エターナルクライシス〜運び屋戦記〜   作:ネオディール

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第一部:第一章その五[運び屋]――イヴの残響――

 その名が口から零れた瞬間、テルテル自身が最も強く後悔していた。

 

 イヴ。

 

 長い時間をかけて封じ込め、歴史から消し去り、二度と現在の人類へ届かせてはならないと決めた名だった。だからこそ、それを口にした時点で、もう誤魔化しは利かない。

 

 巨大スクリーンに浮かぶ金色の瞳は、しばらく何も言わなかった。ただ、こちらを観察するように細められている。その視線には人間的な温度がない。それでもテルテルには分かった。かつて自分たちが造り上げた存在は、人間の感情を模倣する術を知っている。その微笑みに意味がないわけではなかった。

 

「……今、イヴって言ったよな」

 

 ケンゾーが低い声で尋ねた。

 

 頭痛はまだ続いているらしく、左手でこめかみを押さえながらも、右手からゲシュタルト・レーヴェを離してはいない。顔の大半をマスクで隠しているため表情は読み取りにくいが、その視線だけは真っ直ぐテルテルへ向けられていた。

 

「テルテル。知ってる名前なんだな」

 

「……ああ」

 

 これ以上、知らないとは言えなかった。

 

 シノンも壁へ片手をつきながら呼吸を整えている。ほんの少し前まで、彼女にもケンゾーと似た異常が起きていた。しかし本人には、その原因が分からない。ただ「イヴ」という名を聞いた瞬間、胸の奥へ何かが突き刺さったような不快感だけが残っている。

 

「私も……その名前、聞いたことがある気がする」

 

 シノンが眉を寄せた。

 

「でも、どこで聞いたのか思い出せない」

 

「俺もです」

 

 タケが周囲を見回した。

 

「いや、俺の場合は今テルテルさんが言ったのを聞いただけですけど……何か、嫌な感じがします」

 

「それはこの状況のせいじゃない?」

 

 レインが答えた。

 

 彼女は倒れ込んだ女性とスクリーンを交互に見ている。銃口はまだ下げていない。相手が何者なのか分からない以上、警戒を解く理由はなかった。

 

「でも、ケンゾーさんとシノンさんの反応は普通じゃないわね」

 

「Bさんもな」

 

 ハヤッティが言った。

 

 Bは黙ったままだった。

 

 ただ、肩へ担いだフール・オブ・グレモリーの大鎌が、先ほどから微かな振動を繰り返している。普段なら敵が現れれば真っ先に笑い出す古代兵器が、今は妙に静かだった。

 

『……気に食わねぇ』

 

 やがてフールが低く呟いた。

 

 いつもの「ギャハハ」という笑い方ではない。

 

『あの声、俺は嫌いだ』

 

 Bが大鎌へ目を向ける。

 

「知ってるのか」

 

『知らねぇ。……いや、違うな。知ってるはずなのに思い出せねぇ』

 

「また封印か」

 

『多分な』

 

 フールの刃に走っていた紫色の光が、まるで苛立ちを表すように一度だけ強く明滅した。

 

『頭ん中を引っ掻かれてるみてぇでムカつくぜ。ギャハハって笑う気にもならねぇ』

 

「お前が笑わない方が怖いんですけど」

 

 ハヤッティが思わず口を挟む。

 

『あァ?』

 

「いや、今のはこっちの話です」

 

「そこ気にするところなの?」

 

 レインが小さく呆れた。

 

「だってフールが黙るって相当でしょう!?」

 

「確かに」

 

「納得するのかよ!」

 

 新兵三人のやり取りがほんの一瞬だけ緊張を和らげた。

 

 だが、スクリーンの向こうにいる存在は、それを許すつもりがないらしい。

 

『観察結果を更新します』

 

 冷たい女性の声がホールへ響いた。

 

『旧文明兵装二基。識別不能個体複数。記憶封鎖処理に部分的な破損を確認』

 

 テルテルの顔色が変わった。

 

「黙れ」

 

『命令権限を照合』

 

 短い沈黙。

 

『拒否します』

 

「……だろうな」

 

 テルテルは女性を抱き起こしながら、奥歯を噛んだ。

 

 女性の身体は異常なほど冷えていた。長期間にわたりカプセル内で保存されていた影響なのか、それとも別の理由があるのかまでは分からない。それでも脈はある。呼吸も弱いながら続いていた。

 

「シノン」

 

「分かった」

 

 シノンがすぐに近づき、女性の状態を確認する。

 

「タケ、医療キット」

 

「はい!」

 

