白い仮面の人物が「旧時代の生き残り」と口にした瞬間、テルテルの纏う空気が明確に変わった。
これまでどれほど不穏な状況に置かれても、彼は軽口を失わなかった。敵に包囲されても、正体不明の機械兵に襲われても、古代施設から自分の名前を呼ばれても、どこか飄々とした態度を崩さずにいた。だが今だけは違った。拳銃を握る右手から余計な力が抜け、左手が静かに腰のナイフへ触れる。表情から笑みが消えたことで、普段は隠されていた戦闘員としての鋭さが露わになっていた。
「その呼び方を知ってる奴は、今の時代じゃそう多くないんだけどな」
テルテルは五人から目を離さないまま言った。
「どこで聞いた?」
「答える義務はない」
白仮面は即答した。
「お前たちは質問する側ではない。特にお前はな、テルテル」
「初対面で随分嫌われてるねぇ」
テルテルは口元だけで笑ったが、目はまったく笑っていなかった。
「俺、何かした?」
「したからここにいる」
「それ、答えになってないぞ」
「十分だ」
短いやり取りの間にも、ケンゾーは五人を一人ずつ観察していた。
正面に立つ白仮面。右側には全身を灰色の重装甲で覆った大男。左には細身の女性。そのさらに後方にはフードの男と、身体の半分が隠れるほどの巨大な盾を携えた男がいる。
共通しているのは、全員がヴォルテール社の兵士ではないということ。そして、現代の軍隊に所属している者たちとも明らかに装備体系が違うことだった。
何より異様なのは、それぞれが持つ武器である。
灰色の大男は、背中に巨大な鉄杭のような武器を背負っている。太さは人間の胴ほどあり、先端部には複数の機械的な環が重なっていた。細身の女性が両手に持つのは、刃が存在しない二本の短い柄だけだったが、その表面を淡い赤色の光が流れている。フードの男の腰には長い鎖状の武器が巻かれ、盾の男が持つ巨大盾にも現代金属ではあり得ない模様が刻まれていた。
そして白仮面。
手には何も持っていない。
それにもかかわらず、ゲシュタルト・レーヴェとフール・オブ・グレモリーは、五人の中で白仮面に最も強く反応していた。
『警告。正面個体の脅威度を最高位へ再設定』
ゲシュタルトが低い声で告げる。
「理由は?」
『不明』
「不明で最高位判定?」
『既存戦闘データとの照合不能。ただし、生命エネルギー密度が他四個体を大幅に上回る』
Bが大鎌を僅かに傾ける。
「フール」
『ゲシュタルトと同じだ』
フールも珍しく真面目な声で答えた。
『あの仮面野郎、気配の消し方が妙だ。いるのに、いねぇみてぇに感じやがる』
「亡霊みたいね」
レインが小さく呟いた。
ハヤッティが横を見る。
「お前が言うとややこしいんだよ」
「私とは違うわよ。私は普通にいるもの」
「普通にいる奴は銃弾の隙間を散歩みたいに抜けないからな?」
「今その話する?」
「緊張してるんだよ!」
ハヤッティの返事に、レインがほんの少しだけ口元を緩めた。
それでも視線は敵から離れていない。
タケもライフルを構えたまま、呼吸を整えていた。先ほどまでの戦闘とは明らかに違う。目の前の五人は、立っているだけで分かるほど質が違った。訓練で教えられた「危険な相手」の特徴など、いくつも当てはまる。余計な動きをせず、こちらを恐れず、攻撃可能な距離に入りながら慌てて仕掛けてもこない。
自分たちの方が強いと理解している者の立ち方だった。
「ケンゾーさん」
タケが小声で呼ぶ。
「何だ」
「俺たち、どう動けばいいですか」
その問いに、ケンゾーはすぐには答えなかった。
新兵だから下がれ。
そう言うことは簡単だった。
