第1話 「出会い&気になること」
「出会い」
俺は枕木遊星《まくらぎ ゆうせい》、いわゆる陰キャと呼ばれる高校生だ。
友達はいないし、彼女なんて夢のまた夢だ。
そんなだから、一人の方が気楽。
そう思っていた。
あの「先輩」と会うまでは……。
「先輩」と出会ったのは入学式が終わった後の部活勧誘の日だった。
──体育館の中で様々な部活が新入生に部活の魅力をPRしている。
俺はいくつかの部活を見てみたが、正直どれも入ろうとは思わなかった。
俺の心を動かすような……そんな刺激的なものがなかったからだろう。
「──やっぱり見つからないか」
そう呟きながら、俺は体育館の喧騒から逃れるように校庭に出ていった……。
そして、物陰に座り、
体育館に戻るべきだろうか、と考えていたその時だった。
「やあ、新入生の子かな?」
一瞬、思考がフリーズした。
まさか外で声をかけられると思っていなかったからだ。
しかもかなり綺麗な見た目をしていたので余計にフリーズしてしまった。
その人は、身長150センチほどの小柄な人で、
肩から流れる髪は、雪のように白い。
そして──瞳は青かった。
まるでガラス玉のように澄んだ瞳が、まっすぐ俺を見つめている。
白いまつ毛も、整った制服も、なぜか目が離せない。
「……綺麗だ」そんな言葉が思わず口から漏れた。
「ふふ、どうやら驚かせてしまったようだね。僕は月城 真央《つきしろ まお》二年生、君の先輩さ」
「マオと呼んでくれて構わないよ」
……急に話しかけてくるし、初対面なのに距離が近い人だなと思ったが、
これこそ俺が望んでいた刺激的なことなのではと思い直し、
自己紹介をした。
「俺は枕木遊星、新入生です」
「枕木遊星……良い名前だね。──ところで、ここでなにをしてたんだい? 今の時間、新入生は体育館にいると思っていたけどね」
俺は言葉に詰まった。
良い部活がなかったから抜け出してきましたなんて恥ずかしくて言えないからだ。
そんなことを考えていると、先輩が俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして部活でなにか悩んでいるのかな?」
急に心を見透かされたようで、また一瞬フリーズした。
俺が「そんなに顔に出ていただろうか」という表情をすると、また先輩が話す。
「新入生が体育館から抜け出してるのは、部活関係かと思っただけさ。ふふっ、別に心を読んだわけじゃないよ」
初対面の人にこんなことを話すのはどうかと思ったが、
もういろいろ察されているし、一度話してみることにした。
「その、なんか入りたい部活がないっていうか……」
俺がそう話すと、
先輩はなにも言わずに、俺の話を聞いてくれて、
俺が話し終わったあと、少し考えたような素振りを見せてから、口を開いた。
「……それなら無理して入らなくていいんじゃないのかな。僕もどこの部活にも入っていないしね」
そう言われて安心感と同時に少しの落胆を感じた。
もしかしたらこの先輩が何かの部活の部員で、
そこに誘われて色んな人と共に様々な思い出を作れる……そんな都合のいい展開を妄想していたからだろう。
よく考えたら当然だ。
部員ならPRのために体育館にいるはずだからだ。
すると、また先輩が俺の顔を覗いてきた。
「がっかりさせてしまって申し訳ないね」
「いや……いいんです、先輩は悪くない。期待した俺が悪いんです」
「でも、もし君が部活ではなく刺激的なものを求めているのなら……僕がそのお手伝いをしてあげるよ」
先輩は優しく微笑みながらそう言った。
……これまで生きてきて、初めてこんなに自分に優しく接してくれる人に出会えた気がする。
最初は、綺麗な人だから話したかったが、
今は、優しく話を聞いてくれたから、もっとこの人と話したい。
心の底からそう思った。
「ぜ、ぜひお願いします!」
急に声が大きくなって自分でも少し驚いた。
学校でこんな声を出すのは初めてかもしれない。
そのくらい、心の底から出た声だった。
「ふふっ、元気になったみたいで嬉しいよ」
「じゃあ連絡先でも交換しようか、L◯NEやってるかい?」
「はっ、はい!」
あまりの嬉しさに、思わず上ずった声で返事をしてしまった。
だが、それくらい、俺にとっては嬉しいことだった。
「ふふ、そこまで感動しなくてもいいよ」
「す、すいません、人と……女の子と連絡先交換するの、初めてで…嬉しくてつい……」
すると、先輩が不思議そうな顔で言った。
「僕は男だよ」
「……えっ、あっ……えっ?」
こんな綺麗で可愛い人が男……?
