二十四体が動き出した瞬間、巨大ホールの空気そのものが押し潰されたように重くなった。
足音は揃っていない。体格も、四肢の数も、装甲の形状も一体ごとに異なっている。それでも共通していたのは、どの個体も人間を基礎に造られているという事実だった。黒い装甲の隙間から覗く皮膚、骨格に沿って這う金属製の管、胸部や背中に埋め込まれた発光器官。完全な機械であれば、まだ理解できたかもしれない。しかし目の前の存在には、明らかに生体組織が残されている。
テルテルが「神になれなかった奴ら」と呼んだ意味を、誰も詳しく尋ねる余裕はなかった。
「来るぞ!」
ケンゾーが叫ぶ。
先頭の一体が床を蹴った。四本の腕を持つ個体だった。人間の倍近い太さの脚が床を踏み砕き、数十メートルの距離を一息で詰めてくる。右上の腕には骨のような長剣、左上には黒い爪、下側の二本の腕には銃器のような器官が融合していた。
『複数攻撃反応』
ゲシュタルト・レーヴェの警告と同時に、下側の腕から赤い光弾が放たれる。
「散開!」
シノンが叫んだ。
運び屋の七人だけではない。白仮面の一団――今は仮面を外したアルマーと、その配下と思われる4人も一斉に動いた。先ほどまで敵対していた者同士が、互いを信用しないまま同じ敵から距離を取る。
赤い光弾が床を連続して抉った。現代の銃弾とは比べものにならない威力で、着弾するたびに白銀の床材が大きく吹き飛ぶ。
レインは右へ走った。
光弾が三発。
一発目が肩。
二発目が腰。
三発目が逃げる先。
それでも彼女は速度を上げなかった。
一発目が来る直前、左足だけを半歩外へずらす。光が肩の脇を抜ける。次は身体を僅かに前へ倒し、腰を狙った光弾を背後へ流した。そして三発目が先回りして飛び込んでくる瞬間、今度は突然足を止める。
光弾は、彼女が走り続けていればいたはずの場所へ突き刺さった。
「相変わらず気持ち悪い避け方するな!」
ハヤッティが叫びながら横へ飛ぶ。
「褒めてる?」
「褒めてない!」
「じゃあ後で聞くわ」
「今聞く必要もないだろ!」
レインが僅かに笑い、その直後には表情を戻した。
「ハヤッティ、右!」
「分かってる!」
別の個体が横から迫っている。両腕が異常に長く、肘から先が鎌状の骨刃へ変形した個体だった。
ハヤッティがスティール・ザ・グシオンの脚部出力を上げる。
『駆動補助率五十一パーセント』
「もっと!」
『神経負荷上昇』
「五分だけ持てばいい!」
『推奨しない』
「古代兵器って全員そういうこと言うのか!?」
『使用者が無茶をするため』
「お前まで説教すんな!」
外骨格が唸りを上げる。
ハヤッティは真正面から突っ込まず、レインの指示通り右側へ回り込んだ。鎌状の腕が振るわれる。しゃがんで回避。続くもう一本を前腕装甲で受けると、火花が散り、腕全体へ痺れるような衝撃が走った。
「重っ……!」
『装甲損耗率六パーセント』
「一発で!?」
敵の三撃目。
今度は受けられない。
「ハヤッティ!」
タケの銃撃が飛ぶ。
敵の顔面へ三発。
一発目は装甲で弾かれたが、二発目と三発目が赤い眼の周囲へ当たり、狙いが僅かに逸れる。
「助かった!」
「次来るぞ!」
「分かってる!」
タケもすでに別の個体に狙われていた。
人間に近い体格。
だが、背中から六本の細い触手が伸びている。それぞれの先端に小さな刃と銃口が存在し、別々の方向からタケを囲い込むように展開していた。
「うわ……それ反則だろ」
タケが引きつった声を漏らす。
六つの銃口。
同時に光る。
「タケ、伏せろ!」
シノンの声。
タケは床へ飛び込んだ。
頭上を六本の光線が交差する。
