「回転寿司」
俺は今、嬉しさと面倒くささが半々だ。
それはなぜか……。
【先輩】 『よかったら、僕の家で夏休みの宿題をやらないかい?』
と、先輩からメールが届いたからだ。
先輩の家に行けるのは嬉しいが、
宿題は嫌だ。
だが、せっかく先輩の家に行けるのだし、
一人ではサボってしまう宿題も進めることができる。
俺は考えた末に、その誘いに乗ることにした。
そして当日──。
『やあ、待っていたよ枕木君』
「どうも、先輩」
『ふふっ、じゃあ僕の部屋に行こうか』
そして、先輩と一緒に先輩の部屋へ入ると、
竜崎が机の前の座布団に座っていた。
「あ、竜崎もいたんだ」
「当然ですわ」
『宿題はみんなでやった方がいいからね』
俺は先輩と二人きりでないことに少し……いや、だいぶガッカリしたが、
とりあえず、座布団の上に腰を下ろし、
机に向かった。
『僕は飲み物を取ってくるよ』
そう言うと、先輩は部屋から出ていった。
……竜崎と二人きりになってしまって気まずい。
なにを喋ればいいのだろうか。
そんなことを俺が考えていると、
竜崎は座布団に座ったまま、背中を倒し、
そのまま床と背中をくっつけ、
さらに腕を広げた。
「な、なにやってるんだ……?」
思わず、俺がそう聞くと、
返ってきた言葉は「せっかく先輩の部屋に来たのだから、先輩を多く感じようとしているだけです」
という、意味の分からないものだった。
そして、俺に返答したあと、竜崎は深呼吸を始めた。
まさか「先輩を多く感じようとしている」とはこのことだろうか?
やはり竜崎は変態だ。
……だが、竜崎の気持ちも分からなくはない。
俺だって先輩をいっぱい感じたい。
なので、俺も竜崎と同じ体勢になって、深呼吸をした。
すると、竜崎が起き上がり、話しかけてきた。
「あなた、なにをしているのかしら」
「え? お前みたいに先輩を感じてるんだよ」
「……気持ち悪いですわね」
「お前もやってただろうが!」
そして俺が竜崎と言い争っていると、
先輩がトレーに飲み物を載せて、
戻ってきた。
『ふふ、二人とも仲良しだね』
「い、いやこれは仲良しとかそういうんじゃなくて……」
俺は否定しようとしたが、面倒くさいのでやめておいた。
それはともかく、俺たちは先輩から飲み物を受け取り、
机に置いた。
『じゃあ、始めようか』
そして、勉強が始まった──。
そこに会話はほぼなく、聞こえてくるのは、
シャーペンと紙、そして飲み物の氷のカランという音だけだ。
──飽きた。
会話もないのに、俺のやる気が持つはずがない。
しかし、竜崎と先輩は俺と違って、
集中して宿題を進めている。
これが俺と先輩たちとのやる気の差なのだろうか。
思えば、竜崎はいつもテストで学年一位だし、
先輩もそうだった気がする。
俺は先輩たちとの言いようのない「差」を感じ、
勝手にいたたまれなくなって、トイレに行くと嘘をつき、
部屋から出た。
そのあと、俺はリビングのソファーでうつむきながら、
「どうして俺は……」なんてことを考えていると、
リオさんがやってきた。
「やっほー、遊星君」
「あ、あれリオさんいたんですか?」
「うん」
話を聞くと、部屋にこもっていたが、
暇だからなんとなくリビングに来たらしい。
「……遊星君、なんだか元気ないね」
「え、別にそんなことは……」
俺がそう言うと、
リオさんが俺の顔を見つめてきた。
もしや、先輩と同じで顔を見るだけで考えていることが分かってしまうのだろうか。
「……マオの真似したけどなんも分かんないや〜」
どうやら、顔を見るだけで分かるのは先輩だけらしい。
「でも、遊星君が落ち込んでるのは分かるよ」
「……大丈夫ですよリオさん。大したことじゃないです。心配しないでください」
すると、リオさんが急に自信満々な顔になった。
「ふふん、私はそんな遊星君を元気づける、いい情報を持ってるよ」
「え?」
そして、リオさんはこちらに近づいてきて、
俺の耳に顔を近づけてきて、
小声で話してきた。