だが、ここは閉鎖された地下施設だ。背後の隔壁は封鎖されている。カプセルから救出した女性もいる。逃走路が確保できない状態で戦力を遊ばせる余裕はない。
「タケ、ハヤッティ、レイン」
「はい」
「聞いてる」
「了解です」
三人がそれぞれ返事をする。
「単独で仕留めようとするな。相手は一人でもお前たちより上だと思え」
タケの表情が引き締まった。
「三人で一人を崩す。レインが先行、タケが中距離、ハヤッティが穴を塞げ」
「レインが先行?」
ハヤッティが一瞬だけ眉を寄せた。
「いいんですか?」
「一番被弾しにくい」
「……まあ、それは否定できないですけど」
レインは自分が先頭に置かれたことに驚く様子もなく、静かに頷いた。
「了解。無理はしないわ」
「それ、お前が言うと若干信用できないんだよな」
「どうして?」
「弾幕に自分から入っていく奴だからだよ」
「避けられるから」
「その理屈やめろ!」
ケンゾーは続ける。
「シノンは後方支援。Bは俺と前を止める。テルテルは――」
「俺は俺で動く」
テルテルが遮った。
ケンゾーが視線だけを向ける。
「理由は」
「あの仮面が俺を知ってる。だったら多分、向こうの狙いにも俺が入ってる」
「囮になるつもりか」
「そんな格好いいもんじゃない」
テルテルはナイフを抜いた。
「ただ、あいつらが俺に何をさせたいのか確認しないと、この先ずっと後手に回る」
「死ぬなよ」
「俺にそれ言う?」
テルテルは一瞬だけ笑う。
「縁起でもない」
白仮面は二人の会話が終わるのを待っていたかのように、ゆっくり右手を上げた。
「相談は終わったか」
「随分親切だな」
ケンゾーが答える。
「普通なら途中で撃つだろ」
「必要がない」
「余裕か」
「事実だ」
白仮面の声には誇張も挑発もなかった。
それが逆に不気味だった。
「こちらの目的は三つ。地下封印の解除。保存対象の回収。そして、テルテルの確保だ」
「ケンゾーさんたちは?」
タケが思わず尋ねる。
白仮面が僅かに顔を動かした。
「抵抗しなければ殺す必要はない」
その言葉を聞いた瞬間、フール・オブ・グレモリーが大声で笑った。
『ギャハハハハハハッ!』
ホール全体に響く狂笑。
『聞いたかB! 俺たち見逃してもらえるらしいぜぇ!』
「そうだな」
『どうする?』
「断る」
『ギャハハハ! だよなァ!』
Bが大鎌を両手で持ち直した。
刃に紫色の光が走る。
「俺たちの仲間を確保するって言ってる相手に、はいそうですかとは言えない」
「仲間、か」
白仮面がテルテルを見る。
「お前たちは、こいつが何者なのか知らない」
「だから?」
Bは表情を変えない。
「知らなきゃ仲間じゃないのか」
ほんの僅か。
テルテルの目が動いた。
白仮面は何も答えなかった。
その代わり、灰色の大男が一歩前へ出る。
床が僅かに沈んだ。
「ならば排除する」
低く太い声。
男が背中の巨大な杭を片手で引き抜く。
その瞬間、杭の周囲に設けられていた複数の環が回転を始めた。
『古代兵器起動反応』
ゲシュタルトが告げる。
『高密度圧縮系』
「全員散開!」
ケンゾーが叫んだ。
大男が杭を床へ叩きつける。
衝撃音は小さかった。
それなのに。
次の瞬間、床全体が真上へ跳ね上がった。
「うわっ!?」
タケの身体が浮く。
ハヤッティも体勢を崩す。
「何だこれ!」
「重力じゃない!」
レインは床から浮きながらも姿勢を変え、近くの柱へ足をついて身体を横方向へ逃がした。
直後。
先ほどまで彼女がいた場所を、巨大な石片が高速で通過する。
「圧力!」
シノンが叫ぶ。
「床そのものに力を流してる!」
『補足。地盤内部への衝撃伝播および圧縮波を確認』
ゲシュタルトの解析。
「面倒な武器だな」