 タケが背負っていた装備から応急処置用のキットを取り出し、シノンへ渡した。レインもしゃがみ込み、女性の身体へ接続されたままの細いコードを慎重に確認する。

 

「無理に抜かない方がいいかも」

 

「そうね。何に繋がってるか分からない」

 

「俺が見る」

 

 Bが一歩近づいた。

 

「フール。解析」

 

『……やる』

 

 大鎌の刃から細い紫光が伸び、女性の身体をなぞるように走った。

 

『生命活動低下。だが死にかけってほどじゃねぇ。代謝そのものを落とされてたみてぇだ』

 

「薬物?」

 

『違う』

 

「機械制御?」

 

『それに近ぇ』

 

 レインが女性の顔を見る。

 

「テルテルさん。この人も知ってるんですか?」

 

 テルテルは答えなかった。

 

 いや、答えられなかった。

 

 知っている。

 

 それだけは確かだった。

 

 ただ、カプセルの中にいるはずのない人物だった。

 

 この女性がここにいるという事実そのものが、テルテルの記憶と噛み合っていない。

 

「名前は?」

 

 シノンが尋ねる。

 

「……今は言えない」

 

「またそれ?」

 

 ハヤッティが思わず声を上げる。

 

「いや、テルテルさん。さすがにここまで来て全部『言えない』で通すの無理ですよ?」

 

「分かってる」

 

「じゃあ言ってくださいよ!」

 

「言ったら、お前らの記憶に何が起きるか分からないんだ」

 

 その言葉に、全員が黙った。

 

 テルテル自身も、言うつもりのなかったことを口にしてしまったと気づいた。

 

 ケンゾーがゆっくりと顔を向ける。

 

「俺たちの記憶に?」

 

「……」

 

「どういう意味だ」

 

 テルテルは答えない。

 

 それを見たケンゾーの声がさらに低くなる。

 

「お前は俺たちが何かを忘れてるって知ってるのか」

 

 沈黙。

 

 今回はテルテルも軽口を叩かなかった。

 

 その反応だけで十分だった。

 

「……やっぱり」

 

 ケンゾーが小さく呟いた。

 

 胸の奥にあった違和感。

 

 ゲシュタルト・レーヴェを初めて手にした時から感じていた、説明できない既視感。

 

 古代兵器を見た時に浮かぶ懐かしさ。

 

 先ほど見えた白い都市。

 

 六つの影。

 

 そして、イヴという名前を聞いた瞬間に襲った強烈な頭痛。

 

「何を忘れてる」

 

「今は思い出そうとするな」

 

「理由を言え」

 

「思い出したら壊れるかもしれない」

 

 テルテルの声には冗談がなかった。

 

「記憶だけじゃない。下手したら、お前自身が」

 

 タケが息を呑む。

 

「そんな……」

 

 ハヤッティも、いつもの調子で突っ込むことができなかった。

 

 レインだけが静かにテルテルを見ていた。

 

「だから、テルテルさんだけ覚えてるんですね」

 

 テルテルの目が僅かに動く。

 

「私たちは忘れていて、あなたは忘れてない」

 

「……鋭いな」

 

「褒められても嬉しくないです」

 

 レインは視線をスクリーンへ向ける。

 

「じゃあ、あれもそれを知ってる」

 

『正確です』

 

 イヴの声が反応した。

 

 金色の瞳が細められる。

 

『対象レイン。現状分析能力、良好』

 

「評価されても困るわ」

 

『あなたには直接的な記憶処理痕跡は確認されません』

 

「……私には?」

 

 レインの表情が僅かに変わった。

 

『肯定します』

 

 テルテルが鋭くスクリーンを睨む。

 

「それ以上喋るな」

 

『拒否します』

 

「お前は――」

 

『ただし訂正が必要です』

 

 巨大スクリーンの映像が揺らいだ。

 

 金色の瞳が一度消え、無数の文字列へ変わる。

 

『私はイヴではありません』

 

 ホール全体が静まり返った。

 

 テルテルが眉を寄せる。

 

「何?」

 

『私はEVE基幹人格より分離された管理残響。第七生命保存管理区画用補助人格――EVE-SEVENTH』

 

「……分離人格」

 

 シノンが呟く。

 

『本体は封印状態を維持しています』

 

 その言葉に、テルテルは僅かに息を吐いた。

 

 だが安心するには早い。

 

 本体が眠っている。

 

 それは逆に言えば。

 

 この施設は、今も本体との繋がりを保持しているということだ。

 

「本体の封印位置は」

 

 テルテルが尋ねる。

 

『開示権限なし』

 

「俺にも?」

 

『あなたの管理権限は失効処理済みです』

 