一発が背後の柱を貫き、巨大な穴を開けた。
「こいつら、さっきの警備兵より全然違う!」
「当たり前だ!」
テルテルが返す。
「そいつらは兵器じゃない! 元は――」
そこで言葉を止める。
「元は何ですか!」
「後!」
「また後ですか!」
「今説明してたらお前が死ぬ!」
「それは確かに!」
タケは横へ転がりながら射撃する。
だが、敵の触手は一本ずつ独立して動き、銃弾を弾く。
「くそっ!」
弾薬が減っていく。
敵は止まらない。
通常火器では決定打にならない。
タケ自身も分かっていた。
腰の後ろ。
装備ベルトへ固定してある黒いケース。
ずっと使わずにいた。
いや。
使うことを躊躇していた。
訓練では何度も触った。
起動もした。
しかし実戦で本格運用したことは、まだほとんどない。
クライ・オブ・サタン。
自分に与えられた古代兵器。
「タケ!」
ケンゾーの声が飛ぶ。
タケが反射的に振り向く。
「通常武器じゃ足りない!」
「……!」
「持ってるだろ」
ケンゾーは自分の目の前にいた怪物の拳をゲシュタルトの盾で受け止めながら言った。
「何のために持ってきた」
それだけだった。
使えとも。
無理をしろとも言わない。
だが、タケには十分だった。
「……はい!」
ライフルを背中へ回す。
腰の黒いケースを外す。
手の中で展開。
複数の装甲部品が噛み合い、一本のアサルトライフルへ変形していく。形状そのものは現代の銃器に近い。だが銃身から銃床まで黒い金属で形成され、その表面には血管のような赤い線が脈打っている。
握った瞬間。
冷たい。
しかしすぐに。
その冷たさが。
自分の手の中へ食い込んできた。
『接続』
低い声。
ゲシュタルトやフールとは違う。
もっと暗い。
地の底から響いてくるような声だった。
タケが息を止める。
「……クライ」
『生命反応を確認』
「起きろ」
『要求を確認』
銃身の赤い線が強く光る。
『吸収機構――待機』
「タケ!」
ハヤッティが叫ぶ。
「それ使うのか!」
「ああ!」
「大丈夫なのか!?」
「多分!」
「多分で使うなよ!」
「今ほかに何があるんだよ!」
「それはそうだけど!」
レインはタケの武器を一度だけ見た。
「扱える?」
「やる」
「できるかじゃなくて?」
「できるって言ったら嘘になる」
タケはクライ・オブ・サタンを構える。
「でも、やる」
その返事に。
レインが少しだけ笑う。
「それなら十分」
「二人とも納得するな!」
ハヤッティの声。
触手を持つ個体が再び銃口をタケへ向けた。
六本。
一斉発射。
「クライ!」
『吸収』
タケが引き金を引く。
銃撃は起きなかった。
代わりに銃口の前へ黒赤色の歪みが生まれる。
飛来した六本の光線。
そのうち二本が歪みに吸い込まれた。
「……え?」
残る四本。
「タケ、右!」
レインの声。
タケが身体を投げる。
三本が床へ。
一発だけ。
肩を掠めた。
「っ!」
「タケ!」
「大丈夫!」
戦闘服が焦げている。
だが、腕は動く。
クライ・オブ・サタンの表面を走る赤い線がさらに明るくなっていた。
『吸収量――十一パーセント』
「今のを食ったのか?」
『生命エネルギー変換完了』
タケは敵を見る。
「じゃあ……返せるか?」
一瞬。
クライが沈黙する。
『可能』
「どうやって」
『引き金を引け』
「それだけ!?」
『それだけだ』
「説明短いな!」
ハヤッティが遠くで叫ぶ。
「今はありがたいだろ!」
「確かに!」
タケが敵へ銃口を向ける。
照準。
引き金。
今度は撃発した。
ただし。
銃弾ではない。
黒と赤の混じったエネルギー弾が一直線に飛ぶ。
触手が一本。
迎撃へ。