ケンゾーは空中でゲシュタルトを変形させた。
『防御形態』
黒い盾が展開される。
二発目の圧縮波が正面から叩きつけられた。
凄まじい衝撃。
ケンゾーの身体が数メートル後方へ押される。
「ケンゾーさん!」
「見るな、タケ!」
「はい!」
怒鳴られたタケが即座に視線を戻す。
その眼前へ。
細身の女性が迫っていた。
「速――」
二本の柄から赤い光が伸びる。
刃が形成された。
ただし、固定された刃ではない。
赤い光は鞭のようにしなり、周囲の空間を切り裂きながらタケへ襲いかかった。
「タケ、下!」
レインの声。
タケは考えるより先に伏せた。
赤い刃が頭上を通り抜ける。
背後の金属壁へ細い線が走った。
次の瞬間。
壁が斜めに滑り落ちる。
「……切れすぎだろ!」
ハヤッティが顔を引きつらせる。
「当たったら終わりじゃねぇか!」
「だから当たらなければいいのよ」
レインが一歩前へ出た。
「またそれか!」
女性がレインへ視線を向ける。
「亡霊」
「その名前で呼ばないでほしいんだけど」
「なら本名で呼ぼう。レイン」
その瞬間。
レインの目が僅かに細くなった。
「本当に私たちのことを調べてるのね」
「調べる価値がある対象だからな」
女性の両手が動く。
赤い光刃が左右から襲いかかる。
一つは首。
もう一つは脚。
タイミングがずれている。
普通なら一方を避けた先へ、もう一方が届く。
だが。
レインは前へ進んだ。
「は!?」
ハヤッティが思わず声を上げる。
首を狙った刃が迫る。
レインは頭を僅かに傾ける。
髪が数本切れた。
脚を狙った刃。
踏み込む。
刃が踵の後ろを通過する。
さらに女性が手首を返した。
二本の光刃が軌道を変え、背後から戻ってくる。
「後ろ!」
タケが叫ぶ。
「分かってる!」
レインが身体を沈める。
二本の刃が頭上で交差した。
その瞬間、彼女は一気に距離を詰める。
「近づけば――」
銃口を女性の腹部へ向ける。
「その武器、使いづらいでしょう?」
射撃。
女性は片方の柄を戻し、赤い光を短剣ほどの長さへ縮めて弾丸を切り落とした。
「いい判断だ」
「褒められても嬉しくないわ」
「だが浅い」
女性の膝がレインの腹部へ飛ぶ。
しかし。
当たらない。
レインは攻撃が始まるより僅かに早く身体を横へずらしていた。
「……」
初めて、女性の表情に変化が出た。
レインは見逃さない。
「今、驚いた?」
「少しな」
「なら、まだ避けられる」
「いつまで続くか試そう」
再び赤い刃が伸びる。
一方。
タケとハヤッティはレインの援護へ入ろうとしていた。
「タケ、右から!」
「分かってる!」
「俺は左回る! レインを一人でやらせるな!」
三人で一人。
ケンゾーの指示通り。
タケが距離を取りながら射撃し、女性の意識を散らす。ハヤッティは正面へ出ず、柱を使いながら側面へ回る。レインは敵の攻撃を引き受けつつ、二人が動きやすい位置へ意図的に女性を誘導していた。
「レイン!」
ハヤッティが叫ぶ。
「三歩下がれ!」
「了解!」
理由を聞かない。
レインが後退する。
女性も追う。
「そこ!」
ハヤッティが床へ小型爆薬を投げる。
爆発。
床そのものが破壊され、女性の足場が崩れた。
「今だ!」
タケが集中射撃。
しかし女性は空中で光刃を円形に振り回し、弾丸を次々と切り落としていく。
「マジか!」
「焦るな!」
ハヤッティが叫ぶ。
「弾を防いでる間はレインを狙えない!」
「なるほど!」
「そこ今気づいたのかよ!」
レインが崩れた床を蹴る。
真正面からではない。
壁へ一度足をつけ、角度を変えて女性の側面へ飛び込んだ。
「これなら」
銃床を叩き込む。