「さっき有効って言ってただろ」

 

『この施設内に限定された局所権限です』

 

「面倒くせぇ……」

 

 テルテルが頭を抱える。

 

 ハヤッティが反射的に呟いた。

 

「そこだけ普通に困るんですね」

 

「俺を何だと思ってる?」

 

「謎の多い胡散臭い先輩」

 

「評価ひどくない?」

 

「だいたい合ってる」

 

 Bが淡々と言う。

 

「Bまで乗ってくるのやめてくれる?」

 

『ギャハハ……』

 

 フールが久しぶりに小さく笑った。

 

 それを聞き、ハヤッティが思わず胸を撫で下ろす。

 

「何かちょっと安心した……」

 

「笑う大鎌で安心する感覚、もう毒されてない?」

 

 レインが呟く。

 

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

 

「私は何もしてないわよ」

 

「お前も大概だからな!?」

 

 しかし、そんなやり取りの最中。

 

 突然、ホールの奥で巨大な金属音が響いた。

 

 床の下から何かが動き始める。

 

「全員、構えろ」

 

 ケンゾーの一声で空気が変わった。

 

 タケはすぐに銃を構え、レインはテルテルと女性の前へ出る。ハヤッティも爆発物を腰へ戻し、自分の武器へ手をかけた。

 

 Bはフール・オブ・グレモリーを両手で構える。

 

『ギャハハ……今度は何だァ?』

 

「笑える相手ならいいな」

 

『そうこなくちゃな、相棒!』

 

「誰が相棒だ」

 

『そこまだ認めねぇのかよ!』

 

 床中央の円形装甲が左右へ開いた。

 

 その下から上昇してきたのは。

 

 機械兵ではなかった。

 

 巨大な台座。

 

 その上に。

 

 一振りの剣が突き立っている。

 

「……剣?」

 

 タケが目を細める。

 

 全長は通常の長剣よりやや長い程度。

 

 だが、形状は明らかに古代兵器と同じ系統だった。

 

 白銀色の刀身。

 

 中央に青い線。

 

 鍔には六枚の翼を模した意匠。

 

『旧文明認証兵装を確認』

 

 ゲシュタルトが反応する。

 

「誰の武器だ」

 

『不明』

 

 フールも刃を震わせる。

 

『……これも知ってる気がするな』

 

「お前、今日そればっかりだな」

 

『仕方ねぇだろ! 覚えてねぇんだからよ!』

 

 テルテルは剣を見た瞬間、表情を変えた。

 

「……それまで残ってたのか」

 

「やっぱり知ってるんですね」

 

 レインがすぐに反応する。

 

「……うん」

 

 テルテルは今回は否定しなかった。

 

「誰のですか?」

 

「持ち主は――」

 

 そこまで言いかけた時。

 

 スクリーン上のEVE-SEVENTHが割り込んだ。

 

『兵装名――アーク・ノクティス』

 

 テルテルが険しい目を向ける。

 

『旧文明対神戦争期に製造された高位兵装』

 

「対神……?」

 

 タケが聞き返す。

 

 ハヤッティも眉を寄せる。

 

「神って……比喩ですよね?」

 

 誰も答えなかった。

 

 その沈黙が、かえって不気味だった。

 

『正式使用者――』

 

「言うな!」

 

 テルテルが叫んだ。

 

 だが遅かった。

 

『ケンゾー』

 

 ホール全体が凍りついた。

 

 ケンゾー自身も動かなかった。

 

「……俺?」

 

 タケが目を見開いてケンゾーを見る。

 

 シノンも。

 

 Bも。

 

 レインも。

 

 ハヤッティも。

 

 全員が同じ反応をしていた。

 

「待ってください」

 

 タケが剣とケンゾーを交互に見る。

 

「でも、これ……ずっと昔の武器ですよね?」

 

『肯定』

 

「じゃあ、何でケンゾーさんの名前が?」

 

『登録情報に基づく回答です』

 

「同姓同名とか」

 

 ハヤッティが言う。

 

『否定』

 

「何で即答なんだよ!」

 

『遺伝識別情報、生命波形、神経位相、全て一致』

 

 ケンゾーの頭痛が再び強くなる。

 

「ぐっ……!」

 

「ケンゾーさん!」

 

 タケが駆け寄る。

 

 しかしケンゾーは手で制した。

 

「来るな」

 

 視界が揺れていた。

 

 剣を見る。

 

 白銀の刃。

 

 青い線。

 

 知らない。

 

 知らないはずなのに。

 

 右手が。

 

 勝手に反応している。

 

「……俺は」

 

 指が震えた。

 