接触。
その瞬間。
触手そのものから光が抜け落ちた。
「何だ?」
タケが目を見開く。
エネルギー弾が爆発したわけではない。
敵の触手へ触れた瞬間、内部を流れていた赤い光がクライへ逆流するように吸い取られた。
『追加吸収』
銃身の赤い線が強くなる。
「当てれば吸えるのか!」
『肯定』
「そういう武器か!」
『理解が遅い』
「初実戦なんだよ!」
タケがもう一度撃つ。
二発。
三発。
敵の触手が次々と動きを鈍らせる。
「ハヤッティ!」
「見えてる!」
スティール・ザ・グシオンを纏ったハヤッティが横から突っ込む。
「レイン!」
「脚を止める!」
レインの銃撃。
敵の膝関節。
一発。
二発。
タケの攻撃によってエネルギー供給が弱まった装甲の継ぎ目へ弾丸が食い込む。
敵が片膝をついた。
「今!」
ハヤッティが拳を振り抜く。
『右腕出力増幅』
「ぶっ飛べ!」
直撃。
敵の頭部が横へ歪む。
そのまま数メートル吹き飛び、床を転がった。
「よし!」
ハヤッティが拳を上げる。
だがレインは敵を見たままだった。
「まだ」
「え?」
倒れた個体の背中。
触手が再び持ち上がる。
「嘘だろ!」
『再生反応を確認』
クライが告げる。
「再生!?」
金属ではない。
触手の根元。
裂けた生体組織が蠢き、傷が塞がっていく。
テルテルがその様子を見て、表情を曇らせた。
「やっぱりか……」
「何がやっぱりなんですか!」
ハヤッティが叫ぶ。
「そいつらは生命エネルギーを外から補充してる!」
「どこから!」
「施設そのものだ!」
タケが天井を見る。
「施設?」
「ここの中央炉! 封印維持に使われてた生命エネルギーを食ってる!」
ケンゾーの目が鋭くなる。
「つまり、倒しても回復する」
「供給が続く限りはな!」
「止める方法」
「中央炉との接続を切るしかない!」
「場所は」
「分からん!」
「お前でも?」
「この区画は俺が知ってる頃と構造が変わってる!」
その答えに。
アルマーが笑った。
「そこは俺が知っている」
テルテルが睨む。
「何でお前が知ってる」
「ここを調べたからだ」
「いつ」
「お前たちが眠っている間に」
ケンゾーの視線がアルマーへ向く。
「話は後だと言ったな」
「ああ」
「炉まで案内できるか」
「できる」
「罠じゃない保証は」
「ない」
「正直だな」
「嘘をついてもお前は来るだろう」
「そうだな」
テルテルが二人を見る。
「待て。こいつを信用するのか?」
「してない」
「なら」
「でも情報は使える」
ケンゾーは巨大な黒い怪物の腕をゲシュタルトの長剣で受け流し、そのまま関節へ蹴りを叩き込む。
「信用と利用は別だ」
アルマーの金色の瞳が僅かに細くなる。
「昔より少し面倒になったな」
「覚えてないからどうでもいい」
「その返しは昔より冷たい」
「だから知らん」
ケンゾーは振り返る。
「B!」
「聞いてる」
「前を開けろ!」
『ギャハハハハ! やっと俺の仕事だなァ!』
Bが大鎌を持ち上げる。
前方。
六体。
こちらへ殺到してくる。
四本腕。
獣の脚。
翼。
複数の形。
「フール」
『おう!』
「広く切れ」
『待ってましたァ!』
大鎌を。
Bが両手で振り抜く。
刃そのものが届く距離ではない。
だが。
紫色の巨大な斬撃が床と平行に放たれた。
『ギャハハハハハハッ!』
ホールを横断するほどの広さ。
怪物たちが一斉に防御する。
最前列の一体。
腕二本が切断される。
二体目。
胸部装甲へ巨大な裂傷。
三体目以降は後方へ押し戻された。
「行け!」
Bが叫んだ。
いつもの低い声。
フールだけが笑い続けている。