女性は腕で受けた。
鈍い音。
初めて明確に後退する。
「三人で戦う意味は理解してるようだな」
「新人だからって舐めないで」
レインが言う。
「俺たちはまだまだですけど!」
タケが続く。
「そこ自分で言うな!」
ハヤッティが叫びながら、女性の退路へ弾丸を撃ち込んだ。
少し離れた場所では、Bが盾の男と対峙していた。
『ギャハハハハッ!』
フール・オブ・グレモリーの大鎌が巨大盾へ叩きつけられる。
紫色の火花が散った。
『硬ぇ! いいねぇ!』
「遊ぶな」
Bが短く言う。
『遊んでねぇよ! 楽しんでんだ!』
「同じだ」
『違ぇよ!』
盾の男が無言で前進する。
巨大盾を正面に構えたまま、まるで壁そのものが動いているように距離を詰めてきた。
Bは大鎌を横薙ぎに振る。
防がれる。
二撃目。
防がれる。
三撃目。
今度は刃を当てず、柄で盾の端を叩いた。
僅かに角度がずれる。
「フール」
『おうよ!』
大鎌の形状が一瞬だけ変化した。
湾曲刃の内側から複数の小さな機構が展開され、紫色のエネルギーが一点へ集束する。
「撃て」
『ギャハハハハ!』
至近距離。
紫色の衝撃弾が盾へ叩き込まれた。
盾の男が初めて数歩下がる。
「大鎌なのに撃つのかよ……」
離れた場所からハヤッティが一瞬だけ見ていた。
「今そこ見るな!」
タケに言われる。
「お前に言われると腹立つな!」
Bは間合いを詰める。
笑う死神。
巨大な大鎌を振るうたび、フールが狂ったように笑う。
『ギャハハハハハ! どうしたァ! 盾に隠れてばっかじゃ俺は刈れねぇぞ!』
「挑発するな」
『効いてるぜ?』
盾の男が突然盾を地面へ突き立てた。
表面の模様が青く発光する。
『前方高エネルギー反応!』
フールが警告。
Bは即座に大鎌を縦に構える。
巨大盾の中央から青い衝撃波が放たれた。
轟音。
Bの身体が後方へ吹き飛ぶ。
「Bさん!」
タケが反応する。
「前見ろ!」
ハヤッティがまた怒鳴る。
「今日俺そればっか言ってるぞ!」
Bは空中で身体を捻り、フールの柄を床へ突き立てた。
数メートル滑る。
止まる。
『ギャハハ……効いたなァ!』
「笑ってる場合か」
『だから楽しいんだろ』
「理解できない」
『俺もお前の無表情は理解できねぇよ!』
Bは何事もなかったように立ち上がった。
盾の男が再び前進する。
「フール」
『何だ』
「次で割る」
一瞬。
フールが静かになった。
その直後。
『ギャハハハハハハッ! そうこなくちゃなァ!』
大鎌の刃全体が紫色に染まる。
別方向では、ケンゾーが灰色の大男と正面からぶつかっていた。
大男が巨大杭を横薙ぎに振るう。
ケンゾーはゲシュタルトを盾へ変形させて受ける。
衝撃。
足元の床に亀裂が走った。
「……重いな」
『通常物理衝撃に加えて圧縮波を確認』
「なら、受け続けるのは悪手か」
『同意』
「変形」
盾が瞬時に分解される。
細身の長剣。
黒い刀身。
大男の二撃目が来る。
ケンゾーは受けない。
半歩横へ。
巨大杭が床へ叩き込まれる。
その瞬間に懐へ入る。
一閃。
灰色の装甲に黒い傷が走った。
大男が左拳を振るう。
ケンゾーは身を沈める。
拳が帽子のすぐ上を通る。
そのまま相手の脇を抜け、背後へ。
「ゲシュタルト」
『攻撃形態変更』
長剣が短銃へ変形。
至近距離から二発。
大男の背部装甲が爆ぜる。
だが。
「浅い」
大男が振り返る。
巨体からは想像できない速さ。
巨大杭の柄がケンゾーの腹部へ迫る。
ケンゾーは左腕を上げた。
『緊急防御』
ゲシュタルトの一部が瞬時に腕を覆う。
激突。
ケンゾーの身体が吹き飛ばされる。
「ケンゾー!」