「これは他の人に言ったらダメだよ遊星君」
ついに「いい情報」とやらが聞けるらしい。
あまり期待していないが、それでも直前まで来るとドキドキしてしまう。
「じゃあ、言うよ。今日のマオがつけてる下着は〜」
その言葉の衝撃で、俺は思わず、
リオさんの顔から、自分の顔を離してしまった。
「あれ、これで元気になると思ったんだけどな……」
「い、いや先輩の下着情報は刺激的すぎるし、そもそもなんで知ってるんですか!?」
「へへへ、それは秘密〜」
急に先輩の下着のことを話してくるなんて、
先輩と同じで、リオさんもよく分からない。
この姉弟は人を驚かせるのが好きなのだろうか。
「遊星君、マオの下着、気にならないの〜?」
「いや気にはなりますけど……」
「へへ、じゃあもう一回言うね」
リオさんが再び、俺の耳に顔を近づけてくる。
先輩には悪いが、今日の下着はどんなものか聞いてしまおう。
そもそも、勝手に話してくるリオさんのせいだし……。
そして、俺はリオさんの言葉に耳を澄ませた。
「マオの下着は〜もご、もごご」
突然、リオさんの声が、なにかによって塞がれたような、
そんな音になった。
俺が思わず、リオさんの方を見ると、
先輩がリオさんの口を手で塞いでいた。
『君がなかなかお手洗いから戻ってこないから、見にきたらまさかこんなことを話しているなんてね』
「い、いやこれはその……」
先輩の表情は目を瞑っていて、とてもにこやかだが、
その裏からはなにか、とてつもない圧を感じる。
「す、すす、すいません。で、でもまだなにも聞いてませんよ」
『……ふうん、まあいいや。お姉ちゃんも、人のことをあまり喋ってはいけないよ』
リオさんは口を塞がれ、もごもごと言いながら首を縦に振った。
『じゃあ、戻ろうか枕木君』
そう言った先輩の声は普段よりも、
負の感情がこもっているような、少し低い声だった。
そのあと、リオさんは自分の部屋に戻され、
俺は震えながら、先輩と共に先輩の部屋へ戻った。
「あら、ようやく戻ってきたのね」
『少しアクシデントがあったみたいだからね』
先輩が俺を見つめてくる。
俺は蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。
そして、俺は宿題に戻った。
……先輩がずっと俺を見てくる。
さっきのことのせいだろうか。
どうせこうなるなら、下着をリオさんから聞いておけばよかった。
そんな後悔を抱えながら、宿題を進めていると、
いつのまにか帰る時間になった。
「ありがとうございました、先輩」
『ふふ、じゃあまたね、りゅりゅ』
一足先に、竜崎がドアを開け、帰っていった。
竜崎は家の都合かは知らないが、いつも最初に帰っていく。
普段なら、少し先輩と二人きりになれて嬉しいところだが、
今日は俺が先に帰りたかった。
「じゃ、じゃあ俺も帰りますね……」
『君はまだダメだよ』
俺もしれっと帰ろうとしたが、ダメだった。
「や、やっぱりあのことですか……?」
『うん』
「あ、あれはリオさんが言ってきたことで……」
すると先輩はこちらに近づいて、
いつもの、アンニュイな表情で聞いてきた。
『君は……僕の下着を知りたいのかい?』
「え」
『知りたいか、知りたくないかだけ教えてほしいな』
その質問に、俺はなにを返せばいいのか分からない。
知りたいと言うのが正解なのか、知りたくないのが正解なのか。
……先輩がこちらを見つめている。
嘘をついてもバレてしまうだろうし、俺は正直に答えることにした。
「お、俺は知りたいです!」
俺の返答を聞いた先輩は、少し笑った。
『ふふ、君は正直だね』
「す、すいません」
『いいよ、僕は君の気持ちが知れてよかったよ』
「先輩……」
『ふふっ、じゃあ、今日は帰ってもいいよ枕木君』
「え?」
『え?』
俺はてっきり、下着を見せてくれるのかと思ったが、
なんか家に帰されそうな雰囲気になってしまった。
「み、見せてくれないんですか」