『ギャハハハ! 走れ走れ! 死神様が道を開けてやったぞォ!』
「お前が死神みたいに言うな」
『じゃあお前が名乗れ!』
「断る」
『まだ言うか!』
その隙間へ。
ケンゾー。
シノン。
タケ。
レイン。
ハヤッティ。
テルテル。
そしてB。
七人が走る。
アルマーたち五人も続いた。
さらに。
「待って……!」
背後。
救出された女性の声。
シノンが振り返る。
「置いていけない!」
女性はまだ自力で歩けない。
シノンがライフルを背中へ回し、肩を貸そうとする。
だがテルテルが戻った。
「俺が連れてく!」
「戦える?」
「片手あれば十分!」
「それを信用していい?」
「こう見えて器用なんだよ」
テルテルが女性を背負う。
「ちょっと重くなった?」
女性が弱々しく拳を肩へ当てた。
「……最低」
「喋れるなら元気だな」
その声。
わずかな笑い。
テルテルの表情も一瞬だけ緩む。
しかし。
背負った女性が耳元で囁いた。
「テルテル」
「何だ」
「アルマーを信じないで」
テルテルの目が前を向いたまま止まる。
「……分かってる」
「あの人は、昔のアルマーじゃない」
「どういう意味」
「分からない。でも……」
女性の指が、テルテルの肩を強く掴んだ。
「生命エネルギーの波形が違う」
テルテルの足が一瞬止まりそうになる。
「何?」
「姿も、声も、記憶も同じ。でも、中にあるものが……違う」
前方を走っていたアルマーが。
振り返った。
聞こえているはずのない距離。
それなのに。
金色の瞳が。
確かに。
テルテルと女性へ向けられていた。
「……後で話そう」
アルマーが言った。
テルテルの背中に冷たいものが走る。
「聞こえてんのかよ」
「この程度の距離ならな」
「相変わらず嫌な奴だな」
「それは褒め言葉として受け取っておく」
「一ミリも褒めてない」
レインが前方へ銃口を向けた。
「来る!」
通路へ入る直前。
天井が破裂した。
二体。
上から落ちてくる。
一体は人間の上半身に蜘蛛のような六本脚。もう一体は細長い四肢と、顔の代わりに縦に裂けた口だけを持っている。
「最悪!」
ハヤッティが叫ぶ。
蜘蛛型が着地する。
六本の脚先。
同時に床へ刺さる。
そこから青白い光が広がった。
『広域干渉』
ゲシュタルト。
「何が来る!」
『不明』
アルマーが叫ぶ。
「跳べ!」
全員。
反射的に。
床から離れる。
次の瞬間。
青い光が走った部分。
床から。
無数の白い槍が生えた。
「うわっ!」
タケが空中で身体を捻る。
一部が足へ迫る。
「タケ!」
レイン。
自分も宙にいる。
それでも。
近くの壁へ足をつく。
蹴る。
タケへ。
肩を押す。
二人の身体が横へ飛ぶ。
白い槍。
ぎりぎり。
タケの靴底を削る。
「助かった!」
「次!」
レインは着地する前から敵を見ている。
細長い個体。
口が開く。
「音!」
その一言。
全員が反応する。
Bがフールを盾のように立てる。
ケンゾーもゲシュタルトを防御形態へ。
直後。
音。
正確には。
衝撃。
高周波。
耳ではなく。
骨の内側を揺さぶる。
「っ……!」
タケの視界が揺れる。
ハヤッティも膝をつきかける。
「何だこれ……!」
『神経系への振動干渉』
グシオンが答える。
「止められる!?」
『完全遮断不能』
「じゃあどうしろって!」
『発生源を破壊』
「分かりやすい!」
シノンがしゃがんだままライフルを構える。
視界が揺れている。
照準もぶれる。
「シノンさん!」
「大丈夫」
一度。
呼吸。
撃つ。
弾丸。
敵の口腔内部へ。
命中。
高周波が一瞬途切れる。
「今!」
ケンゾーの声。
タケ。
クライを向ける。