シノンの声。
床を転がりながらも、ケンゾーはすぐに片膝をつく。
黒いロングコートの裾が裂けていた。
「……強い」
ケンゾーが立つ。
それを見た大男が初めて口元を歪めた。
「漆黒の英雄」
「その呼び方嫌いなんだよ」
「だが、名に恥じぬ」
「褒めても何も出ないぞ」
大男が杭を構える。
「次は骨ごと砕く」
「やってみろ」
ケンゾーがゲシュタルトを構え直す。
そして。
シノンの狙撃が大男の右目を狙った。
男が顔を僅かに逸らす。
弾丸が頬の装甲を削る。
「一対一だと思った?」
シノンが次弾を装填する。
「こっちは部隊で来てるの」
大男がシノンへ向きを変えようとする。
「余所見するな」
ケンゾーが一気に間合いを詰めた。
一方で。
テルテルは白仮面と向き合っていた。
周囲では激しい戦闘が続いている。
しかし白仮面だけは動かない。
テルテルもまた、すぐには攻撃しなかった。
「何で俺を確保したい」
「必要だからだ」
「何に」
「扉を開けるために」
「どの扉だ」
「お前なら分かる」
「分からないねぇ」
「嘘だ」
白仮面が一歩進む。
「ワールドグリッド」
テルテルの表情が消えた。
それは。
絶対に。
この時代の人間が知っていていい言葉ではなかった。
「……どこでその名前を知った」
「答える義務はないと言った」
「じゃあ一つだけ教えてやる」
テルテルがナイフを逆手に持つ。
「その名前を口にした時点で、お前らは俺たちの敵だ」
「そうか」
白仮面が右手を上げた。
空間が歪んだ。
「っ!」
テルテルが横へ跳ぶ。
直後。
それまで立っていた床が何の前触れもなく砕けた。
「……見えない攻撃?」
テルテルは着地と同時に拳銃を三発撃つ。
白仮面は動かない。
弾丸が身体へ届く直前。
空中で止まった。
「何だと」
三発の弾丸が宙に浮いている。
そして。
逆方向へ。
「うおっ!」
テルテルが身を捻る。
自分が撃った弾丸が、そのまま自分へ返ってきた。
一発が頬を掠める。
「なるほど」
テルテルが血を指で拭った。
「反射系か?」
「不正解」
「じゃあ空間操作?」
「不正解」
「重力?」
「不正解」
「面倒だな、お前」
「よく言われる」
「その返しはちょっと好き」
テルテルが一瞬だけ笑う。
白仮面の右手が再び上がる。
今度はテルテルも見逃さなかった。
空間が僅かに揺れる。
「そこ!」
右へ跳ぶ。
床が砕ける。
さらに左。
壁が抉れる。
テルテルは走る。
予測。
回避。
反撃。
自分から距離を詰める。
白仮面の懐へ入る。
ナイフ。
首を狙う。
だが。
刃が止まった。
何もない空間で。
「……これか」
テルテルの目が鋭くなる。
「壁じゃない」
「気づいたか」
「距離を固定してる?」
白仮面が初めて沈黙した。
テルテルはその反応だけで十分だった。
「当たりか」
「さすが旧時代の生き残り」
「その呼び方やめろって」
テルテルはナイフを引く。
しかし。
白仮面が囁く。
「なら、これは覚えているか」
仮面の奥から。
一つの名前が告げられた。
「――EDEN」
テルテルの身体が固まった。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
だが、戦闘では致命的な隙になる。
「テルテルさん!」
レインの声。
白仮面の手がテルテルの胸へ伸びる。
間に合わない。
そう思われた瞬間。
銃声。
白仮面の右手へ弾丸が飛ぶ。
また空中で止まる。
だが。
その一瞬だけ。
白仮面の意識が逸れた。
テルテルが後退する。
「……助かった」
レインが銃口を白仮面へ向けていた。
「何かされる前に避けてください」