だが、不思議と嫌ではない。
きっと俺の話を優しく聞いてくれる、そんな部分に惹かれたからだろう。
……いや、やっぱり急に男と言われても対応できない。
「ごめんね、言い忘れていたよ」
「お、男っ……?」
あまりの衝撃に俺の頭が真っ白になって、
意識が遠のいていく──。
「あっ……待って。気絶したらダメ……どうやら手遅れのようだね」
──しばらくして目が覚めると、頭の下が柔らかくて暖かく、保健室に運ばれたかと思ったが、
周りの風景はここが部屋ではなく屋外であることを示していた。
すると急に声が聞こえてきた。
「お、ようやく起きたね、おはよう。ごめんね、気絶させてしまって」
「いや、いいですよ、こちらこそ申し訳ないです。枕まで用意してもらって……」
そんなことを言いながら起き上がろうと枕の方を見ると、
それは枕ではなく、先輩の膝枕だった。
「な、なんで膝枕を……」
「気絶させてしまった上に、枕が硬いと君に申し訳ないと思ってね」
驚いている俺の顔を見ながら、先輩はまた少し微笑んでこう言った。
「それじゃあ……改めてこれからよろしくね、枕木君」
「えっ、は……はい!」
それから先輩は、学校のことや好きなものについて色々と話してくれて、
俺も気づけば、自分のことをたくさん話していた。
不思議と会話は途切れることなく続き、
その時間はまるで、夢のようだった……。
──キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
ハッと目が覚める。
どうやら、授業中だというのに俺はいつのまにか寝てしまっていたようだ。
(なんであの時のことを……)
そう思いながら帰りの準備をしていると、
そこに一件の通知がスマホに入ってきた。
「やあ、学校も終わったことだし君がよかったらどこか行かないかい?」
そう、あの日のことは夢のようだけどそうじゃない。
学校生活は、どうやら思っていたより刺激的なものになりそうな予感がする。
「……そういえば、先輩はなんで俺に話しかけてくれたんですか?」
「さあ、なんでかな」
俺の学校生活はまだまだ始まったばかりだ──。
「気になること」
俺が学校に入学してしばらく経って、学校生活にも少しずつ慣れてきた。
それに、先輩がいるから学校が楽しい。
先輩は俺に優しいし、ご飯も一緒に食べてくれる。
そんな先輩との時間を過ごしていると、俺の頭には突然ある疑問が浮かんだ。
(どうして先輩は俺なんかと仲良くしてくれているんだ?)
その疑問が生まれてからは、意識のすべてがそれに持っていかれていた。
具体的には電柱に何度もぶつかり、何度も通った帰り道を間違えるほどに。
(と……とりあえず家に帰ってから考えよう……)
そんなことを考えながら、電柱にぶつかりすぎてフラフラになった頭のまま家へ帰り、
部屋へと駆け込み、息を切らしたままベッドにダイブした。
ベッドに入って少し時間が経ち、冷静さをある程度取り戻した俺は、改めて疑問について考えてみた。
だが、いくら考えても答えに辿り着くことはできず、
俺はあまり眠れないまま、次の日を迎えた。
(……先輩に直接聞こうかな)
そう思い、俺はお昼休みに先輩に聞こうとしたが、
先輩の顔を見たら、緊張のあまり言葉が出なくなってしまった。
『僕の顔を見て、どうかしたのかな?』
「えっ、あっ、なんでもないですっ。お、俺は教室に戻りますね」
せっかく先輩に話しかけてもらえたのに、
俺は聞くことができなかった。
そして、俺はモヤモヤを抱えながら、放課後を迎えた。
(また今日もモヤモヤしながら帰ることになるのか……)
そう思った時であった。
ポンッという感触を背中で感じ、振り向くとそこには先輩が少し笑いながら立っていた。
「やあ、少し驚かせてしまったね」
「せ……先輩、驚かせないでくださいよ……」
「ごめんごめん、君と少し話をしたくてね」
そう言うと、先輩が俺の顔を見つめてきた。
相変わらず綺麗な顔だ、なんてことを思っていたら──
「君は僕に何か聞きたいことがあるんじゃないかな?」
と言ってきたので自分の考えを覗かれたようで、また驚いてしまった。
「な……なんで分かったんですか」
「ふふっ、当たりかな?お昼の時から少し気になっていたんだ」
「聞きたいことがあるなら言ってくれて構わないよ」