「吸えるか!」
『試行』
「試行!?」
敵が再び口を開く。
音波。
放出。
「クライ!」
タケが引き金を引く。
黒赤の歪み。
音は。
止まらない。
だが。
波そのものに含まれていた生命エネルギーだけが、銃口へ引き寄せられていく。
高周波の威力が。
僅かに下がった。
『吸収成功』
「いける!」
クライ・オブ・サタンの赤い線が光る。
『吸収量――二十七パーセント』
「返す!」
『許可』
「許可いるの!?」
引き金。
黒赤の弾丸。
敵の口へ。
直撃。
爆発ではない。
エネルギーが吸い抜かれる。
怪物の首が。
急激に細くなった。
「……え」
タケの表情が変わる。
皮膚。
筋肉。
そこから光が。
クライへ流れ込んでいる。
『対象生命エネルギー吸収』
「待て」
タケの指が引き金から離れる。
「止めろ」
『継続を推奨』
「止めろ!」
タケが銃口を下げる。
吸収が止まった。
怪物は床へ倒れた。
生きている。
だが。
明らかに弱っている。
タケの顔色が悪くなる。
「今の……」
クライは淡々と答える。
『対象生命エネルギーを変換』
「いや……」
『効率良好』
「そういうことじゃない」
タケは銃を見た。
敵だ。
人間ではない。
化け物。
そう呼べる姿。
だが。
元は人間だとテルテルが言った。
その相手から。
命そのものを吸い取った。
そんな感覚がした。
「タケ!」
ケンゾーの声。
顔を上げる。
蜘蛛型。
まだいる。
「考えるのは後だ!」
「……はい!」
タケはクライを握り直す。
迷いは消えていない。
それでも。
仲間がいる。
今は止まれない。
「レイン!」
「こっち!」
レインは蜘蛛型の周囲を走っていた。
六本脚。
それぞれが槍のように突き出される。
一撃。
身体を横へ。
二撃。
半歩後ろ。
三撃。
前へ。
四撃。
しゃがむ。
五撃。
止まる。
六撃。
ほんの僅かに肩を引く。
一つも。
当たらない。
怪物の六本脚が。
むしろ互いに絡み始める。
「今なら!」
レインが叫ぶ。
ハヤッティ。
横から。
「任せろ!」
グシオン。
出力上昇。
『右脚増幅』
跳ぶ。
回し蹴り。
蜘蛛型の胴体へ。
轟音。
一体が横転する。
「タケ!」
「行く!」
クライ。
発射。
ただし。
今度は吸収を最小限。
外部から奪ったエネルギーだけを弾丸へ変換する。
連射。
関節。
脚。
レインが狙った箇所へ。
一つ。
二つ。
脚が崩れる。
「Bさん!」
レインが叫ぶ。
「終わらせて!」
「了解」
Bが大鎌を引く。
『ギャハハハハ! やっと俺の番かァ!』
「一体だけだ」
『一体でも獲物は獲物だ!』
踏み込み。
大鎌。
紫色。
一閃。
蜘蛛型の胴体が。
真っ二つ。
切断面から大量の光が漏れ出し、黒い体液と一緒に床へ流れる。
タケが僅かに顔をしかめた。
フールは。
いつものように笑っている。
だが。
Bは。
怪物の残骸を一度だけ見た。
「元は人間、か」
『……』
フールが一瞬。
笑うのを止めた。
「どうした」
『いや』
短い沈黙。
『気に入らねぇと思ってな』
「何が」
『こんな姿にした奴がだよ』
Bは何も答えなかった。
ただ。
大鎌を握る手に。
僅かに力が入った。
前方で。
アルマーが巨大な隔壁へ手を触れている。
「急げ!」
テルテルが叫ぶ。
「後ろから来る!」
二十四体。
全てが一箇所に固まっているわけではない。
先ほどの数体は先行。
残りは。
奥から次々と。
追ってきている。
アルマーの指先へ金色の光。
隔壁の前の空間が歪む。
「開ける」
ケンゾーが眉を寄せる。
「普通に操作盤は」
「壊れている」
「だから空間ごとか」
「早いだろう」