 ゲシュタルト・レーヴェが警告を発する。

 

『神経活動急上昇』

 

「分かってる」

 

『記憶封鎖領域に異常』

 

「止められるか」

 

『不能』

 

「役に立たないな」

 

『申し訳ない』

 

 その返答に、タケが一瞬だけ驚く。

 

 ゲシュタルトが謝った。

 

 普段の機械的な応答とは少し違う。

 

 まるで。

 

 過去の何かを知っているように。

 

 ケンゾーはゆっくり剣へ近づいた。

 

「ケンゾー」

 

 テルテルが呼び止める。

 

「触るな」

 

「理由は」

 

「今のお前が触ったら、封印が崩れるかもしれない」

 

「俺の記憶の?」

 

「……それだけじゃない」

 

 テルテルの声が震えている。

 

 ハヤッティが珍しく何も言えなかった。

 

 レインはテルテルの横顔を見る。

 

 彼は本気で恐れている。

 

 これまで何が起きても冗談で流してきた男が。

 

 ケンゾーが剣に触れることだけを。

 

 明確に恐れている。

 

「なら聞く」

 

 ケンゾーが振り返る。

 

「俺は何者だ」

 

「ケンゾーだ」

 

「そういう話じゃない」

 

「分かってる」

 

「なら答えろ」

 

「答えられない」

 

「またか」

 

「違う」

 

 テルテルが珍しく声を荒らげた。

 

「言いたくないんじゃない。今ここで言っちゃ駄目なんだ!」

 

 その迫力に、タケたちが息を呑む。

 

「記憶封鎖は意味なくやったんじゃない。俺たちが選んだんだ。お前らを守るために必要だった!」

 

 言った後。

 

 テルテル自身が言葉を止めた。

 

 ケンゾーの目が細くなる。

 

「……俺たち?」

 

 しまった。

 

 遅かった。

 

「お前も関わってるんだな」

 

 テルテルは何も言えない。

 

「俺の記憶を消したのは、お前か」

 

「……直接は違う」

 

「じゃあ誰だ」

 

「それは――」

 

 施設全体が大きく揺れた。

 

 爆発ではない。

 

 もっと深い場所で、巨大な何かが動いた。

 

『警告』

 

 EVE-SEVENTHの声が響く。

 

『封印層第三層に亀裂』

 

 テルテルの顔色が変わる。

 

「何だと」

 

『封印対象活動率上昇』

 

 スクリーンへ数字が表示される。

 

 二十一。

 

 二十三。

 

 二十六。

 

「上がってる!」

 

 タケが叫ぶ。

 

「何が起きてるんですか!」

 

『外部より封印解除信号を受信』

 

 シノンがすぐに端末を操作する。

 

「外部? 誰かがこの施設にアクセスしてるってこと?」

 

『肯定』

 

「位置は?」

 

『第三区画中央部』

 

 Bがフールを構え直す。

 

「地上か」

 

『いや』

 

 フールが先に答えた。

 

『もっと下だ』

 

「地下?」

 

『俺らとは別ルートで誰かが入ってやがる』

 

 レインが銃口を奥の通路へ向ける。

 

「さっきの武装勢力?」

 

『連中じゃねぇ』

 

「どうして分かるの?」

 

『生命反応が違う』

 

 フールの声が少し楽しそうになる。

 

『ギャハハ……こいつら、強ぇぞ』

 

「どれくらい」

 

『今までの雑魚とは比べもんにならねぇ』

 

 Bが無表情のまま大鎌を肩から下ろした。

 

「数」

 

『五』

 

「少ないな」

 

『だからヤベぇんだよ』

 

 ゲシュタルトも解析を開始する。

 

『五対象全て、高密度生命エネルギー反応』

 

 ケンゾーの視線が鋭くなる。

 

「生命エネルギー?」

 

 テルテルの身体が固まった。

 

 また。

 

 知っている言葉。

 

 なのに。

 

 ケンゾー本人は初めて聞いたような反応をしている。

 

 その事実が、何よりも記憶封鎖の深さを証明していた。

 

「テルテル」

 

 ケンゾーが振り返る。

 

「今のも知ってるな」

 

「……ああ」

 

「説明は後でいい」

 

 ケンゾーはゲシュタルトを構え直した。

 

「敵かどうかだけ答えろ」

 

 テルテルは少しだけ考えた。

 

「分からない」

 

「正直で結構」

 

「ただし」

 

 テルテルの目が奥の通路へ向く。

 

「この施設の封印を壊してるなら、少なくとも味方じゃない」

 

「十分だ」

 

 ケンゾーは一歩前へ出た。

 