『僕は君の気持ちが知りたかっただけで、下着を見せるなんて言っていないよ』
「そ、そんなあ」
俺は先輩の家の玄関で、腰から砕け落ちてしまった──。
「回転寿司」
朝、俺が特に予定もなく、
家でゴロゴロしていると、
急に先輩から電話がかかってきた。
『急にすまないね』
「なんですか」
『枕木君、今日のお昼、回転寿司に行かないかい?』
先輩が急に誘ってくるなんて珍しい。
話を聞くと、回転寿司が先輩の好きな作品とコラボしているらしく、
コラボメニューを頼むとグッズがついてくるので、
俺にもメニューを頼んでもらって、
目当てのグッズをゲットしたいらしい。
『どうかな?』
「俺はいいですけど、竜崎も誘った方がいいんじゃないですか? あいつ、多分めちゃくちゃ大食いだから、いっぱいコラボメニュー食べれると思いますよ」
『聞いたけど、りゅりゅは予定があるみたいだから、今回は二人きりだね』
それを聞いた瞬間、俺は舞い上がった。
二人きりなのが嬉しすぎて、俺は奇声をあげてしまった。
『大丈夫かな? 枕木君』
「え、あ、すいませんなんでもないですよ」
『ふふっ、そしたら12時にお店で集合しようね』
そして、電話が終わり、
俺が「12時集合か……今は何時だ?」と時計を見ると、
9時20分だった。
これなら準備する時間はたっぷりある。
なにしろ今日は二人きりなのだから、
これは実質デートと言っても過言ではない。
俺はタンスとクローゼットの中をひっくり返すように、
今日のための服を探し始めた。
(スーツは少し堅すぎるか……? 他にいい服は……)
……俺が部屋を服でぐちゃぐちゃにするまで探して気づいたことは、
俺はいい感じの服など持っていないということだった。
俺は服は諦めていつも通りにし、
他の部分で補うことにした。
俺は着替えたあと洗面所へ行き、
歯磨きを済ませたあと、
鏡と睨めっこしながら髪をセットしていた。
その後、スマホで調べた髪型にセットできたが、
すぐに崩れてしまった。
何回やっても崩れてしまうので、もう一度調べると、
どうやら固めるためにワックスが必要らしい。
……が俺はワックスを持っていなかった。
(服もダメ、髪もダメ、俺はもうどうしたら……ん?)
スマホの画面をよく見ると、
画面には11時45分と表示されている。
待ち合わせは確か12時だ……。
それに気づいてしまった俺は、
目の前が真っ白になってしまった。
まさか服を探したり、髪をセットしようとしただけで、
こんな時間になってしまうなんて。
俺は慌てて家を出て、
先輩と待ち合わせているお店へ向かった──。
そして12時──。
『おや、ちょうどだね』
「す、すいません。ち、ちょっと慌てちゃって……」
なんとか間に合ったが、急いできたせいで、
息も絶え絶えで、少し汗もかいてしまった。
これからデートだというのに、最悪なスタートだ。
『ふふ、枕木君らしいね。じゃあ行こうか』
回転寿司は先輩が予約してくれていたらしく、
夏休みの昼時なのに、
待つことなくスムーズに入ることができ、
俺たちは席に座った。
先輩は段取りがいい。
『じゃあコラボメニューを頼もうか』
俺はその一言で目的を思い出した。
そういえば、先輩はコラボグッズが欲しいんだった。
「あ、そうですね」
『もしかして忘れてたのかな?』
「い、いやそんなことは」
『ふふ、まあ頼もうか』
そして、先輩はコラボメニューのお寿司を二人分頼み、
コラボドリンクも二人分頼んだ。
『楽しみだね、枕木君』
「はあ」
俺は先輩と二人きりなのが嬉しいのであって、
別にそのコラボメニューとかはどうでもいい。
『……』
まずい。
先輩に顔を見られてしまった。
『ふふ、君は正直で面白いね』
どうやら、怒ってはいないらしい。
しかもなぜか、少し笑顔になった。
「はは……そ、そうだ、俺もなにか頼もうかな……」
俺がタッチパネルでお寿司を注文しようとすると、
ちょうどコラボ寿司が届いて、
注文できなかった。
そして俺はレーンから皿を取り、
先輩に一皿渡し、