「施設まで壊すな」
「お前がそれを言うのか?」
「俺は必要な分しか壊してない」
テルテルが思わず叫ぶ。
「いやケンゾー、お前かなり壊してるからな!?」
「必要だった」
「その万能な言葉やめろ!」
金属が。
ゆっくり。
裂ける。
隔壁に隙間。
「入れ!」
アルマーが叫ぶ。
ケンゾー。
シノン。
タケ。
レイン。
ハヤッティ。
B。
テルテル。
七人。
それに救出した女性。
アルマーたち五人。
全員が狭い隙間を抜ける。
「閉じろ!」
テルテルの声。
「分かっている!」
アルマーが手を戻す。
歪んだ空間。
隔壁が強引に元の位置へ引き戻される。
最後。
向こう側から怪物の腕が差し込まれた。
巨大な爪。
「閉まらない!」
タケが叫ぶ。
「押せ!」
ハヤッティがグシオンで隔壁へ身体を当てる。
「いや何で俺が扉押してんだよ!」
『使用者の出力が最適』
「分かってるけど!」
Bも大鎌の柄を差し込む。
「フール」
『ギャハハ! 扉閉めんのに大鎌使う奴がどこにいるんだよ!』
「ここにいる」
『そういう意味じゃねぇ!』
ケンゾーもゲシュタルトを巨大な支柱状へ変形させた。
「押せ」
『了解』
三人。
さらに灰色の大男も加わる。
巨大杭を隔壁へ押し当てる。
「……そっちも手伝うのか」
ハヤッティが息を切らしながら言う。
「死にたくない」
「その理由、分かりやすくて助かる!」
一気に。
閉じる。
怪物の腕が。
隔壁に挟まれる。
次の瞬間。
切断。
黒い腕だけがこちら側へ落ちた。
扉。
完全閉鎖。
向こうから。
凄まじい衝撃。
一度。
隔壁が揺れる。
二度。
さらに揺れる。
だが。
開かない。
「……持つか?」
タケが肩で息をする。
『推定耐久時間――不明』
ゲシュタルトが答える。
「不明多いな……」
『未知設備が多い』
「責めてない」
ケンゾーが壁へ背を預けた。
肋骨。
痛む。
タケがすぐ気づく。
「ケンゾーさん」
「大丈夫だ」
『否定』
「お前は黙れ」
『拒否』
「ゲシュタルトさん、もっと言ってください」
「タケ」
「休んでください」
「……」
「さっき約束しましたよね?」
ケンゾーが少し黙る。
ハヤッティが小声でレインへ言った。
「タケ、ケンゾーさん相手だけ強くなってない?」
「尊敬が一周したんじゃない?」
「何だよその状態」
レインが小さく笑う。
「でも休ませた方がいいわ。次に何がいるか分からないもの」
シノンも頷く。
「賛成。数分でいい。ここで装備も確認する」
ケンゾーは結局。
「三分」
そう答えた。
タケが眉を寄せる。
「短くないですか」
「五分」
「最初から五分って言ってくださいよ」
「交渉だ」
「戦場で何の交渉してるんですか!」
ハヤッティが思わず突っ込む。
それでも。
ようやく。
全員が少しだけ呼吸を整えた。
通路は。
先ほどまでの施設より狭かった。
青白い照明が一定間隔で点灯し、壁面には古代文字が並んでいる。
テルテルが女性を壁際へ座らせる。
「大丈夫か」
「……少し」
「名前、言える?」
女性は。
僅かに。
テルテルを睨んだ。
「知ってるでしょう」
「俺は知ってる」
「なら聞かないで」
「皆が困ってる」
女性の視線が。
ケンゾー。
シノン。
B。
そして。
新兵三人へ。
移る。
「……アルマー」
名前を呼ばれた男が振り向く。
「何だ」
「あなたは言わないで」
「言うつもりはない」
「珍しいわね」
「今の彼らに名前を聞かせる必要はない」
テルテルの目が細くなる。
「そこは意見合うのかよ」
「記憶処理の危険性を知らないわけではない」
「……」
アルマーは。
知っている。
確実に。
記憶封鎖。