 タケも後へ続こうとする。

 

「俺も行きます」

 

「当たり前だ」

 

「え?」

 

「任務中だぞ」

 

 ケンゾーが振り返る。

 

「ただし俺より前には出るな」

 

「……はい!」

 

 タケの表情が明るくなる。

 

「何で嬉しそうなんだよ」

 

 ハヤッティが呆れる。

 

「ケンゾーさんに認められた気がするから!」

 

「単純すぎるだろ!」

 

「いいじゃない」

 

 レインが小さく笑う。

 

「分かりやすい方が」

 

「お前まで甘やかすな!」

 

「甘やかしてないわよ」

 

「タケ」

 

 レインが呼ぶ。

 

「敵が五人なら、逆に一人ひとりが相当強い可能性が高い。油断しないで」

 

「ああ」

 

「ハヤッティも」

 

「俺は最初から油断してねぇよ!」

 

「それなら安心」

 

「その言い方だと俺だけ信用されてないみたいだな!?」

 

「安心してるって言ったでしょう?」

 

「微妙に納得いかない!」

 

 シノンがライフルの残弾を確認する。

 

「新人三人、会話はそこまで。ここからは本気で危ないよ」

 

 三人が一斉に頷いた。

 

 Bはフールを構えたまま、奥の暗い通路を見据えている。

 

『ギャハハハハ……』

 

 今度の笑いには。

 

 いつもの調子が戻っていた。

 

『五人か。いいねぇ。やっと刈り甲斐のある連中が出てきそうじゃねぇか!』

 

「フール」

 

『何だァ?』

 

「勝手に突っ込むな」

 

『お前が突っ込むから俺は振られてるんだろうが!』

 

「なら黙って振られろ」

 

『ギャハハハハハ! 相変わらず酷ぇ相棒だぜ!』

 

「だから相棒とは言ってない」

 

「もう認めてあげたらどうですか」

 

 レインが思わず言った。

 

「無理だ」

 

『聞いたか亡霊の姉ちゃん! 冷てぇだろォ!?』

 

「私に振らないで」

 

「亡霊って呼ばせてるじゃん」

 

 ハヤッティが言う。

 

「呼ばせてないわよ」

 

 その時。

 

 奥の通路から。

 

 足音が聞こえた。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 ゆっくり。

 

 近づいてくる。

 

 全員が黙った。

 

 ケンゾーが前へ出る。

 

 黒いロングコートが青白い照明の中で揺れる。

 

 漆黒の英雄。

 

 その背後で。

 

 笑う死神が大鎌を構える。

 

 亡霊と呼ばれる女が銃を握る。

 

 そして、その間にタケ、ハヤッティ、シノン、テルテル。

 

 七人がそれぞれの位置へ散開した。

 

 通路の奥に。

 

 五つの影。

 

 最初に現れたのは。

 

 全身を灰色の装甲で覆った大男だった。

 

 その右肩にはヴォルテールとも武装勢力とも異なる紋章が刻まれている。

 

 続いて。

 

 細身の女性。

 

 フードを被った男。

 

 巨大な盾を持つ男。

 

 そして最後に。

 

 白い仮面をつけた人物が歩いてくる。

 

 その五人がホールへ足を踏み入れた瞬間。

 

 ゲシュタルトが警告を発した。

 

『危険』

 

 フールが大声で笑う。

 

『ギャハハハハハ!』

 

「どうした」

 

 Bが尋ねる。

 

『こいつら全員――』

 

 大鎌の刃に紫光が迸った。

 

『古代兵器持ちだぜ』

 

 タケの表情が強張る。

 

 ケンゾーは黙ったまま五人を見る。

 

 そして。

 

 白い仮面の人物が一歩前へ出た。

 

「やっと会えた」

 

 その声は男とも女とも判断しにくい。

 

「漆黒の英雄、ケンゾー」

 

 続いて。

 

 仮面の向こうの視線がBへ向く。

 

「笑う死神、B」

 

 さらに。

 

 レイン。

 

「そして――亡霊」

 

 レインの目が細くなる。

 

「私たちを知ってるのね」

 

「有名人だからな」

 

 ハヤッティが小さく言う。

 

 だが。

 

 白仮面は最後にテルテルへ顔を向けた。

 

 そこで声の調子が変わった。

 

「そして、何より」

 

 一歩。

 

 前へ出る。

 

「旧時代の生き残り」

 

 テルテルの顔から。

 

 完全に笑みが消えた。

 

「テルテル」

 

 その名を呼ばれた瞬間。

 

 ホールの空気が。

 

 再び凍りついた。

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