もう一皿を俺の方へ置いた。
……コラボ寿司とは言うが、
見た目は普通のお寿司だ。
違うところと言えば、
お皿にコラボステッカーの入った袋がついているくらいだ。
「先輩、もしかしてこのコラボ寿司……」
『うん、グッズがついた普通のメニューだよ』
なぜか、少しガッカリしてしまった。
せっかくなら、作品にちなんだ味にしてほしい。
そんなことを考えていると、ドリンクも届いた。
『はい、枕木君のだよ』
「あ、どうも……先輩、もしかしてこれも……?」
『グッズがついた普通のドリンクだよ』
コラボの作品に興味があるわけではないが、
また、ガッカリしてしまった。
……だが、普通に美味しいので、
俺はそのことは水に流すことにした。
『ふう、食べ終わったね。そしたら、ステッカーの袋を開けようかな』
先輩が目を輝かせながら、ステッカー袋を開けている。
「先輩、狙いとかあるんですか?」
『ん〜、このキャラのステッカーかな』
そう言うと、先輩はスマホでそのキャラを見せてくれた。
そのキャラは、高身長でロン毛のメガネキャラで、
顔は大人っぽく、凛々しい。
なんというか、女性向け作品にいそうだ。
『僕はこのキャラが好きなんだ』
「ほ〜」
このキャラが好きということは、先輩の好きなタイプもこいつなのだろうか。
だとしたらまずい、俺とこいつは似ても似つかない。
……髪を伸ばしてみようか。
『ふふ、枕木君は今のままでいいよ』
「な、勝手に顔見ないでくださいっ」
先輩がこちらを見てニヤけている。
俺は恥ずかしくなって、両手で顔を隠した──。
そのあと、先輩はお寿司とドリンク、
合わせて四つのステッカー袋を開けた。
「出ました?」
『ううん、出なかったよ』
「そうですか……じゃあまた頼みましょうか」
『……そうだね』
そして、俺たちはその後もコラボメニューを頼んだ。
だが、先輩の目当てのステッカーは出なかった──。
「で、出ましたか? 俺、もうお腹いっぱいでこれ以上食べれないです」
『はあ、出なかったよ。僕もお腹いっぱいになってしまったし、そろそろお会計しようか』
そして、俺たちは目的を果たせないまま、お会計をした。
俺が食べた分のお金を出そうとすると、
先輩が『僕が誘ったんだから、僕が払うよ。先輩だしね』と言って、
奢ってくれた。
お店を出ると、俺は落ち込んでしまった。
先輩が目当てのものを手に入れることができなかった。
俺がもっと食べられていれば……。
そんな風に俺が落ち込んでいると、
先輩が笑った。
「な、なんですかあ」
『枕木君は優しいなって、手に入らなかったのは君のせいじゃないのに』
……先輩を見ると、当たらなかったのに結構元気そうだ。
なぜか、俺の方が落ち込んでいる。
「せ、先輩はなんでそんな落ち込んでないんですかあ」
『ん? 確かに当たらなかったけれど……君と二人きりで過ごせたからね。それだけで十分さ』
その言葉を聞いて、俺は嬉しくなった。
先輩が俺と二人きりで過ごすことを、そんな風に思っていたなんて。
「先輩……先輩っ」
俺は思わず、先輩に抱きついてしまった。
先輩も少し困惑している。
『ふふ、苦しいよ枕木君』
「す、すいません」
俺は慌てて先輩から離れた。
『でも、嬉しかったよ』
そう言うと、今度は先輩が俺を抱きしめた。
『ふふ、お返しだよ』
「先輩……」
そのあと、先輩は手を離してこう言った。
『今日はありがとうね、枕木君。じゃあまたね』
そして、先輩は帰っていった。
目当てのステッカーが出なくても、俺と二人きりで十分という、
その事実に、俺は嬉しくなった──。
次の日──。
先輩から電話がかかってきた。
『やあ……枕木君……』
「ど、どうしたんですか先輩、いつもより声が小さいですけど、なんか嫌なことでも……」
『……今日も回転寿司に行かないかい……?』
「は、はい?」
『ステッカーが出なかったから……元気が出ないんだ……』
……どうやら俺と二人きりで過ごすだけでは、
十分じゃなかったらしい──。