
タケが遮蔽物から飛び出す。
同時射撃。
二人の弾丸が左脚へ集中する。
装甲が割れた。
「今です!」
「ハヤッティ!」
「俺!?」
テルテルが叫ぶ。
「ツッコミばっかしてないで仕事!」
「してますよ!」
ハヤッティが走る。
腰部に装着していた装備へ手を伸ばした。
まだ彼の戦い方は完成していない。
だが、新兵組の中で彼が最も周囲を見ているのも事実だった。
「タケ、伏せろ!」
「え?」
「いいから!」
タケが反射的に身を低くする。
ハヤッティはその頭上を飛び越え、機械人形の左側面へ回り込んだ。
「レインも離れろ!」
「分かった!」
二人が退く。
ハヤッティは敵の壊れた脚部へ爆発物を叩きつけた。
「これなら避けられねぇだろ!」
起爆。
爆発が機械人形の左脚を吹き飛ばした。
「よし!」
機械人形が大きく傾く。
「ケンゾー!」
シノンが叫ぶ。
「ああ」
ケンゾーのゲシュタルトが変形する。
盾が分解され、黒い大型砲へ。
『射撃準備完了』
「中出力」
『了解』
機械人形の赤い光がケンゾーへ向く。
『優先排除対象――』
その言葉の途中。
ケンゾーが引き金を引いた。
漆黒の砲身から光が放たれる。
機械人形の胸部を直撃。
凄まじい衝撃とともに、その身体が道路の向こうへ吹き飛んだ。
建物の壁へ激突。
装甲が崩れ落ちる。
それでも動こうとする。
『損傷率……七十八……』
Bが歩いていく。
肩には大鎌。
『ギャハハ……』
フールが笑う。
『まだ動くかよ』
「終わらせる」
『いいねぇ』
Bが大鎌を振り上げた。
機械人形が最後の腕を伸ばす。
だが遅い。
「フール」
『おうよ!』
紫色に輝く刃が振り下ろされた。
『ギャハハハハハハッ!』
斬撃。
機械人形の上半身が真っ二つに断たれた。
赤い光が点滅する。
『……旧文明……管理……』
テルテルの目が僅かに動く。
『……封印……解除……』
光が消えた。
雨音だけが戻ってくる。
「……終わった?」
タケが慎重に近づく。
「触るな」
ケンゾーが止めた。
「何が仕込まれてるか分からない」
「はい」
レインも少し離れたところから機械人形を見る。
「これ……現代のロボットじゃないですよね」
「たぶんな」
Bが答える。
ハヤッティが肩で息をしながら近づいてきた。
「というか……何なんですか、あの動き。最初百メートルくらい一瞬で詰めてきましたよね?」
「百メートルではない」
ゲシュタルトが訂正する。
『初期距離九十三・七メートル』
「そこ細かく訂正する必要あります!?」
『正確性は重要だ』
「今どうでもいい!」
タケが笑った。
「ハヤッティ、古代兵器相手でも通常運転だな」
「誰かがやらないと話進まないだろ!」
その横で、フールが突然大声で笑う。
『ギャハハハハ! こいつ気に入ったぜ!』
「何でだよ!」
『よく喋る!』
「お前にだけは言われたくねぇ!」
レインが口元を押さえて笑う。
「相性いいんじゃない?」
「どこがだ!」
しかし。
テルテルだけは笑っていなかった。
壊れた機械人形の胸部に刻まれた小さな紋章を見つめている。
円。
その中心を貫く一本の線。
左右に広がる六枚の翼。
見間違えるはずがない。
遥か昔。
超古代文明の管理施設で使われていた識別紋。
そして。
これはただの警備機械ではない。
「……テルテル」
ケンゾーが呼んだ。
テルテルは顔を上げる。
「ん?」
「また知ってる顔してる」
「顔で分かるの?」
「長い付き合いだからな」
「困ったねぇ」
テルテルは頭を掻いた。
少し考える。
全部を話すことはできない。
だが、何も言わないまま進めば危険すぎる。
「一つだけ」
テルテルの声から軽さが消えた。
「この先、今まで以上にヤバい」
