目を覚ました瞬間、立ち込める土と草の匂い、そして眼前に広がる光景に、俺は呆然と立ち尽くした。
「……は? どこだここ……」
見渡す限り広がる、銀色の葉をつけた不気味な巨木たち。宙には青い光を放つ粒子がチラチラと舞っている。
あれえ?? 昼寝してたはずなんだがな。
夢か、それとも最近流行りのVRテーマパークか? いや自宅にいたはずだから、それはない。じゃあやっぱり夢かー。
しかし空気とか、匂いとか、地面から伝わる感触とかがすごいリアルだ。
あまりのリアリティに戸惑いながら空を見上げた。
「……なんだあの雲の形。骨?」
上空に浮かんでいるのは、巨大な『黒い肋骨の形をした暗雲』。そしてその奥で、二つの月が重なり合い、まるで『赤く光る巨大な眼球』のように地上を見下ろしている。
(……なんか、すっごく見覚えがあるような。有名アニメの背景だったか……? いや、最近やったRPGだったっけかな……?)
どこかで見たようなデジャヴを感じつつも、現実離れした光景に「すっげー、どういう仕組みなんだろ」と呑気に首をかしげていた、その時だった。
ガサリ、と草むらが揺れ、一人の少女が姿を現した。
漆黒のゴスロリ衣装に身を包み、身の丈ほどもある大剣を背負った、銀髪赤眼の超絶美少女。
(……うおっ、美少女!!?)
思わず心が躍った。二次元から飛び出してきたかのような神造形。フリルの多い黒衣装に、片目に付けた眼帯。
(うわー、この子もなんか見覚えあるな……どこかのソシャゲのキャラだっけ? てかコスプレ? めちゃくちゃ可愛いじゃん、やっほーい!)
見知らぬ場所に放り出された不安も吹き飛び、眼福な美少女の登場に密かにテンションを上げていた俺。だが、彼女はブレザー姿の俺を胡散臭そうに見つめると、大剣を抜いて冷徹な眼差しで喉元に突きつけてきた。
え、いきなり死ぬ!? 死んだらこの夢覚めるんじゃないか? やだやだやだやだ! せっかく美少女に会えたんだからもうちょっと夢が見たい!!
「見慣れぬ奇妙な衣装だな。何者だ、不審者。我は『ラグナロクの残り火』を宿す者……我が前で愚かな真似をすれば、この右手に封印されし『
ビシッと右手を前に突き出し、腕の黒い包帯を見せつけるようにキレッキレの決めポーズを取る少女。
その瞬間——俺の脳内に、雷が落とされた。
(……え?
記憶の引き出しが暴走するようにガラガラと音を立てて開き、中から【十四歳の夏に鍵付きノートに書き殴った黒歴史】が大量に溢れ出してきた。
(あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁっっっっっ! 俺の書いたキャラだああああぁぁぁぁっっっっっ!!??)
雷どころじゃない、精神にダイレクト核ミサイルが打ち込まれた。
さっきの悪趣味な空も、このゴスロリ衣装も、無駄に装飾の多い大剣も、全部俺が中学二年生の深夜テンションで脳内フェティシズムをぶちまけて生み出した黒歴史アイコン『漆黒の滅界姫・ルナリア』そのものじゃないか!!
痛い。痛すぎる。やめてくれ。俺が書いたんだ。なんつう夢を見せやがる。泣くぞこら。
その右手に封印された
もうちょっとこの夢が見たいとか思ってたけど、こんなの悪夢だ。今すぐ目を覚ませ俺。
「おい、何を顔を覆っている。命が惜しくば答えろ、さもなくば切り捨てるぞ」
刃先が喉元に食い込み、俺は冷や汗で我に返った。
まずい、自爆ダメージで精神崩壊している場合じゃない、本当に殺される!
死んだら夢から覚めるだろうが、痛いのは嫌だ。ていうか、夢とはいえ死にたくはない。
(あああああ、起きろおおおお現実の俺えええええ!!)
その時、ルナリアの頭上にある巨木の葉が、銀色から血のような赤色へとハラハラと変色して落ちてくるのが目に入った。
(あっ……あの演出は……!!)
俺の脳裏に、自作の設定資料がフラッシュバックする。
『
今まさに、その前兆現象が彼女の真上で起きている!
「退がれ! 上だ!!」
「っ!?」
俺の叫びと同時に、ルナリアは反射的に後ろへ跳んだ。直後、彼女がいた場所に、バサリと巨大な蜘蛛型の魔物が頭上から猛スピードで落下してきた。ルナリアは着地と同時に大剣を一閃し、魔物を一刀両断する。お見事!