EDEN。
超古代文明。
そして。
ケンゾーたちの過去。
だが。
敵なのか。
味方なのか。
分からない。
それ以上に。
女性が言った言葉。
生命エネルギーの波形が違う。
昔のアルマーではない。
その意味が。
テルテルには引っかかっていた。
そんな中。
タケは。
クライ・オブ・サタンを見つめていた。
黒い銃。
赤い線。
現在は光が弱くなっている。
『保有エネルギー――三十二パーセント』
「なあ」
『何だ』
「さっきの」
『対象生命エネルギー吸収』
「どこまで吸える」
『要求があれば生命活動停止まで』
タケの表情が固まる。
「……つまり殺せるってことか」
『生命エネルギーを全て奪えば対象は死亡する』
冷静な返答。
当たり前。
兵器なのだから。
当然なのかもしれない。
だが。
「タケ」
レインが隣へ座った。
「嫌?」
「……分からない」
正直に答える。
「敵を撃つのはもうやった。さっきだって普通に撃ってた。でも、あれは……」
「違った?」
「ああ」
タケはクライを見る。
「引き金引いてる間、向こうが弱っていくのが分かった。何か……銃で撃つのと違う」
「怖い?」
「ちょっと」
「なら、怖いままでいいんじゃない」
タケが彼女を見る。
「え?」
「怖くなくなった方が危ないと思う」
レインは前を見る。
「使う必要がある時は使う。でも、何をしてるかは忘れない。それでいいんじゃない?」
「……レインって、時々ちゃんとしたこと言うよな」
「時々?」
「いや、いつもです」
「訂正早いな」
ハヤッティが横から入ってきた。
「俺も聞こえてたぞ」
「お前休んでろよ」
「休んでるわ!」
グシオンを低出力へ落としながら、ハヤッティが床へ座る。
「でもまあ、レインの言う通りじゃないか。俺のこれだって、出力上げれば多分人間なんか簡単に潰せる」
『肯定』
「今お前が肯定すると怖いんだよ!」
『事実』
「古代兵器って皆こんななのか?」
タケがクライを見る。
『不明』
「お前まで」
少し。
笑う。
ほんの僅かな時間。
新兵三人の緊張が薄れた。
そこへ。
Bが大鎌を肩へ乗せたまま歩いてくる。
『ギャハハ。悩んでんのか坊主』
「……まあ」
『いいんじゃねぇか』
タケが意外そうに見る。
「フールが?」
『何だその反応!』
「もっと『吸えるだけ吸え』とか言うと思ってた」
『俺を何だと思ってんだ!』
ハヤッティがすぐに答える。
「戦闘始まると笑いながら大鎌振り回す危ない古代兵器」
『お前は黙れ!』
レインが口元を押さえる。
Bは無表情。
「だいたい合ってる」
『Bまで!』
少しだけ。
いつもの空気。
だが。
フールはタケへ戻る。
『兵器は兵器だ。どう使うか決めんのは持ち主だろ』
タケが黙る。
『俺だって切ろうと思えば人間でも機械でも切れる。けどBが切らねぇって言った奴は切らねぇ』
「お前は勝手に行こうとするだろ」
『雰囲気だよ!』
「信用落ちましたね」
レインが静かに言う。
『亡霊の姉ちゃんまで!』
タケは少し笑った。
そして。
「ありがとな」
クライを握り直した。
Bが一度だけタケを見る。
「迷うなら、次も撃つ前に考えろ」
「戦闘中に?」
「一秒あれば考えられる」
「Bさん基準ですか、それ」
「そうだ」
「無理ですよ」
「なら半秒」
「短くなってる!」
ハヤッティの突っ込み。
その瞬間。
テルテルが。
「静かに」
低く言った。
空気が変わる。
「何?」
シノンが立つ。
テルテルは。
壁を見ていた。
古代文字。
そこに。
さっきまで無かった光。
一行ずつ。
点灯していく。
『管理者個体確認』
「また俺かよ……」