「亡霊さんに言われると説得力が違うね」
「今は冗談言ってる場合ですか?」
「こういう時だから言うんだよ」
レインの相手だった女性も追ってくる。
「よそ見とは余裕だな」
「そっちも」
レインが振り返る。
赤い光刃。
首へ。
レインは身を反らす。
刃が鼻先を通過。
「っ!」
続く二撃目。
低い。
脚。
跳ぶ。
三撃目。
空中。
普通なら逃げ場がない。
だが。
レインは近くの柱を蹴った。
身体の軌道を変える。
光刃が空を切る。
「……本当に当たらないな」
女性が呟く。
「だから亡霊って呼ばれてるのよ」
レインは少しだけ苦笑する。
「好きな呼び名じゃないけど」
その瞬間。
別方向から。
「レイン!」
タケの警告。
フードの男が鎖を放った。
今まで戦闘へ参加していなかった五人目。
鎖の先端には複数の刃。
レインの背後へ迫る。
完全な死角。
しかし。
レインは振り返らない。
足を一歩だけ前へ出す。
刃が背中のすぐ後ろを通過した。
「……嘘だろ」
タケが呆然とする。
「今、見てなかったよな?」
「見てないわ」
「じゃあ何で避けたんだよ!」
「嫌な感じがしたから」
「その感覚どうなってんの!?」
「タケ、感心してる場合じゃない!」
ハヤッティがフード男へ射撃する。
鎖が動く。
弾丸を弾く。
「こいつまで古代兵器か!」
『名称照合不能』
ゲシュタルトが遠方から情報を共有する。
『ただし鎖状兵装内部に複数のエネルギー反応』
「要するにヤバいってことだろ!」
『簡略化すれば肯定』
「最初からそう言え!」
混戦。
戦場は完全に五つへ分かれ始めていた。
ケンゾーと灰色の大男。
Bと盾の男。
レイン、タケ、ハヤッティと光刃の女性。
シノンが全体を支援し。
テルテルが白仮面を相手にする。
そこへフード男が遊撃として割り込んでくる。
数だけなら運び屋が優位。
だが。
戦力差はむしろ逆だった。
「シノン!」
ケンゾーが叫ぶ。
「長引かせるな! 施設がもたない!」
「分かってる!」
実際。
古代兵器同士の衝突によって、ホールの壁には次々と亀裂が入っている。
『封印層損傷率上昇』
EVE-SEVENTHの声が響いた。
『警告。戦闘継続により封印機構へ二次被害が発生します』
「なら防御設備止めろ!」
ハヤッティが叫ぶ。
『現在、戦闘を行っているのは施設防衛機構ではありません』
「分かってるよ! 八つ当たりだよ!」
『理解不能』
「機械に八つ当たりした俺が悪かった!」
その時。
白仮面がテルテルへ向けていた手を止めた。
「時間切れだ」
「何?」
白仮面が後方を見る。
施設の奥。
巨大な隔壁。
そこから。
低い音が響く。
ゴォン。
金属同士が擦れる。
ゴォン。
一度。
二度。
テルテルの顔色が変わった。
「……まさか」
EVE-SEVENTHの警告が重なる。
『緊急警報』
『封印第三層――突破』
『第四層――圧力上昇』
カプセルから救出された女性が、シノンの傍で僅かに目を開けた。
「……駄目」
弱々しい声。
シノンが振り向く。
「何?」
「開けちゃ……駄目……」
テルテルが駆け寄りたい衝動を抑える。
「何がある!」
女性の唇が震えた。
「ここに……封じたのは……イヴじゃない……」
テルテルの呼吸が止まる。
「何?」
「イヴの……残骸を……使って……」
激しい咳。
「別の……ものを……」
その先を言うより早く。
隔壁が。
内側から。
大きく膨らんだ。
全員の動きが止まる。
敵の五人すら。
初めて。
そちらへ視線を向けた。
「おい」
ハヤッティが掠れた声を出す。
「今の……中からですよね?」
『肯定』
ゲシュタルトが答える。
『隔壁内部より強大な生命反応』