「……間一髪だったな」
刃の血を払い、彼女は再び大剣を構え直して俺を鋭く睨みつけた。
「だが……なぜ貴様は、魔物が落ちてくると分かった? 我すら気付かなかったぞ」
「あ、あの魔物は『
「なに……? 葉の変色が奴の奇襲の前兆だと……?」
ルナリアは驚いたように落ちた葉を見やり、納得したように頷いた。だが、次の瞬間にはさらに疑いの目を深めて刃先を突きつけてくる。
「……魔物の習性に詳しい……だが、奇妙な衣服……一体何者だ」
(やばい……納得はしてくれたけど、結局不審者扱いは変わってない! どう言い訳する……!?)
斬られるのはごめんこうむる。
俺はフル回転で頭を働かせた。そして思い出した。
この世界で、超常的な知識を持っていて、不審な人間を弟子にしていても違和感がなく、かつ誰もが納得するような『強者』の存在を——。
(そうだ、あいつだ……! 俺が設定した『世界の気まぐれな大賢者』!!)
「お、俺は……メルキオール様の弟子だ!」
「メルキオール……あの大賢者メルキオールか!?」
ルナリアの顔色が目に見えて変わった。よし、食いついた!
メルキオールは俺が作ったキャラの中でも屈指のチート性能を持つ大魔法使いだが、性格が極悪で暇つぶしに他人の人生を狂わせるような食えない奴だ。
そしてルナリアは、メルキオールの玩具知り合いだし、いけるはず。
「そう! 師匠から、ここの調査をするように言われててさ! 危険な魔物の生態は、全部あの師匠に叩き込まれたんだよ!」
「……あの悪名高き鬼畜の大魔法使いの弟子……なんと物好きな……」
「いや、まあ……性格はアレだけど、実力は確かだし。ノリで毒沼に突き落としてきたりするけど」
メルキオールなら本当にやる。これは原作者としての確固たる自信だ。
ルナリアも憐みの目を向けてきたし、俺が考えた通りのメルキオールなんだろう。
「ふん……あの鬼畜変人の企みか。相変わらずのようだな」
ルナリアはようやく警戒を解いて大剣を鞘に収めた。助かった……! メルキオールの鬼畜変人設定がこんなところで役に立つとは!
「……あの悪魔の弟子を無下に斬るわけにもいかん。だが、放置はできない。一緒に来てもらう」
「えっ?」
「メルキオールの弟子など、放置すればいらぬ災いを呼ぶだけだ」
美少女と一緒に行けるのか。何それ天国……いやいやいや、こんな俺の趣味を詰め込んだ黒歴史満載キャラと一緒にいたら、精神的に死ぬわ。
なんで目が覚めないんだ。さっきから会話成立してるし。もしかして夢じゃない……?
「余計な真似をすれば斬る。大人しく付いて来い」
「あ、はい……よろしくお願いします……」
俺は冷や汗が止まらなかった。
夢の中というものは、基本的に自由に動けないし会話もできない(経験則)。
故に、会話の内容だって飛び飛びで、成立してないことも多いのだ。
でもルナリアとの会話は見事に成立しているし、何より、意識がはっきりしている。
こっそり腕をつねってみた。
(痛ぇ……ってことは、これマジ?)
自分が生み出した作品の世界に来るってどんな苦行だよ。
それにしても、これが夢じゃないのなら、この先も続くとするならまずい。
さっきルナリアについた大嘘には致命的な欠点がある。
もし本物のメルキオール——俺が作った『察しが良すぎて面白がり屋で、人間の苦しみやドタバタが大好きな鬼畜魔法使い』に会ってしまったら、確実に一発で嘘がバレる。
そうなったらルナリアに真っ二つにされるだろう。
いや、待てよ……? あいつの性格なら、俺が「原作者」だと気づくか、あるいはただの異世界人だと察した上で、「面白いから」という理由でノリノリで口裏を合わせて弟子扱いし、俺を徹底的に弄んで玩具にしてくる未来しか見えないぞ……!?
(どっちに転んでも地獄じゃねえか!!)
「どうした、大賢者の弟子よ。顔色が悪いぞ」
「なんでもないです……お腹が痛いだけです……」
冷や汗を流しながら、ルナリアの背中を追う俺。
これから出会うであろう他のキャラたちも、全員俺が書き散らした痛々しい中二病設定を引っ提げて登場するんだろうな。ああいやだ。泣きたい。
ていうか、あの頃のキャラとか世界観とか書いたノート、どこかにいったんだよな。書いたの10年以上前だから細かいところまで覚えてないし。いっそ全部忘れていたかった。
誰か黒歴史消してくれ。せめて痛いセリフを修正してくれ。
神様、お願いだから精神崩壊する前に俺を元の世界へ送り返してください——!
アーメン。