ハヤッティが眉を寄せる。
「それは見れば分かりますけど」
「そういう意味じゃない」
テルテルは地下鉄駅の方を見る。
「あの機械……たぶん入口の見張りだ」
「入口?」
タケが聞き返す。
「何の?」
テルテルは少しだけ間を置いた。
「地下施設」
「やっぱり知ってるじゃないですか」
レインが言う。
「詳しくは話せない」
「どうして?」
「話したら面倒になる」
「もう十分面倒ですよ!」
ハヤッティの声が飛ぶ。
テルテルが苦笑する。
「それもそうだな」
ケンゾーはしばらくテルテルを見ていた。
「進むぞ」
「いいの?」
テルテルが尋ねる。
「ああ」
「もしかすると、戻った方が正解かもしれないぜ」
「それなら、お前はそう言ってる」
テルテルが黙る。
「お前が『危険だ』とは言っても『戻れ』と言わないなら、確認する価値があるんだろ」
「……漆黒の英雄様は人使いが荒いねぇ」
「誰が英雄だ」
「世間」
「知らん」
タケが少し嬉しそうに口を開く。
「俺はその呼び名、好きですけど」
「聞いてない」
「即答!?」
ハヤッティが思わず笑う。
「タケ、お前ケンゾーさん絡むと本当に分かりやすいな!」
「悪いか!」
「悪くはないけどちょっと重い!」
「何がだ!」
レインが二人の間に入る。
「はいはい。それより行くんでしょう?」
彼女が正面を見る。
少し先。
崩壊した大型複合施設の地下へ降りる階段が、瓦礫の隙間から口を開けていた。
かつて地下鉄駅として使われていた入口。
その奥は真っ暗だった。
「……暗いな」
タケが呟く。
「怖い?」
レインが横を見る。
「いや」
「ちょっと怖い?」
「……ちょっとだけ」
「素直でいいと思うわ」
「お前は怖くないのか?」
「怖いわよ」
「全然そう見えないんだけど」
「見せても状況は変わらないでしょう?」
「またその理論かよ」
ハヤッティが苦笑する。
Bが大鎌を肩へ担ぎ直す。
『ギャハハハ……地下か』
「嬉しそうだな」
『こういう暗ぇ場所は好きだぜぇ』
「死神っぽいから?」
レインが尋ねる。
『分かってんじゃねぇか、亡霊の姉ちゃん!』
「その呼び方やめて」
『ギャハハ! 似合ってるぜ!』
「Bさん」
「俺に言うな」
「相棒なんでしょう?」
「認めてない」
『照れんなって!』
「……本当に大変そう」
レインが少しだけBへ同情した。
ケンゾーが地下鉄入口へ足を踏み入れる。
「隊列維持。B、探査」
「分かった」
「フール」
『任せろ』
大鎌の刃に紫色の光が灯る。
『ギャハハ……何が出るかなァ』
「その笑い方やめろよ」
ハヤッティが言う。
「ただでさえ雰囲気怖いんだから!」
『怖ぇ方が楽しいだろ?』
「お前基準で話すな!」
声を抑えた笑いが隊列の中に広がる。
だが。
彼らが地下へ降り始めた時。
遥か下。
現代の地下鉄構造より、さらに深い場所で。
一つの装置が起動していた。
『外縁警備個体――反応消失』
『侵入者――七名』
『古代兵器反応――二』
『旧文明遺伝子反応――検出』
暗闇の中で、幾つもの赤い光が順番に灯る。
『照合開始』
数秒。
『対象個体識別』
『ケンゾー――照合不能』
『B――照合不能』
『シノン――照合不能』
『テルテル――』
機械音声が止まる。
『照合成功』
施設全体に低い駆動音が広がった。
『旧管理権限保有者を確認』
『記憶処理対象外個体』
『警戒レベル――最大』
そして。
さらに深い場所。
巨大な扉の向こう側で。
何者かが目を開いた。
「……テルテル」
女の声だった。
長い眠りから目覚めたばかりのような、弱々しい声。
しかし。
その声には確かな感情があった。
「どうして……あなたが、ここに……」
青白い光が、暗闇の中で静かに灯った。