『第七生命保存管理区画――緊急移行』
女性の表情が変わる。
「駄目」
テルテルが振り向く。
「何が」
『主炉接続変更』
『封印維持エネルギーを生命保存層へ転送』
アルマーが。
「おかしい」
初めて。
明確に。
焦った声を出した。
「主炉のエネルギーを保存層へ?」
女性が立とうとする。
「止めて……」
「理由は」
シノンが支える。
「保存層に……人がいる」
タケの目が見開く。
「人?」
テルテルも。
固まる。
「待て」
『生命保存対象――起動準備』
「何人だ!」
『照合』
青い文字列。
一瞬。
壁全体。
埋まる。
数。
多い。
タケには読み取れない。
だが。
テルテルには。
読めた。
その顔から。
血の気が消える。
「……嘘だろ」
ケンゾーが立ち上がる。
「何人だ」
テルテルは。
すぐには。
答えられなかった。
「テルテル」
「……三百二十一」
誰も。
言葉を出さなかった。
「三百二十一人……?」
ハヤッティがゆっくり繰り返す。
女性が。
目を閉じる。
「まだ……残ってた……」
アルマーが。
金色の瞳を。
壁面の表示へ向けた。
その表情から。
僅かに。
笑みが消えた。
『保存対象覚醒まで』
『十分』
ケンゾーが静かにゲシュタルトを握る。
「中央炉を止めれば、そいつらはどうなる」
テルテル。
「分からない」
「電源が切れるなら死ぬ可能性は」
「ある」
「じゃあ止められない」
「でも止めなきゃ外の二十四体が回復し続ける!」
シノンが息を呑む。
「つまり」
レインが。
ゆっくり。
整理する。
「外の怪物を弱らせるために炉を止めると、三百二十一人が死ぬかもしれない」
テルテルは。
「ああ」
「止めなければ?」
「外の連中が回復し続ける。封印もさらに壊される」
「そして」
アルマーが続けた。
「保存されている三百二十一人が、正常な状態で目覚める保証もない」
全員の視線が。
彼へ。
「どういう意味ですか」
タケが尋ねる。
アルマーは。
短く。
「さっきの二十四体」
そう言った。
テルテルの顔が強張る。
「まさか」
「その可能性がある」
女性が首を振る。
「違う……あの子たちは……」
「知ってるのか」
テルテル。
女性は。
震える。
「保存対象じゃない」
「じゃあ何だ」
「二十四体は……」
答える前に。
壁面表示。
変化。
『覚醒準備開始』
『対象群A――生命活動上昇』
『対象群B――生命活動上昇』
『対象群C――』
女性の目が。
大きく。
開く。
「三群……?」
テルテル。
「何だ」
「保存区画は……一つじゃない」
その声。
震えている。
「三百二十一人だけじゃない」
ケンゾーが。
ゆっくり。
女性を見る。
「何人いる」
女性は。
唇を。
噛んだ。
「……分からない」
施設の奥。
遠く。
大量の機械音。
一つ。
二つ。
ではない。
何百。
何千。
眠り続けていたカプセルが。
一斉に。
起動していくような。
音。
そして。
EVE-SEVENTHの声が。
通路全体へ。
淡々と。
告げた。
『旧文明人類保存計画――再開』
『全保存区画を順次起動します』
テルテルが。
壁を見つめたまま。
呟く。
「……誰が」
管理端末。
表示。
起動命令。
発行元。
そこには。
一つの名称だけが。
記されていた。
『AUTHORITY:EDEN』
テルテルの瞳が。
揺れる。
「……EDENが」
ケンゾー。
シノン。
B。
その名を聞いた三人の頭の奥で。
同時に。
何かが。
軋んだ。
そして。
遠い記憶の底。
誰かの声が。
ほんの一瞬だけ。
蘇った。
――記憶処理を開始します。
ケンゾーの目が。
大きく。
見開かれた。