「どのくらい?」
タケが尋ねる。
ゲシュタルトはすぐに答えなかった。
「ゲシュタルト?」
『測定上限超過』
ケンゾーの表情が変わる。
フールも。
大鎌の刃が震える。
『……ギャハハ』
笑い声。
だが。
今度は完全に乾いていた。
『冗談だろ』
Bがフールを見る。
「知ってるのか」
『知らねぇ』
「なら何で怯えてる」
『怯えてねぇ!』
「刃が震えてる」
『これは武者震いだ!』
「そういうことにしておく」
『お前ほんっとムカつくな!』
それでも。
フールは笑わなかった。
白仮面が一歩下がる。
「予定と違う」
テルテルは聞き逃さなかった。
「何だと?」
「第三層までの解除命令だった」
「じゃあ第四層は?」
「我々ではない」
「ふざけんな!」
テルテルが白仮面へ銃口を向ける。
「お前らが触ったから起きたんだろ!」
「否定はしない」
「じゃあ責任取れ!」
「それはそちらも同じだ」
「何でだよ!」
「ここの管理権限保有者はお前だ」
「数千年放置された施設の責任を俺に押し付けるな!」
ハヤッティが思わず呟く。
「そこだけちょっと同情します」
「ハヤッティ!」
「いや、今回は本当に!」
レインが隔壁を見つめる。
「……来る」
彼女が言った。
「何が?」
タケが尋ねる。
「分からない」
レインは銃を構える。
「でも、攻撃される感じがする」
亡霊。
戦場で幾度となく敵の攻撃を察知してきた感覚。
その彼女が。
初めて。
一歩後ろへ下がった。
「まずい」
ケンゾーが即座に判断した。
「全員、伏せろ!」
次の瞬間。
隔壁が内側から吹き飛んだ。
轟音。
巨大な金属板が弾丸のようにホールを横切る。
ケンゾーがゲシュタルトを盾へ変える。
Bがフールを大鎌のまま前へ構える。
盾の男も巨大盾を展開した。
敵味方。
関係なく。
全員が防御する。
衝撃。
ホール全体が揺れた。
煙。
粉塵。
視界が消える。
「全員無事か!」
ケンゾーが叫ぶ。
「タケ!」
「大丈夫です!」
「レイン!」
「無事!」
「ハヤッティ!」
「生きてます!」
「シノン!」
「問題ない!」
「B!」
「いる」
『ギャハハ……俺もいるぜぇ』
「お前は聞いてない」
『冷たっ!』
「テルテル!」
「大丈夫!」
全員の声を確認。
そして。
煙の向こう。
何かが歩いてくる。
一歩。
床が沈む。
一歩。
空気が重くなる。
人型。
だが大きい。
三メートル近い。
黒い装甲。
背中から伸びる複数の管。
頭部には顔がない。
胸の中央に。
六芒星。
その周囲に。
翼。
テルテルの目が見開かれた。
「……そんな」
ゲシュタルトが突然激しい警告音を鳴らす。
『危険』
『危険』
『危険』
普段の冷静な音声ではない。
『対象識別不能』
『ただし旧記録領域より緊急排除指定を検出』
フールが。
初めて。
完全に笑うのをやめた。
『B』
「何だ」
『あれは刈っちゃ駄目だ』
「珍しいこと言うな」
『違ぇ』
大鎌の声が低くなる。
『刈れねぇんだよ』
Bの目が細くなった。
黒い巨人が頭部を上げる。
そして。
機械とも生物ともつかない声が。
ホールへ響いた。
『生命エネルギー反応――確認』
『旧文明生存個体――確認』
『封印破損――確認』
胸部の六芒星が赤く光る。
『殲滅処理を開始する』
次の瞬間。
巨人が消えた。
「――え?」
タケが声を漏らした時には。
すでに。
ケンゾーの目の前にいた。
「ゲシュタルト!」
『防御――』
間に合わない。
黒い拳。
ケンゾーの腹部へ直撃。
「ぐっ……!」
漆黒の英雄と呼ばれた男の身体が。
まるで紙切れのように。
ホールの反対側まで吹き飛ばされた。