そう言われたので思っていたことを全て言った。
なんで俺に構ってくれるのか、
そもそもなんで入学式の日に俺に話しかけてくれたのか、気になっていたこと全てを。
それを聞いた先輩は驚いて少し目を丸くした後こう言った。
「ふふっ、君がそんなことを気にしているとは思わなかったよ」
「友達ってそういうものじゃないのかな、特に理由はないけど一緒にいたくなる」
「でもあえて言うなら君といたいからかな」
先輩が俺のことを友達だと思ってくれていた、その事実だけでずっと一人だった俺は嬉しかった。
「ほっ……よかったです、実は何が裏があるのかとずっと思ってて……」
「君は僕のことをなんだと思っていたのかな?」
「い、いやそれは……」
「ふふっ、別に気にしてないよ」
「よ……よかったです」
そんなことを話した後、お互いを見つめながら少し笑った。
その時、俺はあることに気づいた。
「あ、あれ?構ってくれる理由は分かりましたけど、あの日話しかけてくれた理由はなんだったんですか?」
「おや? 聞かれないからもう忘れていたと思っていたよ。しかし……改めて考えるとどう答えればいいか難しいね」
先輩がなんで話しかけてくれたのかようやく分かる……!そう思うと胸がドキドキしてくる。
心の中でもしかしたら俺がカッコよすぎて声をかけたのか?
実は先輩は俺に一目惚れしたんじゃないのか?
そんな気持ち悪い妄想をしているとついに先輩が口を開いた。
「なんとなくかな」
それを聞いた俺はズッコケてしまった。
俺は勝手に、先輩にはもっと何か、深い理由があるんだろうと思いすぎていたのかもしれない。
「確かに話しかけたこと自体に深い理由はないけれど……」
「今は、あの時君に話しかけて良かったと思ってるよ。だって君と出会えたからね」
その言葉を聞いてまた俺は、嬉しくなった。
先輩も俺といて楽しいと思ってくれていて……出会えて良かったと思ってくれていて。
そして俺も出会えて良かったですと言おうとした時だった。
「ところで……君はいつ僕のことをマオと呼んでくれるのかな」
俺は「えっ」と思わず声が出てしまった。
「僕は入学式の日からずっとマオと呼ばれるのを待っているのだけど」
確かにあの日そんなことを言われたような気がする…。
だがいきなり名前を言うのが恥ずかしく、ずっと先輩と呼んでいた。
「僕は君の質問に答えたのだから、僕のにも答えてほしいな」
「名前を呼ぶのが少し恥ずかしくて……」
「じゃあ一回だけでいいから言ってみてほしいな」
確かに自分の悩みだけ解決してもらって相手には何もしないというのは情けない。
しかも先輩は一回だけでいいからと言ってくれている。
俺は決心し、名前で呼ぶことにした。
「ま……ま……」
先輩が微笑みながらこちらを見ている、俺の恥ずかしがる姿が好きなのだろうか?それとも名前で呼ばれることがそれほど嬉しいのだろうか。
だがなんにせよここまできたら言うしかない。
「ま……ま……ま……」
「ま? なにかな? あと少しだよ」
「ま……先輩」
言えなかった。
俺の決意というのはまったく意味がないことが分かった。
なんて情けない男なのだろう。
怒っていないだろうかと恐る恐る先輩の顔を見ると笑っていた。
そして笑いがおさまったあと、先輩が喋った。
「君がそんなに恥ずかしがるとは思っていなかったよ」
「すみません……」
「でも、これ以上無理に言わせるのも可哀想だし、いつ呼んでくれるのか楽しみに待つことにするよ。じゃあ今日はそろそろ帰ろうかな」
先輩はそう言うと学校の外へと歩き始めた。
自分もそろそろ帰るかと思い歩いていると、先輩が引き返してきた。
「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていたよ。また明日ね、枕木くん」
「……は、はい。また明日会いましょう、先輩」
そして先輩は俺に手を振りながら帰っていった。
俺も帰路につきながら昨日のように考えていた、ただし昨日と違うのは今回はポジティブなことだ。
(先輩も俺といて楽しいと思っていて良かった。先輩が声をかけてくれた理由も分かったし……)
(そういえば先輩は名前で呼んで欲しがっていたな……次こそはちゃんと「マオ先輩」って呼ぼう)
俺は、そう決心したのだった──。